3話  『スライムが仲間になりたそうにこちらを見ている』

「げほっ、げほっ。無茶なことをする」

 ルシードは黒い埃を振り払い、やっとのことで立ち上がった。

 まばゆい日差しに目を細める。天井が崩れ、陽が差している。まさかここが最上階だったとは思いもしなかった。

 天井に亀裂が走っていたか崩れかけていたのだろう。爆発により天井が崩れ、そこから爆炎が抜けていってくれたようだ。それで焼死を免れることができたのだ。先に吹き飛んできたスライムたちが盾になっていたことから火傷も少ない。奇跡的な幸運に、ルシードは感謝した。


「は、はは。お、俺、生きてる……。ざ、ざまぁみやがれ、スライムども」

 だいぶ黒くなったジャンが震えながら起き上がる。先ほどジャンが撒き散らした粉は、彼の特製の火薬だった。ちなみに試作品であり、実際に使用するのは今回が初めてのことだった。その火力が高すぎれば2人は粉みじんに吹き飛んでいただろうし、不発であればスライムたちの餌食になっていただろう。その事実をルシードは知らない。


「ジャン! お前なぁ、死ぬところだったぞ!」

「し、死なねぇよ」

「は?」

「こんなところじゃ、死ねねぇよ、俺は」

 なんの根拠もなくきっぱりと言うジャンに、ルシードはどっと疲れて言葉を失った。この男、とんでもない。あまり関わるべきではないのかもしれない。

「それよりも何だこの塔! 最上階まで来たのに、何もねぇ! お宝も何一つねぇ!」

 いや。あの人間にも擬態できるスライムの発見こそ、ある種のお宝だ。生け捕りは今の自分たちには難しいが、”ギルド”に報告をあげて調査団さえ結成してもらえれば、そう難しい問題ではなくなる。

 あのスライムの発見により、名声があがったかもしれないとルシードは思ったが、ジャンにはそんなこと頭に浮かびもしないようだ。何にしても、スライムは吹き飛んでしまったからどうすることもできないのだが。


「くそう、とんだ無駄足かよ! ところでルシード、なんでこの塔に来たんだ?」

「ああ、おやっさんの依頼でな。この塔に生えている奇妙な苔を採取してきてくれって。それで来てみたら、お前がいた。それだけだ」

 今更ながらの質問にルシードは軽くため息をついて答えた。

 苔はすでに入手していた。これはおそらく、あのスライムの干からびた一部なのかもしれない。ルシードはそう思った。


「ふーん……まぁ、いいか。どうでも。それよりもお前、あれだけ階段駆け上ってきて、息もきらさねぇなんて、どんな体力してやがるんだよ」

「ジャンの体力がなさすぎるんじゃないのか」

「んだと、こらぁ!」


 ず、ずずず。


「何っ!」

 這い動くその気配に、2人は振り返った。

「こいつ……まだ生きてやがったか」

 ジャンは身構えた。彼らの前には、すっかり小さくなったスライムが震えている。先ほどの爆発で大半が吹き飛んだのだろう。


「タ、ス、ケ、テ」

 スライムが言葉を発した。ジャンは目を丸くした。

「助けて、だと? けっ、その手にゃのらねぇよ」

 ジャンは槍の先を突きつける。しかし、それ以上彼の手は動かない。しばらくスライムを見つめた後、槍を引いた。

「あーあ、なんの成果もなしかよ。今日の食費どうすりゃいいんだ」

 人に擬態し、人の言葉も喋るスライム。世にも珍しいこいつを売れば金になるか。ジャンはそう思ったが、震えるスライムを見てその考えを捨てた。

「ジャン、あいつ、いいのか」

「いいよ、もう。めんどくせぇ」

「あ、おい!」

 すたすたと行ってしまうジャンの後をルシードが追った。振り返るとスライムはただ、じっとそこに佇んでいた。

 こうして彼らのひとつの冒険が終わるのであった。



 翌日。

 ジャンは全身の痛みとともに目覚めた。全身筋肉痛だった。

「いてぇ。めちゃくちゃいてぇ」

 窓の外を見る。今日も晴れ。嫌になるくらいの快晴。空はすっきりと晴れているのに気が重い。ぐぅぅと腹が鳴る。

 このままでは生活していくこともままならない。しかし、この筋肉痛では今日はろくに動けそうにない。焦りが噴き出してくる。

 と、その時。ジャンのゆううつすべてが一気に吹き飛ぶ出来事が起きた。


「オハヨウゴザイマス」

「ん? ああ、おはよう」

 ん?

 誰かにおはようございます、なんて挨拶をするのはどれくらいぶりだろう。

 そもそもこの家には自分の他には誰もいないはずなのだが。

 ジャンは飛び起きた。


「お、ぉぉおお前は!?」

 それは人の子供の姿をしていたが、人ではないことがすぐにわかった。

「き、き、昨日の」

 そうだ。こいつは昨日のスライムだ。


 ジャンは硬直した。


 ジャンとスライムの間には、ただただ、沈黙が流れていた。

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