第4講 可能であるということと現実的であるということは多くの場合イコールではない:残り五名

「ん? なんだ、今の音」

「……む。霊院も聞こえたか」


それは爆竹が破裂したような音だった。それ以上詳しいことは一切わからない。

だが、イヤな予感が小雨の背中を這いずり回って止まらなかった。今すぐ確認した方がいい気がするし、首を突っ込まないのも正解な気がする。

小雨はパスと滝を交互に見つめた後、一つ提案をした。


「……一度状況を整理しよう」

「あァ? まだ確認すべきことなんてあんのか?」

「確認すべきことだらけだ。そもそも俺たちは誰かに誘拐されたとしか考えられないが、誘拐手段がどう考えても普通じゃないんだぞ?」


滝は小雨の言い分に一度頷くが、しかし不満気な態度を隠しもしない。


「超常現象的。現実味がない。んなことは私だってわかってるんだよ。だからって立ち止まっていられるか。ていうかむしろ、だからこそ立ち止まるべきじゃない。わざわざ『制限時間は三時間』だとか書いてあるわけだしな」

「ん」


その言い分にも一理ある。ルールに明記してある制限時間を過ぎたらどうなるのかすらわからない以上、立ち止まって考えることと、恐怖を押し殺して情報収集に走ることの危険度はほぼ同等だ。


「正直私はコサメについてきてほしい。暗い道を一人で歩くのは怖いしな。だが強要はせんぞ。ここにいてもうちょっと考えるのも一つの選択肢だ」

「万物破壊キックを放てるくせに、暗いのが怖いのか……」

「勝手に私の蹴りに名前を付けるな。あと笑うなよ。私は診断書付きの歴とした暗所恐怖症なんだ」


確かに火の玉で照らされているとはいえ、明かりは必要最低限と言った様子だ。小雨自身にとっても不安を煽られる程度には、この船は全体的に薄暗い。

回りを見渡し、はたと小雨は思い至る。


「もしかして霊院。さっきやたらと殺気を出してたのって、怖がってたのか?」

「……悪いか」


滝は軽く頬を染め、そっぽを向く。小雨はそれをじっと見つめた後、軽く鼻から息を吐いた。


「……あの状態で他の参加者に会わせるのは危険だな」

「んだとコラ。破壊するぞ?」


滝の背中から殺気がゆらりと立つのを見て、小雨は慌てて弁明する。


「かっ、勘違いするな! 霊院のことも心配してるんだ!」

「口ではなんとでも言えるぜ。だが、その口ぶりだと同行してくれるんだな? よかった。助かったぜ。本当に。じゃ、ほら」

「え」


滝が堂々と差し出す手に面喰い、小雨は眉をひそめる。

だが、彼女はなおも堂々とした態度を崩さない。


「手を繋げ。じゃないと安心して歩けない」


小雨は滝の真っ直ぐな視線を受けながら、心の中で冷や汗をかく。

――マジかよ。


◆◆


かくして亜府呂市にて喧嘩負けなしの少女、霊院滝とごく普通の学徒である少年、山形小雨の同行が始まった。始まったのだが。


「絶対に手を放すんじゃねーぞ。さもないと目についたものを片っ端から破壊しかねないからな」

「怖がるんならもうちょっと可愛げのある怖がり方があるだろ……」

「暗いの超怖いでちゅ」

「誰が赤ちゃん言葉で怖がれと言った」

「お兄ちゃん。滝の手を絶対に放さないでね」

「妹っぽく振る舞うな! わかってるよ、絶対放さないから!」


どうも暗闇が怖いというのは事実のようで、不遜な物言いをやめないものの、その顔色は青ざめている。自分自身や、小雨の足音にもびくついている節すらあり、その恐怖の仕方は間違いなく病気には違いなかった。


