結婚するなら?

 三練習試合に登板無失点も勝利ならず / 名勝スポーツ 2020年3月21日の記事


 ――……開幕戦の代替として行われる練習試合の第二戦、三投手は六回を投げ無失点で降板したものの、後続が打ち込まれ白星はつかなかった。一方DHで出場した天間選手は、交代後の殿岡から右安を放ち4打数1安打、明日の試合……――


 ◇ ◇ ◇


 天間七回3失点にて勝利 / 名勝スポーツ 2020年3月22日の記事


 ――……の練習試合第三戦、天間投手は七回を投げ3失点で白星をあげた。一方二日連続で先発した三投手は五回、五番DHで出場した大村選手にタイムリーを浴びて1失点で降板。公式戦ではないため逆インセンティブは発生しないものの今後の……――


 ◇ ◇ ◇


 本日のツツネさん / ケモプロユーザーブログ 2020年3月23日の記事


 (画像:観客席で観戦しているツツネと黒男のスクリーンショット)


 今日はツツネさんは和装で黒男監督とお出かけ。


 まだ妊娠2か月目なのでおなかのふくらみもまだまだですが、今後は洋装が増えてくるかも?


 お出かけ先は出雲ドーム、伊豆対鳥取の試合を観戦していました。


 試合はツツネさんが見守ってくれた効果か、5対4でなんとか伊豆の勝利。5連敗から脱出し、ツツネさんもホッとした様子です。


 ツツネさんの精神衛生上、イージスにはなんとか勝っていて欲しいのですが、なかなか守備がうまくいかない様子。


 出産予定は11月初旬なので、12月の開幕戦にはなんとか復帰できるはず。


 今季はもう難しいですが、来季の優勝に備えて元気なお子さんを産んで欲しいですね……。



 ◇ ◇ ◇



 声優養成所WAPPA高田スクールからほど近い、静かなジャズピアノが流れるバー。


「それじゃ、ケモプロの成功に乾杯ネ」


 グラスを合わせて、ピンク髪の長身の男――ワッキャ先生が微笑んだ。


「成功……なのか?」


 ケモプロの目標は何十年と続けること。今年になってもおそらく十分の一も達成できていない。


「んモウ! 相変わらず真面目ネ! しばらく会ってなかったし、それまでの間のアレヤコレヤのお祝いよ。それに」


 空席の目立つ店内を手で示して、ワッキャ先生は肩をすくめる。


「新型コロナウイルスで自粛自粛なんでも自粛って感じなのに、ユウちゃんのところのケモプロは元気じゃない?」

「確かに、これまでよりユーザーは増えたな」


 プロ野球もオープン戦が始まるとガクッと視聴者が減るのが例年のことだったが、今年は大半が無観客試合で行われた影響か、ケモプロの視聴者数はむしろ伸びていた。実際に外出することなく集まって野球を応援できるのは、こういうときに強みになるらしい。おかげでいろんな会社から参考にしたいとかなんとか、いろいろ声をかけてもらってはいる。ライムも「商機だよ!」とか言ってサトシと忙しそうにしていた。


「だがリアルイベントはいくつか中止したし、無傷というわけじゃない。それにそもそもの原因を考えるとあまり喜べないな」


 トイワード日本支店のグランドオープンイベントは予定通り行ったが、予想よりも人が来なかった。こんな状況でもアメリカから来てくれたトイワード創設者のジョージは、来店者たちに機嫌よく対応していたが。


 それに国内イベントはまだしも、海外に行くのが……なかなか難しい。ジョージも帰国後は自主的な隔離を求められたとかで2週間外出できなかったらしいし。こうなるとオンライン会議を活用していくしかないが、どうしても時差はあるし。


「その口ぶりだと、ワッキャ先生のところにも影響が?」

「こっちもイベントが中止になったり、収録が延期になったり、いろいろヨ。スクールの方は人数を減らしてやってるけど、機材の消毒とか手洗いは徹底するようにしてるワ。今回だけでなく、普段からやっていきましょうネ、ってスタッフたちとは話しているわヨ」

