第7講 自己紹介は簡潔に:残り五名
「いやいやいや……空を飛ぶ船が回りにあるからって、流石にこの船もそうだとは限らねーだろ? なあ?」
滝はそう言いながら、甲板の端へと移動する。
そして欄干から身を乗り出し、下を覗き込んだ。小雨はイヤな予感を覚えたので、その後ろ姿を見るだけにとどめる。
滝はしばらくその体勢のまま固まった後、耐え切れなくなったように笑いだす。
「……お。アキの茶亭が見える。えーっと、ということはあっちに……あ! アレ! アレ私が住んでるマンションじゃん! すげーな、上から見るとこうなってんのか! あはははは!」
「霊院」
「はーっはっはっは! いやー、すげーなー! ここまで来ると逆に気持ちいいなー、うん! はっはっは……」
「霊院……落ち着け……」
「……落ち着けってどういう意味だ? あん? 落ち着いて泣けって意味か、コラ」
小雨は滝の難癖じみた八つ当たりにも、まともな反応を返せそうになかった。
もうどうすればいいのかわからない。八方塞がりに近い状態だ。信じられないことだが、ゲームクリア以外に脱出手段らしい脱出手段が見当たらない。
だが、あのキャプテンは生身の人間による攻撃を無効にする上に、残弾無制限の銃まで持っているのだ。まともに戦えばいつか確実に射殺されてしまう。
「落ち着いて死ねって意味かよ……おい……」
「そうじゃない、けどさ……」
小雨はなおも振り向かない彼女の背に向かって歩き出す。そして、同じように下を覗き込んだ。
――高い。
亜府呂市の街が一望できる。夜なので当然暗いが、電気などの文明の明かりで幻想的に浮かび上がる景色は美しい。
そして、もしかしたらと期待したのだが、とてもではないが飛び降りることは不可能な高さだった。
「……あそこら辺に私の家」
「ん?」
「マジで笑えるよな。見えてるのに、帰れない」
「……夜なのによく見つけられたね」
「高いマンションだからな」
「値段? 物理?」
「どっちの意味でも」
そんな応酬を半笑いで交わすが、すぐに言葉が続かなくなる。虚しくなったからだ。
滝は項垂れ、欄干に額をこすりつける。
「……マジでどうしようもねーじゃねーか」
「ルールに『ゲームクリア以外での脱出の禁止』が書かれてない理由はコレか。元から不可能だったから」
「ちくしょう。バカにしやがって……!」
バキリ、と何かが割れる音がしたので何事かと思ったが、滝が木製の欄干の一部を握り潰した音だった。
「相変わらず凄い身体能力だな」
「あの船長をぶっ壊せなきゃ意味ねーよ!」
ご尤も、と小雨は思う。口には出さないが。
――さて、脱出不可。情報不足。船長は健在。次に取れる最善の手は。
「……おう。なんだ。亜府呂学園の生徒か? オジサン、あそこのOBなんだよ」
思案の途中で聞こえた間の抜けた声に、二人は急いで振り向く。
いつの間にか、木くずや血で汚れたスーツに身を包み、黒い帽子を被った長身瘦せ型の男がいた。
その隣には、全体的にパンキッシュなファッションで纏めた二十歳前後の女性がいる。彼女の方もボロボロだ。どこかで転んだのか、膝に擦り傷もある。こちらの方は口を引き結び、やや不機嫌な表情だ。
「……他の参加者?」
小雨の呟きに、男は仰々しく頷く。
「
と、男――光秀が声をかけたのは小雨でも滝でもなく、隣に控えていたパンキッシュファッションの女だ。
彼女は一度だけ目線を光秀に投げかけた後、すぐに目を伏せて、最低限の声量で告げる。
「
ジロリ、と静かに竜子は二人を順繰りに見つめる。どうも怒っているようだ。
「私たちのいる場所にキャプテンをふっ飛ばしたのって、どっち?」
「ごめんなさい」
滝は凄まじい瞬発力を発揮し、すぐさま謝った。
◆◆
その後、滝と小雨はこれまでの経緯を話した。
招待状を貰ったこと。気付いたらこの船に乗っていたこと。船長に追い回されたこと。そして、やっとの思いで甲板に出たら、船が空を飛んでいたことなどを。
「なるほど。お前さんらは招待状を貰って、気が付いたらこの船にいたと……うん。押し付けられ組か」
光秀は得心いったような言動だが、しかし小雨と滝には意味がわからない。揃って首を傾げると、光秀はすぐに補足した。
「このゲームに参加させられたら、その後一週間に二回は命懸けのゲームに参加しないといけないんだがな? その義務を誰かに押し付けてドロップアウトすることができるんだよ。パスと招待状が入った封筒は一種の手続きだ。それを誰かが開けて、中身を見れば押しつけ終了。押し付けたヤツは自由。押し付けられたヤツは即座に、ゲーム開始時刻と会場まで吹っ飛んでゲーム開始、だ」
「原理は?」
「不明」
小雨の質問に、あっさりと光秀は答える。思考放棄しているわけではなく、本当にわからないのだろう。
仮にわかっていたとしても、説明できるかどうかは別だが。
「……いや、まあ誰かに押し付けられたって点にも引っかかるけどよ。この船の大群は一体なんだよ! 空飛んでるぞオイ!」
