第5講 いくら非現実的であろうと一度起こってしまえば現実:残り五名

さて、時間軸はやっと現在に至る。


『動力炉』と称される謎の存在、キャプテン・メランコリックの発見。交戦。そしてルールに明記してあった『攻撃の無効』に関する記述の事実確認が済んだ後での逃走。

濃厚な血の匂いと、撃たれていた誰かの死を実感した二人は、遮二無二逃げ、適当な船室の中に隠れた。


「くそっ! なんてふざけた野郎だ! 攻撃の無効だと!?」


肩で呼吸をしながら滝は地団太を踏んでいる。

同じく息が上がっている小雨は、口に人差し指を当てて静かにするように促した。


「やめよう。見つかったらまた撃たれる。怒るなら静かに」

「くそがッ! 怖すぎるッ! 心臓が破裂しそうだ! 助けてパパ!」

「怖がってただけかいッ!」


学園でもトップクラスの危険人物だった滝は、実はそこまで精神的には強くなかったらしい。先ほどから小雨は彼女に対して驚いてばかりだ。

滝は歯軋りしつつ、絞り出すような声で続ける。


「そもそも私が暗所恐怖症になった原因は、悪ぶって親にバレないように電気を消したままのリビングで見た深夜の番組がたまたまドロドロぐちゃぐちゃなホラー映画だったからなんだよ! あれ見て恐怖のあまり三日三晩熱出して、マジで死にかけたんだからなッ! 怖くて当然だろうが!」

「そ、それは……」


自業自得とは言え、確かにそんな目に遭えば暗所恐怖症にもなるかもしれない。ついでに、原因がそれなら見た目が完全にホラーの権化とも言えるキャプテン・メランコリックは、彼女の精神的に天敵に等しい。


「……まずは確認だ。確かに船長っぽい見た目をしてたし、霊院の攻撃も一切通じなかった。特徴はまさにゲームのルールに書かれていた動力炉と一致するけど、本当にあれがキャプテン・メランコリックなのかどうか確証が欲しい」


小雨の現状の整理に、深呼吸して息を整え、滝が冷静な声色で答える。顔は先ほどよりも遥かに真っ青だが。


「バカ野郎。あれが動力炉に決まってるだろコサメ」

「根拠は?」

「もしもアイツが動力炉じゃなかった場合、他にキャプテン・メランコリックと呼ばれる何かが存在することになるが……その場合、私は恐怖のあまり心臓に負荷がかかりすぎて死ぬ」

「『怖すぎてその可能性を考えるのはイヤだ』って言ってるんだよな、それ! 根拠じゃない!」

「アレはキャプテンだ、といいな」

「モロに願望になった!」


確かに、あんなふうに銃を連射する動く骸骨のような存在が他にいるとは小雨も考えたくはない。滝は軽くあしらって、一度は完全に破壊せしめたが、あんな芸当ができるのはだ。他の人間では抵抗の間もなく射殺されるだろう。


そこで小雨はもしかしたら、と考える。先ほど、小雨と滝が遭遇した際、なかったはずの項目が一つ増えたことを思い出しながらパスを弄り、画面を覗く。


「……やっぱり」


そこで小雨の仮説は証明された。項目が一つ増えている。おそらくキャプテンとの遭遇がスイッチになったのだろう。

このゲームの参加者のアイコンの下に一つ追加されている。タイトルは『キャプテン・メランコリックについて』だ。


すぐにタッチし、ページを開く。


キャプテン・メランコリックについて。

一つ、生身の人間が行う彼に対しての攻撃はすべて無効です。正確には、破壊してもすぐに復活します。

二つ、???

三つ、???

破壊方法、???

