オールスターゲーム2020(6/終)
「(さあ八回裏、4対5。これ以上追加点はやりたくないビーストリーグ。この回、ケモノリーグは一番打者からだが、バルバラを続投か? それとも──おっと、交代だ! ウィルミントン・ヨゾラの無敵のクローザーが来た! アルバート・レイサン)!」
マウンドに目元の黒い、屈強な体つきのコアホウドリ系男子が向かう。
「(連続登板、回跨ぎは当たり前。今期最多登板、最多セーブの男! もちろん実力も申し分ない)!」
「(ウィルミントン・ヨゾラの守護神ですからね、ここは抑えてくれるでしょう)」
アルバートはバリーの出すサインに大きく頷いて投げ始める。あっという間にガスケを打ち取り、1アウト。次の打者は二番、南北ジノ丸。
「(ピッチャー返し)!」
緩急の激しい投球に追い詰められたジノ丸が苦し紛れに出したバットが、ボールを捉えて打球はピッチャーの足元へ──が。
「(なんだ!? ピッチャープレートに当たった)!?」
マウンドに埋められた板に弾かれて、ボールは三塁側のファールラインへ向かう。慌てて追いかけるアルバートとフォスター。しかし、追いつく前にバリーが立ち上がると、二人を制止した。ぴたり、と足を止める二人の前で──ボールはファールラインの上で止まる。
「(なんてこった、フェアだ! ジノ丸、内野安打)!」
「(プレートに当たってファールラインを超えた場合、ファールになるんですよね。あまりないケースですが……バリーもよく知っていましたね……って、AIなら当たり前ですか)?」
「(野球のルールの習熟具合も、AIによって違う。レアケースではルールを間違う選手も多い)」
「(今回はバリーが知っていたのが仇になったってわけだ。フォスターなら間に合ったかもしれないが、仕方ない、切り替えていこう)!」
ジャガー系男子、ジノ丸は一塁上で胸を撫で下ろす。
「(さあ三番打者だ。赤豪原ビワ太。今日は4打席3安打1打点と当たっている。アルバートはどう抑える)!?」
ワラビー男子はバッターボックスでしっかりと構える。アルバートはバリーのサインに頷き、ジノ丸を警戒しながら投球。
「(ストライク! さすがアルバート、無敵の男! 先ほどのプレーに動揺はない! ゾーンギリギリに吸い込まれるようなフォーシーム)!」
ビーストリーグ側の観客席が盛り上がる。
「(さあここからどう攻めていく)?」
「(ブレーキングボールは使いづらいですね。ジノ丸が塁に出ているので)」
ジノ丸がリードを取り、二回続けてアルバートは牽制する。
「(おっと、バリーの考えが出たな。打たせて取る? インコース低めに)!」
ガンッ!
「(打った! アメリア前に出る! ファーストからアウト! 二塁送球、ジノ丸を挟んだ! ランダウンプレイ)!」
一二塁間を行ったり来たりして粘るものの、最終的に背中からタッチされてジノ丸はアウトになる。
「(ダブルプレー、チェンジだ。さすが無敵の男、アルバート)!」
「(アメリアの判断も良かったですね。前に出たのが一番のファインプレーです)」
「(へえ、と言うと)?」
「(前に出ることでジノ丸の走路を塞いで減速できます。打球を処理しようとしている選手を避けないと、守備妨害ですからね。そして状況を見て、一塁から確実にアウトを取る判断をした。これが普通に後ろで捕るか、二塁から投げていたら、どちらかが生き残ったでしょうから)」
「(なるほど。オールスターにふさわしいプレーだったな)!」
アメリアはアメリーとグータッチすると、ベンチへと揃って走って行った。
「(オーケー、八回裏は追加点なし、アルバートが0に抑えてくれた! 九回表、4対5! ここで逆転しちまいたいな、ビーストリーグ)!?」
「(ケモノリーグ側はなんとしてもここで試合を決めたいところですね。ピッチャーはロビンを続投……じゃ、ないですね)!?」
スコアボードの表示が変わる。
「(ケモノリーグ、九回表! ナックルボーラー、ロビン・ニアウッドを下げて出してきたのは、伊豆ホットフットイージスの守護神! 灘島マヤ)!」
しょんぼり眉をしたツシマヤマネコ女子がマウンドに上がる。
「(これで島根のニンジャと、伊豆の守護神の灘島従兄妹が同じフィールドに立ったわけで、ファンにとっては見たかった光景の一つですね)」
「(アメリアとアメリーの俊足が続くから、ロビンを下げたってことか? しかしその采配は間違いだったようだな。ビーストリーグはアメリアに代打だ)!」
硬いモヒカンに青い顔の大柄なヒクイドリ系の好青年が、鼻歌を歌いながらバッターボックスに向かう。
「(フレズノ・レモンイーターズの冒険野郎! キャッシュ・レインフォレスト)!」
素振りをするキャッシュを見て、ダイトラは鼻を鳴らす。
「(さあキャッシュは? 初球を打つ! いいねえ、そうこなくちゃ! さあ、灘島マヤ、第1球)!」
しょんぼり眉を少し上げて、マヤは強く腕を振る。
ガッ!
