ふたつの九回裏(後)
『ぎゃああああああああ!』
テレビから悲鳴が聞こえてくる。膝の中のずーみーがびくっと震えた。
『なんでぇ……!』
『砂キチお姉さん、落ち着いて』
地上波で放送していた青森対東京の試合が終了し、サブチャンネルでやっている島根対鳥取の試合へ移動するよう誘導される。けれどやはりこの試合ならこの二人、ということで、ふれいむ☆ことナゲノと砂キチお姉さんの観戦コラボ配信をテレビに映したのだが……その途端、ひどい悲鳴が発せられていた。
『こっ、これが落ち着いてなんていられないですよ!?
『この試合、鳥取が勝利すると東京とプレーオフ。島根が勝利すると東京の優勝が確定ね』
わめくネコ系アバターの横で、おばさん感のあるウサギ系アバターが何か手元で操作しながら言う。
『へえ、代打で
『そんなことはどうでもいいんですよぉ!』
砂キチお姉さんがワナワナと震える。
『マズい……マズいですよ!? だって今、3対2で、サンドスターズ負けてるんですからね!?』
『これから九回裏、最後の攻撃ね』
『ふれいむ☆さん、助けてくださいよぉ!』
『悪いけど、こっちも順位がかかっているのよね。応援はできないわ』
午前中の電脳対伊豆の試合は、電脳の勝利で終わっていた。電脳が島根に対し、0.5ゲーム差をつける形となっている。この試合で島根が負ければ、島根は5位に転落だ。
『ううぅ……2連覇したい……したいよぉ……』
『贅沢な悩みね……ほら実況を続けるわよ。えーと……ああ、選手交代、出すのねやっぱり』
『ぐうぅっ! 来ましたねナックルボーラー!』
島根ベンチからハイラックス系男子の
『島根出雲ツナイデルス、この回から投手が
『ふ、ふんっ! 結局ここまで3試合ともノリが出て来ても勝ってますからね! 疲労がたまってる選手を出すんじゃ、先がないかな~ってお姉さんは思いますよ!』
『そうなのよね……どうもヤッタローとの相性が悪すぎて、打たれるのよねえナックル……それでも出してしまうあたり、忖度監督のワンパターンと言われても仕方ない……ん?』
何かに気づいて、ナゲノがメンバー表を確認する。
『他にも選手交代が……えっと……ライトの
監督に背中を押され、あくびをしながらチンチラ系寸胴女子のビスカがベンチから出てくる。そしてそのままのそのそとマウンドに向かい……投球練習を準備していたノリに守備位置を指摘され、頭を掻きながら外野へ向かう。
『おや~? 自然監督はどうしちゃったんでしょうね? ビスカちゃん、投手ですよ? なんでライト?』
『いや、これはもしかして……と、先頭バッターが来たわね。二番、
かわいらしいイタチ系女子がバッターボックスに入る。
『ミクちゃーん! お姉さん一生のお願い! 打って!』
『バッテリーのサインはもはや見るまでもなく、ど真ん中にナックルね』
ノリが頷き、投球に移る。ミクはバットを振らない。
『──……待ち球を徹底して2ボール2ストライクまで来ました。さすがにこの辺はしっかり対策してるわよね。でも、問題は次よ』
『ミクちゃん、打ってー!』
2ストライクになってバットを握る手に力を入れるミク。それを見てダイトラはフンッと鼻を鳴らし、ミットをやや高めに構えた。
『──……三振! ミク、高めに来たナックルを振りに行きましたが空振りです。1アウト!』
『ううぅぅ……力みすぎかなぁ……いや下への変化が……でも、でも次がありますっ!』
『そうね……次は三番、
タヌキ系男子がバッターボックスにやってくる。構えると、バットの頭をくるくると回した。
『ケモプロ選手たちがナックルに苦戦する中、かなり打てているのがヤッタローです。さすがにここまで成績が積みあがると、ナックルに相性がいいバッターと言っていいでしょう』
『いけー! ヤッタロー! ホームランで同点……ん?』
『来たわね』
島根ベンチで、アザラシ系おじさんの
『島根出雲ツナイデルス、守備交代です。ピッチャー、洞ヶ木ノリがライトへ。そしてライト、山巣穴ビスカがピッチャーとなります』
『え、ズル!?』
「いいんスか、あれ?」
「ルール的にはアリだぜ。へぇ、考えたじゃねェか」
マウンドにやってきたビスカは、少し息を弾ませている。
『いわゆるワンポイントね……たぶん、ヤッタローの打席だけビスカに任せるつもりよ。ビスカ対ヤッタローはビスカの方が有利みたいだし』
『えっ、えっ、ノリ戻ってきちゃうの!?』
『詳しいルールは省くけど、戻ってこれるわ。ヤッタローの次、
「どうしようか」
