川の上の次世代部屋

 3月25日。


「新型コロナウイルスのばかやろーっ!」


 アッシュブロンドに染めた髪を腰まで下ろした細身の女性がそう叫んでグラスを掲げると、その場に集まった人間から苦笑が漏れた。


「よっ、着物仕立て損!」

「大学の時ケチるからだぞ!」

「うるさいうるさい!」


 女性は壇上で地団太を踏み、参加者はそれを笑いながら自席でグラスを掲げる。


「どういう意味だ?」

「えっとね」

「直接話した方がはえーだろ」


 従姉が俺に説明しようとすると、ミタカが肩をすくめて歩を進める。顎でついてこいと示すので、後を追った。


「ようチム。卒業おめっとさん」

「ああ、うん」


 アッシュブロンドの女性は気勢をそがれた顔で壇上から降りると、咳ばらいをして笑顔を作った。


「ありがとう、アスカ。立派な会場まで用意してもらっちゃってね、嬉しいよ。……ただ、ちょっと寒くない?」


 夕日も落ち、柔らかな照明が照らすレストランには、風が吹いていた。風上には、たゆたう水――川の上、オープンテラスのレストラン。


「しゃーねェだろ。この人数で密閉空間とか、このご時世にリスクたけェだろ?」


 世間では新型コロナウイルスの脅威が騒がれている。


 しかし従姉たち次世代部屋にとってこの時間は特別で、それならと検討し選ばれたのがこの川の上のレストランだった。風が吹いていて換気という意味ではこの上ない。参加人数も少ないが規定料金を払って貸し切りにしてスペースを確保した。おそらく年に何度もないぐらいのガラガラっぷりだろう。


 今日は次世代部屋の仲間のひとりの卒業祝い。閑散としたレストランに集まっているのは、俺には計り知れない頭脳を持った人たちばかりだ。人数の少なさなんて感じないほどの存在感が、この場にあふれていた。


「全員タクシーで家から直行、ガラッガラにした上で個別配膳。ここまでやってまァ、外に聞こえたら叩かれるだろーな。まァ今んとこ東京は呑気なもんだがよ。こん中でうつされでもしたらニュースに載るぜ? 気をつけろよ」

「それは、ぼくらのうちの誰かが新型に罹患してるって言いたいのかい?」

「イヤ、ムッさんは第一候補だろが」

「デスヨネ」


 明るいモンブランのような前髪を無造作に頭の上で束ねたメガネの男――ミシェルに向かって、ミタカとニャニアンは疑問の目を向ける。


「いや検疫はちゃんと受けたからね? 確かに中国の工場に視察に行ってたけど、武漢じゃないし? 帰国してから自主的に2週間家に引きこもりまでしたんだぞ? 健康チェックだって問題ない」

「必死なところが怪しいよな、これだから変態はよ。つーか、まずこっちを先にさせてくれや。な、チム」

「そうだね、私も紹介させてほしい」


 チムと呼ばれた女性は、俺の前に立つ。


「初めましてだね? 私はチムラマリカ。ツグの友人――というか、あの部屋の仲間だ」

「オオトリユウだ。KeMPBの代表をやっている。大学院の……博士課程、卒業おめでとう」

「やあ、ありがとう。素直な言葉は心にしみるね。ここにいるのはみんなひねくれちゃってさあ」

「オマエが言うか」


 ミタカがあきれたように言う。


「まあまあ。人間大なり小なりひねくれているものさ」

「ミタカから、チムラはケモプロに協力してくれていると聞いている――AIの思考について、設計を手伝ってくれたとか」

「マリカお姉さんと呼んでくれ」

「マ――」

「チムラでいいぞ」


 言われたとおりにしようとしたとたん、ミタカが割って入った。


「本人が――」

「チムラって呼べ。な? そう呼んどけ」

「……わかった」

「残念だ」


 しゅん、とチムラは眉を下げる。


「それで、ああ、AIの話だったね。いやあ、面白いことをやっているよねえ!」


 が次の瞬間にはニッコニコして早口で語り始めた。


「あんなにお金のかかったシミュレーションを用意してくれるなんて、神かな? と思ったよ。アスカから最初に話をもらったときは、こんなことになると思わなかったけど。AIの赤ちゃんを作るなんてアツいよ。もうこれからどうなるのか楽しみで楽しみで仕方ない!」