補足事項:キャプテンの持つフリントロック銃に残り弾数という概念はありません。引き金を引けば引いただけ出てきます。

※ステータスは情報収集、または彼との交戦によって開示されていきます。頑張って幽霊船の中を探索しましょう。


大見出しに、先ほど戦った骸骨船長の写真が載っている。これで完全に、彼がキャプテン・メランコリックであるという確証が得られた。

だが肝心の内容に関しては穴だらけであり、彼に対する攻撃に関しては使い物になりそうにない。


「情報収集……つまり船内のどこかにヒントがわざわざ置かれてるってことか。完全にゲームだな」

「……人の命がかかってるってところ以外は、だがな。コサメ、ちょっと報告したいことがある」

「なんだ?」

「さっきデスゲームなんてありえないって言ったのは訂正する。あれは間違いなく死んでた」

「……あれ?」

「私はあのとき、船長に近づいて攻撃しただろ? だから見えたんだが……いや、怖くてあんまり直視はしてないんだが……」


滝はそこで一瞬言いよどむが、苦しそうに目を瞑った後、続けた。


「ハチの巣になってた。あれで生きてるのは、ありえないと思う。金髪の女だった」

「……ああ」


何の話をしているのか、聞かなくてもわかる。わかってしまう。

だからこれ以上掘り下げない。滝も言いたく無さそうだ。


「……何が起こってるのかまったくわからない。だけど身の危険が迫っていることだけは確かみたいだ」

「ああ。殺される前に、あの骸骨野郎を粉々にぶっ壊してやる。協力しろコサメ」

「どっちにしろ別行動は危険だし、制限時間を切るとどうなるのかわからないし……仕方ないから協力する」

「仕方ないから、だァ?」


不満気に眉をひそめ、眼鏡の位置を整える滝に射竦められるが、小雨はひとまず話を続ける。


「生身の人間からの攻撃が無効。かと言って、俺たちも死んで幽霊になるってのは本末転倒だし……ここは一般的なゲームよろしく、情報収集が必要なのかもな。実際パスを見る限り、そういう行動を推奨されてるみたいだ」

「リアルにコールオブクトゥルフをプレイしろってか? ふざけんじゃねーぞ……くそ……」

「まずは新規参加者のために、この船にいるっていうナイトメアを探すことから始めたい。霊院もそれでいいか?」

「……賛成だ。グロい見た目ではないことを期待するぜ」


滝の顔色がいよいよ死人のそれに近くなってきたので、さすがに小雨も心配になってきた。


「大丈夫か? いや、俺に聞かれたくはないだろうけど」

「……やっぱりお前は優しいな。コサメは自分の身だけ心配してろよ」

「……やっぱり?」


小雨は先ほどからずっと気になっていた。滝は一体どこで小雨のことを知ったのだろう。初対面にしては妙に親し気な上に、過去の小雨を知っているような言動を繰り返している。


訊ねようかと思ったが、その前に頬を緩ませた滝が手を差し伸べた。


「ほら。手。繋いでくれ。じゃないと廊下を歩けん」

「ん? うん」

「まあ、こんなことになったのも悪いことばっかりじゃねーかもな。お前とはずっと話してみたかったし……!」


そこで、滝の表情の一切が消えた。そして、すぐに目の奥に鋭い眼光が宿り、小雨のことを横に突き飛ばす。


「がっ!?」


痛みと唐突な行動への驚きが混ざった叫び声を上げながら吹っ飛ぶ最中、小雨は見た。

ドアは開いてない。忍び込む音も一切聞いてない。だというのに、何故か、どういうわけだか――


「えっ!?」


キャプテン・メランコリックが、小雨たちに向かって銃を構えていた。

位置的には小雨の背後だった場所。そして今は、小雨を突き飛ばした滝がいる場所だ。


「れい――!」


バン、と銃声が部屋の中を満たす。


◆◆

「……ふむ。なるほどな」


小雨と滝が乗り込んでいるものと同じ船の中で、ゆっくりと椅子に腰を落ち着けて本を読んでいる男がいる。

年齢は四十代そこそこ。着崩した黒いスーツに、黒い帽子。しかしくたびれた感じはまったくしない妙な迫力がある。


その男が今いるのは、書斎だ。周りには本がぎっしり詰め込まれた背の高い本棚がいくつかある。そして、男が今読んでいるのは日誌だ。この本棚の奥の方に、航海日誌が纏めておかれている場所があったので、一番新しいものを手に取って眺めている。


