約束
天間世代の今。出世レースのトップは / 名勝スポーツ 2020年10月09日の記事
コロナ禍に始まった2020年のレギュラーシーズンも残すところ約1ヶ月。今年度、セ・リーグはクライマックスシリーズを行わず、パ・リーグも1位2位間での短期決戦となる。つまり今年は首位に立てば順当に日本シリーズへと駒を進める年となり、この終盤の1試合の重みも大きい。そんな中、両リーグの各チームでは、いわゆる天間世代の活躍が目覚ましい。
中でも最も『出世』を果たしたのは、『怪物』龍岩試内野手だろう。夏の甲子園二連覇を成し遂げた打の怪物。三連覇を天間投手に阻まれ世代の冠も失ったものの、2年目からは怪物の名にふさわしい成長を見せ、3年目の今年も順調に成績を伸ばしている。また本田外野手もファームで……──
(中略)
──……そして球界の問題児、三人太郎投手も今シーズンの成績が目覚ましい。先発としての仕事はきっちりとこなし、今季も10勝を挙げている。どうしても発言内容にばかり目が向くが、世代間の投手では頭一つとびぬけた存在だ。
しかし、世代で一番注目を集めているのはやはり女子選手、大村奏奈だろう。すでに今季の本塁打数は13本、打率.275と文句なしの『打撃の女神』だ。このまま成績を伸ばせば打率十傑入りもあるかもしれない。
一方で、世代を冠する天間大地投手本人については、今シーズンはあまりぱっとしない印象だ。もちろん高卒3年目の投手としては平均以上の成績を残している。しかし1つ下の三投手の活躍と比較してしまうと、甲子園の英雄にはもっと上の記録を期待したくなることも事実だ。残り約1ヶ月。ここから勝ち星を積み上げ、前シーズンは逃してしまった10勝を手にするニューヒーローの姿をファンは待っている。
◇ ◇ ◇
タイガ・大村、公式戦初対戦なるか / 名勝スポーツ 2020年10月19日の記事
NPBで史上初の女子選手同士の対決が実現しそうだ。タイガ投手と大村選手、どちらもチームは首位争いに絡んでいる。このまま順調にいけば日本シリーズで両チームが対決する可能性は高い。双方のファンに望まれるも、これまで公式戦で対戦機会のなかった二人。最初の対戦は2年前のオープン戦。タイガ投手が新人への洗礼とばかりにスローボールを投じてセカンドライナーに打ち取った。次の対戦は去年のオールスター。大村選手がフェンス際への犠牲フライで1打点をもぎ取った。しかしどちらも公式戦ではない。ファンは三度目の対戦を、球界の頂上決戦で望んでいる。
今シーズン好調のタイガ投手は、日本シリーズでも先発を任せられる可能性が高いだろう。大村選手も好調なことは言うまでもないが、こちらはクライマックスシリーズという壁が残っている。短期決戦でもその実力を発揮して、夢のカードを実現してほしい。
◇ ◇ ◇
10月20日。
「やっほー、ユウ!」
人のいない球場の中で、グラウンドから観客席を見渡していると、ログインの通知があった後に背後から声をかけられる。振り返ると、三人のケモノ女子アバターが密集して立っていた。
「さあ、誰があたしでしょーか!」
密着しているシロクマとイヌとネコのアバターの中から幼馴染の声がする。誰が喋っているのか判別はつきづらい。が。
「実は頭の上に名前を表示するモードがあってな」
「あっ、ずるい!」
イヌ系女子アバターのニシンが全身で抗議する。その様子を見て、シロクマ系女子アバターがクスクスと笑った。
「あはは。──久しぶり、ユウくん」
「カナもニシンも、久しぶりだ」
オフの日に時間を作って会うのは、オンライン上でも久しぶりだった。LINEなんかで簡単なやり取りはしているが、長くは話し込まない。……俺がアメリカや他の国との会議に出るために不規則な生活をしているせいでもある。さすがに最近は落ち着いてきたが。
「VRでアバターを見ると、本当にそこにいる感じがするね。うん、会ってる感じがする」
「うんうん、するする!」
