日米の施策(後)
「あ、GoToって、なんか旅行がお得になるキャンペーンッスよね?」
「そうそう。22日から開始するんだよ」
GoToキャンペーン。トラベル、イート、イベントの3つのジャンルで割引やポイントの付与が行われるキャンペーンだ。GoTo商店街というものもあり、こちらは商店街自体への補助となっている。もちろん『あしのゆ』への宿泊旅行も、GoToトラベルでの割引対象だが──
「アレか。結局東京除外で始まんだろ? どーかと思うけどね、オレは」
つい先日、東京からの旅行客についてはGoToトラベルキャンペーンが利用できないことが発表された。
「んー、昨日の東京の新型コロナウイルス新規感染者数が過去最大の286人だからね。東京からの旅行者お断り、ってなるのは仕方ないかも?」
「んなこと言ったらそもそも他の都市だって終息してねェんだから、旅行の振興策自体どーなんだって感じじゃねェか?」
「理想は終息することだけど、見通しは立たないし、それを待てるほどの体力も業界に残ってないからね」
ケモプロ関連プランが好調の『あしのゆ』でさえ、いまだギリギリの状態だという。宿泊だけでなく交通、飲食など、多岐にわたって影響を受けている観光業界を支えるには、GoToキャンペーンのような施策が必要なのだろう。各々が感染拡大させないよう行動に注意をしながらも、経済を回していくという段階に入ったのかもしれない。
「でも、なんにせよあしのゆが元気になりそうでよかったッス。キャンペーンが始まれば、島根と鳥取ももっと楽になるでしょうし、これでオーナー陣営は安泰ッスね!」
「ケモプロ側は、そうだな」
「……ビーストリーグ側はまだ厳しいッスか?」
「全体的に新型コロナウィルスの影響を受けているが、特にヨゾラ・エアウェイと、ブロッサムランドが厳しい」
日本全体の新規感染者数が500人程度に対して、アメリカの新規感染者数は6万人。100倍以上の猛威を振るっている中、どのオーナー企業も苦戦している。
「ヨゾラは貨物と国内線が中心だけど、それでもかなり旅客が減ったからね。底打ちしたのは四月で、そこからは持ち直してはいるんだけど、まだまだ厳しいよ」
「そうなんスか……助成金とかって出ないんスか?」
「ん、出たよ。雇用維持を名目とした助成金がね。その名の通り、10月まで『雇用維持』をしないといけないし、30%は返済が必要だし、その一部はワラントで発行しないといけなかったりするけど」
「わらんと?」
「あらかじめ決めた額で、会社の株を新しく発行させてそれを買う権利……というところでしょうか」
端末を叩いていたシオミが、伊達眼鏡を直しながら言う。
「助成金は政府が出しますから、アメリカ政府がヨゾラ・エアウェイの権利の一部を持つことになりますね」
「へ~」
「国内線は需要回復の傾向も見えてきたから、ここをしのげば何とかなるかも? って感じだよ」
「なるほど。……ブロッサムランドはどうなんスか?」
「今週末から営業を再開する。その客の入り次第だな」
3月から休園していたブロッサムランド。およそ4か月ぶりの営業再開だ。
「おお、ついに再開するんスね! ……でも、大丈夫なんスかね?」
「んー、ディズニーランドも日本じゃ今月1日から、フロリダも12日には再開したからね。そういう流れにはなってきてるよ。批判もありつつ、お客も来ているって感じ?」
「やっぱり、外で遊びたいタイプの人もいるんスね」
「そうだな」
従姉とかは全然平気そうだが。
「じゃあ、ブロッサムランドにも人が来てくれるッスかね?」
「どうかな~。アメリカの国内旅行先は、今後テーマパークよりも、自然公園みたいな感染の危険性のないところが人気になりそうって予想されてるし?」
「ああ、気持ちは分かるッス。アイダホ州ってそういうところないんスか?」