「ちゃんとした報酬も出さずに手伝わせてしまって――」

「ああ、いいんだ! とても興味深い仕事だからね! おかげさまでケモプロをテーマに論文もいくつか書かせてもらったし、いい研究テーマになったよ」

「心理学が専攻と聞いているが」

「ああ心理学と言ってもいろいろ種類があるんだ。認知心理学とか発達心理学あたりがケモプロのAIと縁が深いかな? AIの心を作るってことで、そのあたりをいろいろアスカに説明したりね。まあでも私なんて大したことないさ。実装したのはツグとアスカだからね。それに心理学者なんて言ったら変人のイメージがあると思うけど私はごく普通でがっかりしたろう? そうだなあ、そういう期待に応える定番の話としては、同じ研究室で――」

「いや――」

「ああごめんごめん私の話だったね。報酬の話は論文のネタってことで十分だよ。他に聞きたいことはあるかい?」

「着物仕立て損とは?」

「う」


 チムラは眉を下げて口をとがらせる。


「む……それを聞くかい? いや私たちの世代は高校の卒業式は311で散々でね。かといって大学の卒業式は、私は院を受けて入学前から研究室に入り浸っていたから忙しくて、普段着でいいかなと思ってたんだ。ところが大学の卒業式では皆なかなか華やかでねえ、こりゃ失敗したなと思って。そこで院の卒業式こそはと着物を仕立てたんだよ。そしたら――」

「今年の卒業式――学位授与式は代表者のみ出席、動画配信のみ、となったんじゃ」


 影が降ってきた。


 ――と勘違いするほどに、その男は大きかった。縦にも横にも。引き締まった体に坊主頭の男性。


「どーせチムラさんは代表は断ってたんじゃろ? それで披露の機会も失って、スネて、ここで着るということもやめたわけじゃ」

「むう。スネるとはなんだ、スネるとは。横入りして言うに事欠いてそれかい?」

「わっはっは、すまんの。しかし放っておいたら延々と話しそうじゃったから、待ちきれんで」


 大男は俺に向かって手を差し出し、「おっと握手はイカンな」と苦笑して引っ込めた。


「自己紹介しよう。ダイドウジマサルじゃ。次世代部屋では年長の方になるでの。会いたかったぞ、オオトリくん」

「ダイドウジ……ダイドージ」


 俺はダイドージの体を上から下まで二度ぐらい見る。マッチョだ。筋肉がすごい。


「……事前に見せてもらった写真とは全然違うんだが」


 ミタカとニャニアンから「ダイドージが来るから」と大学時代の写真を見せてもらった。確かに背は高かったが、ひょろひょろで、ぼさぼさの長髪で、眼鏡の奥で落窪んだ目をしていた。


「わっはっは、あれを見たのか! 照れるのう。じゃが確かにワシがダイドウジじゃ。この肉体は研究の成果よ」

「研究」

「専門はバイオメカニクスなんじゃが、筋力トレーニングもテーマの一つでな。ま、実験、実践は自分の体でやるのが一番ということじゃな」


 実験の成果がこの体、ということなら説得力はバツグンだろうな。


「相変わらずでっけェな」

「オウ、ミタカの。おお、オオトリさんもいるじゃないか。珍しいのう」

「う、うん。久しぶりだね」

「どうじゃ? やはりワシの考案したトレーニングメニューをこなしてみぬか? その体を活かさないのはもったいない……ん? いや、足の筋力は少し増えたかの?」

「服の上から筋力測るのホントどーやってんだよ。キモいぞ」

「あはは……」


 健康のために毎日フィットネスバイクを漕いでいるおかげで、従姉の尻は少しスリムになっていた。


「こちらも会いたかった、ダイドージさん」

「さんは不要じゃて。ほう、会いたかったとは光栄じゃな?」

「投球練習シミュレーターが好調なんだ」


 新型コロナウイルスの影響で、NPBもメジャーリーグも開幕を延期している。けれど選手は野球で食べているわけで、そのパフォーマンスを落とすわけにはいかない。


「特にアメリカで売れている。メジャーリーグはキャンプどころかチームも解散して、個人で練習するしかないから……一人で試合経験が積めるシミュレーターに、とても需要があるようなんだ」