「そうか?」
「こりゃもー、50%ぐらいは会ってるね!」
「半分だけか」
「そりゃねー」
ニシンは体を右へ左へと傾ける。
「直接会った方が絶対楽しいじゃん。でも、そういうわけにはいかないからさ~」
「ダメに決まってるじゃないの」
背の高いネコ系女子アバターから厳しい声がする。
「チーム関係者以外と会って、万一コロナに感染したとでもなってみなさい。誰と会っていたかも報告しないといけないし、そうなったら大スキャンダルよ?」
「そうなのか」
「そうなのよ……っていうか、当事者意識をもって!?」
ネコ系女子アバターが声を張る。ふーむ。
「……確かに優勝のかかっているこの時期に、チームにとって大きな戦力ダウンとなるのは非難されて当然だな。なんならチーム全体で出場停止になるかもしれないし。マネージャーのエーコやチームが厳しく制限するのも当然だな」
「そうだけどそうじゃない……!」
「あはは……」
カナが苦笑すると、ネコ系女子アバターがもぞもぞと動いて、別の声を出した。
「わたッ……が、話すから……」
「ああ、ごめんなさいね。はいはいはい、私は離れてるから」
ネコ系女子アバターは一人芝居をすると──こちらを向く。
「……ひさッ……り……ユウ」
「久しぶりだ。タイガの活躍は聞いている」
「ん」
タイガは小さく頷く。補助のため横についているのだろう、エーコの長いため息が聞こえた。
「きかッ……れて、……がと」
「企画してくれたニシンには感謝しないとな」
「なんのなんの」
この集まりを企画してくれたニシンが胸を張る。
「やっぱさー、息抜きってのは大変な時ほど必要なわけじゃん? カナにはこれが一番だと思ってさ! で、エーコさんにいろいろ相談して、タイガさんも参加してくれることになったわけ」
コクコク、とタイガが頷く。
「会いた……ッた」
「俺も会いたかった。直接、というのはまた別の機会になると思うが」
「ん」
しかしいつになるんだろうな。日本の新規感染者数は横ばいどころか少しずつ増えているし、なんなら以前緊急事態宣言が出されたときよりも多くなっている。そんな中でも先月はイベントの観客数制限緩和がされ、球場にも人が増えているというが……。
「そんなことよりキャッチボールしようよ!」
ニシンがアバターにグローブを装着させて言う。
「見てよ、球場を貸し切ってキャッチボール! 超豪華じゃん」
「前も聞いたが、本当にいいのか? アバター用のアイテムだから正確な物理演算をしてないし、調子狂ったりするんじゃないか?」
「ゲームはゲームだから平気平気。現実とは区別ついてるって。ね、カナ、タイガさん」
「そうだね」
「ん……だいじょぶ」
カナとタイガが頷く。
「そうか。まあ、このキャッチボールなら絶対落とさないし、話をするのも問題ないか」
「おっ、言われてるよカナ」
「あはは……」
「俺のことだったんだが、カナもそうだな」
「もう」
四人で四角を作ってキャッチボールをする。グラブを掲げた相手の方を向いてコントローラーを軽く振るだけで、必ず相手のグラブにボールを放り込めるというアイテムだ。いい音がするので割と売れている──そんな話をしたら、ニシンが「やってみたい」という話になり、企画に進んだという背景もある。
キャッチボールは、タイガが熱中してコントローラーを投げてひどい音とエーコの怒鳴り声が響く、なんて一幕もあったものの、それ以外は問題なく楽しめた。必ずキャッチできるから、背面キャッチしたり股の下を通したりとやりたい放題だ。
「──……ユウくんの仕事も順調?」
しばらくして俺の体力が切れて休憩になり、車座になると、隣からカナが訊いてきた。
「おかげさまで順調だ」
「すごいよねー、ワールドリーグだっけ? いっぱい国が増えるやつ!」
「うん、あれは驚いたよね。でも、だからこそちょっと心配っていうか」
カナは顔を覗き込んで言う。
「……維持できる?」
「当分は大丈夫、だと思う。最悪のことを考えればきりはないが」
