質疑応答(前)
9月23日。
『では、ワールドリーグについて質問させてください』
俺はオンライン会議ツールを使って複数社合同の取材を受けていた。オンラインだから移動の時間がなくていい──が、その分インタビューの数は増やされている。今回のように何社か合同にしてもらっても、忙しさは変わらない。
自分の部屋で仕事ができるのはありがたいことだが、下手なことを答えるとふすま一枚越しに仕事場からツッコミが飛んでくるから、緊張するな。
『先日、全12チームの発表をイベントで行われました。その中で発表されたチーム名についてですが、例えばアフガニスタンの「カーブル・バイツ」のようにすべて国名ではなく都市の名前を入れたものになっています。これは、今後ワールドリーグに1ヵ国2チーム以上参加するということでしょうか?』
「その可能性はあります」
熱意のある国はたくさんある。しかし──
「しかし、大半の国はまだ野球にかける予算がありません。ですので、増えるとしたら何チームか揃ってからになると思います」
例えばワールドリーグCができるぐらいに。
『今回は中東やアジアが中心でしたが、ヨーロッパのリーグという案はなかったのでしょうか? オランダやイタリアなど、強豪国もありますが』
「案はありましたが、今回実現にたどり着いたのはこの形です」
コンタクト自体はあったんだが、条件が折り合わなかったり数が足りなかったりといろいろだ。
「ワールドリーグA、Bは、野球をこれから広めていくためのリーグとして始めたいと考えています」
なによりその方が「普通じゃなくてインパクトがある」という判断だ。シャーマンには色々負担をかけたが、想像以上の仕事をしてくれたと思う。
『しかし参加国を見ると、継続性に不安もあります。確かにスポーツでも交流はありますが、特に中東方面はもめ事にならないか心配です』
「中東の情勢に詳しい人間を、ワールドリーグのアドバイザーとしてKeMPBの社員に迎えています。彼を中心に各チームの意見を調整していますので、今のところは問題ないと考えています」
これなら並大抵のことでは問題は起きないだろう──ツバモトがいる間は。
「そしてワールドリーグが続いていけば、より結束は強くなるものと期待しています」
ケモプロは何十年と続けていく。ドゥライドやツバモトが仕事を出来なくなった後も。
その時、ケモプロがその絆の代わりになれるようにならなければならない。
『しかしそれでも、例えば経済的理由で離脱するようなチームがあった場合は?』
「KeMPBが一時的にオーナーになり、次のオーナーを探します」
ケモプロ全体から見ればもう、1チーム1軍だけなら支えることはそれほど負担ではなかった。
「なるべく多くの国に参加してほしいと考えていますが、長期で空白になるようでしたら日本やアメリカからの参加も受け付けます」
『なるほど。チーム名と合わせて合点がいきました。日本やアメリカから参戦するなら都市名の方が適当ですね。ちなみに、ケモノリーグやビーストリーグへのチーム追加はない、ということでしょうか』
「今のところその予定はありません」
1リーグ6チーム以上になったら覚えきれないし。……正直、ワールドリーグはカンペがないと対応できない。
『マイナーリーグ制も検討されていたと思いますが、そちらもないと』
「はい」
ケモノリーグとビーストリーグの2軍と3軍を活用するという案もあった。いわゆるマイナーリーグ制で、余裕のある日本やアメリカが資金を負担する形だ。
しかし国が違うとさすがに方針も違いすぎるだろうということで早々に没になった。何より、これから野球を普及したいのに──メジャーの都合で選手を引き抜かれるマイナーチームをやったら意味がない。
『わかりました』
記者は頷く。そして──何か手元を見た後、顔を引き締めて次の質問をした。
『では……次は、先日の契約更改について話を聞かせてください』
来たか。
「はい」
こちらも姿勢を正す。……想定問答集は徹夜で作り上げたが、第三者から見て『アレ』はどうだったのか予想はつかない。
