記憶のストレージ

『新作リリースおめでとう』


 そうLINEを送ると、数秒もしないうちに既読がついて返信が返ってきた。


『ありがとうございます!』


 タカナシシュウト。株式会社カリストの代表取締役。三月ごろに高校卒業祝いのメッセージを送ったきりだったLINEが、再び流れ始める。


『野球モノじゃないんだな』

『本当に作りたいモノはなんだろう、と考えた結果です……と言えたら格好良かったんですけど』


 照れたスタンプが送られてくる。


『実際は残ってくれたスタッフと、今僕たちが何をできるのかを考えた結果です。ダイリーグのカード部分の受けが良かったので、そこに注力しようと。デジタルカードゲームの世界に飛び込むなら尖った武器が必要だと。予算をやりくりして……文字通り社運を賭けた作品ですよ』

『なかなか好評のようだ』


 ネット上の反応は好意的なものが多かった。


『特にプロモーション動画が面白かった』


 カードゲーム系のYouTuberを連れてきて収録した動画は、「ポンコツデュエリスト」と話題になっている。


 お互い格好いいカードバトルアニメのようなセリフを言うのだが「フッ、かかったな! ここで俺の……あ、足りねえ!」とか「ここで黒曜石の竜を召喚ッ! そして次の、あっ、コンボ繋がらねえな!?」とか「フッ、いいのかそのカードをつかって」「な、なにッ?」「……あッ、いや……んんっ。いいのか!?」「いや通るんだろコレェ!?」とか「おい、バニシングドローしろよ」「あっそうか忘れてた」「売りなんだからさあ!?」などといったシステムの把握不足と慣れない格好つけからくるポンコツな反応が笑いを誘っていた。


 そのせいかYouTuberやVtuberによる動画投稿も増えていて、それを見たリスナーがゲームをやってみる、という流れができているように感じる。


『ありがとうございます。あれには本当に助けられましたよ。UBDさんには足を向けて寝れません』


 感謝、というスタンプが送られてくる。


『ちなみにユウさんはプレイしていただけましたか? あっ、ゲームの感想は結構ですよ。聞くと、いろいろ間違えそうなので』


 俺一人の意見では偏って役に立たない。シュウトも同じ考えだったらしい。


『ずーみーと遊ばせてもらった』


 VR機器ならたくさんあるからな。なお、プロモーション動画よりひどいへっぽこっぷりで、ライムの腹筋が死ぬことになった。


『それだけ聞ければ十分です。……いずれ大きな舞台で、ケモプロと並べるように頑張ります』

『こちらも精進しよう』


 既読だけが付く。俺は端末を懐にしまった。


「先輩、そろそろ報告会やるッスよ!」

「わかった」


 私室のふすまを開け、声のする方へ。みんなの待つ仕事場へと足を踏み出す。


 ◇ ◇ ◇


 4月28日。


「待たせたな。それじゃ報告会を始めよう」


 作業場には、従姉、ずーみー、ミタカ、ニャニアン、シオミ、ライム。そして『窓』こと巨大ディスプレイには、アッシュブロンドの犬系女子アバターのチムラと、自身の絵画姿のルイ。


 お互いそれぞれの仕事を報告しつつ、話はユーザーの動きに移る。


「言語を本番側にも適用して一週間。最初は特に目に触れる部分がない……ケモノたちの目にしか映らない内部的なものだから告知もしなかったが、もうユーザーが気づくとは意外だったな」


 ゲーム内の言語は、ユーザーの使用する言語しか表示されない設定だ。看板も広告もバックスクリーンに表示される選手名も、ケモノの目にはデータとケモノ語で表示されても、ユーザーには日本語設定なら日本語でしか表示されない。


「デスネ。ケモノ語って言語設定がない以上、表示されることはないと思ってたんデスケド」

「ムフ。まさか、ウルモトがノートを書いていたなんてね!」


 ウルモトのノート。ダイトラとナガモという二人の捕手が話し合っている内容を記したそれは、謎の文字として注目を浴びて言語の存在を浮き彫りにした。


「あれはどういう仕組みでケモノ語が表示されたんだ?」

「アレな……。あー、例えばよ、店の看板とかは日本語や英語のデータが用意されてる。今回ケモノにはケモノ語を学ばせるってことで、ケモノにはそこからケモノ語に翻訳したものを見せてるワケ。ところが、ウルモトがノートに書いてるのはデータだけだ。日本語も英語もない。だからこれまでは白紙に見えてたんだが」


 ミタカは肩をすくめる。


「日本語も英語もない、データだけの場合、ケモノ語に翻訳するっつー仕組みを入れた。今後必要になるからな。そしたら、こーなった。……まさか、いきなりそういうオブジェクトがあるとは予想してねェよ」