「ん~、ワンポイントリリーフのルール改正って時短が主目的なんだよね。打者3人と対戦するか、その回を終わるまで交代できなくなるっていう変更だよ。どんどん投手を交代交代交代! ってやれなくするわけだね!」
「時短か……ならケモプロではあまり考えなくていいか? 終電や放送枠を考える必要も──」
「今地上波で放送してるだろが、あァ?」
「……そうだったな」
今後を考えると、時短は必要かもしれない。しかし。
「……それで戦術や選手の多様性が減る、というのは考え物だな。そもそもそんなに交代を連続させるケースは少ないだろうし、交代の選手が減るというリスクもあるだろうし」
「オーナー会の議題にあげておきましょうか」
「頼む」
仕事場から声をかけてきたシオミに頷いて返す。決定権はKeMPBにあるが、オーナーの意向も聞いておいたほうがいいだろう。
『投球練習が終わりました』
『ビスカといえば眠ってる印象ですけど……起きてますね~』
『さすがに外野を往復したら目覚めるでしょ。その点でもいい采配だったかもしれないわね?』
『ふれいむ☆さんが忖度監督に評価を!?』
『褒めるときは褒める方針よ。1アウトランナーなし、バッターは赤城八太郎』
バットをくるくると回すヤッタロー。ビスカはそれとダイトラのサインを見て、ニフッと笑った。
『さあ早打ちヤッタローに対して第1球──チェンジアップうまいっ!』
パンッ、と白球がミットを叩く。
『空振り! ヤッタロー、体が泳ぎました』
『うう~! このチェンジアップだけはっ、認めざるを得ない! ビスカ、強敵!』
バットを戻し、ヤッタローは構え直す。
『第2球は──ボール! インハイ、顔面すれすれ!』
『ぶーぶー!』
『こうくると3球目は外に行きたいところですが……ライトに打たれたくないのよね』
カメラがライトに立つノリを映す。
『だからここはインコースを攻める……攻めなさいよ……よしインコースのサイン!』
『ダイトラが頭を使ってサインを!? やめてぇ!』
グルグルとバットの頭を回すヤッタローは──ビスカが投球モーションに入った瞬間、深く呼吸する。
『インコース!』
ドン、と地面を踏み込む。溜めたバットが白球を──叩く!
『はっ、流し打ち!?』
『ヤッター! ザマ見ろですよザマ見ろお姉さんです!』
砂キチお姉さんがよく分からない歓声を上げる中、ライト方向にフライが飛ぶ。
『ライトフライ……ノリ、前に詰める! ──スライディングキャッチ!』
『えぇ!?』
『捕って……るわね! アウト! 2アウトです!』
『嘘ぉ!?』
「おおー! やるッスね!」
「でもなんか様子がおかしいよ?」
足から滑り込んでフライを捕球したノリは、立ち上がるもその場から動かない。
『これは……? 塁審がタイムをかけて近寄りますが……えっ、まさか』
『え、え、え……?』
塁審に付き添われて、ノリはベンチに戻る。監督やベンチにいた他の選手たちが、ノリを囲んだ。
『これは……ノリ、負傷……ですか?』
『りっ、リプレイを見てみましょ』
ナゲノが操作して、ノリがボールを捕球する場面のリプレイを映す。
『……ああ……立ち上がるときにグラブを抑えた手を下敷きにしてるわね。慣れない守備でやってしまったってところだけど……』
『けっ、怪我の具合はどうなんでしょうね!? お姉さん、こういうのは嫌だな!?』
『治療中だけど……どうかしら』
ベンチにカメラが戻る。ノリに向かってアラシ監督は──首を横に振った。
『ダメみたいね……』
『でもノリ、自分が投げるって言ってますよ』
『気持ちはわかるけど』
ヌッ、と。カメラに影が差す。ノリが振り返ると、そこには青い虎がいた。
『ダイトラ……ノリの背中を押してベンチの奥に押しやっています』
その顔を見たノリは肩を落とすと、ベンチの奥の扉に消えていった。
『洞ヶ木ノリ、負傷退場となります。ライトの交代は……
ネズミ系女子がグラブを嵌め、ライトに駆け出す。それを見送って、ダイトラはゆっくりとキャッチャーボックスに帰って行った。
『九回裏、3対2、2アウト。バッターは四番、
『ううっ、事故は仕方ない! 切り替えていきましょう! 西伯、打ってー!』
ヤマネコ系男子は、ダイトラに向かって声をかける。ノリの具合を問う内容にダイトラは鼻を鳴らし、西伯は肩をすくめてバットを構えた。
『ビスカ、サイン頷いて投げた! インコース見送りストライク!』
西迫は首をかしげて、バットで肩をトントンと叩くと、ゆっくりと構えた。
『さあ第2球は……アウトコースに!』
カンッ!
