オールスターゲーム2020(5)
七回裏。ケモノリーグの攻撃。1アウト満塁。
「(オーケー、ケモノリーグ側がタイムをかけている間に状況を整理しよう)」
マルコが両手を挙げて言う。
「(七回裏、ガンナーと交代でマウンドに上がったのは、バルバラ・クロッシングロード。スタミナ自慢の速球派だ。決め球は大きく落ちるフォーク! もちろん、オレは確信したね。この回もこのボイシ・ブロッサムズの名中継ぎが抑えてくれると。ところがだ、ケモノリーグの底力が発揮されたってわけだ)!」
「(やっぱり最初の得点が痛かったですね。南北ガスケが、二塁からビワ太のヒットでホームに還った場面)」
「(まさか、ジャベリンスロウが不発に終わるとはな)!」
マルコは目の前の空気にジャブを3発ほど食らわせる。
「(従兄のジノ丸がやられたのを、従弟のガスケがやり返した形だな。これで3対1。ウルフ・ガール、クオンがレフト前ヒットで続いて、ザン子が粘って四球で満塁)」
「(そしてレイ、マテンが短いヒットで1人ずつ塁に返して、3対3)」
「(1アウトでなお満塁ってことだ)」
マウンド上のバイソン系女子、バルバラは、大きく太い腕を組んでケモノリーグ側ベンチを睨む。
「(それで、次は八番のキョンの打順だが、タイムがかかった。何をするつもりだ)?」
「(今日ここまで3打席2安打だけど、いずれも単打。ここは長打が欲しいんだと思いますよ……九番が……彼だから)」
「(なるほど。ロビンを出すまでは、あのブルー・タイガーを引っ込められないか)」
ダイトラはベンチにどっかりと座り、選手たちと話すアキヒサ監督を横目で見る。
「(おっと、腹は決まったようだ。八番に代打が出る)!」
バックスクリーンから島住キョンの名前が消える。
「(おっと、こいつは覚えてる! 代打に立つのは青森ダークナイトメア・オメガのソード・ガール! 魔界乃剣子だ)!」
ガラ、とバット入れの中で長く飛び出ていた専用のバットを取って。サーベルタイガー女子、魔界乃剣子が行く。
「(相変わらず顔が怖いね)」
「(そう? 私は好きですよ)」
小柄な体でバットを背負い、剣子はバッターボックスに立つ。すらりと伸ばしたバットは、最長の42インチ、106.7センチメートル。
「(それで、ソード・ガールの日本での活躍はどんな感じなんだい、ユウ)」
「(代打、指名打者で経験を積んで、たまに二塁を守っている。打撃スタイルだけじゃなく、実力もあって選ばれたと思う)」
「(あれは驚きのフォームだったな。日本じゃアレをダイコンギリって言うんだって? ダイコン、こっちじゃ食べないから馴染みがないんだが、Radishとは違うのかい)?」
「(ラディッシュは赤くて丸いけど、ダイコンは白くて細長いんだ)」
「(へえ。それで、ああいう風に切るわけだ)」
「...(いや、あんな風には切らないな。なんで大根切りって言うんだ)?」
「(オレに聞かれても──ッ、打った)!」
一閃。
雑談が盛り上がっているうちに投じられたバルバラの速球を、大剣で振り下ろすように剣子が打つ。低い弾道で風を切って飛んで行った球は──
パァン!
「(ライト、DDのグラブに一直線! アウトだ)!」
「(すごい音のする打球でしたね……誰も動けてなかったんじゃないですか)?」
「(少しでも角度が違ったら、フェンス直撃だったろうな。まったく恐ろしいぜ。しかし、アウトだ! 2アウト)!」
剣子はバットを背負いなおすと、口をへの字にしてベンチへ帰って行った。その横を、しかめっ面の青い虎がすれ違う。
「(七回裏、3対3、2アウト満塁。満塁の状況はこれで2回目だ、九番捕手、山茂ダイトラ! 今日ここまで、3打席無安打)!」
「(堂々としているの、本当すごいと思います)」
捕手のバリーはチラッとダイトラを見て、呆れた顔をしながらミットを構えた。
「(バルバラ、初球)!」
ガンッ!
