プロ野球選手

「皇帝ノ前デアル。名ヲ名乗レ!」

「えっ、な、なに!?」


 玄関からそんな悲鳴と笑い声が聞こえてきたので、出迎えに行く。


「よく来てくれた」

「あ、ああ、うん、あの、これは?」

「すまない、それは名前を名乗ったら登録して収まるから」

「えぇ……えっと。クジョウ、サトシです」


 風切り音をさせて威嚇するロボット掃除機――皇帝陛下にサトシが目線を合わせて名乗る。


「ソノ名ハ聞イテイル。上ガルガヨイ」


 皇帝陛下は風切り音を収めた。サトシがホッと胸をなでおろすと、横で笑っていた少女が上がってくる。


「ただいま、お兄さん!」

「おかえり。元気そうでよかった」

「でしょ」

「らいむ、カ。ヨク戻ッタ」

「皇帝陛下もただいま」


 皇帝陛下は満足したかのようにセンサーを動かすと、仕事のため踵を返して――


「皇帝ノ前デアル。名ヲ名乗レ!」


 俺を見て言った。


 ……どういうわけか俺だけ何度も詰問される。定期的に俺のデータを消しているのでは?


「オオトリユウだ。毎日会っているだろう」

「ムフ。お兄さんは陛下のお仕事のライバルだからね」


 ライムは雲のように笑って言う。


「他の仕事も取られないようにがんばらなきゃね!」


 ◇ ◇ ◇


 1月27日。


 久々に社員メンバー全員が集まる家の中で、ライムの叔父、サトシがぺこりと頭を下げた。


「ライムちゃんの叔父の、クジョウサトシです。これからお世話になります」

「へぇ~」


 椅子の上であぐらをかいて揺らしながら、ミタカが口を開く。


「姪と違って礼儀正しいのな」

「アッハッハ、そデスネ~」

「……ライムちゃん、いったい何をしたんだい?」

「ん~、別に普通だよ、普通」


 ライムは雲のように笑ってはぐらかす。


「それよりおじさんの話だよね!」

「どうも。ようやく東京に越して来まして」

「サトシには従業員ではなく、社員として……つまりここにいるメンバーと同じ条件で働いてもらおうと思う」

「そうなんすか! よろしくッス、自分はずーみー」

「あ、えっと、お、オオトリツグ……」

「待て待て待て」


 ミタカが遮る。


「縁故採用は結構だがよ、オレらと同じ条件っつーことはデケェ裁量がある。つまり責任のある立場だ。いきなりハイソウデスカと受け入れられるわけねェだろ。まず何の仕事するのか説明してほしいね」

