日米の施策(前)

 7月17日。


「それじゃあ報告会を始めようか」


 仕事場に集まった面々に呼びかける。同じ家に住んでいてもなかなか自分の担当以外の仕事の情報は入ってこないもので、報告会は機会があり次第やるようにしていた。


「はいはい! あしのゆの新プランの予約が好調だよ。ず~っと先まで埋まってるって!」

「わざわざ現地までいかねェとできねェのに、よく埋まったモンだな」


 ライムが手をあげて言うと、ミタカが頬杖をついて鼻を鳴らす。


「ムフ。そういう手間をかけてでも体験したい! って思えるサービスだってことだよ」

「ちなみにどっちのプランの方が人気なんスか?」

「やっぱり、あしのゆでしかできない監督プランだね! ケモノジムは家でもできるし?」


 ずーみーが尋ねると、楽しそうにライムが応えた。


 監督シミュレーターのベータテストを体験できる監督プランに対して、ケモノジムはモニタとカメラとPCさえあれば自宅でもできる。すでにサービスインしていることだし、わざわざ旅行してまでやろう、という人は少ないようだ。


「両サービスとも、今のところサポートへの問い合わせは少ないそうだが、順調ということでいいのか?」

「ア? あァ、イヤ? 問題はけっこーあるぜ? ただ、その場で通訳くんがヒアリングしちまうからな。改めてサポートまで問い合わせる必要がないんだろ。開発には通訳くんが自動生成したチケットが上がってるぜ」

「そういうことか」


 サポート部門を統括するロクカワが心配そうに尋ねてきたんだが、真相はそういうことか。確かに、少ない問い合わせの中でも、マイクやカメラを何を使ったらいいのかとか、始める前の問い合わせが中心だったな。


「それで、どんな問題が寄せられているんだ?」

「ジム方面だと、負荷の高い器具……よーするに他人の補助が必要な器具についちゃ安全上お断りしてんだが、どうしてもそれを使いてェ、とかだな」

「……そんな本格的なものを持っている人が、ケモノジムを使う必要はあるのか……?」

「指導者っつーか、付き合ってくれる相手がいるとモチベーションになるんだと」


 ミタカは肩をすくめる。

 そういう気持ちも分からなくはないが、しかしそうは言っても、元はと言えばダイドージが安全性を無視したトレーニングを危惧して企画したものだし、そのコンセプトは守っていきたい。


「ナノデ、補助員も取り込めるようにしよーとシテマス。トユーカ、複数人同時プレイ?」


 ニャニアンがブイサインをして首をかしげる。


「んだな。元々1人でやることを想定してんだが、ま、家族で一緒に運動する、とか、そういう需要もあるだろってことで追加開発してる。つっても、こっち側の作業はあんまねェな。手本やメニューを作るダイドージが忙しいぐれェだ」


 なるほど。1人じゃ複数人でやる動作をケモノに教えづらいだろうから、難しそうだな。大学もまだオンライン授業が中心らしいし、ナミも手伝いに行けない。


「他にはあるか?」

「言語関連だな」


 ミタカがため息とともに言い、ニャニアンが苦笑する。


「……ジムで、言葉?」

「言語オタクがケモノジムを使って、通訳くんから言語仕様を探り出そうとしてんだわ」

「AIに対するアタックみたいなモンデスヨ。マ、不自然な会話は拒否するようにしてマスガ」


 結局、ケモノたちが独自の言語を使用しているというのは、正式なリリースをするよりも先に目をつけたユーザーに暴かれ、拡散し、公然のものとなっている。今一部の熱心なユーザーは、通訳くんを介してケモノ語を習得しようとしている。……が、それは想定の範囲内だったはずだ。


「何かクレームが出てるのか?」

「ズルイからな」

「ルイから」


 ケモノ語の創作者、シミズルイ。今もチムラと一緒にAIと言語関連で協力してもらっている。それが、クレーム?


