あしのゆの計

 三投手ノーノー目前で手痛い失点 / スポーツ仙人掌 2020年06月20日の記事


 ──……の試合、三投手は初回を3人に抑えるとその後も好投を見せ無安打4四球で9回表を迎える。2アウト一塁、ノーヒットノーラン達成間近で対するバッターは五番DHの大村選手。1-2と追い詰められた4球目をセンター方向に打ちスリーベースとされ1失点。ノーノーの権利を失った。試合には勝利したものの契約更改時の宣言通り、大村選手の1打点に応じた百万円を医療機関に寄付することとなった。



 ◇ ◇ ◇



 ケモプロ、オールスターファン投票始まる / 名勝スポーツ 2020年06月22日の記事


 ケモプロは21日に70プレイヤーズウィークを終了し、支配下登録選手の全員がファンの前に雄姿を披露した。本日22日からは、7月4日、5日に行われるケモノリーグ対ビーストリーグのオールスター、電脳総理大臣杯のためのファン投票が開始する。投票はケモプロのアカウントにつき1回可能で、片方のリーグの選手のみ投票できる。各ポジション2名(DHアリ、投手は6名)が選出され、追加で得票数の多い4名が選ばれる。計28名。監督は当年のリーグ優勝チームが務める。開票は28日。なお当初予定されていたオールスターのライブビューイングイベントは中止が告知されており……──



 ◇ ◇ ◇



 メジャーリーグ7月24日に開幕か / 全国紙新聞のスポーツ・芸能面の記事 2020年06月24日の夕刊


 ──……MLBは開幕を来月7月24日に前後にするとの声明を発表した。試合数は60試合。選手会とは合意のないままの強行開催となる見通しで……──



 ◇ ◇ ◇



 6月25日。


「本日はご足労いただきありがとうございます」


 深々と、着物の女性に頭を下げられる。

 伊豆ホットフットイージスの球団代表、伊豆本館『あしのゆ』の女将。トリサワヒナタ。


「いや、こちらこそ協力してもらって助かる」


 言いながら、玄関で靴を脱いでスリッパに履き替える。


「気を使っていただかなくてもいいんですよ」


 ヒナタが先に立って、今日宿泊する部屋に案内してもらう。廊下に客の姿はない。


「館内を見て感じられたかと思いますけど、これが今の観光業界の現状ですよ」

「駅まで来た時点で感じた。観光客はほとんど来ていないようだな」

「ええ」


 前回訪れたときと比べて、人の気配のしない館内を歩く。


「うちでさえ、客室の2割も埋まっていません。それでも多い方ですが……」


 イージスを支えよう、というケモプロユーザー発の運動があり、伊豆ホットフットイージスのファンがわずかながら宿泊しに来ているらしい。他にも古くからの常連客が何組か。しかしそれでも苦しい状況だ。


「ですから、こうして当館を利用していただけるのはとてもありがたいことです」


 部屋に通される。荷物を置くと、ヒナタがお茶の用意をしていた。向かい合って座る。


「ホットフットイングループはケモプロのオーナーのひとつだ。こういう災禍の時は助け合うのが筋だと思うし……そうでなくても、こういう企画には『あしのゆ』がもってこいだと思う」

「……ケモプロがなかったらと思うとゾッとします」


 ヒナタは苦笑しながら湯飲みを差し出す。


「知っていますか。今ホットフットイングループ全体で好調なのは、ケモプロ事業だけなんです」

「そうなのか」

「ええ。旅行客も出張客も減り、ビジネスホテル中心の本社も苦しい状況です。そしてそれ以上に厳しいのが──この本館」


 ヒナタは湯飲みを手で硬く包み込む。


「……おそらく、ケモプロがなければ、閉館という選択肢も検討されたかもしれません」

「本館なのにか?」

「名ばかりの本館ですから。……『あしのゆ』の名前の価値も、ケモプロのオーナーになるまでは毛ほどの価値もありませんでした。社内では時代の流れに乗り遅れた遺物扱い。おばあちゃんの実家で、孫の私が執着していて、ギリギリ赤字じゃないから、『歴史』として残されているだけの旅館。少しでも足手まといになるようなら潰されてしまうような……」