「絶対に他人に言いふらすなよ。数多くいる私の敵にバレたら利用されること請け合いだからな」

「いや、言わないけどさ……ていうかそういう類の人間との繋がりないし」

「アキと友達だろ? アイツにも言うなよ」

「アキ?」


そんな名前の友達がいただろうか、と首を捻ってすぐに気づく。

彼なら滝と知り合いでもまったくおかしくない、という人物が真っ先に一人思い当たったからだ。


「晃のことか? 霊院、アイツのことも知ってたのか」

「……さっきから思ってたが、お前気づいてないんだなァ」

「ん?」

「何でもない。今言うことじゃないからな」


何か引っかかる物言いだ。具体的に言うと『後があると思っている』ような言動。

小雨本人としては、こんな関係性は後にも先にもこれきりだというつもりなのだが。


ひとまず現状、先ほど破裂音がしたと思われる方向に向かって歩いているが、行けども行けども廊下の突き当りに辿り着ける気がしない。

横を見れば船室がいくつもあるが、どれも似たような内装だ。見どころは特にない。


「……いや、確かに足元はたまにぐらつくけどさ。これ本当に船か? いくらなんでも広すぎるだろ」

「窓が一切ないのもおかしいしな。クソ、終いには漏らすぞ私は」

「漏らすなよ……って、窓だって?」


滝に言われて、やっと小雨は気付いた。この船には、窓がないのだ。


「まあ、あったところで今は夜だろうけどよ。光源としては期待できないか。暗闇は嫌いだ。ああ、今は一体何時なんだ……」


そう言いながら、滝はポケットから携帯を取り出す。


「あっ」

「……どうしたコサメ?」


画面を起動する前に声を上げた小雨に、滝は不安げな顔になった。だが、小雨の顔はみるみる内に明るくなっていく。


「携帯があるじゃん! くそっ! なんで今まで気付かなかったんだ!」

「……ああっ!」


そう。携帯。もはや普及率が一〇〇%を超える文明の利器。

その主な用途は通話。つまり、助けが呼べる。そう思ったのだが、滝は首を横に振る。


「ダメだ。圏外だった」


二人はすぐに肩を落とす羽目になった。

だが、考えてみれば当たり前の話だったのかもしれない。ここまで無茶苦茶なことができる相手だ。電話の類は封じられているに決まっていた。


「今の時間は……あれ。もうこんな時間か? 〇時五〇分になってる」

「なに?」


それはおかしい、と小雨も自分の携帯電話を取り出す。

確かに晃のいる茶亭で三時間ほど粘ったが、しかし終電を逃すような時間まで居座った記憶はない。


だが、確認してみれば確かに〇時五〇分で間違いがなかった。


「……場所だけじゃなくって時間も飛んでる? いや、流石に考えが飛躍しすぎか?」

「もうこの状況自体が飛躍しまくってるだろ。既になんでもアリだぜ」


滝の言葉にそれもそうだな、と頷くことは簡単だ。だがそれをしたが最後、本格的に今まで持っていた常識が崩れ去りそうなのでノーコメントを貫く。


「……くそ。新規参加者のためにいるっていうナイトメアってヤツはどこにいるんだ」

「容姿がわからないと出会ってもそれとわからなそうだぜ。せめて写真でもあればいいんだけどよ」

「最低限、三人称が彼女だから女性ってことはわかってるんだがなぁ」


歩けども歩けども廊下。目新しい情報もなく、段々と慣れてきた。

だからだろう。余裕が出てきた小雨は、先ほどから頭にこびりついて離れないことを口にする。


「……助けの呼べない密室。謎のルール。生き残り人数のカウント……なあ、バカな仮説を言っていいか?」

「あん?」

「これ、デスゲームじゃね?」


滝は目を瞬かせ、その後首を傾げた。


「……それってアレだよな。日常を生きていた主人公が突然、何らかの理由で複数の人間と一緒に密室に閉じ込められて、命懸けのゲームに参加させられるってジャンルのフィクション。ゲームによってジャンルはミステリーだったりアクションだったりホラーだったりするアレ」

「そう、それだ」

「バッカじゃねーの」


――まあ、ですよね。確かにバカな仮説ですものね。

小雨は特に反論はしない。本気で不快そうな顔をしている滝の言葉を苦笑いしながら受け止める。


「まあ確かに状況はそれっぽいけどよ。フィクションはフィクション。現実は現実だろ。亜府呂市の治安がいくら最悪だからって、そんな荒唐無稽な……待て」


ピタリ、と滝の動きが止まった。手を繋いでいた小雨の歩みも止まる。


「……あの音、また聞こえたぞ。ていうか、聞こえてるぞ」

「え?」

「今度は連続してる」


耳を澄ませると、確かに小雨にも聞こえた。

先ほどの破裂音が、滝の言う通り連続して聞こえている。


「……行くぞコサメ」


無言で頷き、今度は小雨が滝に手を引かれる。

破裂音はまだ連続しており、今度は場所の特定は難しくなさそうだ。しかし、随分と大きな音なのだろう。近づく度に、段々と耳が痛くなってくる。


やがて、廊下の曲がり角に到着。そのすぐ向こうに、破裂音の正体がいることが気配でわかる。


小雨は自分の心臓が激しく動いていることに気付いた。自分の仮説が、先ほど滝の一蹴したようなバカげた与太話であればどんなにいいかと願う。

いや、与太話であるはずだ。そんなことが現実に起こっていいはずがない。願う必要もなく、これは人の命がかかったゲームなどではないはずだ。


そう言い聞かせながら、曲がり角を覗くと――


「……は?」


誰かをピストルで撃っている、動く骸骨を見つけた。

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