第14講 それではミナサン。此度のゲームはここまでデス

「むかしの木造建築は燃えやすい上に通気性がいいから、最大で一二〇〇度まで熱が上がるって話を聞いたことがあります」


抱えられた小学生、外町ウノがふとそんなことを言う。


「この船もところどころボロい上に、見ての通り木造で、しかも最悪なことに空を飛んでます。条件は揃いに揃ってますよね」

「そうだね! 死にそうだね!」

「まあそんな急激な熱で焼かれる前に、煙やガスで燻されて死んでしまうんですけどね。一酸化中毒で死んだりして。人間って脆いので」

「そうだね! 絶望的な豆知識をありがとう! クソッ!」


小学生相手に皮肉を言っている場合ではないのはわかる。わかるのだが、もうどうしようもなかった。

甲板への道が軒並み炎で塞がれているのだから。


「避難経路がいくつかあるときに考えるべきなのは、出口までの距離、そこに至るまでに曲がる回数が少ないかどうか、床に段差がないか、なんですけど……まあ全部塞がれてるんじゃ意味がないですねぇ」

「ですねぇ! でも、だからって諦めるわけにもいかないんですよねぇ! すいませんねぇ!」

「……こんな状態になっても私を投げ出さないんですね?」

「当たり前だろ!」


即答だった。迷う素振りすら見せない。

先ほどから無表情のままなので、小雨にはわかりようがないが、ウノの心はどんどん熱くなっていた。


「何故?」

「だってお前を放り出したところで生存率が低いことには変わりないし! どっちにしろ分の悪い賭けなら、全部助けられる方に賭けるって!」

「……そうですか。わかりました。そこまで言うのなら、私にも考えが」

「考え?」

「トロフィー狙いですので、どうしても使いたくはなかったのですが……パスを取ってくれますか? パーカーの右ポケットに入ってるはずなので」


小雨はひとまずウノを下ろし、パーカーの右ポケットをまさぐる。確かにそこにはパスがあった。


「で?」

「えーっと、画面をこっちに向けてくださいな」

「うん。で?」

「ここをこうしてこうして……画面ポチポチっと」


ウノはパスを起動し、中にある項目を慣れた手つきで押していく。


「あ、ところで山形さんは新規さんですか?」

「新規だけど」

「じゃあ知らないですよね。このゲーム、プレイヤーも魔法が使えるんですよ」

「……パードゥン?」

「それじゃあ、行きますよ。思いっきり。マジックパス発動、『飛竜の羽』」


ウノがパスを操作する手を止めた。次の瞬間、回りに集う風の大群。

段々と風は大きくなっていき、竜巻のように小雨とウノを取り囲む。


「お? おお!?」

「ひとまずこの場にいる二人とも、上に吹っ飛ぶように調整したので。ああ、ただ、どの程度吹っ飛ぶのかはわからないので、着地のときは気を付けて」

「上に吹っ飛ぶ!? 着地!? なんだって!?」


嫌な予感しかしない。


「ひとまず山形さん。抱っこ。空中分離しないようにしっかりと」


ウノの甘えられるような声で我に返った小雨は、すぐに彼女に抱き着く。言葉通りなら、これから何が起こるかは明白だ。

二人して、甲板へと吹き飛ぶのだろう。


「もうどうにでもなれだ! 絶対に生き残ってやる!」


覚悟を決めた途端だった。小雨の足がふわりと浮く。そして、浮遊感を楽しむ暇もなく急加速。彼を纏う風が天井を先に吹き飛ばしてくれたので、頭上に天井が激突する事態は避けられたが、焼け石に水だろう。


