Ⅲ.(11)ヒーローライヴ!

 シェアハウスでは、四人でボサノヴァに挑戦していた。

 昔祖父にボサノヴァのレコードを聴かされ、ジャズオルガンで遊びながら弾いていたと明かした琳都は、四人の中で、唯一のボサノヴァ経験者だった。「大分忘れた」と言いながら、黙々と練習している。


 個人練習の後、四人で合わせる。

 先に奏汰と翔がある程度弾けていたせいか、ドラムの雅人も、ジャズオルガンの琳都も、合わせやすく感じたようだった。


 なんとなく、それらしく出来ると、「すげぇ! さすが俺たち!」と奏汰が喜んだ。

 雅人も嬉しくなり、琳都も少しだけ笑った。


「ドラムは、8beatで楽だけどさ、ボサノヴァのパターンって難しいな。アクセントが決め手で。でも、なんか楽しい感じだな!」


 と、雅人がメンバーの顔を見回すと、「だよな!」と、奏汰が楽しそうに笑った。


 合わせられるようになると、少し欲が出て来る。

 わざとメロディーをくずしてみたり、ボサノヴァの気怠けだるさを出したいとも思うようになっていく。

 ロックをメインに選曲していた時よりも、ルーズに、格好を付けずに演奏出来ると、彼らは実感していた。


 アレンジにも頭が向くようになると、曲のエンディングにもこだわり始めた。

 雅人や琳都は、特に何も言わなかったが、フェイド・アウトは、奏汰も翔も好きじゃなく、嫌いな方であったし、ありきたりなエンディングも嫌だった。


 持っていたCDや音楽データ、ネット動画でも検索し、研究する。


 琳都が何かを思い出したように、パソコンで検索したある動画を見せた。

 ジャズ・ヴィオラのコンサート風景だった。


「姉がずっと好きだった、ジャズ・ヴィオリストの、香月かげつゆかり。デビュー当時から今も不動の人気で、ジャズ界で若手をリードしてきたらしい」


 香月ゆかりのCDを、蓮華がよく聴いていたことは奏汰も知っていたが、以前CDを聴いた時以上に、そのコンサート映像はパワフルでエネルギッシュであった。


 奏汰と翔は衝撃を受け、映像から視線を反らせないでいた。


 スタジオ・レコーディングでは伝わり切らないライヴ感、躍動感。

 彼女のアレンジ・センスの引き出しの多さにも、圧倒された。

 アルバムの曲であってもライヴでは違うエンディングであり、彼女の合図で、その場で即興的にエングィングを決めている時もあった。


 奏者が互いを信頼し、それぞれの引き出しの中身を持ち寄らなければ、生み出せない音楽だということは、二人にも容易に想像がつく。


「普段のセッションから、『あのパターンで』みたいな感じなんだろうな」


 魂を抜かれたかのように、ぼうっと、翔が呟いた。


「あんなカッコいいバンドでライヴが出来たらいいよなぁ~!」


 奏汰は、うっとりと映像に見蕩れ、演奏に聴き惚れていた。

 二人は、香月ゆかりのステージを探しては、繰り返し見続けた。




 奏汰は、蓮華とベース師匠橘に、翔とのノージャンルのデュオや、彼らのバンド『ワイルド・キャッツ』のボサノヴァ数曲の録音データを渡した。


 橘は、レッスンの場でデータを再生し、笑った。

 稚拙だと笑ったのではなく、工夫や努力が伝わったからである。


「今度、このギターのヤツも連れてこいよ」


 橘は、翔にも興味持った。それをきっかけに、思いもかけず、橘のルートから二人に、急遽、臨時の仕事が来た。

 奏汰は、さっそく翔を連れ、橘のもとへ急いだが、来た仕事というのは、まったく想定外のものだった。


 戦隊ヒーロー物の地方公演バックバンド。


 しかも、オリジナル・バンドではない。

 関東を中心に活動するオリジナル・バンドが追いつかない分、地方を中心に回っているのだという。


 演奏の仕事が出来る! と喜んでいた奏汰も、オリジナル・バンドではないと聞くと、少々拍子抜けした顔になった。


「子供向けの、しかも、そんな無名のコピーバンドなんか……!」


 連れて行った翔も、明らかにがっかりする。


「おいおい、演奏の仕事が出来るだけでも本望だろ? 俺だって、社歌を頼まれて作ったこともあるし、会社で朝体操する時の曲も依頼されたりとかさ。そういうのを経てから、知り合いのバンドがCD出したときにライナーノーツ書いたり、講師とか、そんな仕事ももらえるようになったんだからな。誰がどこで見ててもいいように、どんな仕事も一生懸命やれよ」