滝が興奮気味に回りの船を指さす。光秀はそれを見て、どこか懐かしそうな表情だ。
「あー。わかるわかる。俺もそんな感じだった。うん。そうだよなー。ありえないよなー……もう……」
光秀は帽子を深く被り、目元を隠してから言う。
「感覚麻痺してどうも思わなくなっちゃったけど」
その言葉を聞いた滝は、背中に怖気が走る。
「か、感覚麻痺って……お前、それどういう……」
「……ナイトメアは?」
周りを見渡し、軽く探っていた様子の竜子は二人に聞いた。
だが、そもそもそのナイトメアとは何なのかすら二人にはわからない。
どう答えたものか、と考えていると、竜子は何かを察し溜息を吐いた。
「そう。わかった。まだ会えてないのね」
「……そうだな。多分会えてない。ていうか、そのナイトメアって何なんだよメイサ? 文脈から察するに私たちのお助けキャラか?」
滝の言葉に一瞬だけ竜子は不快そうに眉を動かす。
「あなたたちにとってはね。私たちにとっては、どちらでもないわね。あと冥砂さんよ。年上なんだから敬いなさい」
「私が敬うのは、バイト先の店長であるアカネ姐さんだけだ。だから断る」
「生意気……」
「ああん? やんのかコラ。生身の人間相手ならなんも怖くねーぞ」
険悪な雰囲気になってきたので、慌てて小雨は滝を止める。
「よせよせ。喧嘩しても何にもならないだろ、霊院」
「……悪い。年上ってだけで威張り散らす先輩が嫌いでよ」
「私もそういう連中は大嫌いだけれども、でも演技でも他人を敬った方がいいわよ。他人との摩擦は面倒だもの」
「ああ! わかった! 敬う演技だけはしてやるよ、メイサ!」
「……ああ、そう……」
竜子は何かを諦めた。気を取り直し、話を続ける。
「ナイトメアはこのゲームの司会進行役のヒューマノイドよ。特徴は顔のどこかに、何らかの植物を模した入れ墨があること。興奮すると淡く光る特殊加工がされてるから、普通の入れ墨とはすぐに見分けが付くわ」
「……はい?」
当たり前のようにつらつらと並べたてられた言葉に、小雨は虚を突かれた顔になる。
竜子は念を押すように続けた。
「ヒューマノイド。つまり人間もどきよ」
「いや、意味はわかりますけど……幽霊船にヒューマノイド? ファンタジーとSFが同居してるんですけど……」
「いるもんはいるんだから仕方ないでしょ」
仕方ない。そう言われると、そんな気にもなってくる。
小雨もひとまず諦めることにした。一々突っかかっていたら話が終わらない。
「今回みたいに、ゲームの参加者の中に一定以上の新規参加者がいた場合は、ゲームの公平さを保つために一人以上乗船することになっているのだけれども……会ってないっていうのはおかしいわね。もう制限時間は半分を切ってるのに」
「……は? 制限時間がなんだって?」
さらりと告げられたことに、滝が耳を疑う。だが、竜子は特に何の感慨もなさそうに繰り返す。
「制限時間、あと一時間三十分を切ってるわ」
「……なんだと!?」
滝は慌ててパスを取り出す。小雨も、それに釣られてパスの画面を見た。
確かに、カウントは残り一時間二十分程度。思ったよりも時間が早く過ぎていたらしい。
「これ……これも気になるんですけど。制限時間が過ぎたら、俺たちって……」
「あの世行き、だ。多分な」
青ざめた小雨の質問に、光秀がさらりと述べる。
「……多分って言ったのは、ほら。制限時間が過ぎたヤツがどうなったか、誰も知らないからな」
「誰も知らないって……」
「この意味、わかるだろ?」
光秀はあえて語らない。縁起の悪い話になるから、命がかかった状況下では言いたくないのだろう。
だがその気遣いと配慮が逆効果だ。小雨と滝は余計に怖くなり、呼吸が浅くなる。
誰も知らない。つまり、制限時間が過ぎた後で帰ってきた者が誰もいないということ。
何が起こったのか、考えたくもない。
「まあともかく、情報共有だ。誰かさんが派手に引き付けてくれたお陰か、こうやって後半戦になる直前まで、俺は悠々自適と情報を収集できた」
「おい。私たちを囮扱いかよオッサン」
額に青筋を立てた滝に、光秀は少し萎縮する。
「ま、まあまあ。オジサンのことはもうちょっとガラス細工を扱うように繊細に気を付けて扱うもんだぞ? 情報収集の甲斐はあったしな」
「あァん?」
「……少年。その子、宥めといて。超怖い」
光秀のヘルプを聞き、小雨は滝に目配せをする。滝はそれを見て、仕方がないと肩を竦めた。
話の障害がなくなったので、ほっと一息を吐いた光秀は報告する。
この中の誰もが渇望し、そして未だに手に入れられなかった情報を。
「……キャプテン・メランコリックの破壊方法がわかった。みんな、まだ彼と戦う気力は残ってるかい?」
ざわり、と空気が一気に変わるのを小雨は肌で感じた。
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