第二巻 説明会はそれなりに耳を傾けないと後で酷い目に逢う

「さて。デスゲーム、ゴーストセッション。運営のワタシでも絶対に答えられないことは二点デス。一つ、運営の正体。これは純粋に、ワタシが稼働してから三日しか経ってないから知らないので。二つ、次のゲームの内容。RPGだからネタバレは完全NGデスので。他にも聞かれて困る質問はあるかもしれませんが、ひとまずこの二点だけは絶対にダメデス」

「わかった。それは聞かない」


小雨が頷くと、シリウスはニコリと営業じみた笑顔を浮かべた。


「まず大雑把な内容。ゴーストセッションは法外で常識外な賞金と、プレイヤーの命を賭けて行われるデスゲームであり、アトラクションデス。賞金の出所は、あなたたちのことを見世物にしている誰か。やっぱりこれの正体もワタシにはわかりません。知識としてインストールされてないので」

「……少なくとも人間じゃないだろうな」

「そうデスね。小雨さんの言う通り、きっと彼らは人間じゃありません。人間の技術力でワタシは作れませんし」


ところでこのお茶美味しいデスね、などと言いながら緑茶を啜るシリウスは、確かにどこからどう見ても人間にしか見えない。

見えないが、人間ではないことを既にイヤと言うほどに見せつけられている。


「あ。一応言っておきマスが、ワタシを形作っているものは魔術とかいう胡散臭いものではなく完全に科学技術デスよ。いつか人間もこの領域に至るかもしれませんね」

「え? あれ。そうなのか? 魔術とか散々あのゲームで見せつけられたから、てっきり……」

「いやいや何言ってるんデスか。ゲームと現実を混同しないでくださいよ。?」

「……え? いや、いやいやいや」


シリウスを生産した技術が純然たる科学技術、というのは納得できるとしても、あの幽霊船では幽霊を始め、様々な非現実的極まる光景をまざまざと見せつけられたのだ。

今更魔術が存在しないと言われても、そちらの方が余程信じられない。


そこまで考えて、小雨は気付く。

非現実的なのはシリウスもまったく同じだ。ならば――


「……ああ、そうか! そういうことか! あれゲームだもんな! 全部であって、実際のところはだったのか!」

「気付いてなかったんデスか!? この世に魔術なんてあるわけないじゃないデスか!」

「オーバーテクノロジーの塊に言われたくない!」

「まあともかく、わかってくれてよかったデス。いやたまに『魔術が現実に存在すると勘違いするプレイヤーが結構いる』って話だけは聞いてたんデスが、まさか本当だとは思いませんでしたよ」


シリウスのその言葉を聞いて、ピクリと滝が反応する。気まずそうな顔で宙を見ながら、絞り出すように言った。


「わ、私はわかってたけどな。幽霊とか魔術なんてあるわけねェだろ」

「お前の場合は単なる現実逃避だったろ……」


あの船の中での滝の怯えようは酷いものだった。それを思い出し、小雨は苦笑いする。小雨の微妙な対応に顔を赤くした滝が隣に座っている彼の足を、テーブルの下で軽く蹴り飛ばしたが、ひとまず何事もないように話を続ける。


「で、えーと。ゲームから降りる方法は主に二つ。一つ目に、誰かに参加義務を押し付けること。二つ目に、三つトロフィーを集めてそれを運営に無償で捧げること。なお、ゲーム中で貰ったトロフィーは運営に売却することなどが可能デス。他にも使い道はありマスが……まあそれはトロフィーを使う気になったら言いマスよ」

