1話 『新米ですけど』
すでに発見された遺跡は数知れず。それでも人々の探求が終わらないことには理由がある。この世界はあまりにも広大で、まだまだ空白の部分が多いこと。同じくその歴史にも空白が多い。
さらにある異変が起きていた。今までその土地に存在していなかったはずの遺跡が、あたかも最初からそこに在ったかのように出現し始めていた。
いくつもの冒険が生まれていったのだ。
さて。
ここに一人のトレジャーハンターがいる。
彼は”塔”という遺物の中を息を切らせて駆け回っている。
青い髪を尖らせている、その彼の名前は――ジャン。
彼もまた、一攫千金を目指して遺跡を巡る日々を送っていた。
命を懸けた冒険の日々。一攫千金の夢を見て、意気揚々と未知に足を踏み入れた、その彼の人生が今……
終わろうとしていた。
「ちくしょう! くるんじゃねぇ!」
ジャンは何か得体の知れないものに追われていた。彼は武器である槍を振り回し、それを振り払おうとした。槍の切っ先がそれを斬り裂くが、すぐに元通りになってしまう。それは、液状の生命体。物理的な攻撃は効果がなかった。
「こ、こんなやつがいるなんて、きいてねぇよ!」
それもそうだ。彼はたまたま見つけた塔に、何の準備もなく足を踏み入れたのだ。
ジャン。彼は新米のトレジャーハンター。
彼のように一攫千金を目指して、勢いに任せてトレジャーハンターとなったその9割は、どこかで挫折をするか命を落としていた。ジャンもその一人になろうとしている。
どうにかこうにか液状の生命体を振り切ると、ジャンはその場にへたり込んだ。
もはやここが塔の何階なのかはわからない。階段をのぼると、広い円形のフロアがあるだけで何もない。先には階段があり、それを登る。その繰り返しが延々と続くのである。
「いったん出直すか……ん?」
妙な違和感。あ、この床、柔らかい。気づいた瞬間、彼は落下していた。
「ぎゃあああぁぁっ!?」
下の階に落下したジャンは、全身を打ちつけた。
あの床には穴があいていたのだ。穴の上に、液状生命体が床に擬態していたのだった。
「いててて。死ぬかと思ったぜ」
身体は動く。大きな怪我はなさそうだ。ジャンはほっとした。それもほんのつかの間。
「ちょっ……嘘だろ……」
誰か嘘だと言ってくれ。
ああ。終わった。ジャンは絶望した。
ジャンの周りには液状生命体たち。すっかり囲まれてしまっている。じわじわと迫りくる、緑色や青色の半透明の液体。
その液状生命体は”スライム”と呼ばれる。異形のモノ、モンスターの一種である。液状なので様々なものに形を変えることができるという。獲物が警戒心を抱かないものに”擬態”して近づき、捕食するという。そして毒と酸性の液体で、じわじわと獲物を溶かしていくのだ。
その苦しみは計り知れないという。
ジャンは本で読んだ知識を今になって思い出し、さらに絶望した。
「う、うわああぁぁっ! 来るな、来るなあぁぁぁぁっ!」
ジャンは絶叫した。
彼の人生という冒険は、ここで終わるのであった。
その時。ジャンの前方の床に瓶が落ちて割れた。瞬時に広がる炎。スライムたちは炎を避けるように、逃げていく。
「あいつらは炎に弱い。そう教わっただろ、ジャン」
「お、お、ぉ」
お前は、と言おうとしたがジャンの喉から声はでない。
「ほら、水でも飲めよ」
男がジャンにボトルを投げた。ジャンは中の水を一気に飲み干した。
「お、お前は……ルシード! なんでここに!」
ルシードと呼ばれたその男は、苦笑いを浮かべた。
「助けてやったのに、ありがとうもなしかよ?」
「誰も助けてなんて頼んでねえぇぇ!」
「そう、怒鳴るなよ。まだ、危機は去っていない」
「なんだ……とぉぉぉ!?」
「いちいちうるさいな、お前」
スライムたちは至る所にひっついていた。ジャンはまったく気づかずに塔を上っていたが、壁や天井には無数のスライムが擬態し、こびりついていたのであった。
「ここは一度退いた方がよさそうだな。ジャン、ここを攻略するにはそれなりの準備が……」
「うるせぇぇ! お前に指図はうけねぇぇ!」
「おい、ジャン!」
ジャンはスライムたちに囲まれる前に、上の階に走り去って行ってしまった。
残されたルシードに迫る、スライムの群れ。モンスターと呼ばれる種の中では、下級に位置するスライムだが、それはあくまで単体の場合。これだけ数が集まるとかなりの脅威になる。
「さて。どうしたもんかな」
冷静に言ってみるルシードであったが、内心はかなり焦っていた。何故なら彼もまた、新米トレジャーハンター。このような状況を打破する術を、彼は知らない。退くか、ジャンを追うか。決断に要する時間は、あまり残されていなかった。
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