第11講 無理はするな

「さてと……織田さん。一つ言い忘れてたことがあったの」


竜子は光秀に対し、平然と言う。光秀もできるだけ平然と、その言葉を受け取る。


「なに?」

「実はあの船長、動きが情報と食い違ってたのよね。私の弟を襲ったときもそうだったんだけど。どういうわけだか参加者の位置がわかってるみたい」

「ああ、うん。オジサンも今気づいたんだよねー。一回や二回なら偶然で済まされるけど、こういうことが何回も続くとねー……無視できないよねー。勘が鈍ったかな……」


カンテラの調達に手間はかからない、と言ったのは果たして誰だったか。

大間違いだった。何故なら、カンテラの物色の途中で、二人の目の前に船長が現れたからだ。

もうここまで危険に迫られると、乾いた笑いしか出てこない。光秀は歪んだ笑みを竜子に向ける。


「マジックパスは残ってる?」

「もう一枚も残ってないわ」

「オジサンも」

「……ふむ。もうこうなったら、アレね」

「アレだな」


うん、と竜子と光秀が同時に頷く。そして、船長が銃を構えたのと同時に、二手に別れて走り出した。


「全力で逃げる!」

「了解! 生きてたらまた会いましょう!」


銃声が響き、マズルフラッシュで一瞬その場が明るくなる。だが、どちらに向けて撃たれた弾丸なのかは二人にはわからなかった。


光源の確保に失敗。

残された手段は、不幸なことにいくつかある。そのどれもが犠牲を強いるものだったが。


「やるしかない、か」


光秀はライターを握りしめながら、苦々しい顔で歯噛みする。

――どうか誰も死んでくれるなよ。

そう祈らずにはいられなかった。


◆◆

小雨と滝は亀の歩みで探索を続け、ついに最初に船長と接触したあの部屋へと辿り着いた。

上の方で何やら音が聞こえるので、どうやら竜子と光秀の二人は船長と交戦中のようだ。仮説の証明は急がなければならない。


「いた」

「う……さっきより暗いから余計に雰囲気が……」


滝の顔は苦痛に歪むが、小雨の目はどことなく輝いている。

二人の眼前には、床にぐったりと倒れこむ血まみれの女性がいた。血が絡みついた金色の髪で遮られて、顔はよく見えない。

先ほどの滝の説明通り、体中は銃による弾痕だらけで、これで生きているのは人間ならば確実にありえないだろう。


小雨はその女性の死体をじっくり眺めてから、ふと呟く。


「間違いない。彼女がナイトメアだ」

「どうしてわかる? まだ顔を見てないぞ」

「中世の船乗りみたいな恰好してる」

「あ?」


確かに、言われてみればそうだ。倒れている女性の服装は、全体的に中世的なもの。どことなくあの船長と似た雰囲気を感じる。


「……そうか。司会進行役なら、ゲームのイメージを壊さない服装を着こんでもおかしくねぇ」

「ていうか現代でこんな服を着るの、コスプレ以外ではほぼありえないしね」

「なあ。やっぱりコイツが生きてるとは私には到底思えないんだが」

「どうにか確かめる方法はないかな」

「……脈を取る、とか?」

「……ここまで来ておいてなんだけど、グロいから触りたくないな」


小雨は鼻を摘まみながら、少しだけあとずさる。今更だが、当然の反応だった。


「血の匂いが凄いし」

「……ちょっと吐き気がしてきたぜ。調べるにしても早めにしよう」

「ああ。わかってる。躊躇してる時間はないよな、霊院」

「滝だ」


ひとまず小雨は滝にカンテラを持たせ、少しの間だけ離れておくように指示する。眉を潜めた滝だったが、断る理由もないので渋々承諾した。


「じゃ、早速調べよう。まずは脈を……」


倒れているナイトメアに手を伸ばす。

そして――


「うわっ!」


途中で手首を掴まれた。

滝にではなく、倒れていた本人。つまり、どう見ても死んでいるようにしか見えなかった人間もどきに。

急な出来事に歯の根が合わず、驚愕に目を見開いていると、倒れていたそれはゆっくりと体を起こしていく。

血を尚も流しながら。


「……ウ、アー……寝起きの乙女に触ろうとする不埒者はどちらさま、デス?」


どことなくイントネーションのおかしい日本語が響く。顔が髪に隠れて見えないので、口元もわからないのだが、確実に目の前の女性から発せられる声だった。


「あ、わ、わ!」


ホラー映画のワンシーンのような、スプラッター要素に満ち満ちた光景を現実に体験してしまった小雨は、声もまともに発することができなかった。


だが、その内に髪に切れ間ができて、その人物の目元が見える。

どことなく焦点が合ってないが、睫毛の長い女の子の目だった。


