初地上波放送 島根出雲ツナイデルス対伊豆ホットフットイージス 第16回戦(前)

 不安をよそに試合は盛り上がった。


 解説はケモプロをよく褒めてくれたし、初めてのケモプロ実況という目新しさも効いていたと思う。試合展開も一方的にならず、ほどほどに島根が苦しめられて負けていた。


『打った右中間抜け、ません! セカンド温泉水おんせんすいバラスケ、飛びついて取った! 一塁送球、アウト! ツーアウトです!』

『うーん、素晴らしいプレーでしたね。送球の判断もできていました。あれは軽率にゲッツーを狙ったらセーフでしたね。もちろん、抜けていたら同点もあったかもしれません。ナイスプレーです』


 カピバラ男子が顎の下をぬぐって立ち上がる。


『今日はツナイデルスもよく打てているのですが、イージスの本来の守備力が発揮されている形ですね』

『島根出雲ツナイデルス、チャンスを迎えての三番土屋つちやドーラの打席はセカンドゴロ。九回表2対0、2アウトランナー二、三塁。逆転のチャンスはまだあります。次のバッターは四番、指名打者、乾林かんばやしザン。本日ここまで4打席1安打』


 今日は指名打者で出場のセンザンコウ系女子がバッターボックスに向かう。ちなみに本来の守備位置の一塁は、従兄の乾林かんばやしガンが守っている。


 マウンドにはチンパンジー系女子が少し不安そうに構えた。


『八回から登板した日林ひばやしナナノ、バックに助けられています。ベンチには守護神の灘島マヤも控えていますが、動きはありません。島住しまずみキョン監督、続投を選択したようです』

『投球内容は悪くないですからね。投手と守備陣を信じるということでしょう』

『さあ乾林ザン子、この打席で次に繋げられるかどうか。1球目──バットを止めたがどうだ!? ストライク! ノースイングですがゾーンを通っていました、ストライクです』


 チッと舌打ちをして、ザン子は足元をガツガツと蹴って整える。


『緩いカーブでタイミングを外されましたねえ。お、何か考えていますよコワダさん』

『どうやら手を止めたことを後悔しているようですね。前に飛ばさないでどうするんだ、と』


 ザン子の思考の吹き出しを見て実況するのも、だいぶ手馴れてきた様子だ。


『2球目──ファール! 振りぬきましたがボール球でした』

『前に飛ばそうという意識は見えるスイングでしたが、これはいけませんね。ボールが見えていません』

『いや、待ってくださいこれは……どうやら仕掛けのようですね。乾林ザン子、不調と見せかけるためのスイングだったようです』

『おお、なるほど。いや選手の頭の中が見えると面白いですねえ』


 コワダの説明に、解説が興味深そうにコメントする。


『コワダさん、しかし捕手の乾原かんばらココロも何か考えているようですが』

『あ、これは乾林ザン子の思惑を見抜いているようですね。遊び玉なしで仕留めるようです。が、日林ナナノはちょっと不安そうですね』

『ほ~。これは三者三様で面白いですなあ』


 ナナノはココロ様のリードに不安を覚えつつも頷く。


『さあ第3球!』


 ナナノが腕を振り──もう1球ボール球がくると予想してスイングのそぶりを見せるつもりだったザン子は──ボールの初動を見て失敗に気づく。予想より速い軌道に、ガッ、と踏み込みを浅くし、バットを出し──



 カァン!