「確かにその通りだ」


 特に外回りの多い俺は一段と気を付けないと。


「それで、今日はユウちゃんはどんな用事?」

「仕事の話をしにきた」

「アラ。モモちゃんは今日は来てないわヨ?」


 ワッキャ先生はグラスを傾けながら言う。


「あの子は学校もスクールも卒業したし、『ササ様』のおかげでいろいろ仕事がもらえるようになったから」

「子供向けのアニメの妖怪役だな」

「準レギュラー、でもキャラ人気で出番が増えるかも? って噂ネ」


 家のテレビではなかなか時間が合わないが、ブライトホストの映像配信サービスHakocatsで配信しているからなんとか見れている。


「いいことだと思う。……が、今回はクモイさんに仕事の依頼じゃないんだ」

「アラ、そうなの。それじゃあ?」

「ワッキャ先生に依頼をしにきた」


 キラリと光る眼を見返して、言う。


「アニメの企画があるんだ――オーディションに出てもらえないだろうか?」


 ◇ ◇ ◇


「あら、アニメの企画だなんて嬉しいわネ。ユウちゃんが直々に口説きにきてくれるってことは、ケモプロ関連かしら?」

「そうなる。ワッキャ先生はシノザキタカラコという漫画家を知っているだろうか」

「タカラコ先生? 当然じゃない! 青春の1ページだワ~。デビュー作の『こうべをたれぬ稲穂かな』はもう連載当初から追ってたわヨ。お姉ちゃんと雑誌の取り合いっこなんかして」

「それなら去年の10月から新しく連載をしていることも?」

「あら」


 ワッキャ先生は口元に手を当てて目を見開く。


「存じ上げなかったワ! 単行本とかは本屋でチェックしてるんだけど」

「今はワルナス文庫がやっているWebコミックの、『ワルナスオンライン』でケモプロを題材にした漫画を連載している」

「Webコミック。時代ねェ……ちょっと教えてもらってもいいかしら?」


 ワッキャ先生のスマホにアプリをインストールして布教する。


「『レミは静かに野球がしたい』、いいわネ。タカラコ先生って感じがするワ」

「これがなかなか好評でな。当初は短期連載、という話だったのだが、筆がノッたとかでみっちり三年間の高校野球生活を描くために長期連載に切り替えることになって……」


 そういう事情で、アシスタントに取られたまさちーは返ってきていない。この世代にしては珍しくアナログ作業もできることがいたく気に入られたらしい。一応ずーみーとはオンラインでやり取りしていくらか『ケモノ野球伝』を手伝ってはもらっているのだが……勉強する暇があるのか心配だ。


「で、その連載が別の出版社の編集長に目をつけられてな。なんでもシノザキのファンで、かつて編集をやっていたこともあるらしい。で、掲載紙の移籍を持ちかけてきたんだがシノザキはワルナス文庫に義理立てをすると」

「タカラコ先生らしいわねェ」

「それでも諦められないということで、なら出資をするからアニメ化しないかという話になったんだ」


 それを知った時は、さすがレジェンドは伊達じゃない、と思ったものだ。才能だけじゃなく持っている人脈――『めぐり合わせ』がとてつもないなと。ちなみに制作会社はケモプロ繋がりということで、『ササ様と学ぶ野球』を作ったマルイミカン。ちょうどスケジュールが空いていたとかで……運の良さもレジェンドたる所以か。

 ただこれも、新型ウイルスの影響でアジア各地のアニメスタジオの手が足りなくなってきた現状、「今のところ」の話だ。スケジュール的に問題はないはずだが、長引けば分からない。