「使う気はない。ドロップアウトのためだけに貯める」


と、小雨が言うと、シリウスは少し残念そうな顔で溜息を吐いた。


「残念。いいプレイヤー見つけたと思ったのに。さて、ゲームで他に何か言ってないことってありましたっけ?」

「次のゲームまでに絶対に聞かないといけないことが一つある」

「おや。そんなものが?」

「マジックパスの使い方だ。確かトロフィーの特典にあったよな?」

「ああ……うーん、それかぁ……」

「ん?」


急にシリウスの様子がおかしくなった。

『まあ訊かれるとは思ったけど、今このタイミングはちょっと困るな』と顔に書いてある。


マジックパスとは何なのかを知らない滝は、二人を交互に見て首を傾げるだけだ。


「……ルールに書いてあったけど、結局マジックパスってなんだったんだ? コサメは知ってるみたいだけどよ」

「プレイヤーがゲーム中使える魔法、らしいな。実際見た感じだけど」

「あれねー。あれの説明ねー。難しいデスねー。だってあれゲーム会場でしか使えないようにロックかけられてますからねー。うーん……説明はしマスけど、後回しでいいデス? 次のゲームでは使えるようにしておきマスから」


今すぐにでも説明が欲しいのだが、シリウスにも事情があるのだろう。そこを蔑ろにしては話が進まないので、不服ながらも小雨は頷いた。


「ごめんなさい。絶対に説明はしマスので。じゃあ他に質問とかありマス?」

「一つ。私から」


滝が手を挙げた。


「破格の賞金を求めてゴーストセッションに参加する人間がいる、とは聞いたが。それってつまりどこかに受付があるってことだよな? 一体どこに?」

「ンー。それは……自力で見つけることもアングラ系デスゲームの魅力なので、秘密デス。他のプレイヤーに聞く分にはいいデスけど、運営に聞くことじゃないデスね」

「そうか。単なる興味本位だったから別にいいんだが……」

「……場所を特定してぶっ壊そうとしても無駄デスよ? 別の場所にできるだけデスので」


シリウスの言葉に、露骨に滝の眉間に皺が寄る。


「気付いてても言わないものだと思ったぜ」

「クク。失礼。プレイヤーの神経を逆なでする発言は職業病でして……」


シリウスはニヤリと笑った後、ふとその表情のままフリーズした。

数秒固まった後、表情を変えないまま顔色を変えていく。青に。


「……ああ、いけない。ゲーム外でこんな発言するなんて。プライベートと仕事は分けないと……友達ができなくなりマス……うう……ギブミーフレンド……こんな職業病ダイキライ……!」


そしてゆっくりと頭を抱え、激しい自己嫌悪を始めた。

その急激な変化に面喰い、思わず滝の腰が浮く。


「き、気にするなよ! うっかり失言することなんて長く生きてれば何回かあるさ! な!?」

「た、滝さん……! うう、優しいなぁ。滝さんの優しさが目に沁みるなぁ」

「おう! 弱いヤツは強いヤツが守るものだからな! いくらだって励ますぞ!」

「ああ……それじゃあその調子で、今夜のゲームも頑張ってください」

「おう! ……おうっ!?」


あまりにも雑な丸め方だったので、流石に滝もすぐに気づいた。


「待て待てコラコラ! 一週間二度の参加義務は、新規の私たちはしばらく免除って話だっただろうが! なんでそれで今夜のゲームに参加しなきゃならないんだよ!」

「理由はないデスねー。でも一応ありマスよ。参加するメリット。」

「どんな!?」

「参加するだけで、参加賞としてトロフィーをあげます」


シリウスの言葉を受け、ピタリと小雨と滝の動きが止まった。

畳みかけるように彼女は続ける。


「あと、ゲーム中の課題をクリアすることによって取得できるトロフィーもありますので、最大二つゲット可能です。ああ、新規の二人にはピンと来ないかもデスが……参加するだけで貰えるトロフィーがあるって、結構破格デスよ?」

「……それってつまり」


小雨の期待する目を受けて、シリウスは笑う。


「うまくクリアすれば、今夜のゲームをクリアするだけで完全ドロップアウト達成デス」

「……なに?」


あまりにも出来過ぎな話だった。

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