オンライン鑑賞会
『これが噂のオンライン飲み会ってやつか~!』
「そうなるのか?」
5月16日。
緊急事態宣言による外出自粛の中で過ぎていったゴールデンウィーク。リアルイベントが開催できない都合上、オンラインのイベントを多くして対応した。しかしそうなるとほとんど日常と変わらない……それこそケモプロがシーズン中は休みらしい休みもない俺は、ゴールデンウィークなんてあったっけ? という心境だった。
「悪いが、俺は飲まないぞ」
『うん、まあこっちも飲まないけどさ。流行ってるらしいじゃん。ねえ?』
『あはは……』
仕事場の『窓』には二人の幼馴染が映っていた。史上二人目のプロ女子野球選手のカナと、人気を集める球団職員のニシン。二人は寮の自室から、カナのノートPCとカメラを使って参加していた。
「カナ先輩もニシン先輩も元気そうで安心したッス!」
『ずーみーちゃんも元気だね!』
「いや、めっちゃ落ち込んでるッス!」
『えー!? なんで?』
「オールスターが中止になったじゃないッスか」
NPBが毎年恒例で行っている球宴、オールスターゲーム。先日の5月11日、今年の開催は中止すると発表されていた。
「ケモプロとコラボしたポスター描いてたんスけどねー、ナシになっちゃって」
『あー、そうだったんだ。そりゃ残念だね』
「そーなんスよ。もっと早く言ってくれればいいのにー」
『私たちも当日知ったぐらいだから……難しいね』
カナは腕を組む。それを横でニシンがマネした。
「残念なのはカナたち選手の方だろう」
「それもそうッスか」
『あはは……まあ、今年も選ばれるかどうかは分からなかったから』
世間のカナへの人気を見ていると、選ばれないということはなさそうに感じるが、意外とそうでもないのだろうか。
「まー、自分はその代わりにKeMPBとNPBのバトンタッチのイラストの仕事が来たんで、完全にゼロではないんスけど」
『バトンタッチってなに?』
『あれじゃない? NPBの地上波放送が始まるときに……』
「それッス」
ケモプロの放送はあくまでNPBの代わり。このコロナ禍が収束しプロ野球が再開した時には、各種報道はそちらに戻っていく。その際に使用される予定の、バトンタッチをイメージしたイラストの仕事が、ずーみーに依頼されていた。
『へ~、なるほどね。早く見たいなあ!』
「へへーっ。内緒ッスよ」
『えー、見たい! ユウは見てるの? いいなあ』
「先輩は自分の担当編集ッスからね!」
ずーみーはドヤ顔をする。ブーブー、とニシンはブーイングをした。
「カナ先輩たちは最近どうなんスか? 練習ってできてるんスか?」
『グラウンドは使えるから、練習はしてるよ。最近やっと少人数の自主練習ができるようになったの。全体練習は……たぶん、もうそろそろかな?』
『緊急事態宣言も解除されたもんね!』
「東京はまだだぞ」
14日に、39県に発令されていた緊急事態宣言は解除された。新規感染者数の減少を確認したためということだ。しかし北海道、埼玉、東京、神奈川、千葉、大阪、京都、兵庫は引き続き緊急事態宣言の対象であり、多くの球団の本拠地がこれらの地域にある。
「少人数の自主練、ッスか。やっぱ大変なんスね」
『私はそもそもニシンちゃんと同室だから、これまで一緒に練習できた分、よかったかな。ウエイトの補助もやってもらえるし……他の選手は大変だったみたい』
同室だったら感染防止のために離れて過ごす意味もないな。
『あ、でも投手はユウくんの投球練習シミュレーターですごく助かってるって。チームのみんなが言ってたよ』
『あれ順番待ちすっごいよね。朝から晩までやってるよ』
「それはよかった」
カナのチームに納品したシミュレーターは好評のようだ。……追加の依頼が来ているのは知っているので、早めに対応したい。ミシェルが伝手を頼って生産体制を作ってくれたし、そろそろ増産できるだろう。
「タイガ選手も自宅に導入したんスよね」
『そうなんだ。また一段と強くなりそうだね』
「そう思うか?」
『うん』
カナは眼鏡の奥を暗くしながら頷く。
『サンくんがね……。オープン戦代わりの練習試合も中止になっちゃって、結局一回しか戦えなかったけど、明らかに去年と違っていたから。サンくん、投球練習シミュレーターのアンバサダーなんでしょ? たくさん使って練習したって聞いたよ』
