この世界を虹と呼ぶ

またたびわさび

月曜日:『水の雨』

 今日は月曜日。また、新しい一週間が始まります。


 いつも通り6時半にセットした目覚まし時計がジリリリと鳴り、昨日とは打って変わって、光の少ない朝に目を覚まします。


 カーテンを開けて、今日の雨をぼんやりと眺めます。今日は、「水の雨」です。



 灰色の雲から落ちてくる水滴たちが元気よく窓を叩く様子に、なんだかかわいいな、と思いながら学校へ行く支度をします。お母さんが用意してくれた洋服に袖を通し、ランドセルに教科書を詰めたら、今度はご飯です。

 台所にテーブルと四つの椅子が置いてあります。そのうちの一つに私が座り、すでに用意されていた朝ごはんを頬張ります。お母さんのご飯は最強なので、朝からでもたくさん食べられます。


 そんなこんなでもう7時半。水色に白の水玉模様の入った傘を持ち、黄色の長靴を履いて学校へ向かいます。


 玄関を元気よく飛び出して、学校を目指します。ですがその前に、寄らなければいけない所があります。


 一軒の家の前で足を止め、玄関の脇にあるチャイムを押します。


「おはよーございまーす!」


 すぐにドアは開きました。


「おはよう! しぐれ君!」


「おはよう。しずくちゃん」


 しぐれ君。小さいころからの仲良しでいつも一緒に学校に行っています。私は、しぐれ君のことを、すごく柔らかそうな人だなと思っています。なんかいつもふわふわしているのです。前にこのことをしぐれ君に言ったら、困ったような顔をされてしまいました。でも本当なんです! しぐれ君は、性格も笑顔も髪の毛もふわふわです。


 そして私は、そんなしぐれ君のことが好きです。ああ…恥ずかしいですね。しぐれ君には、まだ内緒です。


 しばらく歩くと、大きな開けた道路に出ます。右側の歩道を、並んで歩いていきます。私が左で、しぐれ君が右。

 ここまでくると、歩行者の数が多くなります。私たちの前にも、何人か同じ小学校に向かう人たちがいます。反対側の歩道には、高校生のカップルもいました。なんだか羨ましいです。


「しずくちゃん……?」


「え、あ、ごめんね。なに?」


「ううん、なんかぼーっとしてるなーって思って」


 まさかしぐれ君からこんなことを言われるなんて。いつもはしぐれ君の方がぼーっとしているのに!


 ■


 なんとなく、道路を走る車の数も多くなってきました。車が通るたびに、ざざーっという音が横切っていきます。学校に近くなってきたので、私たちの目の前はいろんな色の傘で溢れていてとてもカラフルです。


「あ、しずくちゃん。ちょっとこっち来て」


 いきなりしぐれ君が私の手をつかんでしぐれ君の方に引っ張ります。


「え」


 私としぐれ君の位置を入れ替えるように、しぐれ君が私と車道の間に立ちます。しぐれ君の、これまたふわふわしたシャンプーの匂いが私に届くくらい、すごく近い……。

 その瞬間、大きなトラックが私たちの横を勢いよく通り過ぎていきました。そして同時に、大きな水の塊が空中に放り出され、しぐれ君に直撃します。


「わっ!!」


「きゃっ……!」


 しぐれ君の洋服は水浸しになってしまいました。でも、いつもふわふわしているしぐれ君は、「びちょびちょになっちゃったなー」とだけ言ってすぐ私の方に顔を向けます。


「しずくちゃん、大丈夫だった?」


「……なんでそんなけろっとしてるの」


「……? 僕けろっとしてるかな……? いや、そんなことより、大丈夫だった?」


「う、うん……」


 なんだか悔しいです。


「え……、しずくちゃん、なんか怒ってる……?」


「だって、しぐれ君が濡れちゃったら意味ないじゃん」


「えーでも、しずくちゃん水かかるの嫌でしょ?」


 しぐれ君のくせに生意気です。


「それはしぐれ君もおんなじでしょ!」


「しずくちゃんが濡れるよりいいよー。僕男だし、強いし」

 何を言ってるんでしょうこのふわふわ男は。


「えーしぐれ君弱いよ。いつも泣いてるもん」


「泣いてないよ!」


「でもすぐ泣くじゃん」


「泣かないって!!」


「今もほら……」


「これ水!!」

 

 

 実は、ずっと前まで、月曜日は嫌いでした。水の雨が降ると、靴も洋服もすぐ濡れちゃうし、傘を持たなきゃいけなくなるし、朝でもちょっぴり暗くてあまり元気が出ないから。


 それでも次第に、好きになっていきました。一つは、お母さんが「雨」について教えてくれたから。そしてもう一つ、しぐれ君がいてくれたから。


 しぐれ君の傘と私の傘がぶつかって、小さな水滴が飛び跳ねます。こんなどうでもいいようなことでも、私にとっては特別になるんです。いつもより、ユーウツな月曜日。だけど、しぐれ君とならへっちゃらです。


 しぐれ君と過ごす時間は、いつだって、特別になるんですから。





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