第3話
僕はイツキが帰った後、苦しむイザナミの前で考え込んだ。触れることも出来ないイザナミに僕は恋をしていたのだろう。イザナミは僕の事をただの魂の入れ物位にしか見ていないかも知れない。それでも僕はイザナミが苦しむ姿をこれ以上見たくはなかった。だとすれば答えはもう決まっている。
「イザナミ……短い間だったけどありがとう」
僕は苦しそうにしているイザナミの唇にそっと僕の唇を重ねる。もちろん実態が有るわけではない。だから、その位置に唇を寄せただけだ。僕がイザナミに唇を寄せた瞬間。イザナミの身体は光だし、その眩しさに僕は目の前に手をかざす。一体何が起こったのか? 僕にはさっぱりわからず、その眩しさに圧倒される。
しばらくするとその光は弱まり、僕はかざした手を下ろし、イザナミを見る。するとさっきまであんなに苦しそうだったイザナミの表情は嘘のように穏やかになり、スースーと寝息をたててて寝ているように見えた。僕はその変化に驚きイザナミの身体を揺すってみる。しかし、イザナミは起きる様子を見せず眠り続ける。一瞬もとに戻ったのか? とも思ったが、やはりイザナミは眠ったままだ。
「苦しそうじゃ無いだけまだ良いか」
僕は一人呟き、覚悟を決める。そして僕はイザナミの横に寄り添うように横になる。朝、目が覚めたらイザナミが元気になっていますように。僕はそう祈りながら眠りについた。
ゆっくりと意識が覚醒していき、僕のまぶたが開く。どれくらい寝ていたのだろう? 眠気はなく、妙にスッキリとした目覚めだ。
「ふぁ~」
大きく伸びをしてあくびを一つ。隣で眠るイザナミに目をやる。
「イザナミ……もう少しの辛抱だからな」
すやすやと穏やかな表情で眠るイザナミの顔を見る。今にも目を覚まして起き出しそうな表情で眠っている。少しの間イザナミの表情を眺める。
「覚悟はできた?」
昨日と同じように突然声をかけられる。僕はゆっくりと振り向きイツキの姿を見る。
「ええ」
僕は穏やかにそう答える。
「あら、良い顔してるじゃない。でも、そんな顔は私の趣味じゃないわね~。でも、まあ良いか。じゃあ、行くわよ?」
イツキはそう言うとその手に持った大きな鎌を高々と掲げる。
「その前に、一つだけ」
その言葉にイツキは表情を曇らせる。
「何よ~。まさか怖じ気づいた訳じゃないわよね?」
「いえ、確認だけしたくて」
持ち上げた鎌を一旦下ろすイツキ。
「何よもう!」
「僕の魂でイザナミは本当に助かるんですよね? それだけ確認したくて」
「ええ、それは大丈夫よ。安心してお逝きなさい」
イツキはそう言うとまた鎌を振り上げる。僕は振り上げられた鎌を見上げる。そして、その鎌が降り下ろされ、僕の身体に触れるまでの間その鎌がゆっくり、ゆっくりと動いていくように見える。ああ、僕はもうすぐ死ぬんだな……なんの感情もなくその光景を見ている。
『まあ、人生の最後にイザナミにも会えたし、良い人生だったかもな。イザナミ、元気でな』
そして僕はそっと目を閉じる。そして鎌が降り下ろされ、魂を刈られる瞬間を待つ。どれくらいの時間が経ったのか、いつまでたっても僕は死んだような感じがしない。まあ、死神に魂を刈られるなんてそんなものなのかもな、と思いながら閉じた目を少し開ける。するとそこには僕の身体の手前で止まった鎌が目に入る。そして、その鎌を止めるようにもう一つの鎌。そのもう一つの鎌の先にはイザナミの姿が。
「イザナミ!? 大丈夫なのか? いや、それよりも何で止めたんだ! 僕の魂がないとイザナミは……」
僕の言葉を遮るように話すイザナミ。
「それは嘘です。イツキ先輩は良い人ですが嘘をついてでも魂を刈り取っていく人なんです」
「あら、イザナミ。元気になったのね? でも、邪魔しないでくれる!」
妖艶な笑みを浮かべ、力を込めてイザナミに鎌を振り抜く、それをイザナミが受け流し、その反動でイザナミは鎌をイツキに鎌で切り込むが、それをバックステップでかわすイツキ。
お互い鎌を構えた状態で立ちすくむ。しかし、突然鎌を下ろしすイツキ。
「やーめた。ここであんたに勝ったとしても何も良いことないしね。でもあんた、魂も刈り取れなくて今後どうするの? 実際もう霊力もほとんど残ってないでしょ? まさか……イザナミ、あんた!」
その言葉に返事をするかのようにこくりと頷くイザナミ。
「あんた……ほんとにそれで良いの?」
「はい。覚悟してます」
穏やかに微笑んで答えるイザナミ。
「まあ、あんたがそれで良いなら、私は何も言わないけどね。でも、もったいないわね、それだけの力がありながら……まあ、いいわ。そう言うことなら私はもうここには用は無いし黄泉国に帰るわ」
そう言うとイツキは僕の方を見る。
「こんな人間の何が良いのかしらね~。まあいいわ、あんたイザナミを泣かしたら魂刈り取りに来るからね! じゃあ、私は閻魔様にこの事を報告しとくから」
そう言うとイツキはフッと消え、何事も無かったかのように部屋は静まり返る。
僕はイザナミとイツキの会話についていくことができずに呆然と立ちすくんでいる。何がどうなっているのか全くわからない。僕のわからないところで話は進んでいったが、とにかく丸く収まったみたいだ。
「イザナミ、どういう事なの?」
イザナミは振り向き、僕に笑顔に微笑む。
「え、あー、えと……私、死神を辞めます」
「ふーん、そんなことできるんだ? でも、死神やめてどうするの?」
恥ずかしそう顔中を真っ赤にして答えるイザナミ。
「あ、あなたに着いていきます……あなたの魂が黄泉国に召されるまで」
イザナミはそう言うとまた強い光を放ちながら、フワッと消えていく。僕は突然の事に、その景色を呆然と眺めながら、どうすることもできずに立ちすくむ。
「イザナミ? 何で?」
僕の眼からは涙が自然と流れ出る。言葉にならない声が涙と共に溢れ流れていく。僕はただただとめどなく溢れる涙を流しながらその場に立っていることしか出来なかった。
イザナミが消えたあの日からどれくらい日にちが過ぎたのか、僕はなにもする気力がなく、ただイザナミが消えた場所を見つめるだけの日々を過ごしていた。
「イザナミ……」
涙の枯れ果てた目は落ち窪み、痩せ細っていく。
『ピンポーン』
ドアホンが鳴る。
『ピンポーン、ピンポーン』
何度も鳴るドアホンを無視するが、 それを気にすることなくさらに何度もドアホンがならされる。
仕方なく立ち上がり、ドアを開ける。
「あ、あの……」
目の前の女の子は何かを言おうとしているが、その言葉をすべて聞き終わる前に僕は彼女の身体を抱き寄せた。
「お帰りイザナミ……」
「た、ただいま」
抱き寄せた彼女の温もりを感じ、僕はの眼からはまた涙がこぼれ落ちた。
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