「さすがねェ。それで、アタシに話をくれるのは、ユウちゃんのご指名かしら?」

「いや、シノザキからだ。登場人物にひとりオネェキャラがいてな。シノザキに希望する声優を聞いた時に、名前が挙がって。それなら俺が話をしてこようと」

「あらまあ! 光栄だワ!」


 ワッキャ先生は両手を組んで頬にあてる。


「オネェキャラで売っていてよかったワァ! ぜひオーディション、受けさせてもらうと伝えてもらえるかしら? 今ならスケジュールの調整も効くし」

「わかった」

「まったく、つくづくこのお仕事は『めぐり合わせ』だと思うわネ……で」


 ワッキャ先生は――声を潜めて言う。


「それならメールとか電話でもよかったと思うんだけど……アポなしでスクールに来た理由、他にもあるんじゃないかしら?」

「――ちょうど近かったから、というのもあるんだが」


 俺は名刺入れからひとつの名刺を取り出す。ワッキャ先生の名刺。裏面に、個人的な連絡先の書かれたもの。


「相談しようかどうか迷っていて。だからもし会えたら、相談しようと考えたんだ。……仕事以外の悩みなんだが、聞いてもらえるだろうか?」


 ◇ ◇ ◇


「聞くワ」


 ワッキャ先生は背筋を伸ばして身構える。


「絶対に笑わないし、他の人に話したりもしない。途中で切り上げたくなったらそれでいいから……ネ?」

「ありがとう。……大した話じゃないかもしれないんだが」


 とはいえここしばらく悩んでいたことでもあるし、自分では答えが出なかった。当事者ではない誰かに聞いてもらいたい、ということはある。


「結婚ってしないといけないものなんだろうか?」

「……予想より一足飛びに来たわネ。どうしてそう思ったのかしら?」

「ここ最近、二回ほど結婚を申し込まれてな。どちらも話は流れたんだが……」


 たださすがにその後もバレンタインでプレゼントを贈られれば、好意があることぐらいは分かる。お返しも嬉しそうに受け取っていたし。


「好きあっているもの同士が結婚するものだとは知っている」

「まあ、一般的にはそうネ」

「ただどうも……俺は成人したにも関わらず、まだ思春期というものが来ていないみたいなんだ」


 異性と接触してドキドキするとか、よくわからん。

 中学生にあがって、カナとニシンと遊んだ時にそういう話をしたら、二人には「じゃあ思春期が来たら教えてね」と言われたことがある。それからずっとその約束は果たせていない。


「一般的にどういう状況でどんな反応をするのかとかは、アニメや漫画を見て分かっている」


 今時ネットにはその手の情報があふれかえっている。ずーみーにいろいろ見せてもらったのもあるし、結構幅広く知っているとは思う。なのだが、俺にはいまいちピンとこない。


「それで、いろいろネットで調べてみたんだが、俺の例に当てはまりそうなのは――」

「ストップ」


 ワッキャ先生は静かに、しかし思わず従ってしまう声で言った。


「まずひとつだけ確認させてネ。そのことで苦しい、困っている、そういう状態かしら?」

「いや。今のところは……悩んでいるぐらいだ。どうにかしないといけない、というわけじゃない」

「ならアタシからのアドバイスはネ――苦しんでいないなら、結論を急がない。いえ、探そうとしないで」

「探そうとしない?」

「アタシってホラ、こういう言葉遣いだし、運命の人はかっちゃんだって公言してるじゃない?」


 かっちゃん――コムラカズミ。NoimoGamesの社長で、男性で、既婚者だ。ワッキャ先生から聞いた。


「今のところ男性にしか性的魅力は感じないし、そうなると世間的にはゲイとカテゴライズされるわけだけど、アタシはそうは思っていないのヨ」

「では何と?」

「運命に出会ってないだけじゃないかって」


 ワッキャ先生はウインクする。


「もしかしたら、アタシがときめいちゃう女性が現れるかもしれないじゃない? かっちゃんなんて忘れちゃうような」

「なるほど」

「人の心なんて移り変わるものヨ。時が、環境が、その人を変えていく。性的嗜好だってそう。若くてきれいで細身の女性しかありえない! って言っていた人が、年を取るにつれて中年もいいよね、太ってるのも魅力的だな、なんて言い始める。女しかありえない! って言ってた人が、男装令嬢から男の娘、女装男子に目覚めて、男でもいいな、なんて言うことだってある。『これしかありない』なんて言葉は、自分を型に当てはめて可能性を狭めているだけ」


