第8講 完璧なプランなどない:残り五名

「まず全員パスを出せ。キャプテンについて、手に入れた情報を送るから」

「そんなことできるのか?」


滝が怪訝そうな顔をし、光秀は鷹揚な笑みを浮かべる。


「できる」

「……こんなことも知らないなんて、ガチ新規ね。本当、ナイトメアはどこで何をやってるのかしら」


呆れたような声で竜子は言う。そして、首を振って思考を切り替えてから、パスを取り出した。滝と小雨は先ほど制限時間を確認してからパスを仕舞っていないので、そのまま光秀が何かをするのを待つ。


光秀がパスの画面をいじくっていると、その内に電子音がすべてのパスから同時に流れた。

パスを再度見てみると、確かに中身の情報が増えている。


キャプテン・メランコリックについて。

一つ、生身の人間が行う彼に対しての攻撃はすべて無効です。正確には、破壊してもすぐに復活します。

二つ、彼は黒魔術によって、船内限定でどこにでも瞬間移動を行うことができます。ただし、移動先に何があるかまでは把握できません。

三つ、生前に仲間を全滅させてしまった戦いのことを思い出すため、彼は甲板に出たがりません。ただし、甲板に彼の仲間の幽霊がいるわけではありません。この船にいる霊体はゲーム開始時点で彼一人だけです。

破壊方法、甲板に連れて行く。

補足事項:キャプテンの持つフリントロック銃に残り弾数という概念はありません。引き金を引けば引いただけ出てきます。


小雨は情報すべてを読み込み、目を疑った。


「……穴抜けが全部埋まってる!」

「新規参加者がいるゲームは基本的に難易度抑え目だからな。油断しなければこんなものさ」


光秀は感慨もなくさらりと言った。

いつ襲われるともわからない薄暗い幽霊船の中で、平常心を保ちながら情報を集めるのはおそらく至難の業だ。そのことに彼は気付いているのだろうかと小雨がお節介な心配をしてしまうほどに、光秀は本当に誇っていない。

滝は眼鏡を軽く動かし、目のピントを合わせながら一言漏らす。


「……甲板に連れて行く? は? どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。ヤツは甲板に連れて行けば、それだけで終了。オジサンたちの勝ちだ」

「いやいやいや。何言ってんだ。この甲板に何があるってんだよ?」

「何もない。オジサンたちにとってはね」

「……あー?」


まったく釈然としない滝の横で、竜子が何かに気付いたように『あっ』と声を上げる。


「そうか。生身の人間の攻撃が無効で、この船に霊体がキャプテンただ一人なら、攻略の方法なんて一つしかない」

「……あっ! まさか、そういうこと!? そんな簡単なことでいいの!?」


続いて小雨が気付く。が、滝だけが尚も攻略方法の正体に思い当たらず、おろおろとしていた。


「え? え? な、何だよ。そんな目が覚めるような方法があるのか?」

「霊院。破壊方法はそのままの意味だ。キャプテンを甲板に連れてくるだけでいい」

「んなわけあるかよ。甲板に連れてきたからって何が起こるってんだ? まさか自殺するわけでもあるまいし――」


小雨に吐き捨てるように言って、途中で滝は黙る。

攻略方法は、まさにそれだと気付いたからだ。


「……か!? 冗談だろ!?」

「伏線は色々と置いてあった」


目の色を変えて狼狽する滝に、光秀は落ち着いて答える。


「この船にいる霊体はキャプテンただ一人で、俺たち生身の人間の攻撃は完全無効だ。まともに考えれば攻略不可能。だが船長が船長自身に攻撃すれば話は別だ。ヤツはどう見たってゴーストだからな」

「自分自身の攻撃は利く……か」


竜子は思案を纏めるように目を伏せる。


「そもそもヤツの名前自体が大きなヒントだったのかもしれないわね。憂鬱な船長キャプテン・メランコリックなんて変な名前だなと思ったけど」

「鬱こじらせ過ぎて死ぬってか? マジで?」


滝はまだ半信半疑のようだ。それもそうだろう。もしそれが答えだとしたら、彼の破壊はおそらく難しくない。というより、滝の存在があればそれだけでゲームの難易度がガタ落ちになる。

