オールスターゲーム2020(2)

「(さあ注目の一回表! 先攻はビーストリーグ! 先頭打者はベアーズのDD! 投手はカウンターズのカズシマ。ケモノリーグの奪三振王の実力はどうだ)?」


 目つきの鋭いドーベルマン男子、DDことドディ・ドアが、カッカッと規則正しく歩いてバッターボックスに入り、背筋を伸ばす。それを見てダイトラは、フンッと鼻を鳴らした。


「(さあ初球は──ンン!? ど真ん中にストレートのサイン? 正気か、ブルータイガー)?」

「(正気だとは思う。いつものことだから)」


 マウンド上のスカンク男子、カズシマはそのサインを見て──


 ニヤァと歯を剥いて笑って、モーションに入った。


「(マジかよ)!」


 ギャアともゲハッともつかない叫びと共にボールが放たれ──



 ガン!



「(打った、ライナー──セカンド捕った)!」


 体を後ろに傾けて捕球していたセカンド──南北ガスケが、くるりと後転して座り込んだままグラブを掲げる。肩越しにそれを見ていたカズシマは、クックッと肩を揺らして笑いながらボールを受けた。


「(初球ストレートはセカンドライナーでアウト! ファインプレイ! いやしかし、なんというか、タフな投手だな)?」

「(電脳を支えるエースだからな)」


 カズシマはゲッゲッと笑いながら腕をグルグル回す。


「...(まあ、電脳でやっていくにはあれぐらいの性格じゃないと)」


 続いてのバッター、イノシシ系女子のペイトンを、カズシマはダイトラの無茶苦茶な要求にも関わらず三振に切ってとり、天を仰いで哄笑した。……その悪魔的な姿は、『獣野球伝 ダイトラ』で一人だけ作画担当が違う、とまで言われる描き込みがされている。もちろんずーみーが描いているんだが。


「(なるほど、ロックな投手じゃないか。だが次のバッターはそう簡単にはいかないぜ)」


 マルコが誇らしげに言う。


「(三番、山ノ府やまのふクマタカ)!」


 その黄色の巨体が姿を現すと、球場が揺れる。観客たちが掲げるプラカードには、『プニキ』もしくは『PUNIKI』と書かれていることだろう。放送の都合上きちんと表示していないのが惜しいぐらいだ。


 黄色い熊、プニキはバットを肩に載せるように構える。


「(さあ、ホームラン以外は無価値の男! 打ってくれるのか、それとも打ちそこなうのか)!?」


 ククク、と歯を見せて笑いながらカズシマはサインを待つ。ダイトラはプニキをちらりと見て、手を動かし──


「Whats!?」


 カズシマがグラブを顔に載せてゲラゲラと笑う。そして、ニヤついたまま腕を振って投げた球は──


「(スローボール)!?」


 山なりのボールが通過していく。しかし。


「...(ボール)!」


 わずかにテイクバックしていたプニキは、それを見送る。


「(なんてこった。うまくタイミングを外したからいいものの、プニキを相手に)」

「(いえ、彼はスローボールを打つ気はないみたいですね)」


 ローズマリーが指摘する。プニキの思考のアイコンには、あのボールはホームランにできない、と並んでいた。


「(速球を待っていたみたいですし、あそこから彼がを生むのは難しかったでしょう)」

「(なるほど、じゃ満足できないってわけだ。まったく、オールスターだねぇ)!」

「(カズシマもあまりスローボールを投げるのに慣れていないみたいだったし、つまり──挑発でしょうね)」


 マウンド上でカズシマはクックッと肩を揺らす。しかしプニキの目は──ダイトラにちらりと向けられたように見える。


「(さあ次の球はなんだ)?」


 ダイトラがサインを出す。カズシマはニマリと満足げに笑みを浮かべる。

 プニキがバットを握り直し、カズシマがヒヒヒヒと笑いながら腕を大きく振り──



 グワン!



「(ビッグフライ)!」


 白球が高く飛び、狂気じみた笑顔で振り仰ぐカズシマの真上を通過する。


「(センター方向、入るか)!?」

「(これは)...」


 シカ系男子、レイがフェンス際でグラブを構える。


「──(アウト! プニキ、この打席はフライに倒れた! さすがケモノリーグの奪三振王といったところか? ビーストリーグの一回の攻撃はこれで終了だ)!」


 ゆっくりと一塁に向かっていた黄色い熊は、さほど落胆することなくベンチへと戻っていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


