第四回ケモノプロ野球リーグドラフト会議兼発表会(下)

 ステージ上のスクリーンに、徐々に映像が映し出される。


 現れたのは横並びの観客席。並んでいるのはケモノアバターたち。誰もが右を向いていて──パカン、という特徴的な音がした後、一斉に左に顔を向ける。パカン、パカン、という音がするたびに顔の向きを変えるアバターたち。やがて画面が引かれて姿を現すのは──テニスコート。


 二人のケモノが、ネットを挟んでラリーを続ける。やがて均衡が破れ、ガッツポーズをするケモノと、膝に手を当ててうなだれるケモノ。コートに拍手が響き渡る。


「ケモプロ内には、プロ野球選手たちがオフの日に触れることができる、様々なアクティビティを用意しています。今回はその中の一つ──テニスについて、アマチュアの、大学リーグを開催することを決定しました」


 動画が終わった後、まだスクリーンから避けたまま話す。


「リーグの主催はKeMPB。サポーターとして、ビーストリーグ、ビスマーク・キャッツのオーナー、ブライトホスト社のエリック・ブライト氏個人に参加していただいています。エリックからのメッセージビデオをご覧ください」


 続けて動画が再生される。まず映ったのは、肩まで伸ばした金髪の男の背中。


『この一球は絶対無二の一球なり』


 拳を握り、流暢な日本語で言うと、男はくるりと振り向く。


『(ブライトホスト、Hakocats事業部のエリックだ。今日はケモプロの新たな取り組みを発表させてもらう)』


 ここからは英語なので字幕が出る。……冒頭のは何か有名なアニメの台詞らしい。正確にはアニメも引用らしく、それを打ち合わせで指摘されたエリックはひどく動揺していた。


『(ケモノプロ野球は、プロ野球を提供するサービスだ。しかしその中身を見れば、自ら学習し、フォームを身につけて、戦術を理解するAIによる興行だ。つまり、他のスポーツに応用できないわけがない。現にフットボール、水泳など、様々なスポーツをケモノ選手たちは楽しんでいる)』


 語るエリックの背後で、様々なスポーツをしているケモノたちの動画が浮かんでは消える。


『(そこで今回、オレが個人として出資し、KeMPBと新しいスポーツの興行をケモプロの中で行う。それが……テニスだ)』


 背後にあったテニスをしている動画が前面に出てくる。


『(オレは野球ファンだが、テニスファンでもある。Hakocatsでもテニスのツアーを取り扱っているしな。もちろんテニスを題材にしたサブカルチャーも好きだ。「エースをねらえ!」「ベイビー・ステップ」……日本のコミックにはテニスを主題にした名作がある。しかし嘆かわしいことに、日本でのテニスの人気はそれほどでもなく……観戦者数も少ないらしい)』


 テニスのリーグを始めるにあたってちょっと調べたんだが、思い立ったときに見に行けるようなスケジュールで試合をしてないんだよな、テニス。様々な会場で様々なレベルの大会をやっているから、ピンポイントで日程を調べて出向かないといけない。


『(日本のテニス漫画が好きなオタクと語ったことがあるが、彼はテニスは好きだそうだ。しかし、テニスファンとは名乗れない、という。なぜなら、現実のテニス選手については詳しくないし興味もないからだ、と)』


 テニスの世界ツアー大会は上位ランクのものに絞っても男女合わせて年間約80大会。下位の試合でも800以上は行われている。しかし、日本の地上波で放送されるのは四大大会グランドスラム程度で、そのほかは日本人選手が勝ち上がった時に緊急で予定が組まれる程度だとか。

 いちおう衛星放送や有料放送ではそこそこカバーしているそうなのだが、熱心ではないファンが詳しくなるのは難しい環境だろう。


『(テニスというゲーム、その中で起きるドラマは好き。しかし現実のテニスには興味が持てない。──どうだ? どこかの誰かと似ていないか?)』


 観客席のアバターたちが笑うエモートをする。……俺のことだよな?


『(テニスは、旅するスポーツだ。野球やフットボールとは異なり、プロとして活動するなら世界を旅して大会に参加しなければならない。それが今年は新型コロナウイルスに大きな影響を受けた。選手は移動できず、多くの大会が中止になった。もしこの状況が続く……いや、よりひどくなるとすれば? 自分はいちテニスファンとして何ができる)?』


 移動が制限されれば、世界ツアーは行えなくなる。国内ツアーも再度の緊急事態宣言となれば危ういだろう。活躍の場がなければ、選手はやがて活動できなくなる。そうなれば待っているのは最悪の結末だ。


『(そう考えたとき、頭の中に思い浮かんだのがケモプロだった。メジャーリーグ、日本プロ野球が中止している間も野球をオレたちに提供してくれたケモノ選手たち。これしかない、と思った)』


