質疑応答(後)

『ん~。どうするんだい、スタッフさん?』

「ちょっと相談するね。んっと、5分──」

「10分くれ」

「10分待つように言ってくれる? お願いね!」


 そうマイクに向かって言うと、ライムは椅子を回転させてくるりとこちらを向いた。10分を要求したミタカも、他の面々も、向き合って円になって話し始める。


「ムフ。それでどうする? 広報としてはゴーだね! どんどん視聴者数が増えて来てるもん。ここで話し合いを断る手はないね!」

「おお、反応がすごいッスね。AIの反乱か? みたいな感じでTwitterで盛り上がってるッス」

「ね。ケモノ選手と運営代表の直接対談! しかもAI側からの要望で! これはもう、世界的なイベントかも?」


 そんな大事になっているようだった。


「……俺としては、ダイトラが話したいなら話していいと思うんだが」


 まだ反乱とも何とも決まってないし、聞いてみなければ分からない。メンバーもほぼ全員が『断る理由もないし、いいのではないか』という反応だ。となるとやはり、最後は──


「ミタカはどうだ?」


 とそちらを向いて……ん?


「……なんだか顔色がおかしいが大丈夫か?」

「ウッセ。さっきから自分でもテンションがおかしいンだよ」


 顔が真っ赤なミタカは、スーハーと深呼吸をする。


「あー……オレ個人としては、喋らせてェ」

「意外だな」

「いやだってよ、こんなん予想できっか? アイツ、言葉を使いやがったんだぜ? 学習能力は証明できてるが、アイツにそんな機会ほとんどねェのにだぞ? それを、自主的にだ!」


 勢いがすごい。やべぇやべぇと呟きっぱなしだ。


「あー……そうだな。オオトリユウ、と言っていたな」

「あれ、でもなんで先輩の名前知ってたんスかね?」

「確かに、そういう機会もなかった気がするな」


 オーナーはこれまで3回の契約更改で面談しているが、そこで俺の話になったことはないはずだ。他に人間が接触したケースだと……南極大杯の授与で総務副大臣がアバターで会ったぐらいか? いずれにしろ俺はダイトラと会ってないな。プニキとは会って話したが……。


「ん~、ドラフト会議の時じゃない? ほら、ケモプロ内でもテレビで映したし。あ、でもドラフトから先はケモプロ側に流してないっけ?」

「アー、ちょっとだけ流しマシタネ。ダイヒョーが挨拶するところと、テニスとワールドリーグのとこは。途中のリアル世界のことはカットしマシタケド」


 そのわずかな間で俺の名前を知ったのか。


「まさか、それだけで名前を呼ばれるとは」

「ダイトラは最初データでオマエの名前を喋ったが、プライバシー保護で他のユーザーの名前は自動翻訳されねェから、ダイトラのケモノ語では無意味な発声になってた。通訳くん側もアジキのおっさんとオマエがフレンドじゃねェから『名称未設定』つった──まァこいつは要修正だが──んで、伝わってねェとみたダイトラは、自分で言葉を発音したワケよ。IDじゃなきゃフィルタされねェからな」


 ミタカは身を乗り出して語り、そして囁くように言う。


「……すごくね?」


 ………。


「すごいな」

「だろ? さすがツグとオレの作ったAIだよな?」

「そこはワタシとマリカサンとルイサンも混ぜマショ?」

「う、うん」


 ニャニアンのツッコミに、従姉が頷く。


「設計もプログラムもしたけど、理論はマリカちゃんとルイくんが主だし」

「まァ、細かいAI同士の相互作用が多すぎて、誰も詳細を全部一人で把握できちゃいねェのは確かだ。無意識部分とかはディープラーニング使ってるから判断根拠自体はわかんねェし」


 ミタカは顎に手を当てて頷く。


「だからこそ……その予測できない結果が見てェ、っつーのがオレ個人の感想だ」


 個人の、か。


「では、別の感想は?」

「運営のオレとしちゃ、何を言われるのかわかんねェのがリスクだと思ってる。オーナーとの話は契約の話が主題だから大したことは言わない予想はついてっけど……それを飛び越えて上の人間にだぞ? そんなんオマエ」


 ミタカは息をひそめて……重々しく言う。


「……どーする? AIの人権を主張してきたり、自由を求めてきたりしたら?」

「……そんな可能性が?」

「SFじゃ定番だろ。Detroit: Become Humanでもやっとけって」


 なんだそれ。


「ムフ。アンドロイドが自意識を持って革命を起こす、的なゲームだね!」


 なるほど。AIに革命を起こされるかもしれないと警戒しているのか。……いや、しかし。


「……ダイトラが、革命を?」

「……そー言われると急に冷静になってくるな」


 ミタカの顔の温度が数度下がった気がする。


「や、でもとにかく何を言うかはわからねェし、やめといた方が無難だっつーのが運営の答えだろ」

「んー、でも人権的なことを言ったら、ライム、ケモプロって結構配慮してると思うな」


 休養日もあるし、オフの日には野球以外の娯楽も用意している。確かにどのゲームのAIより自由も人権もある気がするな。……AIが休養を必要として喜んでいるのかという疑問はあるが。