「ケモプロで扱うデータも大きくなりましたカラネー」

『いやあ、言語の担当者としては翻訳にチャレンジしてくれる人がいて嬉しい限りだね』


 絵画のルイがふよふよ浮きながら楽しげに言うと、ミタカはフンッと鼻を鳴らした。


「サンプルが少なすぎて単語ぐらいしか翻訳されてねェけどな」

「実際のところ、あれは何が書いてあるんだ?」


 自分でも見てみたが、アルファベットと数字が混ざっているなということぐらいしか分からなかった。


「全データ引っ張り出して確認したが、まァファンタジースポーツだな」

「ファンタジースポーツ……確か、ギャンブルだったか?」


 ケモノがギャンブルを?


「賭けちゃいねェよ。プロの選手をドラフトして自分の理想のチームを組み立てて、選手の成績でポイントを稼いでいくって遊びだな」

「つまりケモプロの選手で、ナガモちゃんとダイトラがチーム作って戦ってるってわけッスか」

「だな。で、ここで面白いのはよ。現実のファンタジースポーツでは、現実の試合の結果をポイントにしてその値を比べるんだが、コイツらは実際に試合させてんだよ」

「試合を……?」


 あの四人が顔を突き合わせて喋っているところで、試合が?


「ケモノのAIには『予測』する力がある。ボールはこういう軌道を取るだろう、あの選手はこういう球を投げるだろう……そういった予測をもとに、体を動かしたり決断をしたりしてるわけだ」

「つまり、ダイトラとナガモはお互いの『予測』を話し合って、架空の結果を決めているわけデスヨ」


 この投手は次はこう投げるだろう。そうしたら打者はヒットを打つだろう。そうやって意見をすり合わせているのだという。


『へえ、それはそれは。ずいぶん仲良しなんだね』

「まったくな。つーか、そこまではいい。予測をもとに試合の展開を考える、そこまでは想定していたんだが……」

『予想外のことがあったのかい?』


 ルイに問われると、ミタカは悔しそうな、それでいて嬉しそうな顔をした。


「あァ。外部ストレージを使われるとは思ってなかった」

「外部……ストレージ?」

「ウルモトのノートには、記憶しきれないデータを書き出してるわけだろ? それって記憶の外部ストレージじゃねェか」

『なるほど、確かにね。人間をコンピューターに見立てれば、記録というのは記憶の外部ストレージと言えるかもしれない……ああ、彼らはAIだったから、文字通りか』

「AIに割り当てられた記憶容量は決まってますカラネ。『しっかりした記憶』……ピース化された過去の記憶を予測によって再現して思い出すんじゃなくテ、一字一句まで記録された記憶を持つのには限界がありマス」

「そこでノートを使った、ってのが予想外だったワケよ」

『そういう時のためのアイテムじゃないのかい?』

「作った時はそこまで考えてねェよ」


 ミタカは肩をすくめる。


「ファンとの交流のための『サイン帳』の方が先にあって、ノートとかは派生で作っておいたアイテムだかんな。存在自体忘れてたぜ」

「ムフ。サイン帳は選手のサイン画像のほかに、データも書き込まれてるからね! データを書き込めるノートは、むしろ機能を絞ったバージョンとも言えるよ」


 なるほど。もともとある仕組みを応用して用意しておいたアイテムなのか。


「……思わぬところからのお披露目になったが、問題ないだろうか?」

『言語担当としては、問題ないよ』


 かなりの短期間で言語を用意してみせたルイは、穏やかに言う。


『これまで温めておいた架空言語のひとつに、ケモノらしい字形を与えて、野球に関する語彙を増やしたぐらいだからね。完成度は保証するよ』

「広報的にも問題ないよ! むしろユーザーが自発的に見つけてくれると、ほら」


 ライムが作業場の『窓』に記事を表示する。ゲーム系ニュースサイトの、『ケモプロに独自言語が?』という内容だ。


「ユーザーが見つけて盛り上げてくれた方が、やっぱり拡散力があるからね。お金も払わずに宣伝してもらえてお得だよ」


 こちらの思うような記事を広めてもらおうと思うと、それなりにお金はかかる。このタイミングでのお披露目になったのは想定外だが、幸運だと思うことにしよう。


「ケモノ語の全容が翻訳されるのはいつ頃になるだろう?」


 ケモノ語の翻訳エンジンを外部に出す予定は、今のところない。あくまでそれは監督シミュレーターやトレーニングジムで使用予定の『通訳くん』のためのものだ。しかしこの盛り上がりを見ると、ケモノ語が人力で翻訳される日が近いように思える。