 橘に言われ、奏汰は気持ちを切り替えて「はい!」と返事をするが、翔は、「ありがとうございます」とは言いながらも、がっかり感が抜けない表情だ。


     *


「何で俺が、こんなのやらなきゃなんないんだよ」


「まあまあ、そう言わずに。弾ければ何でもいいじゃないか!」


 新幹線の中でも、翔はぶつぶつ言っていた。

 地方の知らない町を訪れた二人は、多少の淋しさを覚えていたが、バンドメンバーと顔を合わせ、練習に入ると、奏汰は、「結構ノれる曲だな! ここを、もっとこう弾いたらカッコいいかな」などと考えながら、弦を弾いていた。


 翔は、やってられるかと、まだふてくされていた。

 ギターのコードも簡単で弾き応えがなく、面白くない。

 彼の実力では、初見で出来てしまう程度だ。


 リハーサルの最中、ボーカリストが翔を睨んだ。


「おい、ギター、もっと楽しそうに! 子供向けイベントだからってナメんなよ! 精一杯演奏しろ!」


 思わず、ムカッと言い返しそうになるのをやっとのことで堪え、翔は渋々返事をした。


 ヴォーカリストは、ノリにノっていた奏汰にも怒鳴り声を浴びせた。


「ベース! お前は、うるさ過ぎ! 冒険し過ぎだ!」


「あ、バレましたか。怒られたらやめようと思って」


 肩をすくめる奏汰を、呆れて見たボーカリストだった。


 翔も目を丸くして奏汰を見ると、「……バカか?」と、思わず呟いていた。


 本番は、3ステージある。

 カラフルな全身スーツに身を包んだ、戦隊ヒーローたちの短いショーと、主題歌の演奏で1ステージ目が終わると、終始変身したままのヒーローたちと、バンドマンたち、子供たちとの握手会が行われた。


 子供達が、ヒーローの次に、ボーカリストと握手をしたがっていることは、誰の目にも明らかだ。


 バンドの中で、ボーカルは一番人気者であり、行列が出来ていた。

 その待ち時間に、奏汰が笑顔で子供たちと話すのが、翔の目に留まった。


 家では、奏汰が常ににこやかで愛想が良いかというと、そうでもないことを翔は知っている。


 口を利かず、考え事をしていることも多い。そんな時は、大抵、音楽のことを考えている。

 そして、無愛想に見える時でも、頭の中では、楽しいことを考えている。

 それを人に伝えたい時、唐突に瞳は輝き、テンションが上がる。


 彼のそんなところは、翔にも共感出来た。


 そうなんだ、こいつは、決して、普段からこんな風に愛想の良いヤツじゃない。

 『J moon』のアルバイトで、あのねえちゃん――蓮華さんにしつけられて、営業スマイルを身に付けたって聞いた。


 普段無愛想なくせに、こんな時に切り替えられるのは、学生の身である自分と違い、社会人だからか?


 仕事をする時は、素の自分をさらけ出しているばかりではいけないと、よく菜緒に言われていた。

 同じ年齢でも社会人の奏汰は仕事として割り切るすべが身に付いている分、思ったことを正直に出してしまう自分の方が、大学卒業後に仕事をしていくには不利なのかも知れない。


 そんなことを考えた翔は、今のままでは、奏汰に負けている気がして、悔しさがこみ上げてきた。

 大いに不本意ではあったが、負ける方がもっと我慢出来なかったので、少しだけ、奏汰を見習ってみることにした。


 微妙に笑いを浮かべ、「今日は、ありがとな」と、ぎこちなく、子供たちに言ってみた。


 子供たちの瞳は、彼の予想に反してキラキラと輝き、翔を、尊敬のまなざしで見つめた。


「お兄ちゃん、カッコいいね!」

「ギター、うまいね!」


 そんな声も聞けた。


 自分も、昔、戦隊ヒーローにハマり、ごっこ遊びをしていた記憶が甦る。

 テレビで見るヒーローを間近で見られ、握手まで出来るとは、子供たちにとっては夢のような出来事なのだろう。


 子供たちと握手をしているヒーローショーのアクターたちは、最初から変身した姿で通している。


 あんなにひょろひょろだったかぁ?


 またしてもだろうが、つい意地悪な目で見てしまう。


「翔って、子供には、やさしかったんだな」


 ポンと肩をたたかれて見ると、奏汰だった。


「ま、ガキどもの夢こわしちゃいけねぇか、と思ってさ。あいつら、俺たちが、まさかバイトだなんて、知らねぇだろうし」


 そう答えた翔に、奏汰が嬉しそうな笑顔になった。


「大人になったな、翔!」


「はあ!? お前に言われたくねぇよ!」

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