Vanishing point

社宗佑

0.創世


 ――白、白、白。眼前を覆い尽くす一面の白。


 気づけば、僕は真っ白な虚無の中にいた。

 初めからずっとそうだったのか。

 あるいはどこかですべてを失くしてしまったのか。


 ともかく、辺りにはなにひとつとして存在しなかった。

 

 心を温めてくれるものも。

 身体を熱くしてくれるものも。

 気持ちを豊かにしてくれるものも。

 それどころか、あの頃いつも感じていた、あの胸を引っ掻くような鋭い痛みさえ、果たしてほんとうにあったものなのかどうか。

 見渡せば一面の白のなか。

 冷たさも温もりもなく。

 僕はただ、からっぽだった。


 それでも僕は歩くしかなかった。

 いや、だからこそ歩くしかなかった。

 僕はぎらぎらとした目で歩いた。

 無我夢中に歩いた。

 真っ白な原野を、意味もなく歩いた。

 だって、狂おしいくらいに、なにかを求めずにはいられなかったから。

 恐ろしいほどの心の空白を、埋めたくて埋めたくて仕方がなかったから。

 

 そうして、ずいぶんと歩いた気がする。

 やがて、いろんなものが真っ白なスクリーンへと浮かび上がった。

 親しみを覚えるコップの丸みや畳の匂い……

 華やいだ気持ちを誘う布地の模様や雨の音……

 人肌の温もりをくれる虫の気配や灯りの色……

 はたまた、どうしようもなく強大な不条理だとか……

 そういうものが、すこしずつ僕の空虚のなかへ巧みに入り込んで、世界を変えていった。

 僕は人間になれるかもしれない。

 そう思っていた。

 けれど、それらはすべて不確かで、ひとつボタンを掛け違えればすぐにでも消えてしまうような、そんな危うげなものに過ぎず。

 けっきょく、あとにはやるせない気持ちだけが残った。

 然るに、僕の後ろに道が出来たことなんてなかった。

 僕の後ろには、ただ真っ白な虚無だけがあった。

 なぜって、ぜんぶがなかったこととおなじになるから。

 失くして、棄てて、すべてを台無しにしてしまうから。

 大切なものなんて、ただのひとつも在りはしなかったから。

 僕はいつだってからっぽで、ほんとうの意味でなにかを願ったことなんてなかったのだ。


 そう気づくのに、愚かな僕はとても時間が掛かった。

 後悔は深く、身体はとうに重たかった。

 それでも、他に術がないから。どこにも道なんてなかったから。

 僕はただ、亡者のようにアテもなく歩き続けた。

 諦めに足を引きずられながらも、ただ自己規定する機械のように淡々と歩いた。

 こんな旅路は早く終わってしまえばいいと、心のどこかで獰猛に叫びながら。

 そうして、一体どのくらい歩いただろうか。

 どこまでも続くと思えた虚無の果てに、ひとつの、やけにくっきりとした影が現れた。

 それはかつてないほど確かにそこにあると思える、れっきとした「なにか」だった。

 僕はまるで何百年も若返ったみたいに、突然人間になったみたいに、意気揚々と駆け出した。

 そこに横たわるものは僕の世界と同じ色をしていた。

 真っ白な装束に身を包んだ、か細い肢体。

 当然、名前はわからない。

 それどころか、その顔さえもわからない。

 でも、どうしてか僕は抱きしめずにはいられなかった。

 そこに冷たく横たわるものを。

 

 ――亡骸になった、ただひとりの少女を。

 

 こうして、終わってしまったはずのぼくたちの物語はもう一度始まった。

 

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