 でも、とヒナタは言葉を続ける。


「ケモプロのオーナーになって、『あしのゆ』はイージスのシンボルになった。ふふ、まあ本社が油断している隙に、本社ではなく『あしのゆ』をイージスのイメージとして根付かせるために手はつくしましたけどね。とにかく、イージスといえば『あしのゆ』……それがあるから、この状況でも本社は事情を考慮し、株主も存続に理解を示しています。けれど……」


 ヒナタの吐いた息が、湯飲みの中の水面を揺らす。 


「このままチームの低迷が続くと、難しいですね」


 伊豆ホットフットイージスの今期の最終成績は、1位に26ゲーム差つけての最下位。


「順位はチームの人気に、成績は選手の人気に響きます。順位が低ければ試合の応援に行こう、というモチベーションも起きません」

「熱心なファンならともかく、ライトなファンならそうだろうな」


 ペナントレース最終日の伊豆対電脳という組み合わせは、他の2試合に比べて圧倒的に客が入っていなかった。勝っても負けても順位は動かず、特に記録にも絡んでいない。


「人気は、必要です。選手を使ったグッズだけでなく、ケモプロが全体として知名度を上げているため、タレントとしての活躍も見込めます」


 ケモプロの地上波放送があってからは、以前行ったようなスーパーのCMだけでなく、ケモノ選手を起用した広告が増えていた。選手個人とのスポンサー契約も増えている。


「来期はせめてAクラス……いえ。優勝を目指したいですね」


 ヒナタが壁を見上げる。そこにはケモノリーグ初年度、伊豆ホットフットイージスが優勝したときの写真が飾られていた。


「今年のドラフトはいい選手を採らないと。幸い時間だけは例年以上にありますから、獣子園の予選からしっかりチェックしていますよ」


 ヒナタは──いたずらめいた笑みを浮かべる。


「……もちろん、今日の発表がきっかけで、忙しくなってくれてもいいんですけどね?」



 ◇ ◇ ◇



 夜。


「はい、それではこれより、ケモノプロ野球リーグ、新サービス発表会を行わせていただきます。会場は伊豆ホットフットイージスのオーナー、伊豆ホットフットイングループ、伊豆本館『あしのゆ』大宴会場からお送りします。司会は私、フリーランスアイドルのキタミタミです!」


 宴会場でキタミがマイクを手に明るくポーズをとる。観客はいない。旅館スタッフが回すカメラだけだ。


「いやー、オンライン発表会なのにこんな広い宴会場を使わせてもらって、贅沢って感じですね! 私、この広さでワンマンライブやってみたいですねえ! 一曲いいですか? ダメ? はい、時間も押してますからね! それではさっそくお越しいただきましょう、KeMPB代表のオオトリユウさん、そして『あしのゆ』女将のトリサワヒナタさんです!」

「よろしく」

「よろしくお願いします」


 ヒナタと共に歩いてカメラに映る範囲に移動し──十分に間をあけて止まる。画像をよく見ればお互いの間を透明なフィルムが遮っているのがわかるだろう。


「さて今日は新サービスの発表会ということですが、代表。いったいどんなサービスですか?」

「一部で報道されたので、すでに知っている人もいるかもしれませんが、今日はまず──」


 カメラを向いて言う。


「ケモノジムのサービス開始日を発表します」


 ダイドージの研究室と協力して作ったサービス、ケモノジム。以前大学の広報から発表された内容が、ユーザーの間にはすでに広まっていた。


「代表、ケモノジムとは!?」

「ケモプロ内のAIによる、フィットネスサポートサービスです。現在、新型コロナウイルスの影響で外出を控えたり、在宅勤務を続けたりする状況の中、運動不足を気にする方は多いと思います」

「ええ、アイドル的にも気になりますね! お腹とか二の腕とか!」


 キタミはパシパシと己の腹や腕を触って見せる。……気にするようなボリュームはないと思うが。


「それで、フィットネス、ですか?」

「はい。ケモプロの内部にはスポーツジムがあります。ここでケモノ選手たちはトレーナーと一緒にトレーニングしているのですが、今回、このジムサービスをユーザーにも提供するようにしました。利用者の動きを撮り込めるカメラがあれば、AIが使用者の動きを見て、正しいトレーニング法のアドバイスなどをしてくれるのです。動画を用意しましたので、そちらをご覧ください」


 合図すると、確認用モニターで動画が流れ始める。


 ケモノトレーナーの動きをマネして動くジャージ姿の男。ケモノの隣で、男と似たジャージを着た間抜けな外見のキャラが、トレーナーから聞いたアドバイスを伝える。ダンベルやチューブを使ってトレーニングする男性、それを画面の中で再現するジャージのキャラ、それを見て指示をするトレーナー。

