第13講 祈りは意外と届く

「ん……んん……!」


火の手が迫る船の一画に、血を流しながら転がる少女がいる。歳は小学校の高学年程度。白いパーカーを着こみ、髪を束ねてポニーテールにしている。他には白い肌が特徴だ。


そんな彼女は今、手足をそれぞれ縄で縛られており、もがく程度にしか動けない。


決して油断していたわけではない。だが思っていたより遥かに、今回のゲームの動力炉は強かった。

お陰であっさりと拘束され、拷問され、まだ見ぬ参加者たちをおびき寄せる餌になってしまう始末。痛みと申し訳なさで、涙が止まらなかった。

船長の拷問のせいで体力は限界に達しており、もう拘束を解く余力もない。無力感に苛まれながら、暗い部屋でただ一人、孤独。


そんなときだった。


「見つけた。生きてるか?」

「……ん?」


自分の傍らに、誰かがいる。部屋はどこかで燃えている炎がうっすらと、開いたドアに光を送り込んでいるので、先ほどよりは暗くない。

いつの間にか気絶してしまっていたようだ。そうでなければ、ここまで接近されていて気付かないはずがない。


「ごめん。来るのが遅くなった。すぐに拘束を解いて……ああ、猿ぐつわは大丈夫そうだけど、手足の縄は固いな! ナイフとかあればいいんだけど!」

「……ぷはっ!」


息苦しい猿ぐつわから解放され、少女は息を吸い込もうとするが、煙臭くて逆にむせ返る。先ほどよりも火事が酷くなっているようだ。


「あなたはだれ……?」

「山形。ああ、ダメだやっぱり外せない! こうなったら!」

「きゃっ!」


急に抱き上げられ、一気に目が覚めてしまった。見知らぬ男性の暴挙に目を見開いていると、僅かな光を反射する目と目が合った。


「小さい子で助かった! よし! 避難だ避難! もうゲームはクリアしてるし!」

「あっ、ちょっ! 初対面のレディに小さいは失礼なのでは!?」

「今は小さいことに感謝しててくれ! とにかくどこかに逃げるぞ! あ、ところで……」


ドアを出たとき、外の炎が彼の顔を照らす。それだけなのに、何故か少女の心臓が跳ねた。特別好みでもないし、こういっては何だが凡庸な顔立ちなのに。


「どこか痛いところはないか?」

「……胸が痛いです。あと、私の名前は外町とまちウノですので。しばらく輸送、よろしくお願いします」

「いや傷ついてるの胸以外って感じなんだけど……まあいいや。よろしく!」


山形小雨、最後の参加者の回収に成功。

あとは滝と同行しているはずのナイトメアに会って、下船の手続きをするだけだ。

待ち合わせ場所は既に決めてある。まずは何が何でも甲板へと向かう。


「帰る! こんな場所で死んでられない!」


◆◆

「うわっち! 燻される! 燻される!」


何か予想外のことがあったときの待ち合わせ場所として指定されていた甲板。そこには、先に辿り着いていた滝と竜子がいた。小雨がやってくるのを祈る気持ちで待っていた。

船の中が燃えているため、甲板の木々の隙間から出てくる煙で息苦しいし、暑苦しい。


「……滝ちゃんは先に帰ってていいのよ」

「アホか! ここまで付いてきてくれたアイツを放って先にとっとこ帰れるかよ!」

「そう。まあ、もっともね」

「……メイサは? お前の方こそ、もうここにいる理由がないだろ?」

「……そうね」


竜子の影のある表情を見て、滝はふと不安になる。


「……お前、死なないよな?」

「私が? 何故?」

「いや……バカな質問したな。なんとなくそう思っただけだ」

「そうね。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけだけど、弟が死んで悲観的になってたことだけは認めるけど」

「……あのさ。結局このゲームって、なんだったんだ?」

「夢よ。とびっきりの悪夢」


竜子は空を仰ぐ。赤い炎に照らされ、少しだけ赤らんだ夜空を。


「ルールに書いてあったでしょう。トロフィーがどうとか。あれってね、運営に対して相当高い金で売れるの。ゲームの難易度によってトロフィーの値段は違うけど、一番安いものでも一千万円はするわ」