「(サード! ニンジャ止めた! ファースト送球、アウト)!」
一塁を駆け抜けたキャッシュは、額を叩いて苦笑する。
「(マヤ、フロントドアのスライダーで決めた! サードへの強いゴロは従兄、マテンが飛びついて止めて1アウト)!」
ファーストからボールを受け取ったマヤは、小さくマテンに向かって手を挙げる。マテンはついっと視線をそらした。
「(いや、すごいスライダーだったな。体に当たるかと思ったが)」
「(それを投げさせる方も、投げる方も、打ちに行く方もおかしいですね)」
「(まさにオールスターゲームだな! そして──ビーストリーグはまだ諦めていない! 九番、アメリーに代わり、代打──ソニア・ネストミニウム)!」
自分の名を呼ばれたスズメ系女子が、びくりと背を揺らして、オドオドとバットを取りに行く。
「(ボイシ・ブロッサムズの巧打者! 球場で元気がないのはお約束! なぜならこのSNSジャンキー、スマホが触れないと常にこうだ)!」
「(球場の外じゃ常にスマホを見ていますからね)...」
体を縮めながらバッターボックスに入ってきたソニアを見て──
ダイトラは、思考にぽつぽつと取り留めのないアイコンを並べた。
「(おや? ブルー・タイガーがサインを迷っている? 珍しいな)?」
時間いっぱいを使い、ダイトラがサインを出してマヤが頷く。投じた球はインコースへのスライダー。モーションに入った途端、ソニアの顔つきが変わり、迷いなくバットを動かし──
カン!
「(ヒット! きれいな内角打ち、内野の頭を越えた)!」
一塁で止まったソニアは、長く息を吐くと再び体を縮めた。
「(ビーストリーグ! 同点のランナーが出た! 1アウト一塁! さあ、先頭に戻ったぞ。バッターはDD)!」
ドーベルマン男子がバッターボックスに立つ。しかしマヤに動揺はなかった。サードゴロに打ち取り、2アウトランナー二塁に。
「(2アウト! ビーストリーグ、後がない! 二番打者はペイトンだが……ここにも代打が出た! 代打はビスマーク・キャッツのセクシー・パンサー! パトリシア・ペニンシュラ)!」
ベンチからパンサー系女子が立ち上がり、バットを持ってフィールドに出る──と、振り返って投げキッスをした。宛先は黄色い熊。目をぱちくりするプニキの横で、シエラが歯を剥きだしにして威嚇する。
「(パトリシアは研修生時代からキャッツに所属している子ですね)」
「(確か年代も他の選手とは違ったよな)?」
「(マルコ、彼女に年齢を聞くつもり)?」
「(やめておこう、ひっかかれそうだ)」
若い選手が多いビーストリーグの中で、パトリシアのような20代後半の選手は少し珍しい。
「(さあ2アウト。バッターはパトリシア。ケモノリーグはなんとしてもこの打者で止めたいだろうな)」
キャットウォークでバッターボックスに向かったパトリシアが立ったのは、左打席。
「(しかしパトリシアは左打者。マヤのスライダーは見やすいはずだ)」
パトリシアはダイトラにもウインクを飛ばす。ダイトラは鼻を鳴らしてミットを構えた。
「(マヤ、パトリシアに対して初球)!」
ガァン!
「(打ったどうだ!? ……切れた、ファール)!」
高く飛んだボールの軌道を目で追っていたマヤは、しょんぼり眉でパトリシアを振り返る。パトリシアにウインクをされ──マヤはギッ、とにらみつけると、片手でボールをくるくると回した。
「(キャッツの大砲は伊達じゃないな。さあ1ストライクだ)」
「(ダイトラは……スローボールを指示していますが)」
マヤは口をへの字にして首を振る。ダイトラは片眉を上げると、ミットを動かした。マヤが頷き──
「(2球目、スライダー)!」
ガン!
