第3講 無茶苦茶な状況に叩き落されても割とすぐ慣れるもんだ:残り六名

霊院滝。市立亜府呂学園二年B組。女性。


小学校時代は特に目立つことのない、眼鏡の地味っ子でしかも病弱という日本中をさらえばどこにでもいる少女だったらしいが、現在の彼女は違う。


中学校時代、治安最悪の亜府呂市において突如正義の心に目覚め、それまでの病弱さ加減が嘘だったかのように『リアリティ皆無の身体能力』を発揮しはじめ、市内の悪(と認定した一般人含む)を自力で粛清するリアルスーパーヒロインと化した。


中学三年のころには、その強さと美貌に惹かれたシンパが大量にできており、ちょっとした自警団のようなもののリーダーになっていたらしい。


中学校から彼女のことを知っている者に曰く、その変貌は魔法少女の変身よりも遥かに劇的であり、起きながら悪夢を見ている気分だったとか。


粛清方法がどれも肉体派極まりなく、しかも『ダンプに衝突した方が幾分かマシ』とまで囁かれるほどに過激なので、彼女の正義に共感できない人間は多い。というより多数派だ。


小雨にとって、学園内でもトップクラスで関わりたくない危険人物なのだが、今は船室の中にお互い向き合って座っている。


「なるほど。お前も招待状を貰ってて、気が付いたらここにいたと。悪かったな、いきなり襲ったりして」

「……う、うん」


普段は意外に冷静沈着で、話せる人物だったようだ。第一印象とこの場での出会いのせいで最初は震えていた小雨も、滝の謝罪を受けてやっと落ち着いた気分になる。


話を聞いてみれば、おおよそ滝も似たような状況だったらしい。

バイト帰りに自分のロッカーに挟まっていた、ハートの装飾のされた手紙を無警戒に開き、招待状と書かれた紙を見つめていたら、いつの間にかこの場所へ。

最初は小雨と似たような船室にいたらしいが、じっとしても始まらないと外に出て、情報収集の途中で小雨に会ったらしい。


「……ちっ。ハズレか。件の船長ってのは一体どこにいるんだ」


滝は眼鏡に手を添えながら、鬱々と呟く。小雨はその様子に首を傾げた。


「さっきも言ってたよな? 船長って一体なんだ?」

「ん? お前、パスを見てないのか」

「パス?」

「招待状に同封されてたアレ」


それだけ聞けば充分だった。

小雨はいつの間にかポケットに入れていたデバイスを取り出す。

軽く画面にタッチすると電源が入り『ようこそ。あなたのパスです』という文字が表示された。

その後、さまざまな項目が浮かび上がる。


・幽霊船の基本ルール

・このゲームの基本ルール

・このゲームの参加者


最初に目についたのは、この三項目だ。


「その二つ目の項目だよ。よく覚えてないが、船長をぶっ壊せばゲームクリアって書いてあった気がする」

「お、大雑把だな……ていうかゲームってなんだ……」

「ん? おかしいな。項目が増えてる」

「は?」


小雨が顔を上げると、すぐ近くに滝の顔があることに驚く。どうもいつの間にか小雨の手元をのぞき込める位置に移動していたようだ。

滝は三つめの項目を差し、平然と言う。


「ほら。三つめだよ。これはさっきは無かった」

「……このゲームの参加者? なんだこれ」


その項目をタッチすると、ページが開く。

見出しに『生き残り人数:六名』と書いてあり、その下に二人の名前と顔写真が載せてあった。


だが、それだけだ。六名、と書いている割には、あとの四人の名前はすべて文字化けしており、写真も真っ黒の画像があるだけ。特に見どころはない。


「……コサメ、誕生日は十一月の十一日なのか?」

「え? なんで知って……」


そこまで言って、滝が自分自身のパスをじっと見ているのを見て察する。


「まさかコレ……」


自分の顔写真をタッチすると、やはり小雨のプロフィールが事細かに書かれたページが開いた。

身長、体重、血液型、好きな物、嫌いな物、誕生日、家族構成、その他もろもろ。しかもすべてが的中しており、一切の誤差がない。眩暈を起こすほどの完璧なプロフィールだった。


