ふたつの九回裏(前)

『さあ九回裏までやってきました!』


 テレビからアナウンサーの気を引き締めた声がする。視聴者の注目を集めようという声だろう。しかし、今この展開で目を離している人がいるとも思えない。


『優勝の行方を決めるペナントレース最終戦、青森ダークナイトメア・オメガ対東京セクシーパラディオン。九回裏2対1で、ダークナイトメアがリードしています!』


 テレビに映る東京セクシードームは、ケモノアバターで溢れかえっている。カメラがアバターを映せば、それに気づいたアバターが手を振り返したりメガホンを叩いてアピールする。


「リアルタイムで観戦してくれてありがたいッスね」


 私室の万年こたつの一角、俺の膝の中でずーみーが言うように、あのリアクションはアバターを操作している時にしかできない。有料座席の予約だけでなく、当選したユーザーがケモプロ内で応援している証拠だった。


『裏で行われております島根出雲ツナイデルス対鳥取サンドスターズは現在、七回裏3対1でツナイデルスがリード。この試合ダークナイトメアが勝利し、裏でツナイデルスが勝利した場合、3チームによるプレーオフが発生します。ダークナイトメアとしては優勝のためにもなんとしても勝利したい場面。一方パラディオンは逆転に成功すれば優勝の可能性が十分にあります。三年目の悲願なるか!』


「ン~、意外と逆転しないものデスネ」

「ジンクスも大したことないよね!」


 ホカホカと湯気をあげながらニャニアンとライムがやってくる。少し前、ダークナイトメアが勝ち越した場面で「勝ったな風呂入ってくる」とか言って二人で風呂に行っていた。一度やってみたかったとかなんとか。


「風呂で試合を見てたらダメなんじゃないか?」


 風呂には共有の端末も設置していて、動画サイトを見ることができる。ニャニアンはポンと手を叩いた。


「ナルホド。見てないのが操縦桿デシタカ」

「何を操縦すんだよ……」


 仕事場の方からミタカが椅子をくるりと回してツッコミを入れる。


「ニャニアンは東京に勝ってほしかったのか?」

「ワタシはどっちデモ。逆転されてたら面白かったのに、ってぐらいデスヨ。ハッハッハ」

「らいむは個人的には勝ってほしいよ? セクはらのセール楽しみだし!」


 ライムは部屋に乗り込みながら言う。


「広報的には、難しいね。プレーオフも盛り上がりそうだけど、競った展開が続いているからファンが疲れちゃいそう? ワールドシリーズも控えてるし」

「確かに一息つきたいッスねえ」


 しかし現に逆転は起きていない。1点差だから何があってもおかしくなかったが、さすが投手力の青森といったところで、好調な選手たちに支えられて失点を防いでいた。そしてこの九回裏には、抑えのエースが登板する。


『ダークナイトメア、投手は森川もりかわママンから変わり、抑えのエース、左腕、幹成みきなりドイル!』


 マウンドに登るヤマアラシ系男子が、顔中から伸びる短い針を揺らしてしかめ面をする。


『今期のセーブ数はすでにトップが確定。この優勝がかかった場面で、シーズン記録が伸びるかどうかも期待されます。先頭バッターは二番、赤豪原せきごうはらビワ。左対左の対戦です』


 首周りの赤い少し細身のワラビー系男子がバッターボックスに立つと、ドイルはグラブを口元に当ててブツブツと呟き始めた。


「ドイルのアレも、ちゃんとなんか言ってるんスよね」

「うん」


 ずーみーの問いに、足を抱えて座っていた従姉が頷く。ケモノ語。いまだにユーザーには断片的にしか解読されていないものの、文法や多少の単語は明らかになりつつあった。あまりにユーザーコミュニティの熱意が強いので、あからさまにヒントになるものは逆に出しづらいというのが広報部隊の言だ。


「あれは、結構愚痴ってるみたい」

「愚痴なんスね……まぁイメージ通りって感じッスけど」


『──……三振! 最後は伸びるストレート! ダークナイトメア、まずは1アウトです。球速は……150km、自己最速タイ。デビュー当初から徐々に伸ばしてきた球速が、このシーズン終盤にきて150の大台に乗りました』