「主に広報と営業の仕事をしてもらうつもりだ」

「はい、そのつもりです。もちろん、優秀な担当者がいるのは知っていますが」


 サトシは穏やかに笑う。


「特に営業職となると、若くて美しい女性だけじゃなく、こういったくたびれたオジサンが必要になるケースもあると思いませんか?」

「……自分で言うところは同じ血を引いてるって感じがするぜ。前職は?」

「広告会社で働いていました」


 社名を告げると、ほう、とミタカが唸る。


「そこを蹴ってまでウチに入る理由が分からねェな」

「ああ、前職を辞したのはずいぶん昔のことで。最近まで親の介護をしていました」

「ふぅん……ブランクがあるわけか」

「ムフ。そこは、それ! ライムに広報からサブカルチャーまで伝授してくれた師匠だから、大丈夫だよ! 腕前はライムが保証しちゃう!」

「……それはそれで不安だろが」

「ライムサンの実績だけで考えれば、問題ない気がしマスヨ」

「まァ……」


 ミタカは口を閉じて俺に視線を向ける。なので、頷いた。


「俺はライムを信じている。それから――」

「あァ、わぁったわぁったよ! オマエはそーゆーヤツだよな、まったく、しかたねェな」

「……いや、それだけでは納得できないだろうから、ちゃんと過去の仕事をまとめたポートフォリオを作ってもらったんだが」


 サトシが鞄から書類の束を出したものの、やり場をなくして宙に浮かしていた。


「……それを早く言えっつの」

「すまない」


 ◇ ◇ ◇


「それでは、異議なしということで」


 シオミが宣言し、サトシのKeMPB社員入りが決まった。


「この後で書類を書いていただくこととして……」

「それは一人でもできますから、せっかく集まっているのだし、報告会とやらをやりましょうよ」

「そうすっかね」


 サトシの提案に、ミタカが頷く。


「面倒な話があっからな。さっさと方向性を決めてェし」

「おや、そうそうに面倒ごとですかな?」

「イチャモンにちけェけどな」


 ミタカが肩をすくめると、シオミがタブレットを操作して説明を始めた。


「日本学生野球協会と、日本野球連盟の関係者、およびいくつかの新聞社が絡んだ問題提起……と言えばいいのでしょうか。こちらの記事をご覧ください」


 作業場の壁、巨大ディスプレイの仕込まれた『窓』に新聞記事が映し出される。


「おお、すごい。SFだな。何々……ピッチングセンターを規制するべきかどうか?」


 記事の内容はKeMPBが実施したピッチングセンターについて改めてとりあげ、そしてその機器販売がプロやいくつかの高校に導入されたことについて。その出来栄えを評価しつつも、しかしその販売については規制をすべきではないかという論調だ。


「えっ、どういうことッスか? NPBとはちゃんと話して、それで機器の販売もしてるんスよね?」

「ホヅミさん、NPB……日本野球機構は今回は問題ないのです」

「高野連と社会人野球っつったらいーか? 要はアマ団体側の話な」

「ずーみーもプロアマ規制、というのは聞いたことがあるだろう? 現役のプロ野球選手が、アマチュア……高校野球とか、社会人野球の団体に所属している選手に指導してはいけない、という決まりだ」

「あー、なんか聞いたことあるッス」


 ずーみーが頷いて――首をひねる。


「でもそれが何の関係が?」

「投球練習シミュレーターやピッチングセンターが、プロからの指導に当たるんじゃないか、という指摘だな」

「へ?」

「ケモノプロ野球……プロ野球選手だから、それの指導を受けるのはいかがなものか、だそうだ」

「えっとぉ……無理やりじゃないッスか? だって……ゲームッスよ?」

「日本学生野球憲章にいわゆるプロアマ規定があるのですが」


 シオミは資料を映し出す。用語の定義について。


 プロ野球選手とは、国を問わず、野球をすることで報酬を得ている者。

 プロ野球団体とは、国を問わず、プロ野球選手を組織する団体。


「このようになっております。つまりNPBとは名指ししていないのです」

「本来はNPB以外の国内リーグや、メジャーリーグの選手でもダメだ、というための定義だと思うんだが……」

「こちらの文言をもとに、ケモノ選手を『プロ野球選手』だと言っているわけです」


 ケモノ選手はケモノ世界で野球をして、球団から報酬を得ている。契約金、年俸など。ゲーム内通貨ではあるが、報酬は報酬だろう。


「ケモプロをプロ野球だと、ケモノ選手をプロ野球選手だと認めてもらえるなら、それはそれで名誉な話だが……」

「すでに何件か高校に納品してるし、予約も入ってんだぜ? それをひっくり返されちゃたまんネェだろ」

「返品は嫌デスネー」

「な、なるほど?」


 ずーみーは首をひねりながら続ける。


「えっと、そもそもなんでそんな指摘が出てきたんスかね?」

「わからん……なんでだろう?」

「ふむ。じゃあ僕が仮説を立ててみても?」


 サトシが手を上げ、全員の顔を見回してから語り始める。


「投球練習シミュレーターの導入価格はなかなか高額で、野球部に大きな予算を持っているような一部の高校しか買えそうにない……っていうことでいいですかね?」

「まァ、そうだな。レンタルも断ってるぜ」

「であれば、そうですね……『投球練習シミュレーターは、効果が分かりやすかった』。これが一番の原因でしょう」


 サトシはニコニコと笑いながら続ける。


「『投球シミュレーター』は、投球の結果を確認する。フォームの違いを確認する。フォームのどこを変えたらどうなるかを知る、そういうツールです。これはすごいシステムだ。ただ、一見して良さは分からない。その域にまでたどり着いた人じゃないと、価値を認められない」

「確かに、体験会を開くまではそれほど注文がなかったな」

「対して『投球練習シミュレーター』はシンプルです。投げて、打たれる。全体練習でしかできなかったことが、ピッチャー一人だけでやれる。一目見ただけで分かりやすいし、効果もありそうだ。導入したチームと、導入していないチームで、明らかな戦力差が生まれそうだと予測できるぐらいに。だから導入したい、しかし――高価だから導入できない。導入できないならどうします?」