 エリックは声高く訴える。


『(もちろん、人類はこの新たな疫病に打ち勝つと信じている。しかし次がないとは限らないし、他の困難が待ち受けているかもしれない。……それによって、たとえこの先スポーツの興行が途絶えたとしても──かつての姿がケモプロの中にあれば、文化は続いていく。人々の記憶から忘れ去られることなく、いつかケモプロを手本にして始めることもできるだろう)』


 ケモノがスポーツ文化を継承し、保存する。人々はそれを応援し、再興を待ち望む。エリックが描く未来はそういう話だった。


『(……というわけで、ケモプロ内のテニス振興のため、KeMPBと協力し、まずは大学リーグを始めることとした。いずれスポンサーがついて冠大会ができるようになれば、ケモプロの中にプロのテニス選手というものも生まれてくるだろう。その時を楽しみにしている……そう……オレの言いたいことは……)』


 エリックは、グッと拳を握る。


『(……スポンサーがついてほしい、ということだ)!』


 その魂の一言で動画が終了する。観客席から笑いと拍手のエモートが溢れた。


「野球に続くスポーツとして、テニスを選択した理由についてお話します」


 それが収まったころ合いを見計らって、俺が後を引き継ぐ。


「エリックの熱意が大きかった、ということが最大の理由ではありますが、まず一つとして……野球とは異なる、完全な個人競技を導入したかった事が挙げられます。チームプレイとは違った戦略が必要になる、AIの多様性につながることを期待しています」


 テニスとは、コートでは誰でも一人きりで、自分の心との戦いなのだ……とエリックは言っていた。AIの成長のためにもなるだろう、ということでミタカも同意してくれた。


「そしてもう一つの理由は、個人競技のため人数の調整がしやすいということです」


 ちょっと身も蓋もない理由だが。


「ケモプロでは高校野球の参加校に比べ、大学野球の参加校が少なくなっています。これは野球のレベルを引き上げるためですが……一方で、ここでゲームから脱落するケモノAIも多かった。今回テニスを始めるのは、この大学野球には進まなかったケモノ達ということになります。もしチームプレイの競技を選択した場合は、端数が出ることになるのですが、個人競技であれば問題ありません」


 サーバーのリソースは有限なので、そうむやみにケモノAIの人数を増やせないという理由もある。


「技術的な面では、野球よりも球速の速いスポーツを取り扱うことへのチャレンジも理由でした」


 これまでのケモプロ内のテニスは、ラリーを続けるリクリエーションみたいなもので、球速の速いサーブなんかは必要なかった。今後は最速260キロが飛び出るかもしれない速度を扱うことになる。アマチュア向けのサーバーが新しくなって、スペックが向上するからこそチャレンジに踏み切った。


「リーグの詳細、参加選手などは本日公開するサイトでご確認ください。スポンサー募集なども行っておりますので、ぜひ」


 エリックもだいぶポケットマネーを出したし、KeMPBもこのコロナ禍で予想外に利益が膨らんだ分を使うが、スポンサーがいるに越したことはない。競技場への広告、道具やウェア。それに賞金付きトーナメントの大会が実現できれば盛り上がるだろう。


「テニスに限らず、ケモプロでは様々なスポーツを、ケモノAIたちの進路として用意したいと考えています。協力いただける方は、ぜひご連絡ください」


 何をするにも資金は必要だ。それに、何十年と続ける覚悟も。


「さて、それでは本日最後の発表に移ります」



 ◇ ◇ ◇



「本日、何度か言ったとおり、ケモプロは何十年と続けていくために成長を続けなければいけません。それはケモノたちを赤ん坊の状態から育てること、野球以外の競技を導入しケモノたちの進路を増やすこと、技術を現実に還元することなど様々な方法があります。しかし、あくまで本業は野球です」


 俺がケモプロで一番見たいのは、人間のような、個性的なケモノ選手たちによる野球だ。既存のケモプロユーザーも同じだろう。そして──これからケモプロを見始める人たちも。


「新しい場所、新しい人たちに、野球を届ける。野球を広げていく。そのための施策がこちらです」


 スクリーンで動画が再生される。つい昨日出来上がったばかりのものだ。ギリギリ間に合った。


 最初に動画に映し出されたのは球場。野球の試合が行われていて、観客たちが歓声を上げる。球場の広告に使われている文字は──日本語でも英語でもない。ケモノ選手が特大のホームランを打つと、それを追うようにカメラが引いていき──日本でもアメリカでもない大陸を映す。


 そして、地球儀になるほど引いたカメラは、別の土地へ迫って球場を映す。先ほどとは違う言語が看板には書かれていた。


 それを何度も繰り返す。地球上の土地を転々として、スピードを上げて。


 最後に、ロゴが映し出される。



 KeWLB──Kemono World League Baseball。



「ケモノ・ワールドリーグ・ベースボール。KeMPBが主催する新たな2リーグの開催を発表します」


 観客席のアバターたちが静かになるのを待って、スクリーンにスライドを写しながら説明を始める。


「まずは開催日から。ワールドリーグの開催は──2020年11月1日。ケモノリーグ、ビーストリーグと同様の日程となります。ただし、両リーグとは異なり、二軍と三軍の試合はありません。またチーム構成自体も、出場選手登録29人と監督とコーチのみとなり、二軍以下は存在しません」