 また別の日、テレビを見ている男性。スマホから通知があり手に取ると、「最近運動しているか、トレーナーさんが気にかけていましたよ」とジャージのキャラからメッセージが届く。頭を掻いてケモノジムを起動し、トレーナーに頭を下げる男。笑って、再びトレーニングを始める──


「はい、以上がケモノジムのPVでした! いやー、内容が盛りだくさんでしたね! 質問してもいいですか? ダンベルを使っているシーンがありましたけど、道具が必要なんでしょうか?」

「道具がなくてもジムの利用は可能です。ですが、道具を持っているなら、トレーナーに見せればそれを使ったトレーニングも内容に盛り込んでくれるようになります」


 AIの画像認識、そしてダイドージの用意した豊富なフィットネスメニューのなせる業だ。


「トレーナーはその他にも、使用者の疲労度や熟練度を見て、トレーニング負荷を調整してくれます」


 心拍数なんかもカメラで見て計測できるという。


「なるほど! これはどこかにやっちゃった腹筋ローラーを探さないとかも!? えーと、それじゃあ、あのケモノのトレーナーの隣にいたゆるキャラは?」

「あれは通訳くん、といいます」

「通訳くん」


 結局正式名称も『通訳くん』になった。


「ケモノたちは独自の言語を喋っています」

「はい、ユーザーの間でも話題になってますね!」

「ですので通訳が必要なわけです」

「なるほど!? ですのでね!?」


 ぐい、とキタミは首をひねりながら頷く。器用だな。


「通訳くんがケモノのトレーナーとのやり取りを仲介してくれます。通訳くんも一緒に運動していましたが、あれはプレイヤーの動きをマネしていて、トレーナーはそれを見ている形ですね。他にも、目標の設定からトレーニングメニューまで、音声で相談にのってくれます」

「スマホでメッセージも送っていましたね」

「ついつい、忙しくてトレーニングをさぼってしまうということもあるでしょう。そういったとき、トレーナー側から運動に誘うメッセージを送り、通訳します」

「うーん、サボれなさそう!」


 サボれないだろうなあ。テストプレイしている従姉がヒィヒィ言いながらも続けている。


「それで代表、この『ケモノジム』のサービス開始はいつでしょうか!?」

「明日です」

「はい来た明日! もう思い立ったが吉日、健康になるのは今すぐナウ! ということですね!」


 テンション高くキタミが煽る。急かもしれないが、定額料金を払ってもらうだけで、特別な機器を買ってもらうわけでもない。物理的な障害がない以上、最も人がやりたいと思うタイミング──発表直後がいいというのが広報部隊の言だ。


「さてさて、今日はこの『ケモノジム』にあわせて、『あしのゆ』からの発表もあると伺っていますが、ヒナタさん?」

「はい」


 話を振られて、ヒナタが前に一歩出る。


「みなさま、あらためまして、ホットフットイングループ、伊豆本館『あしのゆ』女将のトリサワヒナタです」


 深々と頭を下げる。


「さて。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言は、先日全国で解除されました。けれどみなさまは現在も外出、特に旅行などは控えていらっしゃるかと思います。つまりそれは、外出先で感染したり、感染を広めてしまったりしないか不安だということです」


 それは自己防衛であり、他者への配慮。


「しかし観光業界としましては、この状況が続いては宿泊施設のみならず、お食事処、交通機関などなど、周辺の経済が回らず追い詰められていく一方。業態を変えて生活すれば、という意見の方もいるかもしれませんが、業界の人間全員が今すぐ転職できるほどの受け皿もないのが現状です。このご時世ですからね? ……それに──」


 腕を広げ、ヒナタは天井を見上げる。


「私は、先祖代々受け継いだこの旅館を、あしのゆを愛しています。ここで働いて、支えてくれる皆さんが好きです。ですから、諦めたくない」


 ヒナタは静かに姿勢を戻す。


「……話が逸れましたが、ホットフットイングループでは皆様の不安を少しでも軽減するため、ガイドラインを参考に様々な試みを行っています。スタッフのマスク着用、飛沫防止フィルムの設置、定期的な消毒など。詳しくはホームページの動画をご覧ください」


