第12講 優しさは財産

「――そこまでデス! キャプテン!」


大きく響く、イントネーションがどこか崩れた女性の声。

続いてガシャン、という大きな金属音が竜子の体全体を振るわせる。

生きることを放棄し、前準備を整えた後でゆっくりと目を瞑っていた竜子は、瞼を開ける。


「……え?」


船長は無数の鎖によって、雁字搦めになり、大の字の状態で拘束されている。四肢をあらぬ方向に限界まで引っ張られ、今にも引きちぎられそうだ。

鎖の出所は不明だ。炎に包まれた壁や床、天井の向こう側だということはわかるのだが。


「これは……一体誰が?」

「メイサ! すまん、遅くなった!」


まったく敬意の感じられない、馴れ馴れしい声が響く。それは間違いなく、自分が先ほど勝手に希望を託した滝のものだった。

彼女は急ぎ足で竜子の隣に駆け寄り、拘束された船長と相対する。


「熱っ! しかも煙っぽい! ああ、でも明るい! やれる! 勝てるぞ、このゲーム!」

「霊院さん?」

「滝でいい! なんだかんだ世話になったからな!」


現在、周囲は大火事だ。今にも煙と熱に充てられて気絶してもおかしくない。だが滝は先ほどまでの怯えていた態度が嘘のように消え去り、元気に笑顔まで浮かべてさえいた。


「さあ! 大逆転タイムだ! これだけ明るければ、もうテメェなんざ怖くねぇ!」

「いやァ、止めを刺すのはワタシなんデスけどねェ」


その崩れた日本語を繰り出している人物は、先ほど滝が来た方向と同じところから状況を眺めていた。金髪で、妙に血色が良い顔に笑顔を浮かべ、中世を思わせるような古風な服を着こんでいる女性だ。

竜子がよく観察してみると、彼女の体には弾痕のような穴ぼこが大量にあり、今現在も出血を続けている。

そして、顔にはナイトメアの特徴である『植物の入れ墨』があった。ナイトメアによって何が描かれているのかは千差万別だが、彼女の場合は顔の右半分に絡みつく枝垂桜の入れ墨だ。

花言葉は確か『ごまかし』だったかな、とどうでもいい思考に頭が行く。

だが、すぐに竜子は切り替えて、険のある瞳で射貫く。


「……ナイトメア。今ごろになって、何の用?」

「ルール違反の処理」

「……何のこと?」

「コサメが気付いてくれたんだよ! キャプテン・メランコリックのルール違反に!」


滝が興奮気味にまくし立てるが、しかし意味を理解するには説明が足りない。その件の小雨も、今この場にはいなかった。


「山形くんは?」

「アイツは人質の救出だ。多分、移動手段を潰された状態で、どこかキャプテンから遠くない場所にいるはずだってさ。まあそれは後だ後! 私たちは、コイツに止めを刺す! 今すぐにッ! ナイトメア!」

「あいさー!」


滝の声に陽気に応え、ナイトメアが指を弾く。すると、先ほどまで消えていたはずの青白い火球がすべて船内に復活した。だが、船長が瞬間移動で脱出する気配は一向にない。

ナイトメアは満面の笑みを浮かべながら、船長を力強く指さす。


「キャプテン・メランコリック! あなたはこのゲームの基本ルールその四、『ナイトメアへの故意もしくは意図的な攻撃の禁止』に違反しました。よって、ワタシの名において、あなたを処刑し……あっ」