『すでにケモノジムや監督シミュレーターで披露されていましたが、ケモノ選手と話ができる「通訳くん」を通しての初めての契約更改でした。ケモノ選手たちは言葉を話している、ということでよいのでしょうか?』
「いえ、今のところ、彼らは直接言葉を話していません。AI同士のデータのやり取りを、ケモノ語と我々が呼んでいる言語に翻訳システムを通して発音させています。通訳くんは、それをさらに日本語や英語に翻訳している形です……──」
しばらく言語の仕様について話す。外から見ると喋っているようにしか見えないから、ちょっとややこしいんだよな。
『──……なるほど。自ら言語を学習し、いずれ言葉を話すようになると。今でも自然な会話に見えたのは、翻訳システムと通訳くんのおかげというわけですね』
「そうなります」
『わかりました』
二回ほど説明を繰り返して理解を得る。
『しかし、今は実際に言葉を話していないとはいえ、翻訳される言葉の内容はケモノAI自身が考えているんですよね?』
「そうですね。彼らの思考の結果、こういうことを伝えようとデータを作った結果が言葉に翻訳されています」
『ではそのうえでお聞きしたいのですが……』
記者は、じっとこちらをモニタ越しに見る。
『ケモノ選手たちは、人間についてどう思っているんでしょうか?』
◇ ◇ ◇
──9月20日。
『え? 今、なんて?』
その質問は、2チーム目の契約更改。伊豆ホットフットイージスの監督、キツネ系女子の
『すいません、もう一度』
『彼女は、なぜあなたの姿が変わったのか、と訊いています』
『私の姿が……ああ』
ヒナタは己の姿を見下ろす。ドラフト会議でも披露した、和服を着たキツネ系ケモノ女子のアバター。
『そういえばツツネさんとはこれまで二度、人間の姿でお会いしていますね。混乱させてしまったでしょうか……』
オーナーは去年、一昨年と直接ケモノ選手と顔を合わせている。そのためケモノアバターも、選手に認識できる設定で契約更改に臨んでいた。
『あの、以前の姿も今の姿も、同じ私だと伝えていただけますか。今回は、こちらの事情があってアバターを使用することになっただけなのですと』
ヒナタが通訳くんに向かって言うと、通訳くんはツツネの方を向いて翻訳をする。
これまで行ってきた、透過スクリーンを通じてケモノと人間で会う方式を、今年は取らなかった。感染拡大防止のため、移動は最小限に抑えようという方針となり、現地まで機材が運べない。そのため各オーナーはVR機器を用いて遠隔で参加してもらっていた。
『以前の姿に戻れるのか、と訊いています』
『ええ、それはもちろん』
通訳くんから答えを聞いたツツネは目を丸くする。
『彼女は、どちらがあなたの本当の姿なのか、と訊いています』
『それは、以前の──人間の姿ですね。このアバターは……ツツネさんと同じ世界に来るための服のようなものだと伝えてください』
説明を聞き、ツツネは頷く。
『以前の姿の方が好きだ、と言っています』
『まあ。嬉しいですね。今は事情があって人間の姿で会えませんが、いずれまたお会いしましょう』
通訳くんが伝えると、ツツネはにこりと笑った。
『ところでツツネさん、体調の方はいかがですか? もうだいぶお腹も大きくなって……──』
これと似たようなやり取りが、ダークナイトメア以外の各チームで発生した。どの選手もオーナーの名前が変わらないのに、人間からアバターになっていて不思議だったらしい。その点、ダークナイトメアは一貫してダークナイトメア仮面だったので気にならなかったようだ。
そんなやり取りがありつつ──問題が起きたのは契約更改最終日──9月22日のことだった。
スケジュールの都合で最終日になった島根出雲ツナイデルス。その最後の面接者からの逆質問。
『
『──は?』
テン系男子アバター……島根出雲野球振興会代表のアジキが首を傾げる。
「え?」
「アァ?」
ガタッ──と。これまで仕事場で茶々を入れながら見守っていた従姉が、ミタカが、椅子から身を乗り出す。