「(一回表、ビーストリーグは終わってみれば三者凡退。こりゃ、こっちもやりかえさないとな。一回裏、ビーストリーグの先発投手は、アーチャー・ブッシュファイア)!」


 守備交代し、マウンドに上がったワシ系男子が投球練習を始める。


「(いいねえ、今日も出るか? 95マイル! 100マイルも遠くないぞ)!」

「(ケモノ選手の球速平均も、徐々に伸びているらしいから、数年後には見れそうですね)」


 100マイル。時速160キロのボールを投げる投手は、まだケモプロの中にはいない。


「(さあバッターが来たぞ。一番、セカンド、南北ガスケ。俊足だが打撃はそこそこだ。ここは三振が見たいねえ)!」


 ジャガー系男子がバッターボックスに立つ。アーチャーは振りかぶり、矢のような投球を繰り返し──


「(なんてこった、フォアボール)!」

「(立ち上がりにコントロールが定まらないのが弱点ですね)」

「(95マイルは出していたんだ、すぐに調子は良くなるさ。しかし嫌なランナーを出しちまったな)」


 アーチャーは頭の後ろの羽をパサパサと掻く。その間にガスケはトットッと軽快に一塁へ向かい、そして当然のようにリードを取った。


「(二番はガスケの従兄、ショートストップ、南北ジノ丸だ)」


 似たような姿のジャガー男子がバッターボックスに。


「(ケモノリーグではこの二人で盗塁王争いをやってるらしい。今日もその足を使ってくるのか)!?」


 従兄弟が目配せをし、思考が表示される。


「(おっと、初球から行くつもりか? しかしバッテリーは予想していない! どうなる)!?」


 アーチャーがサインに頷き、ガスケから目を離して足を上げる──瞬間、ガスケが駆けだした。理想的なタイミング──が。


「(アウトだ)!」


 数秒後、二塁でタッチされて盗塁を阻まれたのはガスケの方だった。


「(さすがハンマーズの顔、バリー・リバースカイ! ケモノリーグ最速の選手を強肩で止めた)!」


 ワシ系男子のバリーは、フッと短く笑うと、目を丸くするジノ丸を見下ろしてからキャッチャーボックスに戻った。


「(アーチャーの速球、そしてバリーの肩、さすがの南北兄弟でも塁は盗めなかった)!」

「(高めに投げた球が、結果的に一球外したことになりましたね)」

「(コントロール・ミスでも、結果がよければいいだろ? それに球が速くなければ間に合わなかった)!」


 確かにアーチャーの投球も、バリーの送球も速かった。なんならバリーの送球の方が速かったかもしれない。


「(いやあ、このイーグル・ペアが実現して、実際に活躍すると、オールスターって感じがするな! さあ、1アウト1ストライク。ジノ丸の打席からだ)!」


 気を取り直してバットを構えるジノ丸。しかし──


「(三振! 速球に全くタイミングが合っていなかった! いいぞ、アーチャー! こっちも三者凡退か)?」


 肩を落としてベンチに戻るジャガー男子と、ワラビー男子がすれ違う。


「(三番、ライト、 赤豪原ビワ太! ワールドシリーズではいい打撃を見せていた。だがアーチャーの投球には対応できるか)?」


 手短にサインが決まり、アーチャーがモーションに入る。


「(初球はフォーシーム! ストライク! 152キロ、94マイル)!」

「(調子が出てきたみたいですね)」


 ビワ太はいったんバッターボックスから下がり、素振りをする。


「(バットを短く持って合わせる? アーチャーの球がそんなことで打ち返せるか)?」


 再開し、ビワ太はボールを見極めようとする。そして。


「(打った! サードの頭上を越えた、レフト前ヒット! やるじゃないか、さすが東京の上位打線ってとこか)」


 一塁上で、ビワ太はホッと息を吐き出す。アーチャーは頭の後ろの羽を揺らした。


「(さあ2アウトランナー一塁だ。次のバッターは? そう、四番はケモノリーグで最強が立つ場所だ。四番、指名打者、氷土クオン)!」

 

 白いオオカミ女子が左バッターボックスに立つ。


「(状況を見て狙いを変えるバッターだって話だが、2アウトじゃできることは限られてる。アーチャーが抑えるか、ウルフ・ガールがヒットを打つかだ)」


 バリーの迅速な返球により、テンポよく投球が進む。球を見極めているうちにクオンは追い込まれた。


「(さあ2ボール2ストライクだ! バリーのサインは、枠の中にツーシーム)!」


 アーチャーが頷き、セットポジションから投球をする。打者の手元でわずかに曲がる変化球、それが──


 カァン!


「(引っ張った! なんてこった、ライト前だ! 2アウトランナー一、三塁)!」


 小さく頷きながら、クオンは一塁を踏む。


「(ホワイト・ウルフ・ガール! 評判通りの打撃だった! おいおい、一回からピンチを迎えたぞ? 次のバッターは? 五番、ファースト、 乾林ザン子だ)!」


 バットを握って叫んで気合いを入れて、センザンコウ女子はウロコを毛羽立たせてバッターボックスに向かう。


「(元気がいいのは好きだね。けど、ここはアーチャーに抑えてほしい。さあ、バッテリーはどう出る)?」


 バリーは様子見のサインを出し、アーチャーは頷く。ランナーを警戒しながら投げた初球──


 ガンッ!


「(引っ張った──が、切れた、ファールだ。ヒュー、危ないねえ、もう少しで長打だった)」


 しかしそうは考えていない者が一人。


「(さあ1ストライク……おっと? バリー、さっさと勝負をつけるつもりか? サインは先ほどクオンに打たれた、枠の中へのツーシーム)!」


 アーチャーは頷くのをためらう。しかし、バリーはもう一度同じサインを出した。


「(バリーは何を考えている? ザン子はウルフ・ガールには劣るって? アーチャー、投げる)!」


 コースは真ん中やや低め。ザン子は迷わず手を出し──



 グシャ!



「(バットを折った)!」


 舌打ちして、ザン子は手首を振りながら駆け出す。


「(ボールは前へ、だがフォスターが詰めている)!」


 サードのラッコ男子が転がる球をすくい上げる。


「(一塁送球、アウトだ! 3アウト! ビーストリーグ、ピンチを乗り切った)!」


 一塁を駆け抜けたザン子は、短く悪態をつくとベンチへ向かった。


「(しかしバットを折るとは、アーチャーもやってくれるぜ! しかし破片もリアルだよなあ、ケモプロは)!」

「(そうですね。破片の片づけまでちゃんとやっていて)...」


 ボールボーイのケモノが掃除する姿を実況席から見ていたローズマリーが、ふとこちらを向く。


「...(もしかして、破片で選手が怪我をすることも)?」

「(ありうるな)」


 俺が頷くと、マルコとローズマリーは顔を見合わせて


「...crazy」


 とそろって言うのだった。

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