オールスターゲーム2020(4)

 5回表。ケモノリーグはランナーを2人出してしまうものの、その後をしっかりとラビ太が抑えて0点をスコアボードに刻む。


 そして5回裏。これまで好投を続けていたアーチャーがマウンドを降り、ビーストリーグ2人目の投手が出番となった。


「(さあビーストリーグの投手は! アンカレッジ・ハンマーズの名中継ぎ! ガンナー・ツリーホール)!」


 アライグマの仲間……らしい、キンカジューという動物をモデルにしたケモノ男子が、やけに手足をまっすぐ伸ばしてキビキビとマウンドに向かう。その投球フォームも、カクッカクッと一定の動作ごとに区切られたような投げ方だった。……関節にモーターでも入ってるのか?


「(さあ先頭バッターは一番、南北ガスケ)」


 ガスケは初球を見送り、打てそうな速さだと判断する。そして2球目──


「──(ストライク! 決まった)!」


 見送った球がストライクと判定され、ガスケは目を丸くした。


「(ナイスコントロール! まさに『機械マシーン』のあだ名にふさわしい投球だ)」

「(ガスケはギリギリ入っていない、と予想したみたいですね)」

「(さあ、あっという間に2ストライクだ)!」


 次の球が投じられる。微妙なコース。ガスケは迷いながら手を出し──


「──(アウト! 内野ゴロだ。アメリアの処理が速かったな)」

「(この内野陣で内野安打は、さすがに南北兄弟といえどもね)」


 従弟がベンチに戻るのを見送って、ジノ丸がバッターボックスに立つ。


「(さあこの調子で兄の方も片づけてしまいたいな? ガンナー、やってくれ)!」


 ガンナーはサインに機械のように頷き、乱れぬフォームでボールを投げ──


「(バントだ)!?」


 走り出す。ジノ丸は一塁方向に転がし、そのまま駆け抜け──


「(ヒュー! こいつは意表を突かれた! セーフティバント成功)!」


 ヘッドスライディングで一塁に滑り込んだジノ丸は、息を荒げながら立ち上がる。


「(しかし一塁方向へセーフティとはな)!」

「(送球距離の長くなる三塁方向へ転がすのがセオリーですが、三塁にはフォスターがいますからね。けど今のバントは角度がよかった。ほぼラインと一直線ですからね。……そして、イーノックのチャージの遅れも響きましたね)」

「(やっぱりあの腹を引っ込めたほうがいいんじゃないか? 仕方ない、1アウト一塁だ)!」


 このプレイに動揺があったのかどうか。続く打者のビワ太に、ガンナーはフルカウントからヒットを許す。1アウト一、二塁のチャンス。


「(さあケモノリーグに再びチャンスが訪れた! 四番、氷土クオン! 今日はここまで、2打席1安打)!」


 白いオオカミ系女子がバッターボックスへ。


「(ケモノリーグの強打者相手に『機械』ガンナーはどう出るか。まずは初球だ)」


 ストライクゾーンの端をかすめそうなボール球を、クオンは見送る。じっと、ミットに収まったボールを見て思考をめぐらす。


「(おっと、ホワイト・ウルフ・ガール。長打を狙う考えだ。そしてバリー、それを読んだか? 外野を少し下がらせたぞ。そう簡単に打たせてたまるかよなあ、ガンナー? やってくれ)!」


 テンポのいいガンナーの投球で、カウントが進む。そして4球目──



 カンッ!



「(打った! アメリー、ジャンプ、捕れない! 抜けた、センター前)!」


 ランナーが走る。


「(ジノ丸、俊足を活かして三塁蹴った! だが)!」


 捕球した外野手が、ステップを踏みながら大きく腕を振る。


「(ジャベリンスロウ)!!」


 矢のように、いや──投げ槍のように通過していくボールが、吸い込まれるように捕手のミットに収まる。目を丸くしながらジノ丸は滑り込むも──


「(アウトだ)!」


 捕手、バリー・リバースカイは通さない。


「(2アウト! クオンのヒットは間違いなく良かった。ジノ丸の走塁も間違っちゃいない。だが今日の試合はオールスターで、センターにはペイトン・ジャベリナ・ファームランドがいる)!」

「(相変わらずすごい送球)!」


 ペイトンは小さくブイサインをすると、さっさと守備位置に戻っていく。


「(強肩、ペイトンが外野を守っている限り容易にホーム突入は許さない! さあもう1アウト取っちまおう)!」


 その後、ペイトンはザン子のセンター前ヒットを再び処理し、ランナーを三塁に足止めする。チャンスを迎えたケモノリーグだったが、続くバッターが凡打に倒れ、0点で五回裏を終えるのだった。


 ◇ ◇ ◇


「──(満塁)!」


 歓声が球場に溢れる。


「(六回表、1対0、1アウト! プニキのから、バリー、イーノックの連続ヒット! 満塁、追加点のチャンスで迎えるのは、フレズノ第二の大砲、シエラ・クーラーマウンテン)!」