小雨は答えへの裏付けを得るため、周囲の骸骨を見渡す。案外、あっさりとそれは見つかった。


「……コイツ、ジョリーロジャーを服の意匠に使ってる」

「なに?」

「あの海賊旗と同じ意匠だ。ここに転がってる骸骨たちって、やっぱり……」


船長の情報に書かれていた通り、ここに転がっている骸骨のほとんどは彼の仲間だったものだろう。

襲撃されたときには当然反撃しただろうから、敵方の骸骨も混じっているかもしれないが。


「……じゃあつまり……現状でヤツの攻略に一番有効な手は……」


滝は段々と青ざめていく。

このゲームの攻略方法。その一番の近道に、彼女が思い至らないわけがなかった。なにせ既に実行して、半分成功させている。

船長を二階層分突き抜けて吹き飛ばすアッパーカットを。


竜子と光秀の視線を受け、滝は一歩あとずさる。


「……霊院。やれるか?」


小雨が心底心配そうに声をかけると、彼女は半泣きの状態で彼に顔を向けた。


「……かなりイヤだ」

「ですよねー」

「でも」


ぐ、と涙を流すのを耐えて、滝がゆっくりと小雨に手を伸ばす。


「最悪、お前が隣にいれば、できるかも……な?」

「……うん。わかった。協力する」


小雨の返答で、緊張に張り詰めていた彼女の表情が、少しだけ緩んだ。


「ねー。冥砂サン。オジサンも歳かなー。ああいうやり取り見てると眩しくて目がシバシバしちゃうよー」

「私に振らないでちょうだい」

「厳しー」


くふふ、と笑う光秀は確かに眩しそうに目を細めているが、楽しそうだった。

命がかかっている状況下だからこそ、攻略の糸口が見えるとテンションが高くなるのは理解できる。

だが、竜子は最後の最後まで気を抜くつもりはなかった。


「……アイツは絶対に……」

「ん? 冥砂サン、なんか言った?」

「なんでもないわ」


光秀は、そう言って誤魔化す竜子の目に暗い影が落ちるのを見逃さなかった。ただ、このゲームには関係はなさそうなのであえて見逃す。

もう時間がない。些事には構ってられないのだ。


「なあコサメ。お前、そろそろ苗字呼びはやめてくれないか?」

「あい?」


滝の要求の意図がわからず、小雨が間抜けた声を出す。


「いや、だから私のことも名前で呼んで――ん?」


補足が終わる前に、足音が聞こえた。

誰かが昇ってくる音だ。


それは甲板と船内を繋ぐドアの近くで止まり、沈黙する。


「……誰だ?」


滝が問う。ドアは閉まっているので、中にいるのが誰かはわからない。

可能性は二つ。甲板近くまで来た船長か、あるいはもう一人いるはずの参加者か。


「う……ああ……うう……」


滝の問いに答えるように帰ってきたそれは、人間の声に間違いはなかった。だが、様子がおかしい。声が言葉になっていない。ただのうめき声だ。

まるで猿ぐつわでもされているかのように、くぐもっている。

全員が妙に思いながらも耳を澄ませていると――バン、という銃声が聞こえた。


「ぎゃああああああああああッ!」


そして続けて響く、本能を揺さぶるような大きな悲鳴。

更に銃声は続き、そのたびに悲鳴が聞こえてくる。幼い、少女の叫び声が。


「……おい。これって! おいッ! ふざけんなッ!」


滝が驚きと怒りと恐怖の混じった目でドアを睨む。

他の三人はそれと同時に、ドアの向こうで誰が何を、何のためにしているのかに気付いてしまった。


「拷問されてんじゃねーか! これ、向こうにいるの最後の一人だろ!」


憤怒の形相の滝の叫び。それを受けても、尚も銃声と悲鳴は止む気配はない。むしろ、段々とエスカレートしている気配すらある。

不愉快の極みといった表情になりながらも、しかし竜子は冷静に分析した。


「私たちをおびき寄せる気なのかしら?」

「野郎ォ! お望み通り粉々にぶち砕いて――!」

「待て霊院! ドアを開けたら待ち伏せで狙撃されるだけだぞ!」


小雨の静止に滝が直前で止まる。

そして、どうしたものかと周りを見渡し、すぐさまに考え付いた。


「……床をぶち破る。で、後ろから不意打ちをかましてやらァ! 甲板近くまで迂闊に来たことを目一杯後悔させてやる!」

「待てって! ちょっとは冷静に……」

「冷静にしてる間にアイツ死ぬぞ!」

「それは……!」


小雨はたじろぐ。確かに時間があるとは思えない。

だが、イヤな予感がする。少なくともここで感情のままに突っ走るのは、どう考えても悪手だ。


悪手なのだが――


「……俺もついてく。絶対に無茶はするなよ!」

「助かる! あとコサメ! さっきの続きなんだが!」

「なに?」

「名前で呼べ、バカ野郎!」


滝は拳を固め、脆そうな点に思い切り振り下ろす。

銃声と勝負できそうなほどに大きな崩落音が鳴り響き、甲板の一部は大穴へと変貌した。


「あらっ?」

「あれーっ!? オジサンたちも巻き添えになるパターンだねー、これーーーッ!」


その際、穴が滝の想定よりも大きくなり過ぎたため、竜子と光秀も巻き添えになり、落ちる。

再び、海賊船の内部へとプレイヤーが揃ってしまった。

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