「サン選手も自宅に設置しているな」
聞いたところによると勝手に寮から出て自宅で練習を続けているらしい。というか、アクセス記録で分かる。対カナを想定してゴリラと戦い続けていることも……いや、これは言わない方がいいか。ゴリラだし。
「投球練習シミュレーターを通して、ケモプロ選手の存在も大きくなってきた感じッスかね?」
『そりゃあもう、大きいでしょ! みんなテレビでケモプロ見てるもん』
『そうだね……あっ、そろそろじゃない? 一緒に見ようって言ってた番組』
「もうそんな時間か。画面共有するからちょっと待ってくれ」
端末を操作して、『窓』にウィンドウを増やす。そこには、ケモノアバターの二人組が表示されていた。
◇ ◇ ◇
『2020年5月16日放送、ケモノ放送局から飛び出したケモプロ専門番組、ケモノ放送局SPOOORTS! メインキャスターのグリンドと』
『同じくニットです。よろしくお願いします』
ニュース番組調のスタジオに3Dのアバターが二人。右手に恰幅のいい中年男性のイヌケモノ。左手に小さいメガネ男子のウサギケモノが座る。このインターネット配信が始まってもう2年ぐらいか。画面作りも洗練されてきて、テレビ番組かと思う出来栄えだ。
『いやあ、最近のケモプロの盛り上がりはすごいな、ニットくん』
『リアルでケモプロの話が通じる日が来るなんて思わなかったよね』
テレビ、ラジオ、新聞、雑誌。スポーツを取り扱うあらゆる媒体が、ケモプロを使って仕事をしている。おかげでケモプロユーザーは増え、こうしたユーザー主体のインターネット配信も視聴者数が増えるようになっていた。特に実況放送ではなく、こうしたまとめ系の放送の方が人気が出ている。
『ほう、リアルで』
『お前こういうキャラ好きだったよな? って聞かれたね』
『それはその、事実だがなんとも反応しづらい入りだな』
『性癖だよって言っておいたよ』
『オープンだな!?』
増加したユーザー数に気後れすることなく、今までのノリで楽しくやっていることも人気の一因だろう。
『地上波放送とか、いろんなところで報道されているのが大きいなって感じるよね』
『ああ、うむ、そうだな。急に戻したな。まあ、コロナの影響でやっているスポーツがケモプロしかない、というのもあるが……それよりはペナントレースの展開だろう。大盛り上がりだぞ』
『そうだねえ。10日から今日まで、島根はまた6連勝したよね。ほんと空気読まないねえ!』
『確かに、地上波が始まってからの島根の勝率はえげつないな。どこかのアンケートでは4位のチームとは思えないほど人気を集めていたぞ』
『こっから全勝しても優勝はないんだからやめてくれー、っていうのが上位陣のファンの総意だろうね』
『では現在の順位表を見てみようか』
二人の間に順位表が表示される。
『1位は東京を抜いて青森だね。やっぱ今年の新人がいい仕事してるよねえ』
『中継ぎ陣だな。アムリタ・ブラックドラゴン、
『ツルギコちゃんの大剣打法、ほんと謎に打てるよね。ホームランはないけど』
『もともと先発陣はリーグ随一のチームだったからな。チーム防御率も上がって今年は伊豆よりも守備がいい。順位が入れ替わったのは、東京との直接対決で青森が勝ち越したのと、東京が島根と当たって連敗したのが効いたようだなあ』
『ほいほい、東京はっと』
ウサギアバター……ニットが指し棒を使う。
『東京は1位の青森と2ゲーム差だね。さっきグリンドさんが言った試合がゲーム差につながったかな』
『個人成績を見るとやはり
『ちょっとペース落ちてない? DHでの出場も増えてるし、疲れてるのかな?』
『ム……まあ、そうだな。とはいえ強力打線は健在だ』
『大砲ばっかり採ってるからでしょ。そのくせ南北ズル従兄弟以外、リーグ開始時からあまりスタメンの入れ替えがないよね』
『打ち勝つ、というチームコンセプトでここまで来ているから悪いとも言えまい。実際、入れ替えられそうな選手もこれと言って見当たらないからな』
『ゴリラがDHの機会が増えてきたら、
『そうか? 打撃は悪くないぞ?』
『ゴリラがDHだと出番がなくなるから出ていきたさそうかなって』