「それでも何か言われたら困ることって、ある?」

「インフラ担当としては、競争に負けたAIの凍結をやめてくれ、って言われると困りマスネ。全員選手と同じスケジュールで稼働させるにはサーバーが足りまセン」


 ニャニアンが手を上げる。なるほど、確かに。今のサーバー台数で動かせているのは、プロ野球選手以外は必要時以外に動かしていないからだ。これを全員同じ条件で、と言われるとパンクどころかサーバーが爆発するかもしれない。しかし──


「それは今すぐだと困ることだが、それで問題になるのは資金の話だろう?」

「エェ……確かにサーバーさえ買えばなんとかなりマスケド? オイクラマンエンかかると思いマス?」

「それだけの資金をケモノ選手たちが稼ぎ出すようにと答えればいいんじゃないか。自分たちが暮らす場所なんだから」


 そのための資金があるなら、実行に移すことは反対しない。むしろ、そうなってほしいと思っているし、徐々に拡大する計画にもなっている。今すぐ、ではないだけで。


「うんうん、自己責任ってわけだね! ライムもそれでいいと思うな。っていうかさー、面倒なこと言われたら保留にすればよくない? 何もすぐ答える必要はないと思うな!」

「でもよ、根本的なこと言われたらマズいだろ。たとえば──」


 ミタカは一拍置いてから、ゆっくりと言う。


「──野球したくねェ、っつわれたらどーする?」

「……ダイトラが引退するだけじゃないか?」

「AIの総意として、っつー話だ」


 AIが、野球をしたくない。


「それは……そう思っているなら、無理強いはできないと思うが」

「んー、無視して続けることはできるけど、すごく叩かれるだろうし売り上げは落ちそうだね!」


 無理矢理働かせている、と言われるだろう。実質的にAIの命を握っているのはこちらなわけで、独裁者と言われるかもしれない。


「しかし、野球以外の稼ぐ方法がなければ、待っているのはサービス終了だぞ」


 こちらが手を下さなくても、資金が尽きればサービスは続けられない。こちらが手を下すまでもなくAIはサーバーと共に停止──人間でいえば死ぬことになる。


「そんなことを要求するだろうか?」

「わかんねェけど、AIには野球をすることに楽しさだけじゃなくストレスも与えてる。失敗、失望、不安、そういった重圧がなけりゃ『揺らぎ』は生まれねえ。だからもし──」

「アスカお姉さん、もう少し信じてあげようよ」


 言葉を続けようとするミタカを、ライムが優しく遮った。


「野球をしているときのケモノ選手たち、みんないい顔をしてるよ。それがプログラムの結果だとしても、きっと野球を楽しいと思ってプレーしてる。だから、ね? 信じてあげよう? 契約更改の時だって自由に発言させてあげたじゃん。ね?」

「……オマエ、いいこと言ってる風だけど、放送したいだけだろ」

「ムフ」


 バレたか、とでも言いたげに、ライムは雲のように笑う。


「でもでも、本当にそろそろ決めないとだよ? いつまでも待たせたら逆に炎上しちゃうよ」

「そりゃそーだろが……」


 ミタカは迷っている。俺は話してもいいと思うんだが……いや。それは俺もミタカと同じ『個人』の感想か。そこに責任はなく、ただの好奇心だ。これはケモプロに関わる重大案件で──


「代表として」


 ケモプロの全責任を負うものとして考えなければいけない。


「ダイトラと話そうと思う。ここまで来て話すのは無しだとは言えない。ケモノ選手を尊重していない、と視聴者に思われるだろう。たとえ話してそれで何か致命的なことが起きるとしたら──それはきっと、将来、もっと大きな形で起きることだ」


 ため込んだ不満は爆発する。黙っていた問題は大きくなって発覚する。


「だったら早いうちにわかったほうがいいと思う。……どうだろうか?」

「……配信に遅延いれてくれ。マズい話なら切る。そいつが妥協点だ」

「ん、オッケー」

「ホイホイ。遅延準備しマショー。何分デス?」

「んー、5分で!」


 アジキを通じて、ダイトラへ面談に応じる旨を伝える。にわかにあわただしくなる仕事場で、俺はVR機器を取り出すのだった。


 ◇ ◇ ◇


【同時視聴コラボ】ケモプロ、鳥取・島根契約更改【後半】 / 島根出雲ツナイデルス公式チャンネル 2020年09月22日放送


「うーん、やっぱり私は契約金に不満説を推すわね」


 画面に映るウサギ系ケモノ女子が、動きのないダイトラとアジキの画面を前にして言う。


「今年、ダイトラはナックルを捕れるほぼ唯一の捕手だって証明したわけじゃない? 確かにノリのナックルは安定性を欠いているけど、投げられないわけじゃないし。それが据え置きどころか年齢を考慮して若干減というのは不満があるでしょ」