それを見た小雨は一瞬でクールダウン。身の毛のよだつような体験をしたが、それも一瞬で元に戻っていった。


――見つけた! 仮説は合ってた! これでもう一つの攻略法が実行できる。


と、思ったのも束の間。


「う、うわあああああああ!」

「ぎゃあああああああああ!」


凄まじい衝撃音を響かせながら、吹っ飛んでいくナイトメア。

このホラー極まりない光景を見た滝が、彼女を派手に蹴り飛ばしたらしい。速過ぎて小雨の動体視力ではとても追いつけないような速度だったが。


ナイトメアは小雨の手首から手を放し、壁を突き破り、また突き破り、二つほど隣の部屋へと吹き飛んでから止まった。カンテラの光に照らされる彼女は、再びぐったりとしている。


「あー、怖かった」

「攻略方法ーーーッ!」


額の汗を拭う滝の横で、小雨の悲痛な叫びが響く。


◆◆

「中世の船の上で、絶対にやっちゃいけないと言われていた戦法の一つだ。知らないわけないよな」


船長を相対する光秀は告げる。できるだけ泰然と。半ば煽るように。

その甲斐あってか、船長はどことなく怒っているように見えた。


「背水の陣ってヤツだ。ひとまず、オジサンはね、この船を燃やすことにしたよ」


背中に感じる熱と光。煙臭さ、息苦しさを無視しながら、光秀はなおも続ける。

竜子と二手に別れた後、船長が追ったのは光秀の方だ。

光秀は出来る限り、震える足に鞭を打って走り回ったが、その内に船長の底なしの体力と、銃という圧倒的なリーチの差に限界を感じた。

故に、最後の手段に打って出るしかなくなったのだ。それは即ち、放火。ただし、熱で船長を焼き殺すためではない。目的は別にある。


「……これで明るくなった。あとはお前を、嬢ちゃんが蹴り上げるだけでいい。結局、頼る形になっちまったな」


自嘲的に笑う光秀に、ゆっくりと船長は銃を向けた。


「おっと。まだ死ぬ気はないんでね。生き残る可能性に賭けてみるよ」


バン、という銃声が響く。そして、光秀は真後ろに倒れていく。

しかし銃弾が当たったのではない。わざと光秀は後ろに倒れて行っているのだ。


炎燃え盛る床に向かって。


「なんとか下の階に行ければいいんだけど……!」


そして、炎と光秀の体重によって床は崩落。どころか、船のその区画ほとんどが崩れ落ち、光秀は完全に船長から逃げおおせた。

ただし、逃げた後の生死は不明だ。この分だと、ほぼ確実に死んでいるだろうが。

船の瓦礫か、炎か、煙か。彼を殺す要因はいくらでもある。


船長は考える。一応あのデバイスで、あの男の生死を確認すべきだろうかと。

船を歩いているときに拾った謎の携帯端末。ナイトメアがうっかり落としたものらしいが、効果は本物だ。密航者のプロフィール、弱点、居場所、そのすべてが表示されている。


だが、使い方が今一よくわからない。起動する度に数秒の時間を要するので、段々と面倒くさくなってきた。


しかし面倒で済まされる事態ではないのも確かだ。自分の船が燃えているのだから。

船長の中にある殺意がますます濃くなった。彼はポケットを探り、デバイスを取り出す。そして――


「それが私たちの居場所を特定したトリックの正体、ね」


銃声が鳴った。船長の銃ではなく、別の銃による銃声が。

そして、船長の持っていたデバイスが手の骨ごと一瞬で粉々になり、炎の海へ消えていく。

船長の手は一瞬で復元されたが、デバイスは元に戻ることはなかった。


ゆっくりと、声の方に振り向く。先ほど取り逃がした密航者の女がいた。その手には船長が持っているのと同じようなフリントロック式の銃。船のどこかでくすねてきたらしい。


「まったくとんでもないことをしてくれたものだけど……まあいいわ。これでお膳立ては完全に整った。結果的に弟の仇も打てる」


心底怒りに満ち溢れた挙動で、船長が竜子に銃を向ける。


「さて、私は……逃げる必要、あるのかしら」


竜子の瞳は諦観に満ちている。弾の無くなった銃をそこら辺にポイと投げ捨て、肩を落とした。

船長を破壊したいのは本当だったが、それが竜子自身の手では不可能だということには、とっくのとうに気付いていた。


今まで無理やり怒っていたフリをして、自分自身の心を誤魔化していたのだが。


「……このゲームのを知ったとき、あの子たちはどういう答えを出すのか。それだけが心配ね」


竜子は逃げることを放棄した。心配事は他にも、先ほどから姿の見えない人質のことなどいくらでもあるが、それも生き残った二人に任せることにする。

そして船長の指が引き金を引き絞り――

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