『ああ……FA権の取得はメジャーと同じ6年だったか? 3年後のシーズンオフにはそういう話もあるかもしれないが、まだ先の話で水を差すのはよそう。今年こそ優勝をとファンは盛り上がっているんだから』
『2位じゃダメなんですか!』
『ダメだろう……次へいこう』
イヌアバター……グリンドが呆れながら進行する。
『じゃあ3位の鳥取。1位とのゲーム差は4だね』
『そういえば青森と鳥取だけだな、ナックル・ノリの登場以降島根に連勝できたチームは』
『スケジュールの都合じゃない? ノリが毎試合出るわけでも……結構出てるけど。でもノリから打って勝ったんだよね。ヤッタローが』
『早打ちヤッタローこと、
『投手だと
『抑えの
『で、次が』
ニットがバシバシと表を叩く。
『島根! 1位とのゲーム差は12.5! 残り13試合だから優勝の可能性なし!』
『島根が全勝し、青森が全敗しても……東京と青森の直接対決が4試合残っているから……東京がそれ以外全敗でもダメか』
『島根対青森の4試合も残ってるからねえ。この調子だと本当に……優勝は島根次第って感じで……なんで去年に引き続き、優勝の可能性もないのに優勝争いに絡んでくるのかな?』
『そういう運命の球団なのかもしれんなあ』
『まあ、話題にあげるならまずノリだよね?』
『ナックルが本当に強い。もちろん打たれるときは打たれているんだが……4月からここまでチームとして8敗、ノリについた負けは先ほど言ったヤッタローによる1回だけだな』
『4月からだと……33戦25勝8敗ってどこの優勝チームだよ!』
『ノリはすでに3勝1敗12セーブというよくわからん成績になっているな。たまに先発したりワンポイントで出てくるから……出場数は20試合か。普通なら酷使だなぁ』
『シーズン通して投げてたらNPBの記録抜くんじゃない? チートだよチート!』
『捕手あってのナックルということも忘れてはいかんだろう。ダイトラの異様な捕球能力があるからナックルごり押しが通用しているという』
『みんな捕れたらケモプロおかしいんじゃない? って話だけど、ルーサーもタケシもナックルの捕球率低いんだよね。つまり、ダイトラがおかしい!』
『ナックルがちゃんと捕れる時点で、他のプレーがすべて許されている感があるな……しかし』
グリンドは表を取り出す。ノリのナックルと、アマチュア時代のロビンのナックルの比較表だ。
『ファンのまとめの引用だが、ノリのナックルは変化率、球速、成功率ともにロビンに劣る。ロビンもシーズン後半はそこそこ打たれていたことを考えると、無双状態も長くは続かないんじゃないか?』
『そうなってくれるのを祈るよ。ま、ノリと勢いでごまかしてるけど、投手陣はボロボロだもんね。ラビ太も酷使がひどくて二軍落ちして休養してるし』
『ノリだけにな』
『え?』
二人は顔を見合わせて──グリンドが視線に負けて咳払いをした。
『さて、5位は電脳。1位とのゲーム差は16だ』
『何度も言っちゃうけど、ロビンが使えてたらねえ』
『ノリを見ていると、ロビンのナックルを捕れる捕手が電脳にいたら恐ろしいことになっていたと想像に難くないな』
『センターラインの守備は克服したけど、何が悪いのかな?』
『打撃力と……総合的な投手力だろうなあ。カズシマ、クウ
『さすがにもう選手生命の限界じゃないの? 知らないけど』
来期のダイトラは48歳。この年齢まで捕手をやっていた選手はプロ野球にはいない……らしい。
『さて最下位は伊豆。1位とのゲーム差は22』
『ツツネさん早く帰ってきてくれー! いやその前に元気な子を産んでくれー!』
『う、うむ、そうだな。チームが立ち直る気配はあったんだがな……』
『ナックルで心を折られた感じだよ。いい感じになったとたんナックル。これで打撃陣は不調になるし、雰囲気悪くて守備も力を発揮しないし』
『キョン監督ももっとじっくり守備を決めてほしいな。こうコロコロ変えられては連携もないだろう』
『ドラフトでいい選手を採れることを祈るよ……』
『うむ……とにかく、次は上位3チームの詳細な戦力分析と、優勝予想といこうか』
番組は続く。
それを見て、俺はカナたちと感想を話し合いながら夜を過ごすのだった。
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