火曜日:『花の雨』
火曜日になりました。今日は、「花の雨」が降ります。
家のドアを開けた瞬間、そこには、ピンク色に包まれた世界が広がります。まるで、別の世界に来てしまったような感覚になるほどです。
今の季節は春。降ってくるのは、桜の花びらです。とってもとっても高いところから、ゆっくりと一枚一枚降ってきます。そういえば、空も少しピンク色になっています。青い空と、白い雲、そしてそれを優しくつつむように桜色のもやがかかっています。今まで全然気が付きませんでした。
いつも通りしぐれ君を迎えに行き、学校へ向かいます。
「しずくちゃん。花びらいっぱい集まったけど、それどうするの?」
そう。実は家を出てから今まで、両手でお椀を作ってずっと降ってくる花びらを集めていたのです。結構たくさん集まりました。これだけあれば、十分です。
「それはね……こうするのっ!!」
しぐれ君に向けてその花びらを思いっきり放ります。
「うわっ……!」
「あはははは」
こんな遊びもできるのです。神様はすごい人です。カンシャです。それに、傘も必要ないし、洋服も靴も濡れることもないし、良いことしかありません。今日は、とても大好きな火曜日です。
■
火曜日は、通学中大人をよく見かけます。その人たちは朝から掃き掃除をしています。
月曜日から火曜日に変わった瞬間から、花の雨が降り始めます。だから、朝起きると道いっぱいに桜の花びらがピンク色の海を作っているのです。このままでは歩きにくいので、大人たちは毎週こうやって掃き掃除をしています。きっと今頃、お母さんもやってるんだと思います。
花の雨は、とてもたくさん種類があります。降ってくる花びらの種類は、季節によって変わるので、一年に四回変化します。
また、年によっても降ってくる花はいろいろなので、本当に色とりどりな世界を作ってくれるのです。
ちなみに、去年の春はタンポポでした。夏はヒマワリ、秋は金木犀、冬はアネモネ。特に、金木犀はすごく印象に残っています。
「金木犀いい匂いだったなぁ……」
「去年の秋のやつ?」
「そうそ――」
「それっ!」
私がしぐれ君の方を向いた途端、しぐれ君が、さっき私がしたように桜の花びらを放りました。ですが、全然驚きません。勢いがこれっぽっちもない。これじゃあただの花吹雪です。
「何それ」
「へへ。さっきしずくちゃんがやったやつ」
「全然驚かないよ。やるならもっとビックリさせないとダメじゃん」
「いやあ、こーゆーの苦手」
いつものふわふわ笑顔で言います。
「じゃあなんでやったのさ」
「喜ぶかなーと思って」
「ビックリさせられて喜ぶわけないじゃん!」
なんでかな。今の会話、私はしぐれ君を怒ったはずのに、もう心はあったかい気持ちで満たされています。
んーいや、やっぱり気のせい。あったかい気持ちになったのは、雨のせいです。私は今桜色の世界の中にいるのです。あったかい気持ちに、ならないわけがありません。
ふと、自分の目を足元に移します。
「わあ……!」
そこにあったのは、五つの花びらが付いたままの桜の花でした。綺麗な五角形を保ったまま、そこに横たわっています。
空から降ってきたのか、それともどこかに植えられた桜の木から風で運ばれてきたのか、知ることはできないけれど、なんだかまた心があったかくなったような気がします。
「今日は、良いことありそう……!」
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