 BeSLBもフル回転で営業しているという。さすがにメジャーリーガーは年収も高く、アメリカは土地も広いので個人で導入するのに支障がないらしい。機器販売の部署は大忙しで、赤毛の――グレンダはキーキー言いながら働いているとバーサから聞いた。


「今は生産が追い付かなくて予約待ちになっている状況だ」

「工場の働き手が、この状況じゃあね」


 横で聞いていたミシェルが肩をすくめる。こちらとしては欲しい人には早く提供したいのだが、いかんせん、疫病は人類から労働力を奪っていた。

 ありがたいことに、だからといってキャンセルされるわけでもなく、予約リストは積みあがっていく状態だ。生産が再開されれば大きなお金が入ってくる。日米の機器販売部にはボーナスが必要だろう。


「ボールや計測機器の開発にはダイドージも関わっていると聞いた。だから利益の一部を――」

「律儀じゃのう。しかしな、あれは学生時代にミシェルにお願いして作ってもらったものよ。売ることも考えてなかったし、開発費を払えなかったから権利は全部ミシェルに寄こしてしまった。金を受け取る理由がない」


 ダイドージは微笑んで首を振る。


「自分の研究室を持つ身となった今では、多少後悔しておるがの。何につけても金はかかる」

「ダイドージの研究がなければケモプロもなかったと聞いている。何か恩が返せればと思うんだが」

「おお、それよ。ワシがここに来た理由は」

「ちょっと待った聞き捨てならない。私の卒業を祝いにきたんじゃないのかい?」

「ん、おお、まあ、正直言うとついでじゃ」

「君はさあ……はあ。変わらないね、中身は」


 チムラが溜息を吐き、ダイドージは太い首をひねるもすぐにこちらに顔を向ける。


「君が送り込んでくれたんじゃろ? ヤクワさんというあの実験た――優秀な学生を」

「オイコラ」


 ミタカがギロリとダイドージを睨み、ダイドージは目をそらした。


「オマエ、まさか女学生を」

「へっ、変なことはしておらん。理論の実践じゃ。ワシはもうこんな体じゃし」


 詰め寄るミタカに、ダイドージは大きな体を縮めてしどろもどろに言い返す。


「自分の体で実験しようという気概のある学生はなかなか来んのじゃ。それが、あの、ヤクワさんはとてもやる気があっての。運動神経もいいし、頭もいい。新しいトレーニング法を実験してもらうのに最適――」

「ヤクワに言っとけよ、ダイドージのいうこと聞いてっとゴリマッチョになんぞって」

「わかった。伝えておく」

「む、むう……」


 まあダイドージみたいな体型になりたければ、実験を続けてくれるだろう。


「筋肉は裏切らんというのに。まあいい。それを置いてもヤクワさんは優秀、研究室に来るのも歓迎じゃ。そういうわけで感謝していることを伝えたかったのが、オオトリくんに会いたかった理由のひとつ」

「他には?」

「研究費を稼ぎに、じゃな」


 ダイドージはスマホを取り出すと、窮屈そうに慎重に操作した。


「この動画じゃ」

『やあサムネにつられた皆! トレーニングしたいかい!?』


 スマホで流れ始めたのは、VRゴーグルをつけた体格のいい男性と、同じ動きをするケモノアバター。二分された画面で、男性は筋トレのすばらしさについて語る。


『――しかし、このご時世でジムに行けなくても寂しい思いをする必要はない! 我々の強い味方、それがケモプロだ! なんとケモプロにはスポーツジムがあり、こうやって、ケモノたちが日々トレーニングをしているんだ!』


 ケモプロ内の町にあるトレーニングジムを映し出す。そこではケモノたちがマシンを使って筋力トレーニングを行っていた。


『このトレーニング、ただの演出を思うなかれ。とても理論的で効率的なんだ。なにより、一緒にやる仲間がいることは楽しい! ということでさあ、ケモノたちと、いっしょにトレーニングをしよう!』