「あん? どうした?」


急に口を閉ざしたナイトメアに、滝が振り向く。ナイトメアの笑顔は引きつり、挙動はぎこちないものになっていた。


「いえ。プレイヤーやギミックの処刑には、ワタシの名前の宣言が必要なんデスが。ワタシ、最近作られたので名前がないんデスよ。付けてくれません?」

「ああ!? んだよ、面倒くせーな! 自分で決めりゃいいだろ!」

「いやー。ナイトメアには自分で自分の名前を考える権利はないんデスよねー。決定権はあるんデスが。気に入らない名前なら突っぱねマス」


ガシャン、と再び金属音が鳴り響く。見ると、船長が鎖から脱出しようと必死にもがいていた。いつ拘束が解けるかわかったものではない。

すぐに滝は頭をフル回転させ、それなりに思い入れのある名前を送る。


「ちっ。てめーにこんな大層な名前を送りたくはないんだが、咄嗟に思いついたのがコレだけだったから仕方ない! 命名だ! てめーの名前は今から、夜空で一番光る星だ!」


力強く、名前を呼ぶ。


「――やってやれ! シリウス!」

「男っぽい名前だけど、まあいいデス。じゃ、改めて!」


調子を取り戻したナイトメア、シリウスは死の宣告を再開する。ゲームに止めを刺すために。


「シリウスの名において、あなたを処刑しマス! ゲームオーバーDEATHデス!」


復活した青白い火球が、その宣告に呼応する。一斉に船長に向かって飛来し、その体に付着。轟轟と凄まじい音を立てて、彼を焼き始めた。

船長は悲鳴を上げるように大口を上げるが、しかし声はまったく出ない。

もがき、苦しみ、そしてその抵抗の果てに右腕が鎖から外れ、辛うじて銃を竜子に向ける。


「ッ!」


銃声が響く。竜子は咄嗟のことで体が固まってしまっていたが、その銃弾が当たることはなかった。

滝が一瞬で燃える船長との距離を詰め、銃を持つ手を右手の裏拳で軽く弾いたからだ。


「……言っただろ。もう怖くねぇ。これだけ明るければ、もう負けねぇ!」


剥き出しの髑髏は、その瞬間絶望に顔を歪めた気がした。少なくとも竜子にはそう見えた。


滝の力強い言葉に抵抗力を完全に失った船長の目の前で、彼女はくるりと一回転する。凄まじい遠心力を乗せた回し蹴りが、船長の側頭部にクリーンヒットし、骸骨のみが光秀の付けた赤い炎の渦の中に飲み込まれて、消えていった。

その後を追うように、シリウスによる処刑も終わり、残る体も灰になる。


竜子と滝の持つパスから、ピコンという電子音が鳴り響いた。


竜子がパスのホーム画面を見ると、時間制限のカウントは止まっており、ゲームクリアの文字が浮かんでいる。


「……終わった、のね。でも一体どういう……」

「簡単な話だったんだよ。このゲームは、ずっと前から既に終わってた……いや、終わってなければならなかったんだ」


困惑する竜子に、滝が眉根を寄せながら答える。


「あのクソ人形、ゲームの準備中にデバイスをうっかり落とした挙句、それを船長に拾われたんだとよ。で、そのデバイスの位置情報を読み取るシステムを利用されて、後頭部に不意打ちでバン! そこから先は私たちに起こされるまでずっとおねんねだったってわけだ。ルール違反者に対して処刑を施さないといけないはずだったのにな!」

「めんご!」

「めんごで済むかボケッ!」

「あと、ワタシの名前はシリウス、デス!」

「割と気に入ってるじゃねーか! 熱っ!」


気付けば、火事の規模は更に大きくなっている。このままでは、ゲームをクリアしたというのに焼死してしまう。

滝は急いでシリウスに歩み寄った。


「おい! お前が下船の手続きをしてくれるんだよな? さっさと下ろせ!」

「ああ。いや。デバイスがあれば船の復元ができるので、まずはそれを探して戴けるとありがたいかなーって思うのデスが。火事も収められマスよ?」

「私が壊したわ」

「……マジで?」


竜子の自白に軽く驚いた様子のシリウスは、口に手を当てながら考える。


「うむん。あなたたちは今すぐ下ろせます。が、他の三人については……ワタシにはどうも。まずワタシのところに来てくれないと」

「じょ、冗談じゃねーぞ! やっとこの意味不明なゲームをクリアしたってのに!」

「元はと言えば放火なんて滅茶苦茶なことをするプレイヤーが悪いと思うのデスが……」

「そういえばそうだ! 誰だよ放火なんてクレイジーなことをしたヤツは!」


竜子は怒る滝に対して何も言わないことに決めた。正直に話したら仮に助かったとしても光秀の未来が危ない。


その場で全員がまごついていると、煙が容赦なく襲ってきた。意識が遠くなるほどに、呼吸が苦しくなってくる。


「……コサメ……オッサン……!」


もう、滝には祈ることしかできない。二人の無事を。そして、今いる全員での生還を。

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