『ケモノ語で書かれた本が出るのは、10月からだからね。それからだと思うよ』


 ルイが余裕をもって言うと、ずーみーが手をあげた。


「あ、そういえば結局、言葉の学習の方法は変えるんスよね?」

『ちょっと修正しただけさ。赤ちゃんから言葉を学ぶ、というのはなかなか面白い発想だから、それを活かしてね』


 ケモノは今、データ語とケモノ語を使える状態だ。データ語で話した場合、自動で翻訳がかかる。それで音声としてはケモノ語を喋り、通訳くんを通して人間とやり取りする。


 けれど、赤ちゃんに対してはこの翻訳機能が働かないようになっている。ケモノが自分で「ケモノ語を話そう」と決定して話した言葉しか、赤ちゃんには伝わらないようにしたわけだ。


『まずはケモノ語を学ぶことができる本を用意する。この本を使って、親は子にケモノ語で話しかけてコミュニケーションをとる。絵本の読み聞かせのようにね。こうして経験を重ねるうちに、親も子もケモノ語が喋れるようになる……予定さ』

「テストサーバーじゃもうその仕組みで検証してる。しばらくしたら結果が出るだろ」


 最終的にすべてのケモノたちが、データで考え、ケモノ語で話すようになるだろう。


『僕らはそれまでに本の種類を増やそうね、マリカお姉ちゃん』

『やめろ、猫なで声を出すな!』


 ギャアギャアとチムラとルイがやり合い、ミタカがうるせェと割って入り、また別の話を始める。報告会も賑やかさが増してきた感じだな。


「──……そういえば、ゴリラのホームラン数ってヤバくないスか? 昨日で通算45本スよね?」

「つっても、もう115試合だしな」


 ずーみーの振った話題に、ミタカは口をへの字にする。


「NPBのシーズン最多本塁打は60本。残り28試合で15本はでねェだろ……たぶん」

「ムフ。でも50本超えたぐらいでNPBの記録のトップ10に入っちゃうよね! 今期のゴリラの調子はバッチリだね!」

「なんでこんなに調子いいんスかねえ」

「そりゃー、サン選手のせいデショウ。コロナのせいで試合ができなくなったからか、オフシーズンぐらいのペースでゴリラと対戦してマスヨ」


 投球練習シミュレーターを愛用するサン選手は、毎回練習相手に雨森あめもりゴリラを指名していた。


「人間相手の練習で、何か掴んでいるということか?」

「なるほどッスねえ。まだこの状況は続くでしょうし、ゴリラ、さらに上げてきそうッスね!」

「チームの調子は悪いデスケドネ。島根に5連敗デショ?」

「あれは島根がヤバいだろ。11連勝でリーグ最多連勝記録更新したしよ。いくらナックルがあるからって、勝ちすぎてビビッたぜ」

「んー、でもNPBの連勝記録って18だし、普通だよ普通!」


 途中で東京に負けることがなければ16連勝ぐらい行けたと言われているな。今月の勝率が7割5分を超えているらしいし、本当に島根は調子がいい。が。


「……それだけ勝っても、ようやく5位なんスよねぇ……」


 これまでの負けが込みすぎた。いまだに上位陣とは開きがある。


『その代わり最下位に転落したのが伊豆だったね。どうかな、マリカお姉ちゃんの見解は?』

『伊豆は、ロビンにナックルで完封された記憶が強いんだろうね。他のチームはナックルと対戦する機会が少ないからそうでもないみたいだけど。むしろ私としては、ダイトラ君がチームにいい影響を与えているんじゃないか、という気がするね』


 ん?


「……ダイトラが?」

『ダイトラ君の出番が増えているだろう?』


 増えている。


 結局ルーサーもナックルを捕れなかったので、最近の島根はリードした状態で終盤になるとノリとダイトラがセットで出てくる。ルーサーの疲労や、北岸きたぎしタケシの不調も考慮して、ダイトラが先発出場することも増えた。


『それがいい緊張感を与えているんじゃないかと思うね。ダイトラに任せていられないぞ、という』

「なるほど……」


 ルーサーやタケシと比べたら、捕手としての仕事には手を抜いているようにしか見えないし、打撃の成績も冴えない。言っては悪いがチームのお荷物。それがチームに喝を……入れて……。


「……そう、かな?」

『……すまない。私も自分で言っていてどうかな、と思ったよ』


 しかし俺たちの微妙な感想とは裏腹に島根は快勝を続け、4月終了時点で最下位から4位にまで浮上するのだった。

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