2話  『スライムの恐怖』

「ジャン、待てよ!」

「うおっ!? てめぇ、いつの間に追いついてやがった!?」

 真後ろで声をかけられ、ジャンの心臓が飛び跳ねた。汗だくのジャンに対し、ルシードは汗ひとつかいていない。もう、どれだけ階段を上ったのかわからない。足の筋肉がパンパンだった。

 ジャンは立ち止まり、肩を弾ませながら周囲を見渡す。先ほどからスライムをまったく見かけていなかった。またそこらへんの床や壁などに擬態してひっついているのだろうか。


「ジャン、疲れただろう。肩を貸してやるよ」

「あ? ふざけるな。誰がてめぇなんかに……」

 強がってみるものの、膝はがくがくと笑っている。ジャンはその場に倒れそうになった。その体を、ルシードが支える。

「無理するな。こうなれば、このまま進むしかない。頂上まで、きっとあと少しだ」


 やはり何かがおかしい。ジャンはスライムの襲撃を避けるため、一気にここまで駆け上がってきていた。その自分にあっという間に追いついてきたルシード。しかも、汗ひとつかいていなければ息を切らしてもいない。つまりそれが意味をすることは――いや、ありえない。それはありえない。スライムが人間に擬態するなど、聞いたこともない。ましてや人間の言葉を使うなんて絶対にありえない。

 ジャンが力なく笑った、その時だった。


「ジャン! そいつから離れろ!!」

「る、るるるルシード!?」


 ルシードが二人いた。

 目の前に現れたルシードは、額に汗をかき、息を切らしている。そりゃそうだ。どれだけ体力があるやつだって、走ってあれだけの階段を上れば汗のひとつはかく。かかなければおかしい。

 すると、隣にいるこいつは――。


 ジャンは慌てて、後から来たほうのルシードの近くへと跳んだ。

 ルシードに擬態しているスライムが声をあげる。

「ジャン! 違う、そいつは……!」

「へっ! もう、だまされねぇぞ、このスライムやろう!」

 ルシードに擬態したスライムは、目を大きく見開いていた。

「そ、そいつ……はなんだ? オレ? オレが、もう一人いる? どうなってるんだ……これは」

 ルシードに擬態したスライムが、呆然とした表情でつぶやいた。

「けっ。演技までできるとは、とんでもねぇやろうだな。おい、ルシード! まだ火炎瓶持ってるか?」

 隣のルシードから返事はない。

「おい、ルシード! 聞いてるのか」

 隣を向いたジャンは愕然とした。ルシードの顔が、どろりと溶け出した。

「ひっ!」

 ジャンはその場にへたり込んだ。

 

 そう。

 スライムが擬態していたのは、後から現れた方のルシードだったのである。


「なんてスライムだ。新種かもしれないな」

 ルシードは鞄から火炎瓶を取り出した。

「ムダ」

「うぐっ!?」

 天井からスライムが落ちてきて、ルシードの腕に絡みついた。火炎瓶が床に落ちて液体が飛び散る。

 スライムが巻きついている腕が焼けつくように痛い。ルシードは苦痛に顔を歪めた。

 周囲にはいつの間にかスライムの群れ。再びの窮地に成す術がない。

 これで本当に終わり?

 いやだ。こんなところで死にたくない。死んでたまるか。

 そんな2人を嘲笑うかのように、スライムが”笑った”。


「このやろう……なめやがって!」

 ジャンは勢いよく立ち上がると、腰のカバンから何かを取り出し、周囲に撒き散らした。

「ルシード、そいつを吸うんじゃねぇぞ! あと、火炎瓶よこせ!」

「これが最後の一本だぞ! どうするんだ!」

 ルシードは自由の利く方の腕で、火炎瓶を投げ渡した。周囲に散布されたのは、黒い粉のようだった。

「ジャン……お前。何をするつもりだ」

「へ、へへへ。こんなところで、こんなやつらにやられるくらいなら!」

 ジャンはマッチに火をつけ、火炎瓶を栓している布を燃やした。

「や、やめろ! ジャン!」

「くたばりやがれ、スライムども!」

 スライムが怯えるような表情でジャンを見た。

 どうやらそいつは演技じゃないようだな。ジャンは笑い、火炎瓶をスライムの前方の床に投げつけた。


 瓶が、音を立てて、割れた。

 

 直後。


 爆音と爆炎が広がり、一瞬にして全てを包み込んでいった。

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