 ビジネスホテルでも、ここでも、以前とは違った様子が見られた。


「いやー、私も今日ここにお邪魔しましたけど、徹底していましたよ! ここまでやるか! って驚きと、いや、ここまでやってくれてるんだ! っていう安心がありますね!」

「ありがとうございます。従業員の努力の賜物です」


 キタミに向かって、ヒナタはにこりと笑う。


「ですがそのように努力しましても、実はなかなかお客様には来ていただけなくて」

「難しい情勢ですよね~」


 うーん、と二人して首をかしげて見せ──クスクスと笑い、カメラを向く。


「そこでKeMPBにご協力いただき、『あしのゆ』では新しい宿泊プランをご用意いたしました。それがこちら、『ケモノジムプラン』です。本日からご予約いただけます」


 確認用モニターでケモノジムプランの詳細が表示されているのを確認して続ける。


「こちらのプランは、客室の中で存分に『ケモノジム』をお楽しみいただけるものになります。部屋には大型ディスプレイを設置し、トレーナーのお手本も見やすくなっています。ヨガマットや、簡単なトレーニング器具も貸し出しいたしますよ」

「あー、部屋が狭いとトレーニングって難しいですもんね。『あしのゆ』はどの部屋も広いし、体を動かせそう!」

「そして体作りはトレーニングだけではなく、休息と食事も大切と聞いています。あしのゆ自慢の温泉でトレーニング後の汗を流していただき、専門家の監修を受けた食事を板前が提供させていただきます」

「ああっ、至れり尽くせり! トレーニングでヘトヘトになった後に、食事なんか用意するだけでも辛いですからね。分かれ! 一人暮らしの厳しさを!」


 キタミが天に向かって吠える。その横で、ヒナタはカメラに笑顔を向けた。


「ぜひ、健康になるために。『あしのゆ』へ足を運んでいただければと思います」


 ◇ ◇ ◇


「ヒナタさん、ありがとうございました! いやー、ここで視聴者の皆さんに自慢させていただくと、私、今回はこのジムプランで泊めさせていただいているんですよね! 体験後はブログにレポートアップしちゃうのでお楽しみに!」


 キタミはブログの宣伝をして、話をこちらに振る。


「さてさて代表! 実はもう一つ発表があるとか? 私にも秘密にしているスペシャルな内容が?」

「はい」

「出ましたよ皆さん! 共演者、それも司会にも伏せるという代表クオリティがね。いいでしょう、私もアイドルです! 腹をくくって聞きましょう! 果たしてそれはいったい!?」


 俺クオリティというか、生の反応を引き出したいという広報──ライムの意向なのだが。


「新サービスをもう一つリリースします」

「なるほど新サービス!?」

「現在KeMPBでは、投球フォームなどをチェックするための『投球シミュレーター』、そしてケモノ選手の打者と対戦し、投手と捕手が実戦経験を積むための『投球練習シミュレーター』の二つのシミュレーターを提供しています」


 それぞれの簡単な説明パネルが確認モニター上で表示される。


「しかし野球には、投手と捕手以上に実戦経験を積むのが難しい役割があります」

「というと?」

「チーム全体の指揮を執る、監督です」

「かッ、監督!」


 キタミが声を裏返し、顔を紅潮させる。


「KeMPBはケモプロのAIを活かして、チームを指揮して監督の経験を積むための『野球監督シミュレーター』を提供します。こちらの動画をご覧ください」


 確認モニターが動画でいっぱいになると、キタミはススッと近づいてそれを覗き込む。


 動画に映るのは、球場で練習しているケモノ選手たち。ベンチにカメラが行くと、そこにはケモノ選手よりアニメ調にデフォルメされたユーザー用アバター、そしてその姿をヘナチョコに模倣した通訳くん。

 アバターが選手に声をかけ、それを見た通訳くんが同じように声をかける。選手は通訳くんに回答し、通訳くんがアバターに説明する。頷くアバター。試合のシーンになり、1アウトランナー三塁の場面。スクイズするかと通訳くんを通して問うケモノ選手。アバターは首を振る。自信を持って打席に向かったケモノ選手がバットを振り、打球が高く飛ぶ──


 動画が終了し、説明を再開する。


「『野球監督シミュレーター』は、監督としてチームを指揮し、練習や試合をするシミュレーターになります。新しい戦術を試してみるなど、実際の試合では選手に遠慮してやりづらいこともシミュレーターでは可能です」