『っ打たれましたライト前! ヒットです!』
『やったー! 来ましたよ皆さん! サンドスターズ、ここからですよっ!』
その後は砂キチお姉さんの言葉の通り、ビスカは連続でヒットを浴びる。
『──……九回裏、3対2、2アウト……満塁! サンドスターズ、粘ってチャンスを作り出しました!』
『はぁぁ~! サバノブの内野安打はギリギリで心臓に悪かった……でもまだ落ち着けない……』
マウンド上で、ビスカは帽子を取って汗をぬぐう。
『やっぱり、ビスカちゃん疲れてますか?』
『チェンジアップ以外の変化球をあまり投げさせないし、そんな感じがするわね。そもそも中2日だし……とはいえ、この状況を任せられる投手で今日投げられそうなのはいないのよね』
『連戦で贅沢に投手使ってましたものね』
『最後はノリに任せるからいいか、って感じでね』
ナックルに振り回されているのは、ツナイデルスも同じということか。
『さあ運命のバッターがやってきます。七番、
スナネコ系女子が歓声沸き立つ球場を見渡しながら歩く。
『ここで代打はない、のね』
『我らがサンドスターズの代打陣は薄いので……それに、ナイルちゃんは左打ち! ビスカちゃんは左投げ! 左対左ならバッター有利って聞きました!』
バッターボックスに入る前、ナイルはイヤホンに手をやる。
『
『お姉さんもそれでいいと思う! ナイルちゃん、打って!』
頷いたナイルはバッターボックスに入り、まずは1球見送る。
『インハイへのストレート、見送ってストライク。ナイル、これは……球威も落ちてきて打てそうだという思考ですね』
『いいよ! ポジティブ! サヨナラヒットにしよう!』
そして構えるナイルを見て──ダイトラが思考する。
『ダイトラ、これは……ど真ん中にカットボール? ここまで1球も投げていないボールを要求!』
『へっ!?』
『ひっかけて凡打を狙う作戦? ビスカ、頷いた!』
『えぇぇぇウソウソウソウソちょっと待って!?』
『投げた!』
コースを見て、ナイルはストレートが来たと思ってバットを繰り出す。
カァン!
『打ち上がった!』
『お、お、おぉぉお!?』
打球は高く上がる。
『ランナー走る! ボールは落ちてこない、ライトバック!』
『入れ入れ入れ入れ!』
ランナーが1人、2人とホームを踏む。打球を追って走ったレミは、フェンスに背中をぶつけて止まり──
『ライト──グラブを構えた!』
打球は──レミのグラブの中に納まる。
『キャッチ、アウト! 試合終了! サンドスターズ、最終回は満塁まで迫りましたが、1点が遠かった! 3対2、ツナイデルスの勝利です!』
『あぁぁぁ……』
打球を目で追っていたビスカは、ホッと息を吐く。
『最後の投球、サインはカットボールでしたがどうやら失投のようですね。変化がかからず、ナイルに狙い打たれてしまいました。しかし飛距離が足りず、ライト奥深くへのフライ。試合終了となりました』
がっくりときているサンドスターズ陣営を一瞥し、ダイトラは背を向けてベンチに戻る。
『この試合結果により、島根出雲ツナイデルスは4位が確定。鳥取サンドスターズは2位。そしてペナントレースの覇者は──3年目の正直、東京セクシーパラディオンに決まりました!』
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