『いやー、いいですね。あのストレートはそうそう打てませんよ』

『しかしここはパラディオン、なんとしても打って逆転しなくてはなりません。そして続いてのバッターにファンの期待が集まります。三番──雨森あめもりゴリラ!』


 バッターボックスで、ゴリラ男子がゆったりとした構えをとる。


『今期の通算本塁打数は54。おそらくこの打席が泣いても笑っても今シーズン最終打席。ケモプロ本塁打記録が伸びるかどうか』


 ドイルはグラブにブツブツと呟く。そんな投手の様子と、ゴリラの構えを見て、青森の捕手──マンモス系メガネ女子の凍土とうどナガモはサインを出した。


『これは……ど真ん中ストレートのサイン!?』


「うわ」

「おお~」


 ライムとずーみーが声を上げる。


『──……見逃し! ズバッとど真ん中に決まりました、1ストライク!』


「ダイトラの影響ッスかね? 例の勉強会……ファンタジー野球対決の」

「ムフ。だとしたら青森のファンは気が気じゃないよね」

「結果的にストライクを取れてもヒヤヒヤものだろうな」


 ゴリラは穏やかな顔を少しゆがめて、打ち気を見せる。しかし2球続けてボール球が投げられた。


『カウント2ボール1ストライク。バッティングカウントです』

『丁寧に投げてますねえ』

『雨森ゴリラ、ここは……どうやらストレートを予想。枠内なら振るつもりのようですがどうか。4球目!』


 ガンッ!


『詰まった打球! これは、しかし、ライト走りますが手前に落ちた! ゴリラ、一塁へ!』

『ワンシームでしたね。芯を外したバッティングでしたが、力で持っていったのはさすがです』

『ダークナイトメア、後退守備が裏目に出ました。フラッと上がった打球はライト前に落下、記録はヒット!』


 ボールを受け取ったドイルは、くるりと前を向くとグラブを口元にやった。


『さあチャンス到来です。1アウトランナー一塁。バッターは四番、指名打者、赤豪原せきごうはらガル。再び左対左の対決になります』


 大柄なカンガルー男子が、一塁のゴリラを見てニヤニヤしながらバッターボックスに入り、大きく構える。


「お膳立てありがとう、って感じッスかね?」

「東京の選手って個人主義が多いけど、ガルは特にだよね」


『赤豪原ガル、一打逆転を狙っています』

『狙いはいいと思いますよ』


 1球目はスライダー。ガルはバットを出そうとして、止める。


『ボール。よく見ていました。さあ第2球は──一塁牽制!』


 ゴリラのリードが少し広いと見たドイルが、牽制球を投げる。慌てて滑り込むゴリラ。しかし──


『ファースト弾いた!?』


 ムササビ系男子は、飛び込んできたボールを弾く。


『ボールは転々と後方へ! ゴリラ、二塁……コーチャーの指示に従って蹴った! 今ファーストがボールを拾って……ゴリラ、三塁到着!』


 セクシードームが揺れる。アバターたちが歓声と悲鳴を上げる。


『ファースト夜木よるぎ次郎ジロウ、牽制球を弾いてしまいました。このエラーでゴリラは三塁まで到着。東京セクシーパラディオン、チャンス拡大!』


 ム次郎はしゅんと小さくなりつつ、ドイルにボールを返す。ボールを受け取ると、ドイルはさっさと打者の方を向いてグラブにブツブツとやりだした。


「ム次郎はへこんでますけど、ドイルはバッターのことしか考えてないッスね」

「コミュニケーション苦手だよね~」


 ドイルの思考が表示されるが、バッターをどう抑えるかということしか考えていなかった。しかし傍から見ればエラーで不機嫌になっているようにしか思えないのだろう、内野陣の表情が微妙だ。


『九回裏2対1、1アウト1ボール、ランナー三塁。バッターは四番赤豪原ガル。優勝のためには1点も与えられないこの状況。バッテリー、サインを交換して……セットポジション』