「嵐に揉まれて通常の航路を逸れ、漂着した先の島で黒魔術を専門にする一族と、それに必要な魔術道具の数々を発見。いくつか強奪……船長のお気に入りは……」

「誰かいるの?」

「うぎゃあああああああああッ!」


椅子から転げ落ち、盛大な音を鳴らしながら倒れた男は、すぐに立ち上がって書斎の入口の方を凝視する。

そこにいたのは女性だ。年齢は二十前後。上着は黒い革ジャン。中に白を基調にしたシャツ。スカートはプリーツの付いた黒いもの。全体的にモノクロのパンキッシュな服装に身を包んでいる。

どう見ても『生身の人間』なので、男は冷静さを取り戻す。


「あ、なななな、なんだよ。参加者か。驚かせるなって。オジサンの心臓はノミより小さいんだぞ」

「……初めまして。ここは……」

「書斎だ。日誌とか置いてある。ご新規さん……って面構えじゃないな。ならわかるだろ。ここはヒントの宝庫だ」


体についた埃を払いのけ、男は手にした日誌をこれ見よがしに掲げる。


「色々わかった。まず船長は船内では無敵だ。倒しようがない。ヤツは黒魔術を使って、自分のテリトリーである船の中限定でからな」

「……知ってるわ」

「あれ。そうなの? もしかして既に交戦済み?」


女性は答えない。男も、まあいいかと気にも留めずに続ける。


「まあただ、どこに誰がいるかまではわからないらしい。これ見る限り、いきなりどこかに瞬間移動しては、目の前にいる誰かに衝突して船長自身もビックリ、みたいな事故を度々起こしてるみたいだし」

「……それ、本当?」

「本当。まあひとまずオジサンの提案としては、このマジックアイテムを潰して回ることを勧めたいね。船の一つの階層につき、一個どこかに安置されてるらしい。それを破壊すれば、ひとまずその階層まるまるすべてのマジックポータルが全部消える。瞬間移動の先がなくなるってわけだ」

「ポータル?」

「さっきから見えてるだろ? この船の光源、あの青白いウィルオウィスプがまさにそれだ」


女性は回りを見渡す。そこら中にある青白い火の玉を睥睨し、そして感想を漏らした。


「……これを放置しておいたら、いつ船長がやってくるかわからないってことね。でもこれを潰したら光源がなくなって、真っ暗な空間に孤立するでしょう? それはそれで危険じゃない?」

「カンテラは既にくすねておいた。火種はオジサンがライター持ってるし。自前で」

「……慣れてるわね」

「まあな。さて。じゃあこの階層に他の参加者がいないか確認しながら、ポータルの大本になってるマジックアイテムを潰しに回って……ん?」


ズシン、と書斎の床が振動した。

船特有の波による揺れではない。これは間違いなく、船の中で起こっている振動だ。


「あ?」

「え?」


二人が床に目を向ける。直後ビシリ、と書斎の床に亀裂が入った。かと思いきや、破片と轟音をまき散らしながら、何かが床を突き破り、天井に貼り付けになって止まる。


「ひぎゃああああああ!?」

「……なっ! アレは……!」


悲鳴を上げる中年を無視し、女性は天井に貼り付けになった骸骨を見る。

それは間違いなく、この船の動力炉であるキャプテン・メランコリックだった。


「やってやったぜクソ野郎! 生身の人間舐めんなッ! 私のアッパーでお空の星の仲間入りだぜッ!」

「やり過ぎだーーーッ!」

「ちくしょう。怖かった。怖すぎて、肉体の限界超えすぎて、アッパーしたときに腕を脱臼した。痛ェ」

「うわあああああ! 腕が超ブランブランしてる!」


下からそんな声も聞こえるが、今はひとまず頭の隅に置いておくに留める。ゲームのプレイヤーが四人、ここに揃った。それと同時に、現状攻略不可能のラスボスも現れたのだ。


状況は最悪に近い。

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