サーバー代に従業員の給与。家賃にその他開発チームの使っているツールのサブスクリプション代など、毎月決まって出て行く費用だけ見れば余裕はある。その他も……備えはあるから大丈夫、だろう。それに。
「俺はケモプロを何十年も続けたい。そして、ありがたいことにそう思う人も増えていっている」
KeMPB、BeSLBで働く人たち。各リーグに参加する各国のオーナー。球場に、選手に広告をつけるスポンサー。ケモプロをネタに報道するメディア。ケモプロの技術を現実の野球に生かす野球関係者。実況し、観戦し、応援してくれるユーザーたち。
もう、たった数人で願っていたことではない。
「大きくなった……これからも大きくしていく。だから何とかなる、と思う」
気を抜かずに成長を続けていけば、きっと。
「ほっほう。それじゃあユウの将来も安泰だ!」
「だといいな」
俺の将来が安泰ということは、ケモプロも安泰ということだ。
「──ああ、そうだ。将来といえば」
訊こうと思っていたんだった。機会がなくて忘れていたが、ちょうどいいだろう。
「カナの長期的な目標ってなんだ?」
「えっ。ちょ、長期的?」
カナの方を向いて問いかけると、首を傾げられた。
「すまない、話しを急ぎすぎたな。カナは今プロとして活躍して、チームの優勝を目指しているんだと思うが……」
「う、うん、そうだね」
「当面の目標はそれとして、その後はどうだろう? 現役って何年ぐらい続けるつもりなんだ? 40年ぐらい?」
「えっ。ええと」
「俺に裁量のある予算も増えてきたし、カナの予定によっては球場への広告出資も考えようかと思ったんだが、チームを変える予定があるなら別の方法を考えたほうがいいなと──」
「ねーねー、それさあ」
ずい、と。ニシンが体を伸ばしてくる。そして、固い口調で言った。
「テンマがなんか言った?」
「なんでわかった?」
「あー、やっぱりね……」
はあ、とニシンは天を仰いでため息を吐く。
「ニシンちゃん?」
「いや、あいつさあ、カナってユウと付き合ってるの? とか聞いてきたりしたし」
「エッ!?」
「当人同士の話に首突っ込むのやめなよ、って言ったんだけど、全然本気にしてなさそうだったからさ……。ユウはいつテンマと会ったの?」
「7月頃だな。打撃練習シミュレーターを納品しに行ったときに会った」
「え、な、何の話をしたの?」
あの時は確か──
「カナと俺がいつ結婚するのかと聞かれた」
「ゲッホゲッホ!」
カナが咳き込み、ニシンが深く溜息を吐く。そんな中、タイガはじっとカナを見ていた。
「カナ、大丈夫か?」
「う、うん……だ、大丈夫。え、で、そ、その──な、なんて答えたの?」
「考えたこともなかった、と」
「ああ、うん。ははは……ユウくんらしいね」
カナが苦笑しながらニシンの方を見て、ニシンはそれに肩をすくめて返す。と──
「カナ、は」
タイガが口を開いた。
「しッ……いの? けっ……こん──ユウ、と」
「え? ええっと、うーん……」
カナが口ごもると、ずい、とタイガが近づく。
「したッ……ない?」
「いやあの、そうじゃなくて、その……」
「わたッ……は」
タイガは──俺の方に顔を向ける。
「……たいな。けっ……こん。ユウ、と」
「えっ」
「タイガ!?」
タイガからエーコの声がしてぐらぐらと揺れる。が、その目はこちらを向いたままだった。
「俺と?」
「ん」
「それは──」
「待って待って!」
俺が返答しようとすると、カナが大きな声で遮った。そして、タイガに向かって頭を下げる。
「その、ごめんなさい、割り込んじゃって。でも、そういうことなら……タイガさんも聞いておくべき話があると思うんです」
「はッ……なし?」
「はい。ユウくんの」
そう言うと、カナは今度は俺の正面を向いた。
「ごめんね、なんか……こういう場で話すことじゃないかもしれないけど、でも」
「カナが必要だと思うことなら構わない。それは、俺のためでもあるんだろう?」