 ガルがニヤリと笑い、ドイルがモーションに入る。


『──……ボール! ガル、思わずのけぞりました。インハイに全力ストレート』

『いいですね。腕が振れていますよ。これは次、打ちづらいんじゃないですか』


 バッターボックスに戻ったガルは、やや肩を怒らせて立つ。そして3球目──


『──……空振り! アウトコースへのスライダー!』

『踏み込みが足りませんでしたねえ』

『カウント2ボール1ストライク。未だにバッティングカウントですが……』


 ガルの思考に──焦りが入る。そして。


『おっと、ここで……ここでパラディオン、選手交代。代走です!』


 その球場アナウンスに、ガルは目を剥き、ベンチに視線を飛ばす。


『三塁ランナー、雨森ゴリラに代わり、帯面たいめんタスク。俊足を売りにする選手です』

『この回で決めたい、という監督の意思でしょうねえ。延長は考えていないと』


 ベンチの中のアシカ系おじさん、海洞かいどうアキヒサ監督は、ガルと目を合わせない。三塁ランナーとなった細身のサル系男子は、リードを大きくとった。


『とにかく点が欲しい場面ですからね』

『内野ゴロでもホーム突入でしょう』


 ガルは舌打ちしてバットを構える。絶対に打つ、と思考を浮かべて──


『──……空振り!』


 バットが空を切き、その状態で固まるガル。


『ストレート、インロー膝元にズバッと決まりました!』

『これはまともに打てないですね。今日のドイルは絶好調と言っていいでしょう』

『平行カウントになりやや投手有利の状況ですが』

『ここは仕留めに行きたいですねえ。まったく当たりそうにありませんから』


 ドイルとナガモがサインを交換する中、ガルの思考が乱れる。ちらり、とランナーに目が行った。


『おっと、これは? ガル、スクイズを考えていますか? パラディオンではあまり選択されないプレーです。スリーバントですが……どうでしょう?』

『意表を突くという点ではいいかもしれませんね。ここはどうしても1点が欲しいですから。ドイルの今日の出来だと、バント失敗も打ちに行くのも同じぐらいのリスクだと思いますが……AIはどう判断するのか』


 ガルの思考アイコンは──スクイズを示すものが多くなっている。三塁ランナーのタスクが身構える。ガルの瞳が揺れる。


『さあ5球目!』


 ドイルの手から球が放られる瞬間──ガルはバットを力強く握った。



 ガッ!



『打ちあがった!』


 タスクが三塁に戻る。ガルは──球の行く末を見て、何か吐き捨てながらバットを乱暴に放り捨てた。


『──……キャッチ、アウト! 四番赤豪原ガル、スライダーを打ちに行きましたが結果は内野フライ! 2アウト、ランナーは三塁に残ります』


 ベンチに戻るガルに、次のバッターが声をかける。しかしガルは相手をにらみつけ歯をむき出しにして威嚇し、ベンチに戻るとメットを棚に投げつけ──


『あっ』


「あっ」


 メットが跳ね返ってガルの顔面にぶち当たり、ガルは尻もちをついた。キョトン、とした顔になるガル。そこへ差し出される黒く厚い掌──ゴリラ。

 しかしガルは顔を伏せると、その手を払ってベンチの奥の扉に引っ込んで行った。


『いや……なんとも、性格を感じる場面でしたね』

『現実でも似たような事件はありましたが、ケモプロで見れるとは思いませんでした』


「あったのか」

「ベンチ内だってきっちり物理やってんだから、当然だろ」


 ミタカが鼻を鳴らす。……ケモプロで起こることは、現実でも起こりえる、ということか。


『えー、次のバッターは五番、北露路きたろじ王子オウジ


 苦笑しながら、ヘラジカ系の王子……男子がバッターボックスに立つ。


『さあダークナイトメアは勝利まであと1アウト。ここで勝てばサンドスターズの試合の結果次第でプレーオフに持ち込めます。さあ好調のドイル、決められるかどうか』


 しかし──予想に反して、王子は粘った。鋭い変化球にも食らいつき、カットしていく。


『これで投球は8球目。王子、ストレートを待っているようですが……それを読んでいる捕手ナガモ、安易に投げさせませんね』

『2アウトですからね、ひっかけさせれば勝てますから』

『サインはインコースにスライダー、ドイル投げた!』


 カッ


『ファール! ……ですが、これは』


 バットを振った王子が、その場から離れてうずくまる。


『リプレイです。ああ、どうやら自打球ですね。左脛でしょうか。今、チームメイトがスプレーを持って駆け付けます』


 やって来たのはすらりとした足を持つシカ系お嬢様、果森かのもりロージィ。手早く装備を脱がせ、青黒い患部に冷却スプレーを吹きかける。ロージィが容態を問うと、王子は汗をかきながらもニコリと微笑んだ。


