3話 『死霊』
怪我はない。体に異常はない。ジャンは安堵した。それにしても、いきなりトラップに引っかかるとはついていない。だが、勝負は始まったばかり。何としても、ルシードに勝つのだ。
「地下まであるんだな、この遺跡。こりゃあ、迷ったら帰れなくなるな」
ジャンの声はすぐに闇に吸い込まれていく。耳が痛くなるような静寂。この暗さでは探索もままならない。ジャンは手探りで、小型のランタンに火を灯した。
「うげっ!」
ジャンはランタンを落としそうになった。周囲には無数の骨が散らばっていた。遺跡に迷い込んだ獣たちの骨だろうか。それとも――冷気がジャンを刺す。ジャンは身震いした。
「何なんだ、ここは」
「ジャンさん、気をつけてください。なんだか変な気配がします」
「お、お、おう」
スライムに背後からいきなり声をかけられ、ジャンは飛び上がりそうになった。
ジャンは恐る恐る歩き始める。歩くたびに、かしゃりと足元で骨が崩れる音がした。
何もない。どこまでも続く冷たい闇。骨で埋め尽くされた床。錆びた剣や盾、鎧のようなものが時々転がっていた。とすると、やはりこの骨は人間のものか。もしかしたらこの遺跡は処刑場か死体置き場だったのかもしれない。
情報を得るために、事前に目を通していた考古学者ラスクの調査書には、この地下のことは記されていなかった。彼は落とし穴に落ちなかったため、地下の存在に気づかなかったのだろう。
さらに歩を進める。きっと、こういうところに見た事もないお宝が眠っているにちがいない。いや、そうにちがいない。強くなる寒気を振り払うように、ジャンはそう思い込んだ。しかし、あるのは骨ばかり。あちらこちらから、パキパキという音が聞こえてくる。
どれだけ進んだろうか。変わらぬ闇と骨ばかりの景色に、ずっと同じ場所を歩いているような感覚に陥る。ただ、パキパキという音だけがどんどん強くなっているような気がした。
「ん? なんだ」
ふと、近くの骨が光ったような気がしたジャンは、周囲を調べてみた。すると――。
「ジャンさん」
「あ?」
「……来ます」
「来るって何が……」
ジャンは口を開いたまま硬直した。
「これで2つめと」
ルシードは早くも2つめの赤い宝石を手に入れていた。残りはあと1つ。今日は勘が冴えているようだ。罠にもかからず、ルシードは余裕をもって行動できていた。
こうなると心配なのは、いきなり落とし穴という罠、不運を引き当てたジャンである。彼は無事に探索を進めているのだろうか。
「なんだか寒くなってきたな」
突然の寒気に鳥肌が立った。冷たい空気を感じた直後、異変は起こった。
遺跡の中が明らかに暗くなり、人のうめき声のようなものが至る所から聞こえてきた。
おぉぉぉぉおぉん。おぉぉぉぉぉぉん。耳元を不気味な音が通り過ぎていく。何も見えないが”何か”の気配を感じた。
この遺跡に何が起きたというのだろうか。形容できない不快な音が響き渡っている。青い炎のようなものが、奥でちらついたような気がした。何か背中にのしかかってくるような感覚。込み上げてくる吐き気を、ルシードは堪えていた。
危険が迫っている。一刻も早く宝石を見つけ出し、ジャンと合流して遺跡から抜け出さなければならない。ルシードは異様となった空間に向かって、歩を進めた。
がしゃり。がしゃり。錆びた鎧や武器を揺らし、彼らは闇をかき分けて現れた。ガチガチと歯を打ち鳴らし、うめき声を上げながら、ゆっくりとゆっくりと歩いてくる。
それは――骸骨。窪んだ眼窩に青白い炎が宿る。
蠢いているのは骸骨だけではなかった。腐敗臭を漂わせながら、腐った肉を纏った獣たちがひたひたと現れる。
「な、なな……なんだ、これ……は」
ジャンは恐怖と寒気に全身を震わせた。スライムもこの異様な光景を目の当たりにし、怯えた。
これは悪夢か。現実にこんなことが起こるわけがない。だが、このありえない現実は、じわじわと迫ってくる。
逃げなければ。逃げろ、逃げろ、逃げろ!
しかし、ジャンは恐怖に縛られその場から動くことができなかった。
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