第15講 デスゲームで死なない一番の方法はそもそも参加しないこと

天現寺晃は午前二時、どこからか聞こえる物音で目を覚ました。

具体的にはそう、ガラスが割れるような音。そして、鍵を開けられ、誰かが中に侵入するような音だ。


「……なんだ……?」


亜府呂市の治安は最悪だ。最悪ではあるが、晃の働いている茶亭に手を出す輩はそういない。彼の人脈が危険すぎるため、迂闊に手を出そうとする間抜けはその時点で駆逐されてしまうからだ。


にも関わらず、晃の自宅兼勤務地に手を出そうとしている人間は、余程の命知らずか、もしくはそもそも敵意のない何者かとしか考えられない。


多少恐怖に感じつつも、店、そして自宅を守るために、ゆっくりと階下の店へと降りていく。

晃の家は二階建てで、一階のほとんどが客をもてなすための茶亭、二階が住居となっている。音が聞こえたのは茶亭のスペースのどこかだ。


探してみると、案外早くにそれは見つかった。呑気に会話していたからだ。侵入している自覚もないのか、無警戒に電気まで付けている。


「よっし。じゃあ私が先に風呂入ってくるな。多分そろそろアキがガラスを割った音を聞きつけて下に降りてくるはずだから、そんときに頼むぜ」

「お互いに凄い焦げ臭いからな……あ、俺は小腹が空いたから適当に冷蔵庫から何かくすねてる」

「私の分も残しておけよ」

「……お前ら……」


恐怖心はすっかり萎えた。どちらも知り合いだったからだ。

その二人を、額に青筋を立てながら睨む。


「何やってるんだ?」

「お、アキ。予想通りだな」

「晃。悪い、泊めてくれ」

「は?」


小雨が平然と厚かましいことを言った気がする。

もう片方の侵入者、滝はと言うと、晃の隣を通り過ぎて平然と上へ向かおうとしている。


「アカネ姐さんは留守だろ? じゃ、遠慮なく風呂使わせてもらうぜ。まあ都合よく沸いてるわけねーから軽くシャワるだけだけどよ」

「あ? ……いや滝! お前なんかやたら焦げ臭いな! 何してきた!?」

「俺も焦げ臭いから後で風呂を貸してくれ」

「え? え? ええっ!? 何してきたんだよお前ら!」


質問に答えることなく、滝は上へ上へと上がっていく。後に残ったのは冷蔵庫から手っ取り早く食べられそうなものを物色している小雨だけ。

たった今気づいたが、二人ともに服に焦げがこびり付いていたり、灰を髪に絡ませたりしている。まるで火事の野次馬から帰ってきたような容貌だ。


「……何があったの?」

「俺にもよくわからない。ただデスゲームに巻き込まれたとしか……」

「は?」

「……信じられないかもしれないけど、聞くか? あ、茶を出してくれ」

「厚かましい!」


◆◆

「……ゴーストセッション? 確かにそう言ったの?」


小雨が事情をかいつまんで話したとき、晃は意外な反応をした。

感心しきったように小雨は聞き返す。


「知ってたのか?」

「噂でだけ。ほら。そういうオカルト的な話に通じてるヤツもいるからさ。アポロとか……」

耶麻音やまねか。アイツの名前は二度と聞きたくないな……」

「まあそれは置いといて、ゴーストセッションのことで知っていることを今から話すよ」


律儀に茶を出し、晃は小雨の向かいの席に座る。今は勤務時間外なので、今はラフなTシャツ姿だった。髪も少しボサついている。


「ゴーストセッション。この亜府呂市で行われている危険なゲームだ。プレイヤーは誰かがデザインした『幽霊船』の密航者となり、その船に隠された秘密を探りながら動力炉を目指す……まあ大本はこんな感じの、どこにでもあるありふれたホラー系RPGなんだけど、問題がある」

「問題?」


そこで晃は目に暗い影を落とし、脅しかけるような口調で続けた。


PLプレイヤーPCプレイアブルキャラクターが同一人物ってところだ。つまり幽霊船も実在してるし、それに乗り込んで命懸けで探索をするのも、現実に生きているナマの人間。当然ながら現実世界でゲームをしているわけだから、何らかの要因で死ねば本当に死ぬ」

「それは……知ってる」

「……ゲームで命を賭けることの悪辣さを?」

「どういう意味だ?」

「なあ小雨。普通の鬼ごっこでもさ、うっかり車道に飛び出して、車に轢かれれば普通に死ぬ。でもそれは別に鬼ごっこに殺されたわけじゃない。注意すれば防げた事故でしかない。でもこのゲームの場合は、違う」

「……悪い。まだ何を言いたいのか、わからない」


妙な迫力に押された小雨がそう言うと、晃は少しだけ身を乗り出した。


ってことだ。わかる? 参加している、それだけで既に車道に飛び出してるようなものなんだよ? どんな手を使ってでも、そこから逃げ出すべきだ。長く続けていれば確実に死ぬ」