「おおっ、珍しいッスね、お嬢様が王子のところに行くの」

「交代済みで暇だったからじゃねェの」


『さあパラディオン、王子はこのまま続行かどうか』

『この試合、代打をかなり使いましたからね。同点延長も考えると、いけるなら行ってほしいですね』


 アキヒサ監督もようやく王子の元にやってきて、負傷の具合を問う。王子は頭を掻きながら──すっくと立ちあがった。


『これは……どうやら続行のようですね』


 心配するロージィにからからと笑って、王子はバットを持つ。ロージィは何度か振り返りながらもベンチに戻っていった。


『試合再開です。九回裏2アウトフルカウント、ランナー三塁』


 捕手ナガモは構えをとる王子の様子を見て、勝負球を要求する。頷くドイル。


『これは……サインは同じコースへのスライダー! ドイル、投げた!』


 球筋を見て──王子の目元のカットインが表示される。変化し、えぐり込むように飛び込んでくる球を──


 ガンッ!


『叩きつけた三遊間! ショート捕って──』


 捕球したショートが、目前で駆け出す三塁ランナーの背を、ホームを目で追う──と、捕手が立ち上がって一塁を指示した。


『一塁送球!』


 焦って投げられた球は低く、地面を叩く。


『──セーフ!』


 歓声と悲鳴がドームに溢れかえる。


『パラディオン! 同点! 2対2! 北露路王子、気迫のヘッドスライディングで内野安打をもぎ取りました! その間に三塁ランナーが還って同点!』


 ニッ、と笑いながら、王子は立ち上がってユニフォームについた泥を払う。


『ダークナイトメアにとっては痛い失点です』

『ショートの、穴町あなまちクロでしたか。ここは迷わず一塁送球なのですが、ランナーが近くを走ったのでつい目で追ってしまったようですね。今年の新人で出場機会も少ないですから、この大一番で混乱したのかもしれません。そして難しい送球になってしまって、ム次郎がエラーを恐れて体の近くで捕ってしまった。この守備の遅れと、王子のヘッドスライディングで内野安打が成立したというところでしょう』


「オー、やりマスネ」

「王子がヘッスラしたのが意外ッスね」

「さすがに優勝がかかると、なりふり構えないんじゃない?」


 個人主義のパラディオンにしては珍しいチームのための行動に、ニャニアンたちが感想を言う。


『ここで王子に代走が出ます。代走、木ノ垂きのだれキタ


 オポッサム系男子と交代して、王子がベンチに下がる。


『さあ九回裏同点の場面です。2アウトランナー一塁、バッターは六番暗洞あんどうボンド』


 金のネックレスを下げたクマ系男子が、王子を見ながらニヒルな笑顔を浮かべる。


『さてボンドです。本日ここまで無安打ですが、代打はあるでしょうか』

『延長が見えていますからね、ここは代打はないでしょう。打撃は悪くない選手なのでここで打ってほしいですね。それに相手投手のドイルとは草野球時代にバッテリーを組んでいましたので、手の内は分かっているでしょう』

