オールスターゲーム2020(3)
「(打った三遊間)!」
鋭い打球が三遊間へ飛び──
「(ニンジャ、カモン)!」
マルコの興奮した叫びが、島根の忍者こと、灘島マテンの活躍を知らせる。
「(ニンジャ、崩れた体勢からグラブトス! ショートからセカンド、ファースト、ダブルプレー)!」
「(これはすごいですね)!」
マルコとローズマリーが拍手してケモノリーグの守備陣をたたえる。
「(二回表、イーノックが一塁に出たが、シエラの打球はニンジャに止められた! ビーストリーグ、またも三人で攻撃が止められてしまった! まったく、ケモノリーグの奪三振王に隙はないのか)!?」
マウンド上で振り返って連係プレーを見ていたカズシマは、汚い笑い声を天に響かせてからベンチに戻っていく。
「(シエラの打球も力強かったんだが、ニンジャが一枚上手だったな。切り替えていこう、二回裏だ! アーチャーの速球だって負けちゃいないぜ)!」
──とマルコが景気よく言って始まった二回裏。
「(打った、左中間! ヒット! 一塁ランナーは三塁へ! 島住キョン、1アウトからチャンスを作った)!」
ケモノリーグ側はテンポよくチャンスを迎えていた。
「(伊豆ホットフットイージスの選手兼任監督、キョン。打球に少し勢いが足りなかったかシングルヒット。抜けてたら危なかったぜ)」
「(ケモノリーグ側としては、抜けていてほしかったな)」
一塁ベース上で、責任は果たしたと言わんばかりに気を抜いているキョン。その次の打者が問題だった。
「(そうかい? オレはやってくれる気がしてるぜ? 九番、山茂ダイトラ)!」
ザ、ザ、と。グラウンドの土を踏みながら、青い虎が歩く。バッターボックスに立つと、それをビーストリーグの捕手、バリーが鋭い目で見上げた。
「(ナックルの捕球ができる捕手だってことだが、バッターとしてはどうなんだ)?」
「(ホームランを打ったことはある)」
だが、打率は1割しかない。
アーチャーはバリーのリードに従って、ダイトラを追い込んでいく。
「(2ボール、2ストライク。まったく打つ気配を見せないが……おっ? コースを読んだな)?」
ふん、と鼻から息を吐いて浮かべたダイトラのアイコンは、内角にストレート。そしてバリーのサインは──同じく、内角にストレート。
「(なんてこった! 読まれているぞ! アーチャー、投げた)!」
ガンッ!
「(アメリー、アメリア、イーノック)!」
ぽんぽんと送球が回る。
「(6-4-3、ダブルプレー! チェンジ)!」
「(きれいな6-4-3だったな)」
アメリカでもこういうプレーの際は守備番号で言うらしい。
「(きれいで、完璧で、平凡な……ごく普通の6-4-3だった)」
「(そうだな)」
「(表のニンジャのプレーと比べると、普通ですね……)」
この日、どちらのチームも初回から守備陣が奮起していた。
三回表、カズシマは先頭打者を内野ゴロに打ち取ると、その後連続三振の三者凡退。
対するアーチャーも三回裏、ようやく調子が出たのか一番二番三番を凡打に打ち取った。
──試合が動いたのは、四回表。
「(さあ、ケモノリーグ側はピッチャー交代だ)」
オールスターでは出場選手全員に出番がなければいけない。好投を続けているカズシマも、ここで降板となった。
「(誰が出てくる)?」
「(やっぱりロビンじゃないでしょうか? 打順的にも。いくらダイトラが捕手としてよくても、あの打撃じゃあ──)」
「(おっと、決まったらしい。出てきたぞ)!」
ベンチから小柄な選手が出てくる。
「(島根出雲ツナイデルス! 巣穴野ラビ太)!」
戸惑った声援の中で、垂れ耳のウサギ男子がマウンドに上がった。
「(これは……意外ですね。てっきり、ここでロビンを出して、ダイトラも交代するのかと思ったんですが)」
「(だな。でもこのラビット・ボーイも悪い投手じゃない。だろう)?」
「(今年はアムリタに取られてしまったが、2018年、2019年の最優秀中継ぎを獲得している。島根を支える投手だとファンから評価されているな)」
……草野球時代から酷使されている、とかも。今シーズンも、ノリがナックルを投げ始めてようやく、その代わりのように二軍に下がって休養を取ったぐらいだ。
「(ダイトラとは草野球時代からのチームメイトだ。そのコンビネーションで、抑えられると判断した……のかもしれないな。東京セクシーパラディオンは、このバッテリーに苦しめられてきたから)」
ケモノリーグのベンチにいるのはパラディオンの監督、
「(なるほど、つまり勝負しようってことだな! いいねえ、実力を見せてもらおうか)!」
ラビ太が投球練習を終える。
「(先頭打者は、ドディ・ドア! 塁に出て後悔させてやってくれ、DD)!」
バッターボックスからドディがラビ太を睨む。ラビ太はそれを一度チラリと見てびくりと背筋を震わせて──スッ、とダイトラに視線を移した。ダイトラが鼻を鳴らしながら出すサインに、コクリと頷く。
「(さあ初球は)」
投じられた球を見て、ドディはピクリと耳を動かし──
カァン!
