水曜日:『音の雨』

 水曜日、ゆったりとした音楽に似合わない機械の音が、部屋中に鳴り響きます。目覚まし時計の音は、水曜日にはちょっぴり邪魔になってしまします。


 今日の朝は、「カノン」でしょうか……?


 ぼんやりとした感覚のまま、窓の向こう側から聞こえてくる音楽に耳を傾けます。なんだかいつもより瞼が重たいです。

 

 何とか体を起こし、ベッドから這い出します。いつもより体がふわふわして、しぐれ君みたいになっちゃいそう。


 水曜日には、「音の雨」が降るのです。


「おはよう、しぐれ君……」


「おはよう。眠そうだね」


 水曜日はいつもこんな感じです。しぐれ君はいつもふわふわなのであんまりいつもと変わってないけど、きっといつもより眠いはず……! そんなことを思いながら、いつも通り並んで通学路を歩いていきます。高校生の中にはイヤホンをしながら歩いている人もいますが、何となくもったいないなと思います。こんなに美しい曲を聴かないなんて、損です。


 降ってくる音は毎週違いますが、ゆったりした曲調のものが多いです。


 今日流れているこの「カノン」という曲は、お母さんが昔教えてくれた曲でした。お母さんの好きな曲は、私の好きな曲です。きっといつまでも忘れることはない、自分にとっても特別な曲。


 ただ、こんな大好きな音楽の降ってくる水曜日には、たまにゲリラ豪雨が降ります。ゲリラ豪雨に遭ってしまうと大変です。ゲリラ豪雨では、ゆったりした音楽じゃなくてギザギザした音がいっぱい降ってきます。そして、何よりうるさいです。

 もしゲリラ豪雨に遭ってしまった時は、一生懸命耳を押さえないといけません。でもそうすると、しぐれ君とお喋りが出来なくなってしまうので本当にイヤです。


 ■


 時々、思うことがあります。火曜日と水曜日が一緒になればいいのにと。 


 花と音が、一緒に降ってきたらいいのにと。


 皆さんも想像してみてください。桜色の世界に、延々と降り続ける音たち。そんな素敵な世界を見てみたいと思いませんか?


「ね? しぐれ君もそう思わない?」


「……何が?」


 ■


「あーそうだね。僕もそれは見てみたいかも」


「でしょ!」


「素敵なこと考えるね」


「へへ。私、神様よりすごいかも」


 なんちゃって。


「でも、『二兎追うものは一兎も得ず』っていうよ」


「……」


 急に長くて難しい言葉を言われてしまいました。しぐれ君はたまにこういう難しい言葉を使ってくるので、私だけ置いてけぼりになってしまいます。


「……難しい言葉使わないで」


「ごめんごめん。欲張っちゃいけないってことだよ」


「私、欲張りかな」


 少し、欲張りだったかもしれません。花の雨も、音の雨も、どちらも大好きな雨です。だからといって、両方の良いところだけとってしまうのは、良くないことのような気がしてきました。


 お母さんと一緒に買い物に行くとき、お菓子をたくさん欲しがると怒られてしまうように、花と音の雨が一緒になると良くないことがあるんです。たぶん。


 しぐれ君からこんなことを教わるなんて思ってもみませんでした。


 今日は耳を澄まして、音の雨の良いところをもっとたくさん、探してみようかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る