二人は思い切り夜空へと打ち上げられた。


しかし念願の甲板に辿り着いたのはいいが、高すぎる。このまま落下したとしても、横からの風が一度吹くだけで、船に落下できず落ちてしまいそうだ。

小雨に抱き着き、ぎゅっと目を瞑っていたウノは、ゆっくりと目を開けて、ある一点を見つめて声を上げた。


「あっ! 見てください山形さん!」

「何!?」

「月です」

「わあ綺麗」


そこで上昇は止まった。あとは重力に従って落ちていくだけだ。

船の甲板との距離、おおよそ二〇メートル。どう考えても上昇のし過ぎだった。


「あああああああ! チクショウーーー!」


◆◆

「おい、床を突き破って誰かが出てきたと思ったら、あれコサメじゃねーか!」

「おやおや。キチンと脱出できたようデスね。一緒にいるのはウノさんデス」


悲鳴を上げながら落ちていく二人を見上げながら、滝は慌ててシリウスに言う。


「落下する前に下船させろ! このままだと死ぬぞ!」

「あー、いや間に合いませんねー。一人だけならどうにかなりマスが」

「それでいい! コサメが抱えているヤツの方を先に下船させろ! あとは私がなんとかする!」

「マジっすか。まあいいや。そういうことなら」


迷ったり関心している暇すら惜しい。シリウスは滝の指示通り、先にウノの方を下船させにかかる。指を弾くと、落下している二人の回りに桜が舞い始めた。

下船していく途中で、ギョっとする小雨に対し、ウノが何かを言っている。だが滝にそれを聞き取ることはできなかった。


ウノが完全に消え、下船が終わったタイミングで滝は飛ぶ。

人間ではありえない跳躍力で。


「……よくやった! 後は私に任せろ!」

「滝!」


落下している小雨を抱きかかえ、滝は甲板へと意識を向ける。もしも崩落したら、火の海に真っ逆さまだ。最後には、どうにか床が壊れない幸運に賭けるしかない。

単なる落下なら滝の身体能力でどうにでもなるが、流石に火傷のダメージは負いたくない。


「耐えろ。耐えろよ甲板……暗いのはイヤだが熱いのも嫌いだ……!」


そして、ついに滝の足が甲板へと接触。ビキリとイヤな音を立て、その場に大きなヒビが入る。

すぐに二人は気付いた。

――あ、これ崩れるな。


「そうは行かないアフターケアー」


パチン、とシリウスの指が弾かれる。

床が崩れるその瞬間、どこからともなく鎖が現れ、二人の体を雁字搦めに縛り上げた。


床に大きな穴が開き、炎の海が顔を覗かせる。だが、それだけだった。縛られた二人は鎖に引っ張られ、宙ぶらりんになっているだけだ。熱いが、焼かれはしない。炙られる程度の熱さではあるが。


「これは……あんとき船長を縛ったシリウスの鎖か」

「え? シリウス? 何だそれ?」

「説明は後だ! おい! 熱いことには熱いぞ! さっさとテレポートしろ!」


滝はシリウスの方に顔を向ける。シリウスは、宙ぶらりんになっている二人を見ながら、ニコニコと笑っていた。


「あいあいさー。ただ、まあ、まだ帰さないんデスけどね。あなたたちは」

「は?」

「トロフィーの授与式があるので。ひとまず別室に移動しましょうか。火事とは無縁のところへゴー! デス!」


パチン、とシリウスの指がまた鳴る。

二人を釣り上げている鎖が巻き上げられていき、その体は空中へと釣り上げられていく。あの巨大だった船が豆粒程度の大きさに見えるほどに。


それも凄まじいスピードなので、悲鳴を上げる暇もなく、あっと言う間に二人は気絶してしまっていた。


◆◆

「ちゃーらーちゃらーらーちゃりらららーらーらー」


『見よ、勇者は帰る』の旋律を口で歌っている誰かがいる。

二人が目を覚ますと、そこはどこかの洋室だった。装飾や家具がやたらと華美で、高級ホテルのスイートルームだと言われても納得してしまいそうな場所だった。


やたら肌触りのいい絨毯に、頬をこすりつける形で寝ていた小雨は、ゆっくりと起き上がる。


「……そ、その曲、なんだっけ……体育祭の閉幕式とかで聞いたことあるんだけど……」

「曲名はワタシも知らないデス。ああ、そんなことより。二人とも! おめでとうございマス! トロフィー取得条件を見事に達成しましたね! まあワタシが想定していた攻略方法とはまったく違いましたけど!」

「トロフィー?」


そういえば、ルール説明にそんな単語があったかな、と小雨が首を捻っていると、同じく起き上がった滝が補足する。


「三つ集めればゲーム終了できるんだってよ」

「運営に売却して大金を得ることもできマスよ? 今回のトロフィーは一億円クラスにするつもりだったんデスが……イレギュラーがあったので三億円クラスにしてあげましょう。それが一人一個ずつなので合計二個! イエーイ! コングラッチュレーション!」

「……俺の気のせいかな。合計で六億円あげるって聞こえるんだけど」

「残念だが気のせいじゃねぇ……」


シリウスが陽気に拍手している内に、二人のパスに電子音が鳴る。

取り出して見てみると、新しい項目が増えていた。タイトルは『トロフィー』。タッチして開いてみると『新しいトロフィーを取得しました』というメッセージが真っ先に目に入る。


「これであと二つ、か……」


滝が憂鬱そうに、沈んだ声でそう言うと、シリウスは拍手するのをやめて二人に笑いかけた。


「いやー、本当に凄いデスね二人とも。巻き込まれ組にしては見事な攻略でした! これ、本当にいい拾い物したかも……稼働開始直後にこんな優良物件を見つけたシリウスは感激の至りデス!」

「お前、シリウスって名前だったのか?」

「それについては聞いてくれるな……」


事情を今一読み込めない小雨は首を傾げるが、シリウスも特にその点について語ることはなかった。空気を読んだのだろう。


「そうだ。言い忘れてた。完全に。イレギュラー起こりまくりングでしたからねー。ようこそ、リアルRPGゴーストセッションへ! ワタシ、司会進行役のナイトメア、名をシリウスと申しマス! 以後お見知りおきを……」