『なるほど。さあバッテリー、サインが決まりました。第1球』


 ガッ


『ファール!』

『うーん、振り遅れですねえ』

『ボンド、初球のストレートを狙いましたがファールです』


 ボンドは顎をこすり、バットを少し短く持ち──そこから粘りを見せた。


『これはきわどいッ……ボール! 主審、一瞬迷いながらもボールのコール。フォアボール! 2アウトランナー一、二塁になります!』


 すました顔で一塁に向かうボンドに、ドイルはチラリと目線をやってからグラブにブツブツと呟いた。


『一打サヨナラのチャンスがやってきました。バッターは七番、樹上きのうえメアリー……ですが、代打です! 代打は沼原ぬまばらスイ

『東京の代打陣はこれで最後ですかね』


 なで肩のウシ系男子がバッターボックスに入る。


『ドイルはやや疲れているようですね』

『この回、もう30球超えていますからね』


 息を荒く吐いたドイルが、投球を開始する。


『──……追い込みました。カウント2ボール2ストライク、平行カウント。冷静なリードです』

『いいですね、集中できてますよ』

『次のサインはインローのボール球。フルカウントまで使うようですね。ドイル、頷いて──』


 カンッ!


『引っ張った! サードオーバー! レフト前ヒット! ランナーは三塁でストップ──満塁です!』


 再びドームが揺れる。SNSの書き込みも加速し、トレンド上位にケモプロ関連の単語が並んでいた。


『いやー、ボールが浮いてしまいましたね。見逃さず打ったのはさすがです』

『さあ東京セクシーパラディオン、ここまで来ました! 同点の9回裏2アウト満塁! 延長に望みをつなぎたい、青森ダークナイトメア・オメガ!』


 マウンド上で、ドイルは汗をにじませながらグラブの内側にブツブツと愚痴る。


『バッターは八番、枝渡えだわたりガンモ……ですが、ベンチに動きがあります。代打でしょうか』

『ここで打てそうな野手は残っていなかったと思いますが……』

『今交代が告げられました。八番、枝渡ガンモに代わり……沼岸辺ぬまきしべカツ!』


 ひげが長いネズミ系男子がバッターボックスに向かう。モチーフはヌートリア、別名沼狸。


『ああ、カツですか。そういえば彼が残っていましたね。先発ローテに組み込まれて長いですが、アマチュア時代はサードも守っていた強打堅守の選手です』

『なるほど。今日は久しぶりの打席、ということになりますか?』

『そうですね……はい、公式戦の打席に立つのはプロ初となります。打撃陣の厚いパラディオンでは出番がなかったのですが、この総力戦で最後に出てきた隠し球、というところでしょう』


「お~、まだ打てる選手がいるんスか。打撃力だけは本当に豊富ッスね」

「カツ、あんまり成績よくないのに投手で使われてるぐらいだもんね」


 カツはバッターボックスに入ると、身震いしてから構えた。ドイルはブツブツと愚痴り続ける。


『さて捕手が釣り玉のサインを出しましたが……ドイルは首を振りましたね』

『今日初めて意見があっていないですね』


 ナガモは少し考えてど真ん中のサインを出すも、ドイルはこれにも首を振る。結局選ばれたのはインコースへのスライダー。


『──……ストライク! うーん、切れています。このスライダーは強い。カツ、思わず見送りました』


「球速は落ちてないッスか?」

「疲れているのかもしれないな」


 カツは一度タイムを取り、バッターボックスから離れて素振りをする。ドイルはそれをブツブツ言いながら見つめる。


『さあ第2球は……またもバッテリー、意見が合いません』

『捕手は丁寧に行きたいようですが、投手は押せると考えているようですね』


 ボール球を使いたいナガモに、拒否するドイル。ストライクゾーンに三振を取りに行き──


『──……ファール! カツ、粘ります!』

『いやーこの場面でこの粘りは、もうどの選手にとっても心臓に悪いですね』


 バッターボックスでカツが汗をぬぐい、マウンド上でドイルが汗を振り払う。


『次で10球目になります。カウントは2ボール2ストライク。明確なボール球は失投以外にない形です』

『逆に言うともう2回も失投していますから、交代も考えたいところですが……この場面を任せられる投手は難しいですね』

『ベンチ、動きません。このシーズンも青森の守護神として投げてきたドイルにこのピンチを任せます』


 ドイルは、ブツブツと呟きながら──モーションに入る。吹き出しにアイコンが並ぶ。


 嫌悪。カツの顔。ファール。嫌悪。投げる。三振。叫ぶようにして、投げる──




『打ったッ! これは……──』

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