「(ウソだろ、行ったか)!?」
球場中の目がぎょっとしてその行方を追う。高く飛んだ球は──
「(ああ、切れた、ファールだ。危うくホームランだった)」
「(予想外の一発ですね。速球にかなり合わせてきましたが)...」
ギィン!
「(2球目も行った!? いや切れた! ファール)!」
「(フォーク。ブレーキングボールも上手く当てていきましたね)」
「(オイオイオイ、ついに本気を出してきたってわけかブルー・タイガー)?」
フンッ、と鼻息荒くダイトラが構える。それを見て、バリーはミットを大きく動かし──
ガン!
「(マジか!? どうだこれは……ああっ、切れた! 惜しかったな、ファールだ)」
「(高めのボール球でしたが、振っていきましたね。もうちょっと溜めていたら入っていたかも)」
「(3球続けてファールだ。……ん? バリーが何か考えているな)?」
「(次も絶対振ってくるから、フォークで空振りを取ろう? なるほど)...」
バリーのサインに、バルバラは静かに頷く。太い腕から繰り出すフォークボール──
ガァン!
「(ビッグフライ)!」
ギョッ、として、バリーはキャッチャーマスクを外して立ち上がる。
「──(これまた惜しい! わずかにポールの外)!」
バリーは息を吐いてマスクを戻し、座る。少し考えて出したサインは──
「(さっきより低いフォークボールを要求。これで空振りが取れるということですね)」
「(だがバルバラは投げたくなさそうだ。コントロールミスが怖いか)?」
「(2アウト満塁ですからね。バリーは……絶対に捕るから投げろ、と)」
悩んでいたバルバラは、小さく頷くと構えを取る。そしてダイトラはその様子を見て──
「(なんだって!? ブルー・タイガー、低めいっぱいのフォークを予想)!」
バルバラが投げ──
ブンッ!
「(空振り! ──ん)!?」
ダイトラが一塁に向かって駆け出し、一拍遅れてすべてのランナーが動き始める。
「(なんだ、振り逃げか!? バリー……バリー、どうした、ボールを探している? ボールはどこだ)!?」
中腰になったバリーが、左右に頭を振る。その間に、ザン子がホームにたどり着いた。なぜか顎を上に向けたまま、ホームベースをしっかりと踏む。
「(ダイトラ一塁に到着──まだ進む! 二塁ランナーもホームに来た)!」
立ち上がり、地面を見渡すバリーはギリッと嘴をゆがめながらホームに向かってくるレイを睨みつける。そして──レイがチラチラと向ける視線の先に気づいた。
「(なんとボールは、バッターボックスの白線の下に埋もれていた)!」
バリーはボールに飛びつき、レイは避けるように滑り込んでホームにタッチする。ラインパウダーにまみれたボールを持ったバリーは忌々し気にその背中を見送り──そして急に振りかぶった。
「(なんだ!? バリー、二塁送球)!」
矢のような送球を受け取ったアメリアは──
「(アメリア、タッチ、アウト)!」
引き返すでもなく間近で立ち止まったダイトラの胸をグラブで叩いてアウトにした。
「(スリーアウトチェンジ! この打者一巡の長い攻撃、ケモノリーグは5点を追加した! 最後の2点は、なんと振り逃げで獲得だ)!」
「(これは……バリーはボールを見失ったんですか)?」
「(フォークを受け損ねて、ちょうど白線の上に落ちたからな。マスクで見づらいだろうし、見失ったんだろう)」
「(AIが球を見失うっていうのか)?」
「(目で見て、その画像を認識しているわけだから、認識できなければこういうことも起こるだろう)」
実際に起きたわけだし。
「(あの様子からすると、ザン子もレイもボールの位置には気づいていたみたいですね。ザン子は見ないようにしていましたから。けれどレイは見てしまって、それでバリーにバレてしまったようですね)」
「(センザンコウ・ガールの頭脳プレイってところか)」
「(私としては振り逃げであそこまで堂々と走れるダイトラが怖いです)」
後ろを振り返りさえせずに、まるでヒットを打ったかのような走り方だった。