「……できればもう今すぐゲームやめたいんだけど」

「いいデスよ? 別に。そこら辺、デスゲームとしては結構ゆるゆるデスし。ただし、今すぐと言うなら誰か身代わりにする必要がありマスが」

「ああそう。じゃあ今すぐってのは論外かな」


小雨は首を横に振る。

光秀も言っていたのだが、生きるために誰かに犠牲になってもらうことも選択の一つだ。それをあっさりと度外視するあたり、小雨もそれなりに良心はあるらしいと、滝は少しだけ嬉しくなる。

小雨自身は『何故か滝がこちらをニヤニヤしながら見てるな』程度にしか思わなかったので、そこはスルーする。大事なことは他にあるからだ。


「三つトロフィーを集めればゲームをやめられるって、チラっと聞いたけど本当か?」

「本当デス! シリウス、嘘吐かない!」

「……じゃあ次の質問。お前、何? いや、このゲーム、何?」

「さあ? ……あ、一応言っておきマスが、はぐらかしてるわけじゃないデスよ。ワタシ、生後三日だから、必要最低限の情報しか持ってないんデス。マジで」


見た目の年齢はせいぜい、滝や小雨より少し上程度にしか見えない。だが、あそこまで滅茶苦茶な身体構造を見せられた以上、その言葉を否定する材料もない。


少なくとも『人間ではない』という一点のみは確実だ。何故なら先ほどまで体中に開いていた穴が、今はすっかり治癒しているからだ。服装の方はそのままなので、開いた穴から瑞々しい肌が見える。出血もしてなければ、痕も残ってない。


「一つだけ確かなことがありマス。このゲームを楽しんでいる誰かがいて、その人たちがシリウスを始めとしたナイトメアを作り、そしてトロフィーという破格の賞金システムを作っている。そうでなければゲームが成立しないデスから」

「……ふざけてやがる」


滝が苛立ち混じりに言った言葉に、シリウスはうんうんと頷いた。


「然り然り。間違いなくふざけてマス。でも……」


そのとき、シリウスの顔に描かれている枝垂れ桜の入れ墨が、淡く桜色に光輝いた。彼女は妖艶に笑い、忍ぶような声で囁く。


「人が死ぬ悪ふざけほど、面白い娯楽はないでしょう?」

「こンの野郎!」

「あはは! 怒った怒った! でもそういうのデスよ! そういう本気の怒りだとか悲しみだとか、そういうのを見たくてゲームをやってるんデス! 多分ね!」

「もう黙れ! これ以上胸糞悪いこと言ったらぶん殴るぞ!」

「……あ、それは本当に困る。せっかく修理したばっかりなんだし……じゃあそろそろワタシはお暇しマス」


滝に本気の啖呵を切られたシリウスは、ほんの少しだけ怯えた顔を作り、指を弾く。

部屋の中に一陣の風と桜吹雪が舞い、目を一瞬だけ瞑った次の瞬間には、彼女の姿はもうどこにもなかった。


「クフフ……あなたたちは面白かった。是非とも、このままゲームを続けてもらいたいものデス。面白いプレイヤーはゲームを面白くし、ついでに面白いゲームにしたワタシにもそれなりのメリットがありマスので……仲良くしましょう? お二人さん……」


そんな台詞を姿が見えないまま垂れ流し、そしてシリウスの気配は完全に消え去った。

ある一つの大きな疑問を放置したまま。


「……なあ滝。一つ訊きたいんだが」

「なんだ?」

「ここどこだ?」

「……えっ」


滝は携帯を取り出し、マップ機能を急いで呼び出す。

幸い、先ほどまでと違って電波は良好だ。というより、Wi-fiが通っている。すぐに位置は割れた。

割れたが、滝の顔に汗が浮かぶ。


「……ゴールデン亜府呂グランドホテル」

「は?」

「ゴールデン亜府呂グランドホテル……亜府呂市で一番高いホテルだ……しかも見た感じ、スイートルーム」

「……嘘ッ!?」


小雨があまりの事実にたじろいでいると、二人のパスに同時に通知が来た。

開いてみれば、ホーム画面にメッセージが浮かんでいる。


『終電を逃したトロフィー受賞者へ、シリウスから特別なプレゼント。ゴールデン亜府呂グランドホテルで一夜の夢を……あ、ちなみに冷蔵庫の中身は有料なので、お気を付けください。それでは』


「気遣いが斜め上すぎる!」

「あんのクソ人形!」


流石に落ち着かないので、二人してこっそりと部屋から脱出。誰にも見つからないようにひっそりとホテルを後にした。

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