「あるよ? ほら、イエローストーン国立公園とか、アイダホ州も一部に入ってるし」
「あ! それ有名なやつ! なんか綺麗な縁取りの湖のあるやつッスね! 名前だけは知ってるッス!」
俺もその湖のイメージだけは浮かぶ……が、他にも何かあるんだろうか、公園。
「でもね~、他の州から行った方が便利だし、ボイシ市の近くってなると、ないね。だから、完全にブロッサムランド次第かな」
「もちろん、チェルシーも策を打っている」
現実世界だけでなく、ケモノ世界にもブロッサムランドはある。現実の施設を再現し、ARやVRで交差するテーマパークがブロッサムランドだ。休園中も、ケモノ世界側のブロッサムランドは稼働している。ブロッサムランドを運営するコイル・アミューズメントの社長、チェルシー・コイルも、これを大きくアピールし、バーチャルで体験できるテーマパークとして売り出していた。基本的にはどのアトラクションも無料だが、ファストパスや追加コンテンツで課金をしている形だ。
「再開にあたって、チェルシーの発明品がいろいろお披露目になるから、しばらくはその見学客も来るだろう」
「発明品ッスか?」
「チェルシーちゃんは天才発明家でもあるからね! ほら、これ、VRゴーグル自動消毒機!」
ライムがタブレットに動画を表示して見せてくる。巨大な機械が動いて、VRゴーグルを一つ一つ消毒していく、まるで生き物の腸の中のようなマシン。
「お、おお……すごいッスね」
「ウリのVRジェットコースターで使用するゴーグルは、これまで使い捨ての保護マスクを使っていたんだが、感染症対策には十分と言えない。1回使用するごとに消毒する必要があって、こういう装置を発明したんだそうだ」
ゴウンゴウン、とギミックが稼働してゴーグルが消毒されていく。
「これ、スケルトンになってて見てても楽しいッスね。並んでる間も退屈しなさそう」
「そういう効果も狙ったらしい。以前と同じペースで乗客を処理することはできないからな」
ソーシャルディスタンス確保のため、席は詰めて座ることはできないし、乗客入れ替え後は消毒もある。時間もかかるわけで、再開したからといって以前と同じ売り上げとはいかない。
「KeMPBもBeSLBも、ブロッサムランドを支援している。投球練習シミュレーターの機材も、一時期優先的にブロッサムランドに回していたんだ。それを使って、ブロッサムランドは空いた土地に投球練習シミュレーターとバッティングセンターを並べている」
「おお? 投球練習シミュレーターは分かるッスけど……バッティングセンターッスか?」
そういえばBeSLBの技術チーム主導だったから話してなかったか。
「やはり投手のようにボールを投げるには訓練が必要だ。投球練習シミュレーターは、ふらりと遊びに来て挑戦できるようなものじゃない。が、バッティングセンターなら、バットさえ振れるならなんとか遊べるだろう?」
「ムフ。それにただのバッティングセンターじゃないんだよ! なんたって、ケモノ選手が守備してくれるからね! 名付けて、打撃練習シミュレーター!」
「え、守備? 打撃練習シミュレーター?」
「こういうのだよ!」
ライムはタブレットで別の動画を再生する。ピッチングマシンが投げ、バッターがバットで打つ一般的なバッティングセンターの様子。違いは地面に立っている板──弾道測定器と、壁にかかっているモニター。
「投球練習シミュレーターに使っている弾道測定器は、打球の測定でも使われているんだ」
「ゴルフの打球とかでも使ってるよ!」
「そこで打った球をケモプロの中にデータとして取り込んで、ケモノ選手たちに守備させている。そうすれば打った球がヒットなのかアウトなのか分かる、というわけだ」
バッティングセンターで上の方に置いてある的に当たればホームラン……ではなく、実際にケモプロの中でシミュレートして結果を出す。