「うん」
俺の幼馴染は理由もなく人の話をさえぎるような人間じゃない。
カナは、胸に手を当てて深呼吸してから、ゆっくりと話し始めた。
「中学のころ約束したよね。思春期が来たら、私とニシンちゃんに教えてって。どう、かな。……来たと思う? 他の人にドキドキしたり、その人のことしか考えられなくなったり、触りたいと思ったり、独り占めしたいと思ったり……恋をしたり、した?」
「いや、まだだ」
マンガやアニメでそういう描写を知っているが、いまいち共感できないしそういう気持ちになったこともない。……最近は、もしかして機会を逃がしたんじゃないかと思うこともある。
この間相談に乗ってくれた声優のワッキャ先生は、「いつか変わるかもしれない」と言ってくれた。それを待つのも選択肢の一つだと。しかしその気配がさっぱりない現状、このままだったらどうするか、ということも考えないといけないだろう。
「ユウくんが、ユウくんの方から結婚したい……って思っている人は、今、いる?」
「いや」
いない。したい、とは特に思っていない。
「でももし今、ユウくんの大事な人から『結婚してほしい』ってお願いされたら、きっとユウくんは受け入れてくれるよね?」
「……そうだな」
俺と結婚することが必要なのだというなら、それなりの理由があるんだろうし。
「結婚して、ユウくんが何かしたいことってある?」
「いや……」
一般的に結婚した者同士が何をするのかは知っているが……。
「特に、俺からはないと思う。しかし、相手が何かしたいなら」
「してくれるんだね。……優しいね、ユウくんは」
アバターの顔は変わらない。けれどその向こう側で、眼鏡の幼馴染が微笑みを浮かべているのは分かった。
「──タイガさん」
カナはタイガの方に向き直る。
「ユウくんってこういう人です。だから『普通』の結婚生活を思い描いていると……たぶん、ユウくんは付き合ってくれるけど、少しずつすれ違うかもしれない。そういうことを知っておいて欲しかったんです。……だって」
大きく息を吸って。
「ユウくんには、幸せになってほしいから」
──カナの背中が見えた気がした。
「ええと、それで……今のユウくんの話を聞いても、その、結婚したい……って気持ちが変わらないなら……この話の続きは、日本シリーズで優勝した方が先にできる、ってことでどうですか?」
「日シリ……で?」
「はい」
首を傾げるタイガに、カナは固く頷いて──そして笑う。
「だって、今ここで答えを聞いちゃったら、答えが何であれプレーに影響出ちゃいそうじゃないですか。それに……恋愛に年月なんて関係ない、って言いたいですけど──実際、年月を重ねている方としては簡単には譲れないんですよね」
それを聞いて、タイガは顎に手を当てて──
「ヒッ」
──エーコの悲鳴が小さく聞こえた後。
「わかッ……た」
コクリ、と頷いた。
それを見てカナは、ホッと息を吐いて胸をなでおろし──くるり、とニシンの方を向いた。
「それで、ニシンちゃんはどうしようか」
「へっ!? あ、あたし!?」
「そうそう。うーん、チームメイトだし、ここで対立したらそれこそプレーに影響出ちゃうよね」
「え、あ、その、えっと」
「だからさ」
カナは手を差し出して言う。
「私が日本シリーズで勝ったら──その時、改めて私とニシンちゃんで勝負することにしない? ……守備で」
……守備?
「守備でか?」
「うん。もちろん、野球の話だよ?」
野球の守備。……穴を超えてブラックホールと評され、高校時代も大量に失点を生み、プロになっても代打か指名打者でしか出場していないカナの守備で──どのポジションでも守れる守備職人のニシンと?
「わたしはね、ユウくん」
背の高い、メガネでお下げの幼馴染は言う。
「それぐらいの試練を乗り越える価値のある話だと思ってるんだよ」
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