第2話

 イザナミと生活しだして僕はなんだか毎日が楽しくなってきた。いつもどこに行くにもイザナミが一緒に付いてきて、まるで新婚生活を送ってるような気になってくる。まあ、たまに「まだ自殺しませんか?」なんて聞かれるから、 それはそれでちょっとあれだけど。それでも普段のイザナミはいたって普通の女の子で、最近の黄泉国の流行や、友達の話なんかをよくしてくる。そのどれもがこの世界で普通の女の子達がしているような会話で、僕はイザナミが死神だと言うことを忘れてしまいそうだった。

 イザナミと生活しだしてから一週間位がたった頃の朝の事だった。目が覚めるとイザナミの姿が見えない。だいたい目が覚めるとイザナミはもう起きていて「おはようございます!」なんて元気に声を掛けてくれるのだが、その日に限ってはイザナミの声がかからなかった。僕の部屋はワンルームで、だいたい一目ですべてのものが見渡せるのだが、そのどこにもイザナミが見当たらない。

「イザナミ……どこ行ったんだ?」

 一緒に暮らし出して一週間。俺のそばを一時も離れたことが無かったイザナミが僕のそばからいなくなった。僕は激しく動揺した。しかし、どうしても受けなければいけない講義があったから仕方なく、僕は学校に向かうが、頭の中ではイザナミのことでいっぱいで、教壇に立つ教授の声なんて全然頭に入ってこなかった。

『イザナミ……』

 僕は講義が終わると急いで家に帰る。するとそこにはいつもと変わらないイザナミの姿があった。

「お帰りなさい」

 いつものように元気に声を掛けてくるが、どこか少し違和感があった。

「お帰りってイザナミ。どこに行ってたんだよ! 心配したじゃないか」

 僕の言葉に驚くイザナミ。

「心配って……なんで私のことなんて?」

 不思議そうな顔で聞き返すイザナミ。

「いや、えーと……それは……ほら、あれだよ、イザナミがいない間に僕が事故とかにあって死んじゃったら、イザナミ僕の魂持っていけないでしょ?」

 僕はちょっとつまりながらも答える。

「あー! そうですね! すいません、それに気がつきませんでした。ごめんなさい」

 そう言ってペコリと頭を下げるイザナミ。その姿を見て、やっぱり可愛いなあ~と思ってみてしまう僕。

「え、いや、まあ今回は大丈夫だったから良いけど……そ、それよりもどこに行ってたのイザナミ?」

 僕は話をすり替える。

「えーと、ちょっと閻魔様に呼ばれまして……黄泉国に帰ってました……」

「そうなんだ。でも、そうならそうと行く前に言ってくれればいいのに。そしたらこんなにし……」

 僕は言いかけて途中で話を切る。

「ま、まあとにかく今度からは教えてね」

 僕がそう言うとイザナミは「はい、すいません」と答える。でも、イザナミの顔はどこか落ち込んでいるように見えた。そしてイザナミと僕の関係はその日を境に少しずつ変わっていった。黄泉国に帰ってからイザナミの表情はだんだんと暗くなっていき、前はよく黄泉国の話をしてくれたりしていたのに、今はほとんど会話をすることも無くなってきた。

「イザナミ……黄泉国で何かあったのか?」

 僕は心配になり、イザナミにそう聞いてみたが、イザナミは笑って誤魔化すだけで、なにも答えてはくれない。そしてイザナミと暮らすようになって二週間が経つ頃、イザナミの身体に変化が起こり始める。明らかにイザナミの身体は衰弱してきているのだ。何かちゃんとしたものを食べさせようとしては見たが、イザナミの身体は実態を持っておらず、触れることもできないし、何かを食べさせることも出来ない。

 僕はただ黙ってイザナミの身体が衰弱していくのを見ていることしかできなかった。

「イザナミ、僕に何かできることは無いの? どうすればイザナミが元気になる? お願いだから教えてイザナミ!」

 僕の言葉にイザナミは笑って返すだけで、僕には何もすることが出来ず、僕は自分の無力さを思い知るだけだった。

 そして、何もできないまま何日かが過ぎた。僕は結局何もできないままイザナミの衰弱していく姿を見守る事しかできないでいた。

「イザナミ……僕はどうすればいい……」

 苦しそうにしているイザナミにはもう僕の言葉は耳に入らないようだ。

「あら、その子まだ魂刈り取れて無いの?」

 突然僕の背中から声が掛かる。

「誰だ!?」

 僕が振り向くと、そこには初めてイザナミに会った時のようなスケルトンの姿の死神が立っていた。

「あら、ごめんなさいね。私その子の上司? って言えばいいのかしら? イツキと呼ばれてるわ。あまりにもその子が

グズだから閻魔様から様子を見てくるように言われたんだけど、もうその子ダメみたいね」

 そう言ってイツキはイザナミの顔を覗き込む。

「この子、死神の中でもかなり強い力を持ってるんだけどね……何で人間なんかの魂をサクッと刈り取って来れないのかしら? 本当に不思議だわ~」

 僕はイツキの姿を見る。するといつの間にかイツキの姿もスケルトンの姿から、巫女の服装の女性の姿に変わる。黒く長い髪や、黒に近い灰色の巫女の服装は変わらないが、羽根はイザナミの物より大きい。そして、服を着たままでも解るほど大きな胸は服からはみ出んばかりに自己主張している。

「イザナミを助ける事は出来ないんですか?」

 僕は必死にイツキに問いかける。

「あら、あなたこの子から何も聞いてないの?」

 イツキは不思議そうに僕の顔を見つめる。

「なにって……何も聞いてませんよ」

「そう、じゃあ教えてあげるわ。この子を助ける方法が一つだけある」

 その言葉に僕はすがりつく。

「ど、どうやったらイザナミを助けれるんですか!?」

 僕の必死な言葉に、イツキは少し悪戯っぽく笑いながら答える。

「あなたにそれが出来るかしら?」

「僕にできる事があるのなら何でもします! だから、イザナミを救う方法を教えてください!」

 僕はイツキに頭を下げて頼み込む。

「うーん……あなたにできるかしらね……」

 腕を組んで考えるイツキ。

「イザナミの為なら何でもします! だからお願いします!」

 我ながら何で、僕の魂を刈ろうとしている死神にたいして、こんなに必死なんだろうと思う。しかし、僕はどうしてもイザナミを助けたかった。どんなことがあっても。

「そこまで言うなら……教えてあげてもいいけど……」

 イツキはまたいたずらっぽく笑う。その言葉に僕は喜ぶが、イツキの次の言葉に僕の言葉は青ざめる。

「あなたの魂を私に差し出しなさい。そうすればイザナミは助かるわ」

 イツキはまるで当たり前の事を言っているかのようになんの違和感もなく、さらりと言ってのける。

「魂!? それって……」

「ええ、この現世からはおさらば。サヨナラってことになるわね」

 とびっきりの笑顔で答えるイツキ。イツキの手に持っている大きな鎌が不気味にキラリと輝く。

「す、少し考えさせてもらえませんか?」

「あら~、何でもするって言ったのに。まあいいわ、少しだけ時間をあげる。でも、もうそんなに時間は無いわよ。持って後二、三日ってとこね」

 そんなにもイザナミの状態は悪くなっているのか。僕はその言葉にまた青ざめる。

「明日の朝また来るわ。それまでに覚悟を決めておいてね」

 そう言ってイツキは僕に顔を寄せる。

「ああ、その絶望に苦しむあなたの顔……たまらないわ~」

 イツキは不気味だがどこか惹かれてしまいそうになる笑顔で僕にそう言うと、目の前からフッと消え去る。

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