地上波放送開始
4月2日。
「お、そろそろ始まるッスよ」
万年コタツに入って俺の膝の間に収まる後輩は、そう言ってリモコンを操作する。
「あ、時間なんだ」
「お邪魔するね~」
言って従姉とライムも入ってきた。これでテレビに向かって三面が埋まる。
「ムフ。シオミお姉さんも入る?」
「私はこちらからで構わん」
作業場の椅子に座ってシオミが応える。テレビは作業場の方を向いているから見れないことはない。メガネをしていないが、あれは伊達メガネだし視力には問題ないし。
CMが終わると、「この後すぐ、ケモノプロ野球とは?」というテロップが入った画面で男女のアナウンサーが話し始めた。スタジオ内でだいぶ距離をとって立っている。
『この後は、地上波初放送! ケモノプロ野球の実況をお届けします!』
『ケモノプロ野球とはなんなのか? この後詳しく解説いたします!』
──そしてCMに入った。
「お、おぉ……」
「ムフ。まあまあ、こんなもんだよ!」
呻くずーみーに、ライムが笑ってツッコミを入れる。
なかなか長いCMが明けた後、再び二人のアナウンサーが現れた。
『本日から地上波で、ケモノプロ野球リーグの実況放送が始まります!』
『ノブカワさん、ケモノプロ野球リーグってなんでしょう? プロ野球……とは別なんですよね?』
女性アナウンサー側が聞き手役に回る。
『そうですね。トヨシマさんはケモノ、ってご存知ですか?』
『動物……のことではないんですね?』
『惜しい! ディズニーなどのアニメに登場する、動物を擬人化したキャラクターのことを、アニメファンの間ではケモノと言うんですね。そのケモノたちが行うプロ野球のことをケモノプロ野球と言いまして』
「うーん。定義がちょっと……」
「テレビの視聴者向けの説明だから仕方ないよ」
ずーみーが首を傾げ、俺の顎をもさもさの髪が撫でていく。
『えっ、でもそれはアニメキャラクターであって実在しないですよね? それが、プロ野球を?』
『そう、実はケモノプロ野球というのはコンピューターゲームなんです』
『コンピューターゲームの野球の試合を放送するんですか?』
『百聞は一見に如かず、まずは映像をご覧ください』
アナウンサーの背後でケモプロの試合の映像が流れ始める。
『わあ、リアルですね。ケモノ? もかわいかったり、かっこよかったり、いろいろいます。これがゲームなんですね。ということは、流行のe-Sportsの実況放送ですか? いったい誰が操作するんです?』
『実はこれ、誰も操作しないゲームなんです』
『ええっ?』
『より正確に言えば、この選手たち一人一人が、独立したAIによって動いているんですよ』
『AI! 人工知能ってことですか?』
『普通のゲームでは、ひとつのAIがキャラクターをすべて動かしています。しかしケモノプロ野球では、泣いたり笑ったり、人間のような反応をするAIがそれぞれの選手の中にいるんです』
「うーん……それもちょっと」
「視聴者向けには、ケモプロのすごさを分かりやすくしないとね」
今度は従姉がぽつりとつぶやいた。
『選手の数だけAIがある、ということなんですね』
『しかも現実と同じくスケジュールに沿って、リアルタイムでペナントレースを行っていて、今年でもう3年目になります。メジャーリーグの地アメリカでも今年別リーグが開催されているこのケモノプロ野球、実はプロの野球選手もそのリアルさに注目するほどのゲームなんです』
アナウンサーがそういうと、映像が切り替わる。複数の野球選手たちが、ビデオレターという形でケモプロについて語っていた。
『僕たち選手はいろんなゲームに出ることになるんで、結構野球ゲームはチェックしてますね。あのゲームのお前能力低いぞ、とか、お前|(のキャラクター)エラーするなよ! とか言い合ったり』
『ケモプロは自分たちが出ないんで気楽に見れます。もう一つの野球リーグって感じですね』
『ボールも選手の動きもリアルで、むしろプレーの参考にしているところもありますね』
一人一人の映像を切り替えて、ケモプロへの感想をつなげていく。