「……そういえば、今日の報告会もチムラとルイが欠席しているが、何か関係が?」

「あー、クレームつっても悪いことじゃねえ。言語オタクに『今』のケモノ語をこねくりまわされているのを、ズルイが不満に思ってるだけなんだわ」

「どういうことだ?」

「あのね、今、ケモノたちはケモノ語を喋っているけど、それって、翻訳されたものなの」


 ギッ、と椅子を鳴らして従姉が口を開く。


「ああ。忘れそうになるが……ケモノはデータを喋っていて、それをケモノ語に変換して、発話させているんだったな」


 人間で言えば、口から勝手に英語が出てくるようなものだ。


「うん。だから今のケモノ語は『翻訳文』であって自然な言葉じゃないんだって。それを解析されるのが、ルイくん、嫌みたいで。もっとちゃんと『使われた』、『生きた』言語になるのを待ってほしいって……ネイティブの言葉を解析してくれ、って言ってた」

「ネイティブか……しかし、ケモノの子供が生まれるのは11月だし、その子供が言語を話せるようになるのは、3年か4年ぐらいかかるだろう」

「本番サーバーではな」


 ミタカはニーッと口の端を歪める。


「テストサーバーでは話が違ェ」

「おっ? ということは、もしかして!?」

「フフフ。ついに成果が出たのデスヨ」


 ずーみーが身を乗り出すと、ニャニアンがブイサインをする。


「テストサーバーで育成しているAIが、ようやくケモノ語を使い始めたのデス」

「おお~!」

「まァ、まだ三語文を話し始めた程度だけどな。データ語の翻訳機能を使わずに喋るAIが出来てる。チムとズルイが欠席してんのは、ま、コイツの育成にかかりきりになってっからだな」

「司書にするためにはまだまだ、能力不足デスカラネ。仲良く頑張ってマスヨ」

「ん? 司書……って、もしかしてVR図書館のAI司書ッスか? なんでケモノが司書になるんスか?」

「ンー、今のAI司書は、ただのシステムデスカラ」


 HERB Projectが運営しているVR図書館『HERB Library』には、AI司書がいる。これは今のところ、司書という名の図書検索システムだ。


「AIを司書にして、ちゃんと本をオススメできるようにするのデスヨ」

「……今も本を検索すると、ついでにオススメの本を表示してくれるッスよね?」

「まァな。ただ、あれはフツーのレコメンド機能だ。『この商品を買った人はこの商品も買っています』っつーやつな。購入・閲覧のデータの積み重ねから関連性を計算してオススメを表示してるヤツ」

「司書の仕事はそれとはちょっと違う……というのがススムラ先生の主張でな」


 株式会社HERB Projectの代表取締役、ワルナス文庫の編集長。司書の資格も持つススムラと、VR図書館の司書の在り方について話をしたことがあった。


「司書は、『その人が本当に必要な本』を探す必要があるんだそうだ」

「本当に必要な本……ッスか」

「今のAI司書は本を読んでいない。本を読んだ人の属性や、本に関する概要のデータしか知らないわけだ」


 今はこれがたくさん売れている。これを買った人はこれも買っている。ジャンル、ページ数、作者名はこれ。そういった外側のデータを組み合わせて、オススメを表示している。しかし。


「ずーみーは人に本を勧めるとき、中身を読まずに推薦するか?」

「……それって例えば、ケモナーの子に、これが売れててケモノの話が載ってるらしいよ? つって薦める感じッスよね? いやー、それはできないッス。無責任じゃないッスか。いくら周りの評判が良くても、その子の感性に合わないかもしれないし、やっぱり自分で読んで確認しないと」

「つまりそーゆーコトデ、今はAIが本を読めるように、マリカサンとルイサンが教育をしているのデスヨ。AIが本を読んで、好き嫌いを判断して、質問者の好みに合った本をオススメできるように」

「あれ? でも、ケモノも本を読んで赤ちゃんに言葉を教えるんスよね? すでに本は読めるんじゃないんスか?」

「難しくねェ内容の本ならな。チムもズルイも、そーゆー入門用の本を作ってた」


 ずーみーが首をかしげると、ミタカは頬をポリポリと掻きながらゆっくり話し始めた。


「本を読むっつーのは難しいんだよ。言語が翻訳されて読み上げることができても、文脈を理解して、解釈して、場面を想像することはまた別の能力だろ。ずーみーだってツグが読んでるような技術書、内容を理解できねーだろ? それと似たようなモンだ」