 そう主張して、男性はいろいろなトレーニングをしているケモノを紹介し、リアルでも同じ機材を使ってトレーニングをしてみせた。動画の再生数はなかなか多い――なんでか低評価の数も多いが。


「これなんじゃが、正式なサービス化をしないかね?」

「というと……ケモプロの中のジムに通う?」

「そうじゃ。というか、そうでなくとも何らかの対応をさせてほしい。このままじゃ危険じゃからな」


 危険。


「危険というと?」

「ケモプロのジムではこう、他のケモノが補助についとるじゃろ? 特にウェイトを使った高負荷トレーニングには、必ず補助員が必要なんじゃ。ところがこの男は無謀にも一人でやっておる。これをマネする輩がでてはかなわん」


 なるほど。確かにバーベルとか、よく考えたら何十キロもする物体だし、足にでも落としたら悲惨なことになるだろう。


「なのできちんとサービス化し、補助の必要のない、負荷の軽い……一人でもできる健康的なトレーニングメニューを提供したらどうかと思ってな。そうでなくとも、理論は日進月歩で変化しておる。オオトリさんに渡した時点から更新点もあるので、最新の内容にアップデートもしたい。それに協力するので、代わりにウチに予算をいただけんかなとな」

「なるほど……」


 マネをする人が出てくるなら、マネされて問題ないものを出そうということか。


「トレーニング方法が最新のものになるなら、ケモノにも利があると思う。ダイドージにお金を払う価値はある。しかし、それをユーザーにサービスとして提供するのは……どうだろう? 」

「まァ、いんじゃねェか?」


 こちらの視線を受けて、ミタカは軽く肩をすくめた。


「トレーナーが個人を認識して、調子を見てメニューを組んだりすりゃいいんだろ。カメラとかでフォームを確認して、都度矯正したりな。ゲームで健康、っつーのはブームだしそこそこ売れるんじゃねェか?」

「売れる……お金を払ってまでトレーニングするか?」

「じゃなきゃジムはどーやって成り立ってんだよ?」

「家に置けない機材を使わせてくれることに対する対価では?」

「まァそいつもあるが、ジムに金を払うのはモチベーションの面が大きいだろ」

「モチベーション?」

「金を払ったんだから、サービスを受けなきゃもったいない、っつー……まァ強制力だな。勉強も筋トレも、ある程度外部からの強制力があった方が続けやすいだろ」


 そんなものかな。


「あとは、アレだな。義務感っつーか、義理だな。ケモプロでなら義理が発生するかもしれねェ」

「義理……?」

「例の話だよ。ああ、ちょうどいたな。おーい、ズルイー!」


 ミタカが手を振って、川を覗きこんでいた男性を呼びつける。男性は肩まで伸ばした髪をなびかせて、こちらにやってきた。年のころは……高校生かな?