『おじさんよく聞こえなかったな。なんて言ったんだい?』
『彼は』
通訳くんは、向かって椅子に座る青い虎──最年長の捕手、
『名称未設定とは誰だ、と訊いています』
『えーっと』
アジキは頭を掻く。そして、天を見上げて言った。
『スタッフさん、これはどうしたらいいかねえ?』
「ん、ちょっと待ってて」
ライムがマイクを使って、アジキにだけ聞こえる回線で応答する。
「名称未設定、ってなんだ?」
「うっせェ、今調べてる」
問いかけると、ミタカは端末から顔を上げずに返してきた。従姉に目を向けると、こちらも端末を操作しながらではあるが、答えを返してくれる。
「えっと名前が設定されてないもの全般の名前だけど……吹き出しに顔のアイコンが出てるからキャラだと思う。でも名前のないキャラなんていないけど……」
確かにアイコンは出てたな。ネズミの顔だった気がする。……どこかで見たような気がするが。
「マズいッスかね?」
「ンー、挙動的にはバグ、デスカラネ」
端末を注視しながら、ニャニアンがずーみーの問いに答える。
「イベント、いったん止めたほうがいいかもしれまセン」
「えー、それはないよ! なしなし、絶対なし!」
ニャニアンの提案に、ライムが大きな声を上げて反論した。ばたばた、と足を蹴りながら。
「こんなに視聴者がいて、それでダイトラの変な質問だよ? 絶対みんな気になってるじゃん! ここで切ったら不満が出るよ!」
「それはワタシもそー思いマスケド」
「アジキさん? もうちょっと待ってもらえる? 今調べてるからね!」
『……まいったねこりゃ』
アジキは苦笑いをしながら顔を前に戻す。と、じっと向けられるダイトラからの視線。
『あー、ちょっと待っててくれるかな。おじさん、そんなに見つめられると照れちゃうぜ? ははは……』
ダイトラは笑わない。しかめっ面のまま、返答を待つ。
『……ははは』
その笑いが消えるか消えないかのうちに、ミタカが声を上げた。
「ア? こりゃユーザーIDか? ──プライバシー保護で名前が出なかったヤツか!」
「アスカお姉さん、分かりそう?」
「あァ、クエリ打ちゃすぐだ。コイツは──」
その時だった。
『オー……』
ダイトラが、口を開く。
『オートリ……ユー』
『ん?』
「は?」
「え?」
ケモノ語で、発話した。『オートリユー』と。それを、通訳くんが翻訳する。
『オートリユーとは何だ、と言っています』
『……大鳥代表のことかね?』
「……俺か?」
「ああ、オマエだな」
ミタカが少し早口で言う。
「生の会話ログに出てるユーザーIDがオマエと一致した。IDがオマエの名前に変換されなかったのは、オマエとアジキのおっさんがフレンドになってねェからプライバシー保護でそーなったワケだ」
「今、ダイトラは──」
オートリユー。
「──……日本語を使ったのか?」
「まァ日本語っつーかケモノ語っつーか。人名は発音が共通だからどっちでもいいが、自分で発音したのは間違いねェな」
ダイトラが、言葉を使った。
俺の名前を問うために。
『えーっと、スタッフさん。これ、普通に答えていいのかね?』
「んー、どうしよっか?」
ライムが問いかける。俺は仕事場に集まっている面々の顔を見渡した。
「別に隠すことじゃないし、答えていいと思うが……どうだろう?」
「……いいんじゃねェか?」
戸惑いはあるものの、反対はなかった。ミタカも少し顔を紅潮させながら頷く。
「ん。オッケー、アジキおじさん、答えていいよ!」
ライムが伝えると、アジキは一回咳払いしてから答え始めた。
『あー、オオトリユウ、というのはケモノプロ野球を作った会社の代表社員だよ。まあおじさんたちの中で一番偉い人ってところかねえ。はっはっは』
ダイトラは通訳くんの話を静かに聞く。そして、ゆっくりと口を開いて、再び『オオトリユウ』と言った。通訳くんは、アジキの方を向く。
『オオトリユウと話したい、と言っています』
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