『ベンチの中でも選手がそれぞれ動いていて面白いですね。他のゲームだと、いや俺お前とそんな仲良くしないし! っていうシチュエーションがあったりするんですけど。ケモプロは仲良い選手と悪い選手がいたりして、仲悪いと本当にケンカしてたりして、見ていて面白いですよ』
『注目している選手はいっぱいいますけど、やっぱりゴリラですね。東京のゴリラのバッティングは、見ていて本当にうまい! ってなるんで』
『新型コロナウイルスの影響で、プロ野球はまだ開幕できませんが、野球の面白さはケモノプロ野球でも同じです』
『また球場で会える日まで、しばらくの間ケモノ選手たちにバトンを託します!』
「おぉ……すごい好意的なコメントッスね。びっくりしたッス」
「ちょっと盛ってはもらったけど、本当に見てる選手は多いらしいよ?」
カナとタイガのマネージャー、エーコから聞いたところによると、ビデオレターに手をあげた選手は選別しないといけないほど多かったらしい。
「やっぱり選手も野球が好きだから、野球がなくて寂しいんじゃないかな!」
『はい。このようにリアルな野球を追求したケモノプロ野球は、プロ野球選手たちからも「もう一つのリーグ」と呼ばれるほどのものなんですね』
『なるほど、プロも認めるリアルさのあるゲームなんですね』
『またそのリアルを追求したゲームの技術を応用して、野球選手のトレーニングにも使われているんです』
また映像が切り替わると、次は投球練習シミュレーターについての解説が始まった。しばらく解説があったと、導入したチームのピッチングコーチのインタビューが入る。
『新型コロナウイルスの影響で全体練習ができない状況の中、非常に助かってますね。投手と捕手っていうのは、試合経験がモノを言うんですが、それ(試合経験)を積もうと思ったら実際に試合に出すしかないわけです。ただ試合数というのは限られているので、育成は難しい。こういうシミュレーションであっても練習には有効なので、導入数を増やしていきたいですね』
映像がスタジオに戻ってくる。
『へえ~、ゲームを作った技術で練習用の機械まで作ってしまったんですね』
『このケモノプロ野球、もちろんゲームなので新型コロナウイルスの影響はありません』
『たしかに、ゲームには人間の病気はうつりませんね』
『はい。ですのでケモノプロ野球リーグは、昨年12月から始まったペナントレースの真っ最中。4月からはペナントも終盤に入り、ファンも盛り上がっています。現実のプロ野球は惜しくも開幕延期となってしまいましたが、いつかプロ野球が開幕するその時まで、この番組ではケモノプロ野球リーグの様子を放送させていただくことになったんです』
『なるほど、そういうことなんですね!』
『このケモノプロ野球リーグを開発、運営している会社の代表にも今回の放送に関してメッセージをいただきました』
「おっ、来たッスよ」
「ここで収録したんだからもう見ているだろう」
「放送されるっていうのが重要なんスよ~」
ずーみーがぐりぐりと胸に頭を押し付けてくる。テレビの中では俺が話を始めていた。
『新型コロナウイルスの影響で様々なスポーツが興業の中止を余儀なくされ、関連する産業にも影響を与えています。野球選手だけでなく、野球の実況放送、野球の報道をする方々の仕事も失われています。そこで今回、ケモノプロ野球を役立てていただくことにしました。この災禍の間、無償で提供させていただき、野球ファンの皆様の心の癒しに、関係者の仕事の創出に役立てればと考えています』
「無償って言っちゃうんスね」
「プロ野球の中止にかこつけて、おいしい思いを! って逆恨みをする人もいるかもしれないし、アピールは大切だよ。ま、もっとも露出が増えて得しているっていうのは事実だけどね!」
ライムは雲のように笑う。確かにKeMPBは一見得したように見えるが、苦しい部分もある。差し引きでプラスになるように持っていけているのは、ライムとサトシの頑張りのおかげだろう。
『それでは世界初。AIがプレーするプロ野球の試合、地上波生放送!』
『この後すぐ、お見逃しなく!』
テレビは再びCMに入る。
「世界初ッスか」
「日本の地上波での生放送は初めてだな」
「ムフ。物は言いようだよね!」
この間放送したのはCSだし、嘘は言っていない。正しい箔ならばいくらでもつけてアピールするべきだというのがライムの言だ。