『打ったライト線切れない、フェア! ランナー還る! 2対2、同点! 氷園こおりぞのセイジ今ようやく追いついて、三塁送球もセーフ! スリーベースヒット!』


 三塁ベース上で、ザン子はガッツポーズをしてみせた。


『いやー、飛んだ方向がよかったですね』

『作戦は失敗でしたが、なんとか当てていけました。ツナイデルスにしては珍しく打線がつながったという印象です』


「お、言われてるッス」

「珍しいからね~」


『島根出雲ツナイデルスは、この勢いで勝ち越しを狙いたいところ。九回表2対2、2アウト三塁。バッターは五番、捕手の北岸タケシです』


 バッターボックスに向かうトド系男子は、ふうふうと肩で息をしていた。


『日林ナナノは続投。今日は守護神の出番はないようです。慎重な投球が続いております──打った!』


 快音が響き、白球が飛ぶ。


『先ほどと同じコースに飛んだ! 乾林ザン子、ホームベースを踏んで勝ち越し! 3対2! ライト氷園セイジ今──二塁送球! おっと、転倒!?』


 ばたり、と足をもつれさせてタケシが二塁手前で倒れる。慌ててもがいて二塁ベースを触ろうとするも、バラ助にタッチされてアウトとなった。


『北岸タケシ、全力疾走で二塁を狙いましたがアウトになりました。スリーアウト、チェンジです』

『疲れが足に来ているようですねえ。裏の守備が心配です』


「あちゃー。一塁で止まってればよかったのにね!」

「タケシくんはマジメなんで、行けると思ったら走っちゃうんスよねぇ……まあそれでマジメな守備をやってくれてるわけッスけど」


 転んだにもかかわらず駆け足で戻って防具を付け始めるタケシを見て、ずーみーは小さく唸った。


 ◇ ◇ ◇


『島根出雲ツナイデルス、九回表逆転に成功しました。3対2で九回裏の守備に回ります。コワダさん、八回からは村森むらもりブソンがマウンドに立っていますが、交代はあるでしょうか?』

『本来先発起用の村森ブソンですが、投手陣の疲労がたたっているため、この試合中継ぎで登板しています。この試合勝ちたいところですが、状況を考えると続投かなと……ああ、続投ですね』

『村森ブソン、こちらも八回から引き続き投げることになりました。試合を締めることができるか? 伊豆ホットフットイージスの先頭打者は、九番ショート森畑もりばたけタカネ』