「はい代表! はい!」


 ぴょんぴょんとキタミが手を挙げて跳ねる。


「質問いいですか!」

「どうぞ」

「これはどういうチームを指揮するんでしょうか? ダークナイトメアを監督できちゃったり!?」


 ちゃったりしたら困るな。


「通常の場合、サービスに登録をすると専用のチームが1つ与えられます。チームに所属する選手は新しく用意されます」


 例えばドラフトで選ばれなかったアマチュアチームの選手。それで足りなければ、その場で作られた選手だ。


「なるほど、既存のチームを導くものではない、と。では対戦相手のチームは? プロと対戦できたり?」

「これも今のところは、ケモプロ内のプロチームとは対戦できません。ケモプロ内のアマチュアの草野球チーム、もしくは同じ『監督シミュレーター』をプレイしているユーザーのチームになります」

「なるほど。選手はトレードできたり?」

「選手は成長します。成長するということは時間が経過しているということで、つまり選手寿命もあります。長く利用していれば選手の出入りは発生します……が、これはチーム経営のゲームではありません」


 開発中も何度か検討事項に上がったが、チーム経営にしてしまうと『所有物』と感じてしまうだろうということで却下になった。


「あくまで『監督シミュレーター』ですので、フロント、ゼネラルマネージャーはAIが担当します。新しい投手が欲しい、ぐらいのリクエストなら出しておくことはできますが」

「なるほど。監督ってチーム編成にまでは権利がないですもんね」


 お金を払って監督をやる、という現実とは逆転した立場ではあるが、あまりに強権が使えるようにすると、人間はどこまでもAIを軽視しかねない。だから、できることは限っているし、ケモノたちには拒否権も与えている。あまりにひどい指導であれば、サービス利用をお断りする形だ。


「プロチームとの対戦の機会はない、とのことですが、完全にプロとは無関係なのでしょうか?」

「いえ、2点ほど関りがあります。まず、チーム内のケモノ選手がトライアウトを受けてプロ入りするケースです」

「おおっ、なるほど!? ワシが育てた! ができるかもしれない? もう一つは?」

「アマチュアリーグの高校や大学については、そのネーミングライツを実在の企業や学校に販売しています。そういったチームには、その企業や学校と特別に契約を結んだユーザーが、監督として指導することが可能です」

「おおっ、雇われ監督? いや、むしろネーミングライツを買って自ら監督を!?」

「……その発想はなかったですが、お金があれば可能ですね」


 そこまでする人がいればの話だが。


「なるほど。いや、面白いですね。いずれAIの監督が育てたチームと、人間の監督が関わったチームと、どっちが強くなるのか対決する時も来たり!?」

「ケモプロの世界に新たな刺激が加わればと思います」


 来年の獣子園では結果が出ている、かもしれないな。


「そっ、それで代表。この『監督シミュレーター』のサービス開始日は……!?」

「9月のドラフト兼発表会の時には、続報をお出しします」

「なるほど……ッ! 明日ではない……ッ!」


 キタミが悔しそうにするが、まずは『ケモノジム』で通訳くんの様子がみたい。内部テストでは問題は起きなかったが、一般ユーザーに使用されたとき何が起きるか分からないし。それに──


「しかし、あまり長く待たせるのもなんだと思うので……『あしのゆ』に協力してもらいました」

「はい」


 ──絶好の援護の機会を逃すわけにはいかない。


 ヒナタはカメラを向いて笑顔を見せる。


「『あしのゆ』では、『ケモノジムプラン』と同時に、『監督体験プラン』も本日から受け付け開始いたします。パソコン、VRのヘッドマウントディスプレイをご用意したこちらのプラン限定で、『監督シミュレーター』のベータテストを体験していただくことが可能です」


 監督シミュレーターには、現状VR環境が必須。となれば、スペックのいい機器と広い部屋が欲しい。それを用意して提供するのが『あしのゆ』だ。これなら──『あしのゆ』へ旅行しようという強い動機を提供できる。この状況でも来たいと思える動機を。


「えええええ! え、あ、う!?」


 キタミが自分の顔を指して呻く。俺が頷くと、小さくガッツポーズした。ヒナタはそれを見てクスリと笑うと、カメラに向かって呼びかけるのだった。


「『監督シミュレーター』を先行体験したい方は、ぜひ、『あしのゆ』までお越しください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る