「い、一千万!?」

「あなたたちは押し付けられ組。逆に言うとね、誰に押し付けられたわけでもなくってこと。なんとなく山形くんは気付いてたみたいだけど」

「お前も……そうなのか?」

「……あまり言いたくないわね」

「それが答えになってるじゃねーか」


だが、合点が行った。この船の回りを同じように浮遊する、無数の幽霊船の数々。あれは別のゲーム会場だったのだろう。

他の参加者が、金のために命を賭け、悪夢そのもののゲームに参加しているのだ。


「あわ……あわわわわわ。燃えちゃううう……ワタシの作ったゲームがぁ……」


船の惨状を目にして、ただ震えているだけのシリウスに目が行く。

体中に穴ぼこが大量にできているにも関わらず、死なないどころかまったく問題なく動けている人間もどき。一体どこのどんな技術を使えば、あんなものが実現できるのか。


未だにゲームには謎が多く存在するが、そのすべてを竜子が知っているわけではないだろう。知っている人間がいるかどうかも疑問だ。


「……完全ドロップアウトを目指しなさい」

「なんだって?」


滝は竜子に目を向ける。彼女は、少しだけ立ち直ったような顔になっていた。取り繕っているだけかもしれないが。


「トロフィー三つ。値段に関わらず、トロフィーを三つ運営に捧げれば、誰に参加義務を押し付ける必要もなくゲームから降りることができるの。まあ、売却とは違うから金は一銭も入らないんだけど」

「……上等だ。元から私は金が欲しいわけじゃねぇ。誰かに責任を押し付けるのもイヤだしな」

「あなたちなら、可能そうだしね」

「……おい、それは……」


――自分たちには不可能だった。

そう言っているように聞こえて、滝は何かを竜子に言おうとする。

だが、その前に甲板へのドアが開いた。中から出てきたのは、小雨ではない。


「はあっ……はあっ……自分でも信じられない! オジサン、アライブ!」


スーツや帽子のところどころに灰や焦げをこびり付かせた光秀だった。心底安心したように顔を綻ばせている。

それを見ている参加者二人は、特に表情の変化はない。


「あら。生きてたの、織田さん」

「おお。オッサンか。そこにナイトメアがいるからさっさと帰るといいぞ?」

「なんか反応が淡泊じゃないッ!?」


これで残るところは、まだ顔も知らない最後の参加者と、小雨だけだ。

竜子はふと踵を返し、シリウスの方へと歩き出す。


「……じゃあ、私は帰るわ。伝えることも伝えたし」

「あ、おいメイサ! お前、どこの大学なんだ?」

「言う必要なし。もう二度と会うことはないでしょう。ゲームは無数にあるから、チームを組んでない限りはかち合うことは稀だし。ナイトメア!」

「ハイハーイ。これにてセッションは終了デス。お疲れ様でした」


シリウスが指を弾くと、どこからともなく桜吹雪が舞いはじめた。

竜子の体が足元から消え始め、段々と消滅が浸食し、彼女の体は跡形もなく消える。


「……これが下船!? テレポーテーションじゃねーか!」

「波止場にでも止まると思いマシタ?」


非現実的なものなら、この船で何度も見た気がした。しかしこれはいくら何でも不可解すぎる。これが下船なら、滝自身もテレポーテーションをしなければならないのだから、震えも止まらない。


「うおおおおおお……ザ・フライみたいな目に逢わないといいなー……」

「ん。じゃあオジサンもドロンしようかなー」

「ハイハイ。何か言い残すことは?」

「んー。そうだなー」


シリウスの問いに、光秀は考え込む。チラリと滝を見て、何かを決心した。


「……ん。そうだな。じゃあこう言おう。今回のゲームで無理だと思ったら、誰にでもいい。参加義務を押し付けなさいな」

「なんだと?」

「生きるためなら仕方ないでしょ?」

「……ちっ」


正しい。反論の余地もない。だが、滝にそのつもりはなかった。

誰かに危険を押し付けて逃げることは、間違っている。少なくとも滝の中では絶対にそうだ。間違っていることを間違っていると自覚した上で行うのは、正義ではない。


光秀は滝が目を逸らしている内に、シリウスの手によって船を下ろされ、消えてしまっていた。


「さてと。あとは三人だけデスね。あなたも下船しマス?」

「待つ」


先ほどから、やることは変わらない。


「アイツを待つ。じゃないと礼が言えねーだろ」

「ンー。美しきかな友情。いや愛情?」

「どっちでもいいっつの」


シリウスの隣で、小雨を待つ。それが滝なりの義理立てだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る