Ⅲ.(2)新メンバー
久しぶりに、雅人からSNSのメッセージが来た。
美砂からは、会社の人と付き合うことにした、ゆっくりと。という内容のメッセージが、二人に届き、奏汰には、相手が須藤であると見当がついた。
『美砂ちゃん、高校ん時から奏汰のこと見てたみたいだったのに。まったく、お前が早くしないから!』
『ああ、フラれたな』
雅人には、美砂とのことは言わなかった。
『今、音楽学校で教えてるんだって? まさか、お前が「先生」とはな!』
『教えてるのは音響だよ。ベースの師匠のツテで、突然辞めちゃった講師の代理で、ただの臨時講師。たまに、別の授業のアシスタントでベースも弾きに行ってるけどな。正直言って、教えるのより楽しい』
『良かったな! こっちも、俺たちのこと入れてもらえるバンドが決まったぜ!』
『ホントか!? その方が嬉しいっ!』
『さらに、バンドメンバーとシェアハウスに住む話も出てるんだ。奏汰も住まないか? その方がアパートより家賃は安いし、音出せるから練習三昧だぜ!』
『練習三昧!』
スマートフォンを持つ奏汰の目が輝いた。
『まあ、ちょっと、その、いろいろ込み入ってるんだけどな』
その雅人のコメントを、奏汰は不思議そうな顔で読んでいたが、あまり深くは考えないでおくことにした。
一連のことを、すぐに蓮華にメッセージで告げると、音楽をやるには良い環境だと賛成の返信が来た。
早速、奏汰は久しぶりに雅人の大学に顔を出した。
そこには、ピアノとキーボード担当という、雅人の後輩が二人だけいた。二人は、一見して大人しそうであり、それぞれ名乗った後は何も喋らなかった。
思ったよりも、小ぢんまりとしたサークルに、奏汰には思えた。
「あと一人、ギターのヤツがいるんだけど、もうすぐ来ると思うから」
雅人がそう言うと、部室は、静まり返った。
「そう言えば、ネットで見たよ。すっげー、良かったぜ! 特に、二曲目の、ちょっとオシャレでカッコいい感じの曲と、三曲目のバラード! ギターがいい味出してたな! 誰が作ったんだ?」
奏汰が皆を見回した。雅人の後輩の二人は、そわそわしていた。
「それは、後で紹介しようと思ってた、ギターの翔ってヤツのなんだよ、二曲とも」
その時、部室の扉が開けられた。
「翔、来たか!」
簡素な部室に、一気にアクセントが加わった。
ギターケースを背負い、全身が黒いハードな出で立ちの、いかにもロック・ミュージシャンだと言わんばかりの男だった。
短髪の黒髪に、大人びた整った顔立ちは、俳優と言ってもおかしくはないほどだ。
生まれながらの茶髪に童顔の奏汰とは、タイプが違っていた。
「ギターの
「よろしくな! なんか、もういかにもミュージシャンって感じだな!」
ウキウキと言った奏汰に、翔は一瞥をくれるだけだった。
「奏汰が、翔の曲、二曲とも気に入ったってさ!」
雅人も嬉しそうに翔を見る。
「へっ! あんなの、作りたくて作ったわけじゃねーよ。そいつらの曲のレベルに合わせて、妥協して作ったチンケな曲だぜ」
翔の声に、途端に後輩二人はおどおどとして下を向いた。
「おいおい、なにも、そんな……!」
雅人が翔を止めようとすると、奏汰が笑い出した。
「またまたー、謙遜すんなよ! すっげー、いい曲だったじゃないか!」
翔は目を見開いてから、奏汰を睨んだ。
「あんな曲がいいなんて思うヤツの、気が知れねぇよ!」
後輩たちはおろおろし、雅人も固まり、思わず奏汰を見る。
「照れるなよー! ミュージシャンは、ひねくれ者が多いからな!」
「照れてねぇよ!」
「ギター、すっげえ上手いよな! 独学か? 習ったのか? どこで?」
「なんで、お前に、そんなこと話さなくちゃなんねえんだよ?」
音楽のこととなると瞳を輝かせて夢中になる奏汰と、邪険に返す翔を見守りながら、雅人は、希望が見えて来たような表情になっていった。
「翔を抑えられるのは、お前だけだ、奏汰! その『鈍感力』で!」
呟いた雅人の拳は、小さくガッツポーズをするように握られた。
帰りがけ、居酒屋に誘われた奏汰は、仕事前であったので烏龍茶で、雅人に付き合うことにした。
雅人は中ジョッキを傾け、ガブガブ飲み、砂肝をつまむ。
久しぶりに話が弾んだ後、雅人の声の調子が少し真面目になったのを受け、奏汰も真面目な顔になった。
「サークルのメンバー、編成偏ってて、おかしいと思わなかったか?」
「うん。ギターがいるのに、鍵盤が二人っていうのは珍しいと思ったよ」
「もとは、サックスやトランペットも数人ずついた華やかなバンドだったのを、俺も知ってたんだけどさ、翔が、ちょっと問題のあるヤツで……。バンド仲間のほとんどが、あいつと合わなくて、辞めていったらしい」
「……確かに、アクが強そうだったもんな」
「残ったのは、大人しいあの二人だけ。腕は悪くないんだけど、いつも翔に遠慮してるんだ。かといって、翔を辞めさせるわけにはいかないし……。それだけ、翔は断トツで上手いし、客のほとんどは、あいつのギターを聴きに来てたり、あいつ目当ての女子だったりで。実際、それに嫉妬して、あいつに絡んでいった先輩もいたけど、自滅してた。他にも、人の女取ったり、……っていうか、先輩の彼女だった人が、翔に目移りして……とかな」
雅人はビールのジョッキを、奏汰は烏龍茶のグラスを傾けた。
「雅人は、よく仲良く出来るな」
「俺が、あいつの格好良さを認めてるからかも。外見的なものだけじゃなくて、ギターの素質も認めてるし、あいつも、俺のドラムとはやりやすいって言ってくれた。俺とあいつは、目指してる音楽が似てるんだと思う。だから、奏汰とも合うと思うぜ」
雅人の視線が、奏汰に注がれた。
「早くあいつのギターと合わせてみたい!」
奏汰は、雅人に笑いかけた。
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