「おお、アレ、日本語で書いてあるのにさっぱり意味が分からないッス!」


 俺もチラッと中身を見たことがあるが、さっぱりわからなかったな。珍しく日本語の本だったから、何かな? と思って開いて1ページで挫折した。


「そもそもケモノがデータ語を使うったって、それで万能にコミュニケーションが取れてるわけじゃねェ。挨拶されたら何をするか、その反応にはどういう意味が含まれるのか、そういうフォーマットを用意してやってるだけだかんな。フォーマットにない行動は取ってないし、フォーマットにない行動は理解できねェ」

「え、そうなんスか。じゃあ今ケモノたちがやりあってるコミュニケーションって、全部アスカ先輩とかがフォーマットを用意してる?」

「まァ、初期のはな。今はフォーマット自体を学習させてる。ほれ、たまにケモノがテレビ見てることがあるだろ」


 ケモノ世界にはテレビがある。ケモプロ内の試合や、人間の試合を見て学習できるようにするためだ。人間の試合はそのまま表示すると問題があるので、テレビ画面をユーザーが見ても『それっぽい一枚絵』しか表示されていないが。


「あれな、野球以外にも、映画とかドラマとか見てんだよ」

「えっ。ドラマを? 実際にッスか?」

「オウ。画像の解析と、字幕の翻訳でデータを作ってな。俳優の演技、反応なんかに意味や注釈をつけて流してる。で、それを見て学習してるワケよ」

「ケモノたちがオーバーリアクションなのは、そのせいもありマスネ」

「あー……もしかして海外ドラマとか多めッスか?」

「んだな」


 ミタカは頷く。


「ちなみにドラマには原作小説があるのもあんだろ? あれは本を読んで場面を想像する、っていう訓練のサンプルにもなってるぜ。ま、使えねェのも多いんだが」

「え、今すごくいい方法だと思ったんスけど、何で使えないんスか?」

「『原作に忠実な実写化』なんてどれだけあると思ってんだ?」

「あぁ……なるほど」


 ずーみーは、むーっと口を閉ざす。


「ま、とにかくだ。AIに本を読ませるには仕組みの強化と、手本になる精度の高いデータが必要になるワケ。んなわけで、ユーザーに言語を解析されてやる気になってるズルイが、チムを引っ張りまわして作業してんだよ。欠席はそーゆー理由な」


 もちろんツグ姉やミタカ、ニャニアンも同じ作業に関わっている。……この家に集まるようになって楽しく仕事をしているようだが、仕事をしすぎて体を壊さないように気を付けないといけないな。


「言語を習得シテ、文脈を理解できるようになれば、人に本を、AIが自分で読んで確かめてからオススメできるようになりマス。それが真のAI司書ってやつデスヨ!」

「ま、テストサーバーのAIは、時間を早回しして先行学習させてる。それをVR図書館に転用しようってだけの話だ。もちろん、他のケモノたちもいずれ自力でそーゆー能力を手に入れるさ」

「はー、なんかすごいッスねえ」

「次世代部屋が集まってんだ。これぐらいできなきゃ他のヤツらに馬鹿にされらぁ」


 ミタカは肩をすくめる。どことなく口元が緩んでいた。


「さて……話が逸れたが、発端はケモノジムの件だったな。ジム関連は他にないか? では、監督シミュレーターはどうだろう?」

「あー、おおむね事前の予想通りの意見が出てるぜ。能力値が見てェとかは論外として、コーチを導入してくれ、とかな」

「今は少人数チームだから意図的にコーチを用意せずにテストしているが、それでもか」

「少人数っつっても18人だかんな。高校野球のベンチ分の人数を、短い時間で把握すんのはちいと厳しかったらしい。やっぱ、一泊や二泊程度じゃ、チーム全体の能力の把握は無理みてェだな」

「ムフ。熱心なリピーターさんもいるみたいだけどね!」


 ライムが機嫌よく割り込む。


「おかげさまで当面予約はいっぱい。GoToキャンペーンの開始を待つまでもなく、あしのゆが熱い! って感じだよ!」

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