「……トロフィーによる完全ドロップアウトを狙うなってことか?」

「友人としての忠告だ。滝にも同じことを言う。アイツも仕事仲間だしね」

「……そうか」


そこで、やっと小雨は気付いた。滝の口ぶり、そして今の晃の言葉で確信を得たとも言う。


「……アイツやっぱりここでバイトしてたのか?」

「ん? ああ。結構頻繁に出入りしてたけど、気付いてなかったの? お前におにぎり運んできたこともあったんだけど」

「マジで?」

「……いやむしろ気付かずに一緒に行動してたお前たちの方に『マジで』なんだけど。少なくとも滝の方はお前のこと知ってたよね?」

「そういえば、そうだな」

「覚えてないの? ほら、指名手配犯連行事件のこと」


その事件の名前を聞いて、一つ思い当たることはある。だが、そこに滝の影も形も見当たらないので、小雨は眉根を寄せた。


「確か、そう。妙に高圧的な客に絡まれていた女の子がいて、可哀想だなーって二人のことを観察してたら、客の方がたまたま交番の指名手配の写真に載ってた強盗事件の犯人だったアレだよな。お前に『店に迷惑かかると思うけど、通報していいか』って言って許可取って、警察呼んで、モンスターな客はそのまま警察に連れ去られていったとさ。女の子も迷惑な客から解放されてめでたしめでたし、って内容の事件。一年前だったか?」

「大体そのくらいだよ。で、そのときに助けた女の子、そのままずっとこの店で働いてたんだけど」

「それは知ってる。今日もレジのあたりにいたよな?」

「……なんでこれだけ言って気付かないんだ?」

「は?」


晃が何を言いたいのか、いよいよもって予測すらできない。呆れ顔の晃の前で、どういうことかと唸っていると、上から誰かが下りてくる気配がした。


「アキ、お前髪が長いんだからもうちょっとシャンプーの残量くらい確認しとけっつの! カスカスだったぞ!」


その声の主は、もう間違えようがない。滝だ。首にタオルを引っかけ、Tシャツとスウェットパンツを着こんでいるラフな格好。髪を拭くのに邪魔だからだろう、眼鏡も外している。


その顔を見て、小雨はすべてを察した。いや、むしろなんで今まで気づかなかったのかと愕然となった。

立ち上がり、指を差して、震える。


「おっ、お前ーーーッ!」

「おっ、おう!? どうしたんだコサメ!? 声が凄い震えてるぞ!?」

「みっ、見覚えがある……ちょっと眉間の皺を伸ばしてにっこり笑ってみてくれ!」

「え? えーっと……にこー」

「あっ……ああああああああ! コイツ……コイツ……!」


そのを見て、疑いの余地は消え去った。

やれやれと頭を緩く振り、晃は疲れ切った声で告げる。


「そう。お前があのとき助けたバイトさんと、霊院滝は同一人物なの」

「ああ、アカネ姐さんに言われてバイト中はコンタクトしてるんだけどな。髪も束ねてみたりするから印象大分変わるわなァ」


営業スマイルを崩し、にへらと晃に笑いかける滝。小雨はそれを見て、申し訳なさでいっぱいになる。なにせ今の今まで気づいてなかったのだから。本人もそれなりにアピールしていたにも関わらず。


「ご、ごめん滝! 今まで本当に気づかなくって! なんで気付かなかったんだろう!」

「いいって。今気づいただろ? ほら、さっさと風呂に行ってこい。着替えもタオルも置いてやったからそれ着ろよ」

「……う、うん。お前完全に勝手知ったる他人の家状態だな」

「アカネ姐さんに何回か泊めてもらったことがあるからな。ほら、行った行った」


小雨は滝に言われるがまま、上の階へと上がっていく。何度か遊びに来たことはあるので、彼にも風呂の位置はわかっている。入るのは初めてだが。

彼が上の階へと消えていったあと、滝は先ほどまで小雨が座っていた位置にまで移動し、座った。晃と顔を見合わせる位置だ。

フン、と鼻を鳴らして太々しい態度で晃に言う。


「……マジで全然気付いてなかったのか。あえて知らないフリで通してるのかと思ったんだけどよ」

「中学時代からの友達だから知ってる。アイツの勘は余程危険なときじゃないと働かないんだ。逆に言うと、危険すぎる状況に対して鼻は利くんだけどさ」

「知ってる。いや、今日知った」

「ゴーストセッションのことは聞いた。大変だったね」


その単語を聞いた途端、滝の肩が少しだけ跳ねた。


「……コサメが話したのか」

「うん。まあ隠す方がどうかしてるよね、デスゲームなんてさ」

「……ああ、最悪だ。せっかく話せたのによ。場所にムードもへったくれも存在しねーや」

「あ」


ヤケ気味の滝は、小雨が残していったお茶に口を付ける。

特に何も意識せず、滝は自嘲的に笑う。


「詳細は言いたくないけど、ずっと格好悪いところの見せっぱなしでさ。ハッキリ言って消えてしまいたいよ」

「……そんなこと気にするようなヤツじゃないって。ところで滝。そのお茶」

「ん?」

「小雨の飲みかけなんだ。新しいの今持ってきて――」


ガァン! という派手な音を響かせ、滝の頭がテーブルに落ちる。頭突きのような速度で彼女が額をテーブルに叩きつけたのだ。


「は、早めに言え。関節キスになっちまったじゃねーか……! はっず!」

「ご、ごめん!」


髪と角度のせいで彼女の顔は見えないが、露出している耳がやたら赤く染まっていた。自殺したくなるレベルで恥ずかしがっているようだ。


「キミそんなこと気にするほど純情だったんだね!」

「減らず口叩く前に新しいお茶持って来い!」

「はいはいただいまー! ……あ、その前にそのお茶、厨房に捨ててくるけど。飲み残しだし」

「あ……お、おう」

「なんで名残惜し気なの?」

「……気のせいだ。ばか」


わかりやすい、と晃は思う。一年前からずっとこうだったから、今更なのだが。


「……一年、かぁ。アイツやっぱり変なところで勘が鈍いなぁ……」


一人茶亭に残った滝は、真っ暗になった外を見て、誤魔化すように笑う。

やっとまともに声を掛けることができたのだが、まだ先は長そうだと。

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