「(高く上がった! ……センター、草刈レイ、構えてキャッチ、アウト。綺麗なセンター返しだったが、真っすぐすぎたな)」
「(打ちごろのストレートでしたね。ダイトラはよく同じ球を投げさせているけど、何を考えているのか……疑いもせずに投げるラビ太も、肝が据わっていると思います)」
続く二番打者、ペイトンにもヒヤヒヤする投球を行うが、結果的には内野ゴロに打ち取る。2アウト、ランナーなし。勝負するには理想的な状況。
「(三番、山ノ府クマ貴)!」
黄色い熊が、再びバッターボックスに立つ。
「(さて前回の打席では惜しくもセンターフライ。価値を示すことができなかったが、今度はどうだ? そしてブルー・タイガーは前回、初球スローボールを投げさせたが今度はどうする)?」
球場全ての視線が集まる中。ダイトラは──ど真ん中に構える。
「(おっと、ど真ん中にチェンジアップ? 初回と同じか)?」
「(プニキはこれを振らない……ストライクがタダで稼げるぞ……と考えての提案みたいですね)」
珍しく表示されたダイトラの思考をローズマリーが読む。しかし──ラビ太は頷かない。そのままジッと、ダイトラを見る。
「(……と、サインを変えましたね)」
舌打ちし、ダイトラは異なるサインを出す。ラビ太は頷いて腕を振った。プニキがタイミングを取り──
「(──ストライク! プニキ、初球は見送った)!」
「(これは厳しいコース、よく入ったわね)」
返球を受け、ラビ太はじっとサインを待つ。
「(次のサインはスライダー、ラビット・ボーイ投げた)!」
カァン!
「(打った! ──が、これは切れるか? 惜しいな、ファールだ)」
「(流してあそこまで飛ばすのを見ると、投手として恐ろしいです)」
替えのボールをダイトラが投げ、ラビ太が受け取って小さく息を吐く。
ダイトラの次のサインは──ストライクからボールになる変化球。
「(おっと、ブルー・タイガーにしては慎重な配球だ。2アウト2ストライク)」
次はボール球。それを知って実況席は気が緩む。しかし──
カンッ!
「(なんだと!? ビッグフライ)!」
プニキだけは、気を緩めていなかった。
ぐん、と伸びていく打球をカメラが追う。打撃音の軽さとは裏腹に、それは高く飛んでいき、バックスクリーンの向こう側にあるレモンの木の枝に──
「(ホームラン)!」
歓声が球場を揺らす。
「(山ノ府クマ貴、価値を示した! 特大のホームラン! ビーストリーグ、1点先制だ)!」
「(リプレイを見ると、少しコースが甘かったですね。ストライクゾーンに入ってきたのを一撃です)」
悠々と、黄色い熊が塁を回る。目の前を通過するプニキを見て、ザン子がチッと舌打ちをした。
「(さあ一発が出た。2アウトとはいえ、これで動揺しない投手はいないだろう。攻め込むチャンスだ、ビーストリーグ)!」
マルコが煽る。しかし──
「(──ライト、ビワ太、落下点に入ってキャッチ、スリーアウトチェンジ)!」
ラビ太は崩れなかった。続くバリーにはヒットを許したものの、イーノックをライトフライに打ち取る。
「(さすがはケモノリーグの名中継ぎ。1点じゃあ崩れなかったか)」
「(でも貴重な1点ですよ。このリードを保っていきたいところです)」
「(今日のアーチャーは調子がいい! それに投手陣もまだまだ控えているからな! 案外、この1点で勝ってしまうかもしれないぜ)!」
ハッハッハ、とマルコとローズマリーが笑い合う。
そんな出だしで始まった四回裏。
「...(なんてこった、信じられるか)?」
2アウト。
「(予想していない展開です)」
──満塁。
「(オーケー、状況を整理しよう。アーチャーの調子は悪くなかった。先頭打者のウルフ・ガールも内野ゴロに抑えた。ザン子にはヒットを許したが、レイの内野ゴロでザン子がアウト、レイが残塁。しかし2アウトからマテン、キョンに単打を許して──)」
「(満塁。ピンチですね)」
「(ああ、ピンチだ)」
マルコとローズマリーは頷き合う。
「(しかし全然ピンチな気がしないな)?」
「(しないですね)」
九番、捕手。
「(ブルー・タイガーが相手じゃあなぁ)」
山茂ダイトラ。
2アウト満塁で、いつものしかめっ面をしてバットを構える。
「(それほど、あの6-4-3は普通だった。しかも投球のコースをバッチリ読んであれじゃな……)」
「(でも1点ビハインドの状況ですし、さすがにもっと真剣に打つんじゃ……? 交代もないみたいですし、さすがに……)?」
「(確かに、そうかもしれない。そうだ、油断はできないぞ、アーチャー・ブッシュファイア)!」
捕手のバリーは油断のない目をダイトラに向け、ミットを構えて──
「(──三振)!」
大きく空振りしたダイトラは、その勢いのまま体勢を崩して一歩バッターボックスから踏み出し……何事もなかったかのような顔をして歩きはじめる。
「(おっと、これは、球場全体から大ブーイングだ! 球場が一つになっているぞ! 満塁のチャンスをあっさり三振したら、さすがにやってられないよなあ)?」
「(私、やっぱり彼のことよく分からない……代表は)?」
「(もちろん、分からない)」
ベンチに戻っても、ダイトラを迎える目は冷ややかだった。けれど、それを気にも留めず防具の装着を始める。
「(ただ、一応──)」
防具を付け終えると、ダイトラはちらりと相手ベンチをマスク越しに見て、鼻息を鳴らす。
「(……打つ気はあったんじゃないかな)」
「(あれでも)?」
「(あれでも)」
四回裏まで終わって1対0。オールスターの初戦は、折り返しを迎える。
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