「(叩きつけた一塁線! ファースト)──」
強い打球。ザン子は追っかけながらグラブを出し──
「(弾いた)!」
打球は大きく跳ねて後方へ。
「(セカンドカバーに向かって……一塁セーフ! 2アウトランナー一、三塁)!」
「(記録はファースト……乾林ザン子のエラーですね)」
ザン子が口を曲げて位置に戻り、パトリシアが口元に手をやって目をそらす。ザン子は短く舌打ちした。
「(結果はともあれ、ここまで来たぞビーストリーグ! 九回表、2アウト、一三塁)!」
ビーストリーグ側の観客席から歓声が止まらない。
「(ここで代走も出るぞ。一塁はパトリシアから、アンカレッジ・ハンマーズの俊足外野手、ローハン・ファーロング)!」
体の大きなサラブレッド男子が、パトリシアとハイタッチを交わして交代する。
「(今年度ビーストリーグ最多盗塁! 一打でホームへ戻ってくること間違いなし! しかしポール監督、そこまでする必要があったか? なんたって次の打者は三番──山ノ府クマ貴)!」
のしのしと。
黄色い熊が、5たびバッターボックスに立つ。観客席でウェーブが起きる。
「(ビーストリーグ最強の打者と、ケモノリーグ最強の守護神! これぞオールスター)!」
マヤは片手でボールをくるくると回してサインを待つ。ダイトラはその様子を見て──
「(ブルー・タイガー! プニキに対してど真ん中だ)!」
マヤは──ボールを持つ手を動かすのをやめる。
そして、しょんぼり眉を下げてぐいぃぃ……と首を傾けた。
ダイトラとマヤ。二人は60.5フィートを挟んで視線を絡ませ合う。
「(長いな……おっと、ピッチクロックでボールが宣告されたぞ)」
「(ケモプロでは珍しいですね、投球間隔でボールになるのは)」
マヤは反対方向に首を、ぐいぃぃ……と傾ける。そして──ダイトラが視線をそらして鼻を鳴らし、サインを変えた。マヤは、コクコクと頷く。
「(やっとサイン交換が終わった。さあ初球……初球か? カウント1ボールから)!」
マヤが腕を振る。
ヂッ! ──ガシャン!
「(ファール)!」
バックネットを揺らしてボールが落ちる。
「(いいフォーシームだった。プニキが珍しくボールの下を叩いて、ファウルチップだ。1ボール1ストライク)」
次のダイトラのサインに、マヤはフンフンと小さく鼻を鳴らして頷く。
「(マヤ、投げた──ローハン走った)!」
カーブ、緩い軌道を描くボール。ダイトラが腰を浮かす。それを見てプニキは──
「(プニキ、空振り! ストライク! ローハンは二塁へ。2アウト、ランナー、二、三塁)!」
バットを振ったプニキは、そのまま後ろを振り返る。ダイトラはゆっくり腰を下ろすと、腕だけで緩くマヤに向かって返球した。
「(盗塁成功! プニキの援護のおかげで、ブルー・タイガーは投げる隙もなかったようだな)」
ダイトラがプニキに視線を返す。プニキはゆっくりと顔を前に戻した。
「(さあ2アウト、ランナー二三塁。カウント1ボール2ストライク)」
ダイトラがサインを出し、マヤが頷く。
腕を振って投じたのは、大きく弧を描くインコースへのスライダー──
カンッ!
「(ビッグフライ! センター真っすぐ)!」
高く打球が飛ぶ。その間に、ランナーがすべてホームへと還る。
「(ローハン、ホームを踏んだ! しかしこれは入っただろう、今ボールが落下して──いやライ蔵が来た)!?」
コヨーテ系男子が、ピュウと口笛を吹きながら助走をつける。飛び跳ね、体を伸ばし、フェンスの中へグラブを突っ込み──
「(どうだ、これは)!?」
フェンスに体をぶつけて跳ね返され、フィールドの中に仰向けに倒れる。審判が、他の外野手が駆け付ける中、ひらひらと手を振って──グラブの先っぽで捕まえた白球を掲げて見せた。
最後のアウトが宣告され、息をのむかのように静まり返っていた球場が、ワッと騒ぎ出す。
「(なんてこった! 柵入ライ蔵、ホームラン強奪! 完全にフェンスの中に入っていたプニキのホームランを、青森ダークナイトメア・オメガのコヨーテ・ボーイが無に帰した! スリーアウト、試合終了)!」
打球の行方を見ていたマヤは、息を吐き出して──ダイトラを振り返る。青い虎は鼻を鳴らして立ち上がると、さっさとベンチに向かって歩いて行った。
「(ケモプロ、2020年オールスターゲーム! 初戦を制したのは、4対5で、ケモノリーグだ)!」
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