「やあアスカ。久しぶりだね」

「オマエがあちこち行ってるからタイミング合わねェんだろが。この状況でもないと帰ってこねェだろ?」

「ふふ、そうかもね」


 男性は少し高い声で柔らかく笑う。


「ダイドージも久しぶり。見違えちゃったよ」

「シミズのは変わらんのお」

「そう?」


 少年のような顔をした男性は首を傾げて――ダイドージの後ろに隠れたチムラを見つける。


「どう思う? マリカお姉ちゃん」

「ヒィ! やめろ! 年上のくせに!」

「マリカお姉ちゃんがこう呼んでくれって言ったのに」

「失せろ、まがいもの! 君の世話にだけはならんぞ!」


 ダイドージを中心に三回ぐらいチムラをぐるぐる追い掛け回した後、男性はふわふわと笑いながらこちらを向く。


「こんばんは、KeMPBの代表さん。シミズルイだ。ルイでいいよ」

「オオトリユウだ」

「ふふ、ケモプロの話は聞いてるよ。ツグが作ったって、次世代部屋の中では知らない人はいないからね」


 ルイは目を細めて笑いながら言う。


「僕もITに強かったら協力できたのかな? 僕の専門は言語人類学だから、マリカお姉ちゃんやダイドージみたいに協力できなくて悔しいなって思ってるんだ」

「オウ、そんなオマエにうってつけの仕事があんぞ」

「へえ? なんだろ」


 ルイは首をかしげる。はらはらと髪が頬を滑り落ちていった。


「ダイドージと話してたんだがよ――」


 ミタカはケモプロでジムを開く話をする。


「――んで、動機付けの話だよ。ケモプロのAIは、今一番人間臭いAIだ。だから人間にプレッシャー、義理を発生させることができるんじゃねェか? って考えてる」

「人がAIに義理を? 興味深いね、続けて?」


 逃げていたチムラが寄ってきて先を促す。


「アイマスって知ってっか?」

「ああ、スマホゲームだね。名前だけなら」


 アイマス……アイドルマスター。アイドルをプロデュースするゲーム……だったかな? ガチャがどうとかいう話はよく見るな。


「いやちげェよ……ちがくねェが、アーケードの初代アイドルマスターの話だ。あれ、メールって機能があってな。アーケドゲーだからゲーセンに来てもらわないと稼ぎにならないんだが、そこでゲーセンに客を呼ぶために使われたのがメールよ。担当しているアイドルから、ゲーセンに来てくれってメールが来るワケ」

「へえ。今日もゲームで遊んでね、って?」

「いやもっとオブラート、っつーか世界観に包んでだが……まァそんなもんだ。会いに来てくれってな。そういうメールが来たらどう思う? 多少は行く気になるだろ?」

「でも、所詮はゲームだよね?」

「んだな」


 ルイが疑問を呈し、ミタカは頷く。


「だがケモプロだったらどうだ? プレイヤーごとにコピーがいるわけじゃない、世界に唯一の存在。人間臭いAIから『明日もトレーニングに来てくれ』『最近トレーニングに来てないが大丈夫か?』なんて連絡があったら?」

「ふうむ。そいつは、断るにはしのびないのう」

「だろ? そういったことを可能にすることを今計画してる。AIと直接コミュニケーションが取れるよう――AIに言語を与える計画をな」


 チムラとダイドージとルイは顔を見合わせる。


「今回は日本語でも英語でもない、独自の言語を与えようって話になってな。ズルイは架空言語作るのが趣味だったろ? そこで協力してくれねェかって話だ」

「彼らは今も、言葉を話してるんじゃないの? 吹き出しがでてるじゃない」

「あれはデータであって言語じゃねえ。人間が直でやり取りできるような、ホンモノの言語が必要だ、それをAIに学習させる」

「なるほどね。うん……もちろん、依頼とあれば作るよ」


 ルイはにこりと笑って言う。


「言語には文化も歴史も絡んでいるんだ。ケモプロの中の歴史はまだ決まってないのかな? であればそこから設定を固める必要があるよね。何がどうして、今の社会が成り立っているのか」


 ……設定?


「そこらへんはまかせらァ。金もキッチリ出す」

「じゃあ近いうちに打ち合わせをしよう。力になれて嬉しいよ。マリカお姉ちゃんにも、言語学習については手伝ってもらえるかな?」

「それは、構わない……というか、お金がもらえるなら、こちらからお願いしたい。実は就職先も決まってなくて困ってたところだし。しかし……そうなると、少し寂しいな」

「寂しい?」

「おお、分かるぞチムラさん」


 つぶやいたチムラに、ダイドージが同意する。


「どういうことだろうか?」

「ケモプロはなんというかの……不思議なんじゃ」

「うん、そうそう。不思議なんだ。私たちとはコミュニケーションが取れない、宇宙人を見ている感覚、と言ってもいいかな? 確かに人間みたいだけど、人間じゃない何か。そういう存在を感じ取っていたのさ。それに言葉が与えられて、人間と話ができる、となるとなんというか……そう」


 チムラは天に掌を向ける。星の少ない夜空を見上げて、まぶしそうに目を細めて。


「神が地上に降りてきた」


 厳かに。


「――そんな感じがしないかい?」

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