「あきらめる?」

「そうありたいですが、それは善人の考え方。汚い大人はこう考えるんですよ。母校に導入できないなら……全員導入できないようにしてしまえ、とね」

「……なるほど」


 何が言いたいのか分かってきた。


「つまり今回の指摘をしてきた人間は、母校とかひいきの学校が強くなれないから、投球練習シミュレーターを入れさせないようにしたい、と」

「あるいはKeMPBに値下げを迫るための布石かもしれないですね」


 サトシは肩をすくめる。


「学生野球は平等であるべきだ。より多くの学校が導入できるよう価格を下げるなら……なんて理屈で」

「平等ねェ」


 ミタカが口をまげて鼻を鳴らす。


「ピッチングマシンだって安かねェ。それを何台も持ってる高校と、一台も持ってない高校じゃ格差があると思うがね。マ、対外試合禁止期間なんてのがあるぐらいだし、そーゆー世界なんかね」

「なんスか、対外試合禁止期間って」

「ムフ。冬の間は他の学校と試合しちゃいけませんよ、って規定だよ! 雪の降る地域と降らない地域の格差解消とか、学業に専念する期間のため、とかが理由になってるね!」

「対外っつーのがミソだぜ。チーム内紅白戦とかは禁止されちゃいねェからな」


 百人も部員がいるような強豪校と、人数ギリギリの高校ではまるで事情が違いそうだな。


「まあ、ルールの穴を突けばそうなりますね」

「平等なんて夢物語だね。金を持ってるところが練習環境を整えられる、それが真理だろ」

「そうですね。ま、プロアマ規定からしても、『プロの指導を受けられない学校が不利だから』という観点からじゃなく、プロとアマの確執から始まったようなもんですから」

「プロとアマの確執……ッスか?」

「話せば長くなるけど、簡単に言うと昔はプロ野球と社会人野球って仲が悪くてね。優秀な選手を取られないために決められた規定のなごりみたいなもんですよ」


 野球にもいろいろ歴史があるんだな。


「やっぱ構うこたねェな。そもそもイチャモンレベルの話だし。どうせアレだろ、アンバサダーにサン選手が起用されてるのが気に入らねェんじゃねーか?」

「それもあるでしょうね。プロ野球では実力から認められつつありますが、高校野球関係者にとっては、あの態度はいただけないところがあるでしょう」


 そうか。サン選手が嫌いだから、サン選手がオススメするものを流行らせたくない、という可能性もあるのか。


「しかし、構わない――放置する、というのはもったいない」

「ア?」

「逆に利用してやるべきです」


 サトシは穏やかに笑う。


「……アんだって?」

「ひとつ確認したいのですが、投球練習シミュレーターで、実在ケモプロ選手との対戦の提供はどれほどされていますか?」

「今のトコ、あまりないデスネ。サン選手ぐらいデスヨ。オプション料金かかるノデ、ケチっているんデショウネ。マ、普通に考えレバ、システム側で用意した専用の選手で十分デショウシ」

「それは重畳。ではもう少し騒いでもらって、規制派の声が大きくなったところで一芝居打ちましょう。記者会見でも開いて、こう言ってやるんですよ。『ケモノ選手がプロだと認められて光栄だ。今後はアマ向けにはオプション機能を封印し、プロでない選手だけを提供する』とね」

「プロでない……」

「システム側で用意したケモノ選手は、報酬を受け取っていないでしょう?」


 受け取っていないし、記憶の持越しもしていない。ドロップアウトした……プロになることなくアマチュア時代を終えたケモノ選手たちの保存されたデータを、その都度呼び出している。


「つまり、彼らはプロ野球選手の定義には当てはまらない」


 プロ野球選手とは、国を問わず、野球をすることで報酬を得ている者。


「……確かに」

「『プロアマ規定に引っかかるから、規制しろ』。それを飲んだ形にすれば相手はそれ以上文句を言えませんからね」

「ムフ。別の理由を後出しするなんてできないよね! こっちはちゃんと『プロ野球選手と練習させない』っていう要望に応えたわけだから! そもそもが結構な無理筋のイチャモンなわけだし?」


 外部から見ても無茶なことを言って、それを相手が粛々と受け入れたのに、それ以上を要求すればさすがに世論が黙っていないか。


「ケモプロの優秀さをアピールしつつ、販売も継続できるわけです。いかがでしょう?」


 サトシが笑い――ミタカは口をへの字に曲げて言った。


「オマエらが親族だって、ハッキリと分かったぜ」

「ムフ?」

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