 大きな角を持ったヒツジ系女子がバッターボックスに入る。そして三塁上で立っているプニキをじっと見つめ──視線を返されると慌ててピッチャーの方に向き直った。


「(この回からマウンドに立った、一ノ原サクラナ! 打線につかまっているぞ)!」


 白い手袋をしているかのような毛色のシマウマの令嬢。伊豆ホットフットイージスの投手サクラナは汗をぬぐう。


「(獣子園以来の対戦になったプニキを、なんとか打ちそこないには抑えたが、その後はズルズルと打たれているな)」

「(捕手と相性が悪いんでしょうね)...」


 ダイトラがど真ん中ストレートのサインを出し、サクラナはプルプルとすぐさま首を横に振った。


「(ケモプロ最速156キロ、97マイルを投げる剛腕は、今日は振るわないか? 初球は──外れてボール)」


 ダイトラはど真ん中に構え、サクラナが首を振り、ダイトラは鼻で息を吐いてミットを動かす。


「(2ボール! 惜しいな、ギリギリ入ったかと思ったが)」

「(ストレート、あまり調子がよくなさそうですね)」

「(次は……また真ん中……おっと、サクラナからサインか。スローカーブ)」

「(緩急をつけたい、というところでしょうか。でも)──」


 ダイトラは眉をひそめて、ミットを構える。低めいっぱい。サクラナはランナーを注視してから、スリークォーターでボールを投じ──



 グァン!



「(ビッグフライ! これは右中間、落ちた、ヒット! ランナー2人目還る! 2点追加! 3対0)!」


 球場のアバターたちが思い思いのエモートを連発する。


「(ビーストリーグ、3点リード! シエラ、プニキとバリーをホームに返した! なおも1アウト、ランナー一、二塁)!」

「(ボールが浮いたところを狙い打たれましたね……と、ここでケモノリーグはタイム? マウンドに選手が集まっていきます)」


 集まってきた選手たちに、サクラナは困惑しながらひきつった笑顔を浮かべて、大丈夫だとアピールする。しかし──


「(ブルー・タイガー)!?」


 号令をかけてなお一番遅くノロノロとやってきた青い虎は、ノロノロと歩くのを止めずにサクラナと衝突する。どすっ、と押されて尻もちをつき、驚いた顔で見上げるサクラナ。


「(ユウ、これは……)」

「(前を見ずに歩いていただけだな)」

「(そういうのアリなんですか)...?」

「(待った待った、何か言ってるぜ)」


 ダイトラが発言し、アイコンが並ぶ。


「(えーと……ユウ、何だって)?」

「(この中で……サクラナから三振した選手は、手を挙げろ、かな)」


 ガスケ、ジノ丸、ザン子、マテン。集まった内野陣全員が手を挙げる。


「(その時の球は何か)...?」


 1人ずつ答えていく。速いストレートだったと。全員にそれを言わせて、ダイトラは鼻を鳴らすと踵を返して、さっさとキャッチャーボックスに戻っていった。


「...(ねえ、ダイトラは手を挙げなくてよかったんですか)?」

「(三振したことはあると思うが……サクラナからはホームランも打っているからな)」

「(嘘ぉ)」


 台風と地震のチャリティーマッチの時だ。思えばあの時もこんな感じだった。ダイトラに打たれて崩れたサクラナに、イージスの面々はど真ん中ストレートを投げるように言って……。


 そんなことを思い出している間に、内野陣は肩をすくめ、ザン子がバシッとサクラナの背中を叩くと、それを合図にして散っていった。最後には目をぱちくりとして──苦笑して頭を掻くサクラナが残される。


「(なんとも……不思議な時間だったぜ。ところで、本当に全員ストレートにやられたのか)?」

「(詳しいデータを引っ張りだせば確認できるが、おそらく、そうじゃないと思う)」


 サクラナの武器はケモプロ最速のストレートと、落差の大きいスローカーブの組み合わせだ。ストレートだけにやられたわけじゃない──しかし。


「(ケモノ選手がそう思い込む……パッと思いつく強い記憶になるほど印象にあったのは、ストレートだということには間違いないだろう)」


 打者は七番、フォスター。ダイトラはど真ん中に構える。最速のストレートを要求して。


 サクラナは──頷いた。美しいスリークォーターでボールを投じる。



 カンッ!



「(打った! ……が、これは)」


 サクラナが振り返ったその先で──ビワ太がボールをグラブに収める。


「(ライトフライだ。2アウト)」

「(いいフォーシームでしたね)」


 続くバッターは八番、ブルドッグ系女子のアメリア・サウザンヒル。

 ダイトラはノータイムでど真ん中のサインを出し──サクラナは苦笑して首を振る。ダイトラはしかめっ面のままミットを動かした。


「──(三振! 最後は最速、156キロ、97マイルのフォーシーム)!」


 そして、サクラナはピンチを最高の結果で乗り切る。


「(追加点が欲しいところだったが、さすがにケモプロ最速は違ったな! しかしこれでリードは広がった! 3対0、ビーストリーグが勝利に向けて前進だ)!」


 攻守変わって六回裏。ガンナーは機械のような正確な投球で、マテン、キョン、ダイトラの三人を凡退に抑える。対するサクラナも七回表、ストレートとスローカーブのコンビネーションが噛み合い、アメリー、ドディ、ペイトンの三人で打ち取る。


 ペイトンの次はプニキ。八回表は確実にロビンが出てくるはず。観客も解説席も、その話題で盛り上がった。それまでは何事もないだろうと思って。しかし。


「(おいおい、なんてこった)」


 7回裏。1アウト、満塁。


「(3点のリードがなんだったって言うんだ)?」

「(あっという間のことでしたね……)」


 ローズマリーが小さく頷く。


「(まさか、同点になるなんて)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る