「ラスベガスには本物の球場と同じサイズのフィールドに打球を飛ばせる『スラッガースタジアム』、ってバッティングセンターもあるんだけど、あれは打つ場所はバッターボックスの位置じゃないし、球場と同じ形ってわけでもないし、何より誰も守備してくれないからね。ちゃんとしたフィールドで守備までしてくれるのはブロッサムランドの打撃練習シミュレーターだけ!」
「3アウトまでに何点取れるか、というチャレンジが基本になるな」
「おぉ、すごいッスね」
野球関連ではいちばん集客を見込んでいるらしい。スコアやホームランの数による景品も用意しているとのことだ。
「いや~、前に『ケモノ選手が投げたボールを打つのは難しい』って話をしてましたけど、『ケモノ選手が投げたボール』にこだわらなければ、バッティングの練習もできるんスね」
「まァな」
ミタカは苦い顔で頷く。BeSLBの技術チームのグレンダから提案されたとき、あまりに『ケモノ選手の投げたボール』にこだわっていて気づかなかったことを悔しがっていたんだよな。
「ただ、サン選手に言わせると、『こんなのは遊び』だそうだ。やはり本物の投手が投げる球とピッチングマシンの球は違うらしい」
アンバサダーとして意見を求めたサン選手は、こちらにはあまり興味を示さなかった。
「プロは手厳しいッスね。ちなみに、どういうところが違うんスか?」
「ピッチングマシンは球を複数のローラーで挟んで弾いて出している。つまり、必ず同じところからボールが飛んでくるんだ。実際に人間が投げるなら、球種によって微妙にフォームは違うし、ボールを手から離す位置も違う……と言われたな」
「なるほど。ボールが飛んでくる軌道が違ってくるんスね」
「と、いうことで!」
ライムがみたびタブレットで動画を再生する。
「こちらが、チェルシーちゃんがケモプロ投手のボールを可能な限り再現したピッチングマシンでーす! さっすが天才発明家だよね!」
「……なんかめちゃくちゃデカいメカなんスけど!?」
先ほどのバッティングセンターのレーンの何倍もの面積を使った先に鎮座しているのは、二階建ての小屋ぐらいはあるんじゃないかという大きさの、ピッチングマシンを抱えたメカ。
「ムフ。このメカで特製のピッチングマシンを振り回して、腕の振りやリリースポイントの違いを再現するんだよ! アンダースローだってできちゃうんだ!」
動画では、メカがガシャガシャ言いながらピッチングマシンを振り回して、下から上へのアンダースローを再現していた。
「おぉ……解決方法が豪快というかなんというか、無茶苦茶ッスね……」
「アメリカって感じがするだろう?」
「ケモノ投手の投げた動作を反映する、その名もメガ・ビースト・ピッチングマシン! チェルシーちゃんお手製で、この世に1台! これならケモノ投手と勝負ができるかも? って売り文句で、再開時の目玉の一つだね!」
パイプやピストンなどの可動部もむき出しなマシンが、サイドスローでえぐり込むようなクロスファイアのストレートを投げる。
「かも、ッスか」
「突貫工事だし、ナックルとか再現できない球種もあるからね」
「これ動画見ると、なんかメカ壊れそうで怖いんスけど」
動くたびにギャリギャリガッシャンとか言ってるもんな。部品も製品みたいに洗練されていないし。
「そこはブロッサムランドの腕の見せ所。大丈夫だよ、ボロボロのアトラクションを毎日修理しながら動かしてきたようなブロッサムランドだからね! チェルシーちゃんだけでなく、スタッフさんたちもマシンの修理には慣れてるから、すぐに直せるよ!」
「あ、壊れるのは前提なんスね」
「大丈夫大丈夫」
ライムは雲のように笑う。
「チェルシーちゃんのおじいさんの代に一度潰れかけたブロッサムランドだもん。もう一度復活するぐらいわけないよ!」
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