 オレンジブラウンのネズミ系女子がバッターボックスに向かう。ウシ系男子のブソンは、肩をぐるぐる回してそれをにらみつけた。


『三番の、えー氷土ひょうどクオンでしたか。あの左バッターに回すことなく終わりたいところですねえ』

『マルオカさん的にも評価が高いですか、彼女は』

『ええ、いいスイングをしているし、ボールがよく見えていますね。判断力に優れた選手だと思います。この場面では手ごわい相手になるでしょう』

『なるほど。村森ブソン、なんとか三者凡退を達成したいところ。まずは第1球──』


 ブソンは制球に苦労するもなんとかタカネをファーストゴロに打ち取る。続く一番バッターは、ハイエナ系男子の砂南すなみなみブチマル


『──……カウント2-2ツーツーまで追い込みました。次の球を……これは変化球ですね。村森ブソン、頷きました。コーナーいっぱい空振り──後逸!』


 ぐいと曲がり落ちた球が地面を叩き、転々と後方に転がる。それをタケシは駆けだして捕球しようとし──べたりと倒れた。


『あっと転倒! 大丈夫か? いま追いついきましたが、砂南ブチ丸、ゆうゆう一塁セーフ。振り逃げ成功です。マルオカさん、今のは転ばなければ間に合ったでしょうか?』

『いやあ厳しかったですね。北岸タケシ選手は見ていて気持ちのいい全力プレーではあるんですが、さすがにこれはもう交代したほうがいいでしょう』

『となるとコワダさん、第三捕手の出番ということになるのでしょうか』

『そうですね。おそらく出てくると思いますが……』


「出てくるッスかね?」

「出てくれた方が漫画的には助かるよね!」

「まあいちおう主人公ッスからねえ……」


 見守っているうちに島根側からタイムがかかる。


『島根出雲ツナイデルス、タイムを取りました。自然しぜんアラシ監督、ブルペンへの内線を取ります。……交代ですね。キャッチャー、北岸タケシに代わり』


 ベンチ奥の扉を開けて、青い虎の男がヌッと姿を現す。


『山茂ダイトラ。リーグ最高齢の選手が出てきました』


 アナウンサーはその様子を見て一拍置く。


『……コワダさん、山茂選手、すでに汗だくのように見えるのですが』


 ダイトラのユニフォームからは湯気が上がっていた。


『えぇ……彼はその、ブルペンキャッチャーをやるのが趣味なので、今日は出番なしと思ってブルペンで受けていたのだと思います』

『なるほど。島根出雲ツナイデルスの選手は練習熱心なんですねえ』


 どっ、とずーみーとライムが笑った。


「いやーまあ、コワダさんはそう言うしかないッスね」

「普通は交代要員が汗だくになるほど練習しないもんね。ある意味正しいかも?」


 防具を付けたダイトラがキャッチャーボックスに向かう。


『さあ試合再開。九回裏1アウト一塁。バッターは二番、ファースト、峻嶺しゅんれいルビィ』


 白いヒツジ系女子がバットを構える。


『山茂ダイトラ、初球──ど真ん中ストレートを指示ですか』

『球威で押そうということなんですかね』


「コワダさんなんも言わないッスね~」

「言えないよね!」


『村森ブソン、頷いて──あっと盗塁!』


 ブソンがモーションに入ると同時に、一塁にいたブチ丸が走り出す。ルビィは援護のために空振りをし、ダイトラは──


『っと、キャッチャー投げません。これは、刺せないタイミングでしたでしょうか?』

『どうでしょう。彼の肩を見てないのでなんとも言えませんが、ギリギリだったかもしれませんねえ』


「ムフ。これは刺せたって言いたそうだね!」

「いや~、なんか違う意味で楽しくなってきたッス!」


 なんてことを言っている間にも試合は進む。


『ランナー進んで1アウト二塁。カウント1ストライク。山茂ダイトラ、再びど真ん中にストレートを要求です。強気な配球だがどうか──打った! サード取れない!』


 飛びついたマテンのグラブの上をボールが通過する。


『レフト前ヒット! ランナーは三塁でストップ! 伊豆ホットフットイージス、九回裏同点、逆転のチャンスを迎えました!』

『いやあサード惜しかったですね。もうちょっとで捕れそうでしたが』

『この試合好守を見せていた灘島マテン、先ほどは一歩及びませんでした。さあ伊豆ホットフットイージスは好打者を迎えます。三番、指名打者、氷土クオン』


 オオカミ女子がバッターボックスに入る──と、ダイトラがタイムをかけてベンチに向かった。


『おや? 監督から呼ばれたんでしょうか?』

『いや、これは山茂選手から監督に直訴していますね。……ブソンの球威が落ちているから交代させろと言っているようですが、監督は替えが思い当たらないと拒否している状況です』

『ははあ……』


「おー、いつものダイトラムーブッス」

「普通はこんなことしないし、困惑するよね」


 ダイトラは首を振るアザラシおじさんの肩に腕を回し、一人の選手の名前を挙げる。アラシ監督は躊躇するも、ダイトラが再度肩をゆすり──……アラシ監督は頷く。


『どうやら投手交代のようです。あっと、村森ブソン、ベンチまで抗議しに来ましたが?』


 ベンチに駆け寄ったブソンが、声を上げてダイトラに詰め寄る。しかしダイトラは鼻を鳴らして、それを片手で押しのけた。


「疲労が隠せてないぞ? みたいな感じッスかね」

「確かに球威もなかったみたいだしね~」


『え~……疲れの見える村森選手では氷土選手を抑えられない。打たれるにしても他の選手の方がマシだ……というようなことを言っていますね』

『あっ、村森選手、怒ってベンチから奥へ引っ込みました』


 ベンチ奥の扉で一人のケモノ選手が、怒りを振りまくブソンとすれ違う。キョトン、とするケモノ選手。


『投手交代。村森ブソン選手に代わり──』


 モチーフになった動物の名は、ミナミキノボリハイラックス。


洞ヶ木うろがきノリ選手がマウンドに上がります!』

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