「ま、何はともあれ、試合の放送が楽しみッス!」
◇ ◇ ◇
CMが明けて野球場が映る。常の野球放送と違うところは、それがよく見ればCGでできた球場であると分かることと……画面の端に常にケモプロを放送中であることの注意書きが表示されていることだろう。
「おお、L字放送はちょっとドキッとするッスね」
「何も知らない人が見ても訳が分からないだろうし、説明は必要だよ。常に宣伝してもらっているようなものだし、こっちとしてはお得だよね」
ケモプロとは? 詳しくはこちら! という公式サイトへの案内のQRコードも常に表示されている。
『さあ初の地上波生放送が行われます、ケモノプロ野球。実況はわたくし、ツクダ。解説には野球評論家のマルオカさん、そしてケモノプロ野球をインターネット上で実況配信しております、東京セクシーパラディオン公式実況者のコワダさんをお招きしております。今回は新型コロナウイルス対策で三密を避ける、ということでそれぞれリモートで参加していただいております』
『よろしくお願いします。いやーリハーサルもしましたが、意外と問題なくできますね』
『コワダです、よろしくお願いします』
少しの間だけ、三人がビデオ通話しているところが映される。
「あれ? 今日は東京の試合じゃないのにコワダさんなんスか?」
「テレビ局側からの指定でな。慣れている人がいいと」
「コワダさんは前に局アナやってたから、信頼があるんだよ。あと顔出しもOKだからだね」
基本的にケモプロの実況者は顔出しNG、というかアバターの姿で活動しているからなあ。ナゲノも最初リアルイベントへの出演を依頼したとき、すぐには頷いてくれなかったし。
『さて本日はケモノプロ野球の実況ということで、ご覧の通り球場には動物が擬人化された選手、ケモノ選手が試合前の練習を行っています。マルオカさん、ケモノプロ野球についてはご存知でしたか?』
『いやー、お恥ずかしながら見るのは初めてです。ですが今この練習の様子を見ていて、プロ野球を見ているのとなんら変わりないリアルさを感じましたね。この選手、ひとりひとりが、別のAIで動いているんですか、コワダさん?』
『そうですね。それぞれ個別の経験を持ち、個別の練習をしたAIです。体格もそれぞれ違うので、普通のゲームのようにモーションを人間が作るのではなく、自分で学習して最適なフォームを探しているんですよ』
『確かにコンピューターゲームのように、皆が同じ動きをしているようなところはありませんね。いやあすごい時代だ』
グラウンドではケモノ選手たちが試合前の練習をしている。
『本日はケモノリーグ、伊豆ホットフットイージス対、島根出雲ツナイデルスの試合をお送りします。コワダさん、両チームの特徴はなんでしょうか』
『伊豆ホットフットイージスは守備力とチームワークが売りのチームですね。投手では
『監督が、産休。女性監督で。ははぁ、すごいですね』
『ケモノプロ野球リーグでは女性選手も多いようですね』
『そうですね。ショートの選手兼任監督なのですが、守備の要のようなところがありまして。彼女が抜けた結果、守備が上手く機能せずにチームは調子を崩しています。今回、監督代行の
確かにオーダーを見ると、いつもとは違う配置になっているな。というか毎回違う配置の気がする。迷走しているんじゃないだろうか。
『なるほど。島根出雲ツナイデルスはどうでしょうか?』
『島根出雲ツナイデルスで有名な選手は、やはりサードの
伊豆以上にオーダーが見覚えがない島根だった。
『正捕手の故障は厳しいですねえ。代わりの選手はいるんですか?』
『
『第三捕手までいるということは、捕手を大事にしているチームなんですね』
『ええ、まあ……そうとも言えますね』
「コワダさんめっちゃ歯切れ悪いッスね」
「ムフ。まさか本当のことは言いづらいよね!」
『さあそろそろ試合開始です』
『いやあ、プロの試合と変わらない進行で、久しぶりに野球を見たっていう気になりますね。これは試合も楽しみです!』
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