「なんだコレ気持ち悪ッ!」

「へえ。お前、血の繋がらない妹がいるのか。リアル義妹持ちなんて初めて見たぜ」

「は? え? 何それ? 俺とアイツは普通に血が繋がって……」


途中まで言って、小雨は固まった。

小雨のプロフィールページには、確かに書いてある。『妹とは血が繋がっていないが、そのことを本人は知らない』と。


「何ィーーーッ!?」

「あ。悪ィ。気付いてなかったのなら言うべきじゃなかったな……」

「そ、そんな気遣いいらんッ! 嘘だよな!? 嘘だよな、コレ!」


だが、その部分以外のプロフィールの的中率は異常と言う他なく、むしろこの部分だけが嘘だという方が辻褄が合わないように感じる。

少なくとも、後で両親を問い詰めなければと決意する程度には真実味があった。軽く頭を掻いてから、小雨は呟く。


「……これ、余程のことがない限り見ないほうが身のためだな。精神的ショックが大きすぎる」

「おう。私のプロフィールページを見たら殺すぞ」

「それはそれで理不尽すぎる」

「今見たら生理周期とか書いてあったからな」

「ごめん、やっぱり正当性あった」

「……話が逸れた。これだよこれ。このゲームの基本ルール。これがあったから私は船長を探してたんだ」


一度ページを閉じ、さきほど開いたホーム画面に戻る。

このゲームの基本ルールの項目をタッチし、開いた。


このゲームの基本ルール。

一つ、動力炉はキャプテン・メランコリック。彼の破壊もしくは停止によってのみゲームはクリアとなります。ゲームクリア後の下船の手続きはナイトメアにお申し付けを。

二つ、タイムリミットは三時間です。カウントはパスのホーム画面にて確認できます。カウントはゲームクリア時点で停止するので、下船するときは落ち着いて行動してください。

三つ、生身の人間が行うキャプテンに対しての攻撃はすべて無効です。よって、生身の人間が彼を破壊することはできません。

四つ、このゲームの参加者の三分の一が新規参加者のため、円滑なゲーム進行の補助要員としてナイトメアが一人乗船しています。彼女に対する故意もしくは意図的な攻撃行為はルール違反と見なし、即刻ゲームオーバーとして処刑します。


トロフィーの取得条件:マジックパスを使用しないゲームクリアの方法の発見、およびそれを実践した上でのゲームクリア。特典としてマジックパスも付属。


「なんだこれ」


全部読んだうえでの小雨の感想がこれだった。

すべて日本語で書かれているのだが、理解が追い付かない。

だが、滝は首を傾げながら小雨に言う。どこに理解できない要素があるのか、と不思議そうに。


「要はこれは何かのゲームで、私たちはその参加者。で、このキャプテンなんちゃらとかいうヤツをぶっ倒せば終了ってことだろ? ナイトメアってのがよくわからんが……」

「ゲーム参加者の三分の一が新規……新規?」

「私たちだな。参加者が六人で、私たちが初めて参加したわけだから。六分の二は三分の一だろ?」

「……待て待て」


頭が痛くなってくる。

あまりの情報量の多さに知恵熱が出そうだ。


この文章からわかることはいくつかある。

まず、このゲームは何回か繰り返されている。小雨たちが『新規参加者』として認識されているということは、二回以上のゲームが開催されているということだ。

次に、どうやら新規参加者である小雨たちのために、ナイトメアと呼ばれる『何か』がいるらしい。それらしい気配をまったく感じないが。

最後に、一つ。先ほどからそうなのではないかと感じていたが、やっと確信が持てたことだ。どうやらここは船の中らしい。


ホーム画面の時点で幽霊船というキーワードが見えたので、そうなのではないかとずっと半信半疑だったが。


「……ナイトメアってのは、どうも俺たちのお助けキャラか何からしいな。霊院、それらしいの見たか?」

「いや。見てない。一切。というより、ここに来てから動く何かを見たのはお前が初めてだ」

「他に参加者が四人いるらしいけど」

「影も形も見てない。というか、それでも不自然じゃないと思うぜ」

「え? なんで?」

「ざっと走り回ってきた私だから言える真実なんだが……この船、不自然にでけぇ」


眉を潜めて、滝は壊れたドアの方を指さす。小雨は立ち上がり、ゆっくりと外に顔を出すとそこは廊下だ。しかし、果てが見えない。壁には青白い火の玉がかかっているので足元はそこまで暗くないのだが、遠近感が狂って倒れこんでしまいそうだ。


「な? 広いだろ?」

「……確かにこれなら他の参加者も見つけづらいかもな」

「ああ。他のに会うまで、いつまでかかるやら」


うん、と小雨は頷きかけて、疑問符を浮かべる。


「……減ってるぞ? 四人だろ?」

「は? ああ、そうだったか……あれ?」


滝はなぜか動揺しながら、パスの画面をじっと見つめている。どこか挙動不審だ。怖がっているようにも見える。


「どうかしたか?」

「よくわかんねーが……減ってる」

「は?」

「ゲームの参加者の人数が五人になってる」


そこで小雨は気付いた。今まで、気付いていたのに見て見ぬふりをしていた事実があったことに。


このゲームの参加者を見たとき、見出しにあった言葉。何故か『生き残り人数』という不吉な言い回しを使っていた。

まるでこれから人が減っていくような言い草だった。

次に、誤字だと思って流していたが、このゲームのルールの項目での言葉にも引っかかっていた。

四つ目のルール。ナイトメアと呼ばれる何かに対する攻撃の禁止。違反した場合はゲームオーバー。即座に。処理か何かの間違いだと思いたかったが、これはもしかすると――。


そんなときだった。遠くからバン、という破裂音が聞こえたのは。

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