 ずーみーも「性癖は広げるもの!」とか言ってたな。


「自分を『こうだ』なんて決める必要はない。アタシは『今はこうなんだ』と認めて、未来の可能性を受け入れることにしているワ。無理やり答えを探そうとするのはおよしなさいな、そんなの心が傷ついちゃうワ。きっと大事なのは『その時』を待つ心をもつこと。ユウちゃんの話で言えば、 『今は恋愛とかわからん』、けど、『この先どうなるかもわからん』……『その時』は一生こないかもしれないし、いずれ大恋愛をするかもしれない。そう考えたほうが楽しいんじゃない?」

「確かに」


 カテゴリ分けして、それにぴったりと当てはまる人間なんていないだろう。誰もがどこか歪なはずだ。


「もっとも、苦しくて限界だ、ということであれば話は別。『こう』なんだと決めて受け入れた方が楽になれるワ。もしかしたらそれが正解かもしれないしネ……変わることなんて一生ないのかもしれないし。マ、未来のことなんて分からないわネ」


 そういうことであれば、今は結論を探すのはやめるとして──


「──そうなると結婚も、それまで保留にしておいていいのか?」

「んー、そうネ……ユウちゃんは会社の社長さんだからねェ」


 ワッキャ先生は首をひねる。


「後継者問題として、ユウちゃんに結婚を求める声は上がるかもしれないわネ」

「……つまり、子供に会社を継がせる? それはどうなんだ?」


 会社のために子供を作るということか?


「世間的には、親子というだけで強力な信頼関係があるのヨ。ユウちゃんの子供が事業を継いでくれるなら安心だ、ってネ。何十年とケモプロを続けるんだったら、信頼できる後継者は必要でしょ? あとは会社を相続する時の税金が安く済む、とかかしら? ユウちゃんのは合同会社だからちょっと違うかもだけど」

「………」

「あとは事業のパートナーとしての強力な結びつきを求めて、ユウちゃんと自分の子供を結婚させたい、っていう会社さんもでてくるかもネ?」

「結婚相手の会社なら優遇するだろう、と?」

「そ。あとは古い体質の会社だと、『この年にもなって結婚していない人間は信用できない』なんて言われたり?」


 ……なるほど。会社の代表ともなると、結婚も個人的なもの以上のものとして扱われるのか。


「ま、きっとそんな頭の固い会社はユウちゃんからお断りでしょ? 結婚については好きにしていいんじゃない? それこそお互いが納得できれば、ユウちゃんがその人に恋をしていなくたって、結婚すればいいワ」

「いいのか?」

「ラブがあればいいのヨ。愛している子ならたくさんいるんでしょ? 身を挺してでも助けたい、一番大切な子たち」


 いる。あの日訊かれた時よりもずっと大切になった人たちが。


「ユウちゃんのラブを理解してくれる子なら、受け入れてくれるんじゃないかしら? もっとも、結婚なんて今やメリットはねぇ……」

「そういえば結婚すると何が良くなるんだ?」

「社会的地位を周りから認められる、というのが一番かしら? 子供も含めてネ。あとはパートナーが親族として認められるから、代理人としての手続きがいくらか省けたり。あとは遺産相続で有利ヨ。配偶者控除は……ユウちゃんのお相手は考えなくてよさそうネ」


 遺産を相続する予定は今のところないな……死にそうになってから考えればいい気がする。もっとも、相続するようなものはないんだが。今日だって財布は軽いんだ。


「結婚のデメリットは、姓を変える手続きがいろいろ大変ってことかしらネ。この辺りは、今後夫婦別姓が認められれば問題なくなると思うケド」

「なるほど……」


 従姉とだとそういう手間はないな。


「参考になった。時間を割いてくれてありがとう」

「いいのヨ。ユウちゃんとアタシの仲じゃない。それにアタシの自己満足的な面もなくはないし」


 そんなことはないと思う。


「ユウちゃんの今後の幸多からんことを願ってるワ」


 しかしワッキャ先生は、いたずらめいた笑みで俺の言葉を封じるのだった。

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