「それでオーナーを飛ばしてコミッショナーに直談判って感じですか?」


 ウサギ──ふれいむ☆の横に立つネコ系ケモノ女子、バーチャル砂キチお姉さんが首を傾げる。


「いやー、それは夢がなさすぎません? やっぱりもっとすごいことを言うつもりなんですよ!」

「すごいことねえ……」

「減俸はふれいむ☆さんも賛成だったじゃないですか」

「まあ……ダイトラだし……あっ、動きがあるみたいね」


 二人が黙ってバーチャルな空間の中の画面を見つめる。


「──……承諾! 承諾しましたよふれいむ☆さん! アジキさん、ダイトラと大鳥代表の対談を承諾!」

「ずいぶん時間がかかったわね……って、今日これから!?」

「うおおお! さすがケモプロ、分かってるぅ! これは盛り上がりますね! お姉さんも大興奮です!」

「えー、10分後に開始ということね。画面も準備中になっちゃったし、こっちも休憩にする?」

「そうですねー。待ってる間にだいたい話しちゃった感じですし」

「それじゃ、こっちの配信も休憩させてもらうわね。ダイトラと代表の対談前には再開するので、しばらくお待ちください」


(中略)


「さあみなさん! まもなく準備画面が明け……ます! 先ほどと同じ部屋ですが、ソファーの前に立っているのはKeMPBの大鳥代表です!」

「アバターの姿で来たわね。人間で来なかったのは機材が準備できなかったからかしら?」

「ですかね。でもほら、ダイトラもアイコンはあのネズミの顔で浮かべてましたし、人間で会っても混乱しちゃうんじゃ?」

「それもそうね。……あっ」


 部屋に唯一備え付けられた扉が開く。ヌッ、とそこから、青い虎が姿を現した。


「入ってきましたね! ダイトラです!」

『遅くなって悪かった。そこに座ってくれ』


 ネズミ系アバター男子──の通訳くんに促されて、ダイトラはしかめ面のまま、のそっと動いてドカッとソファーに腰を下ろした。


『改めて。KeMPB代表社員のオオトリユウだ。島根出雲ツナイデルスのオーナー、アジキと話しているところは見ていた。俺と話したい、ということだったが、何の話だろうか?』

「おお、代表、直球でいきますねえ!」

「こういう無粋な奴なのよね……」


 ふれいむ☆がため息を吐く中、ダイトラが通訳くんを向いてぽつぽつと話す。


『あなたの立場について、またケモノプロ野球とは何か、尋ねています』

「おおおおっと! これは!? ダイトラ、世界の真相に迫るのか!?」

『ケモノプロ野球というのは、ゲームの名前だ』

「代表も言ったぁぁぁぁ!」

「あっさり過ぎて頭痛いわ……」


 興奮する砂キチお姉さんの横で、ふれいむ☆は頭を抱える。


『今日、ツナイデルスのオーナーのアジキはケモノの姿で来ただろう。だが、去年は人間の姿で会ったはずだ。この世界は、ああいう姿形をした俺たち人間の世界で作られたゲームなんだ』


 ユウの話を、ダイトラは身動きせずに聞く。


『そのゲームを作っているのがKeMPBという会社で、この世界ではケモノリーグを統括する機構の名前にもなっているな。俺はKeMPBの代表社員で、全責任を負う立場にある』


 ユウが言葉を切ると、ダイトラがスマホを取り出しながら尋ねる。


『ゲームとはケモプロタワーバトルのようなものか? と尋ねています』

『そうだ』

『ケモノプロ野球は何のためのゲームなのか? と尋ねています』

『ダイトラたち選手の試合を見て、人間が応援するためのゲームだ』

『球場で座席に座っているのが人間か? と尋ねています』

『そうだ。俺のようなアバターの姿で観戦しているのが人間だ』


 それを聞いて、ダイトラはフンッ、と鼻を鳴らす。じっとユウを睨みつけ──長い沈黙。


 ごくり、と砂キチお姉さんの喉が鳴り、リスナーに指摘される中──ようやく、ダイトラが再び口を開く。


『あなたは──』


 ユウの声を真似た通訳くんが、翻訳する。


『あなたは、野球が好きか? と尋ねています』

『好きだ』


 間を置かずに答える。


『野球が好きだ。そのゲーム性、戦略性、そこから起きるドラマも含めてすべて好きだ。あいにく、現実……人間の世界でやっている野球は、人間の選手を身近に感じることが出来なくてそこまで熱中できなかったんだが……ケモプロには夢中になっている。ケモノ選手たちの野球をずっと見続けていたいと、そう思っている』


 通訳くんの長い翻訳。そして──


「ん……お? ダイトラ、立ちました!?」

「え、まさか殴りに──じゃないわね? え、帰るの? え、もう?」


 背中を見せたダイトラは、扉を開けて。


「あっ、えぇ……で、出て行きました。ダイトラ、退出!」


 画面の中に、ぽつんとユウと通訳くんだけが残されて。


「え、あれだけ待たせてこれ!? いやいや、本当になんだったのよあのダメ虎ァァァ!」


 ふれいむ☆が叫んだところで、契約更改の本放送は終了画面へと遷移するのだった。

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