「(あー、スコアとしては、ダイトラは三振、打点もなしだ。しかし試合は3対5、ケモノリーグがこの回で一気に逆転した)!」
ケモノリーグ側の観客席が盛り上がる。
「(だがすぐに逆転できる予感はしてるぜ? なんたって)」
ビーストリーグ側のベンチから、早々に次のバッターが姿を現す。
「(八回表、先頭打者は──三番、山ノ府クマ貴からだからな)!」
◇ ◇ ◇
「(さあ、ケモノリーグ側は守備の交代からだ。代打で出た魔界乃剣子に代わって、センターは柵入ライ蔵。青森の新人だ)」
「(すでにレギュラーに定着している選手だ。守備も打撃も評価が高い)」
「(勘弁してくれ、回ってほしくないね。さて、注目の投手だが……そうこなくっちゃ)!」
胸元の赤いコマドリ系男子がマウンドに向かう。
「(ピッチャー、一ノ原サクラナに代わり、ロビン・レッドブレスト・ニアウッド)!」
球場全体から歓声が上がる。ロビンの名と、それに対峙する者の名がチャットを埋め尽くす。
「(さあ、全ケモプロファン、この戦いが見たかった! やっと実現した夢のカードだ! ロビン、対、プニキ)!」
投球練習の終わりを待って、黄色い熊がバッターボックスへ。
「(プニキは今日、3打席2安打1本塁打1打点! しかしそんな数字はこの対決には必要ない! アマチュア時代無敗のナックルボーラー、ロビン! 電脳カウンターズに所属してからは、その球を捕れる捕手がいないということで実力を発揮できていなかったが、今日はブルー・タイガーがいる)!」
「(その打撃能力には誰もが疑問を抱いても、捕球能力にはそろって高評価をつけます。捕手、山茂ダイトラ)!」
「(このバッテリーは、プニキを攻略できるのか? その疑問がついにあきらかになる)!」
初球。ダイトラはサインは決まっているとばかりに、ミットをど真ん中に構える。ロビンは、頷いてモーションに入った。
「(さあ初球)!」
投じられたボール。プニキは短くバットを引き──振る!
「──(ストライク)!」
歓声が沸き起こり、プニキは振り切った状態のまましばらく固まっていた。
「(すさまじいナックルだ! あのプニキが空振りをした)!」
「(すごい変化でしたね)...」
ロビンが構え、プニキも構え直す。
「(バッテリーのサインは変わらずナックル。プニキは……球筋を見るってか)?」
二球目。前回とは違う軌道でボールが曲がる。
「(ボール。すごい曲がり方をして落ちたな。1ボール1ストライク)」
「(プニキは……もう一球見ることにしたようですね)」
三球目。さらに違う軌道でボールがミットに収まる。
「(ストライク! さあロビン、プニキを追い込んだぞ。1ボール2ストライク)!」
「(プニキは……思考が出ましたね。これは……ホームランか、三振の、どちらかしかない)?」
プニキはバットを構え直す。ダイトラはそれを横目で見て、同じサインを出した。
「(さあロビン、4球目だ)!」
独特のフォームで投げられたボール。プニキはタイミングを計り──迷いなく踏み込んだ。
カァン……!
「(ビッグフライ! これは、特大だ! ホームラン! プニキ、本日2本目のホームラン! 価値を示した! 1点返して、4対5)!」
プニキは、塁を回りながら思考する。あれは運がよかった、と。
「(ナックルは確かに変化していましたが、ちょうどバットのスイートスポットへ曲がってしまったようですね)」
ロビンはダイヤモンドを周るプニキを見る。その顔を覚えるかのように。
「(さあ、ノーアウト、4対5だ。勢いをつけて逆転していこう、ビーストリーグ)!」
次の打者がバッターボックスに入る。ロビンは前を向き、ダイトラのミットを見て苦笑した。ど真ん中にナックル。出来不出来は、球のみぞ知る。
そしてこの回、ロビンはランナーを1人出すものの、それ以上の失点をすることなくアウトを3つ獲る。
試合は終盤。八回の裏へ。
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