 アマチュア用のサーバーを新しくするのに伴って余りの出た従来型サーバー。その使い道が新リーグだった。しかし三軍までサポートするだけの量はないし──各オーナーの予算的にも、それは難しい。そのためワールドリーグでは一軍だけということになった。……そもそも熱心なケモプロファン以外は二軍・三軍をチェックしていないし、まずはその「熱心なファン」を生み出さないといけない段階だからな。


「ワールドリーグはケモノリーグやビーストリーグのように一国で開催するのではなく、複数の国が参加するリーグです」


 移動時間を考えなくていいケモプロならではの構成だ。


「オーナー企業、チーム名は後日、別のイベントにて発表します。今日はリーグに参加する国だけ覚えていってください」


 スライドを操作する。


「まずはワールドリーグAに参加する国から。──アフガニスタン。ドバイ。インド。イラク。パキスタン。スリランカ」


 言葉に合わせて、スライドに国名と国旗を並べる。


「ワールドリーグB。──ブラジル。カナダ。インドネシア。メキシコ。フィリピン。タイ」


 合計12ヵ国12チーム。


「一部野球がメジャースポーツな国もありますが、ほとんどが野球がマイナースポーツな国になります」


 カナダとメキシコが野球人気がある国だが、他は野球を見たこともない国民が多いだろう。


「それでも各国に野球が好きな人たちがいて、野球を普及することを目的の一つとして、ケモプロに──ワールドリーグに参加していただけることになりました」


 特に協力的だったのがパキスタンの企業だ。ケモプロがクラウドファンディングでオーナー企業を募集した時にも手を上げてくれた。実はパキスタンではリアルスポーツとしても親子二代の野球連盟会長が熱心に野球発展に取り組んでいるらしく、先の企業の代表は二人の熱に当てられた協力者だという。


 その時はプロモーションの都合から断るしかなかったが、言語対応だけは行った。その効果かじわじわとパキスタン周辺からケモプロの視聴者は増加していて、今回の話につながったというわけだ。


 しかし、そうは言ってもマイナースポーツ。現状で予想できるユーザー数から考えても、あまり予算はかけられない……ということで、KeMPBが主催する低予算のリーグを作ることになったわけだ。


「世界情勢に詳しい人は、参加国を見て不安になる方もいるかもしれません。確かに、政情不安な国もあり、緊張状態にある国同士もあります」


 例えばドゥライドの国──アフガニスタンのようにアメリカに振り回され政情不安になっている国もある。紛争している国同士もある。


「しかし──政治と人、そしてスポーツは切り離して考えるべきでしょう。現に、これらの国同士で野球の試合が行われたこともあります」


 もしかしたら、ケモプロがそれらの問題を解決するための下地になるかもしれない……とは希望を持ちすぎか。けれど、あのずーみーの描いた絵のように──試合の間だけでも、同じ方向を向ければいいなとは思う。


「新リーグ参加に伴う、今シーズンのケモノリーグ、ビーストリーグのスケジュールに変更はありません」


 今シーズンは戦力差もあるため不干渉だ。いずれは交流戦も行い、世界一を決める試合も行いたい。ケモプロの世界は、まだまだ広がっていく余地がある。


「ワールドリーグの詳細は来月のイベントまでお待ちください。……今日の発表は以上です。ご視聴、ご参加、ありがとうございました」



 ◇ ◇ ◇



 / ドラフト終了直後のインターネット掲示板 2020年09月06日


【ドラフト会議】ケモノプロ野球総合スレ Part205【もうすぐ】


982:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

マジでウナナちゃんが電脳行ったのつらい

ロビンを飼い殺ししてる球団がよぉ……


983:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

>>982 いつまで言ってるんだよ


984:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

ドラフト終了のお知らせ


985:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

伊豆、今シーズン立て直せそうな予感してきた


986:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

次は発表会か


987:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

去年もいろいろあったけど、さすがに今年はもうないだろ


989:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

赤ちゃんが生まれるとかいう狂気の沙汰レベルはもうないでしょ


990:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

わからんぞ


991:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

お、代表もアバターなのか


992:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

これには一部のトリニキファンがっかり


993:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

コロナだからね仕方ないね


994:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

ダイトラなにしとん


995:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

アニメ化は来ると予言しておく。レミたいのタイミングが良すぎる


996:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

ダイトラ?


997:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

このタイミングなら言える。ケモプロ、欧州リーグ始めます!!!


998:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

>>994 なんであいつ急に立ち上がったんだろうな


999:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

1000


1000:名無しのケモ将:2020/09/06(日)

ダイトラがテレビにかじりついてるのなんだよ、他の子が見えないだろ


1001:1001:Over 1000 Thread

オッス、ニンゲンども! このスレッドは1000を超えたゾ!

ニャンたること! さっさと次のオレ様の遊び場を用意するニャア!

(AA省略)

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