進路希望

 2019年12月1日。


「ショッピングモールへお越しのお客様、毎度お騒がせしております!」


 郊外のショッピングモールのイベントスペースに、ハキハキとした男性の声が響く。スペースの椅子に座っていた人たちだけでなく、通路や吹き抜けの二階から、道行く買い物客らの視線が飛んできた。


「本日はケモノプロ野球の開幕初日! 特別ゲストをお迎えしてこのわくわく広場にて、東京セクシーパラディオンを応援したいと思います! ゲストはまずは島根出雲ツナイデルスの公式実況者、ふれいむ☆さんです!」

「よろしくお願いします!」

「今日はツナイデルス側の解説をお願いしたい、と思っています」

「はい、お任せください」

「そして二人目のゲストは、ケモノプロ野球を運営する合同会社KeMPBより、オオトリ代表です!」

「どうも、よろしくお願いします」


 頭を下げるとまばらに拍手が鳴った。


「実況は私、東京セクシーパラディオン公式実況者の、コワダショウイチロウです」


 コワダは本職のアナウンサーだ。元々野球実況の仕事がしたかったらしく、ケモプロを見つけてセクシーはらやまに猛アピールしたらしい。地方とはいえ局に所属するアナウンサーだったのに、セクはら店舗での活動を見据えてフリーランスになったというのだからすごい情熱だ。


「3年目とはいえ今年は久々の開催ですので、ご案内から。本イベントはケモノプロ野球内のチーム、東京セクシーパラディオンを応援するものです。本日はなんと、パラディオンが勝利しますと各店舗でこちらのタイムセールが!」


 用意されていたパネルがひっくり返されて露になる。パラディオンが勝利で〇〇! という文言がずらっと並んでいた。


 東京セクシーパラディオンのオーナーは衣料品チェーンのセクシーはらやまだが、衣料品というものは毎日買うものではない。ほぼ毎日ある試合ではタイムセールのネタが尽きてしまうこともある。

 そこでセクはらは、このイベントをショッピングモール全体を巻き込んでのものに仕立て上げていた。パラディオンが勝ったらスーパーはサンマを2割引き、カフェはホイップの大盛が無料に、などなど。携帯ショップの「保護シール貼り無料!」なんて苦しいものもあるが……とにかく、架空の野球チームを使ってモール全体を盛り上げようという姿勢だ。


 3年目。地道にタカサカやウガタが営業し続けた結果、パラディオンの選手の何人かはこのモール内の店舗のロゴを背負っている。味方を増やすその手腕は見習わなければ。


「どうですか、お二人とも。気になるものはありますか?」

「コロッケが買いたいわね」

「キッチンペーパーを買って帰りたい」

「ありがとうございます! セクはらの靴下もぜひ!」


 セクはらが継続して行っているこのライブビューイングのイベントは、なんといっても客層が違う。

 今のところは休憩のためイベントスペースに滞在している年配の方が主だが、終盤になれば目つきの鋭い主婦たちが周りを囲むようになる。それに連れられている子どもたちを狙ってクレープやポップコーンの屋台が周辺に出るようになり、まるで野球場のような雰囲気だ。子どもの中にはセクはらで売っているパラディオンの選手の仮面をかぶっている者もいて、ファンの広がりを感じる。


「さあ注目の開幕戦ですが、ふれいむ☆さんから見て今シーズンのパラディオンはどうでしょうか?」

「やっぱり打撃力はケモノリーグ内でもトップよね。オープン戦でも打ちまくってたし。半面、投手力が課題だったけど、今期ドラフト1位の広藪こうやぶマッがいい感じに投げていたし、解消されてきた感じかしら」

「では今年こそ優勝できそうですね?」

「強敵よね。南北なんぼく従兄弟のうち、今年入った従弟のガスケはまだ怪我の影響で二軍で調整中だけど、復帰したら機動力がさらに増すわけだし……でも、島根だって負けていないわよ」

「そうですね、なんといっても」


 コワダとナゲノは顔を見合わせて頷いて言う。


「「ダイトラが」」


 完璧にハモッた。お互いにウンウンと頷いて納得する。


「えー、島根出雲ツナイデルスには山茂やましげみダイトラというキャッチャーがいるのですが」

「前シーズンの打率はギリギリ1割だし、ファールボールは追わないし、牽制はしないし、リードは雑だしと、あまり頼りたくない選手なのよね。昨シーズンまでは第二捕手だったんだけど……それがついに、ドラフトで新人捕手が入ってきて、第三捕手になったのよ!」

「代わって第二捕手になったのは、ドラフト二位で獲得した北岸きたぎしタケシ選手ですね。トドの」

「鈍足だけど打てるしちゃんと守備もするのよ! ……普通のことだけど!」

「正捕手の高原たかはらルーサーの後を安心して託すことができると」

「そう。これで捕手交代で大幅に攻撃力が減ることもなくなったわ! ライトにはプニキ……海外リーグにドライチで行った強打者と同じ高校出身の、流土ながれどケンっていう強打者も入ってね! オープン戦で打線が……打線がつながったのよ!」


 ツナイデルスとは名ばかりの球団、と言われて久しかった。それがオープン戦では打線が爆発し、勝ち越しで終わることもできたということで、島根ファンの期待は大きい。


「ちなみに第三捕手のダイトラ選手は」

「ベンチ入りはしてるのよね……まあ、タケシを代打に使うこともあるかもだし……本人はブルペンで楽しそうだし、それでいいのかしらね」

「すっかりブルペンのヌシですね。投手コーチにも就任したそうですが」

「捕手が投手コーチになった例はあるのよ。いちおう、ダイトラがピッチャーをやったこともあるけど」

「おお、そうなんですか!?」

「ええ、あれは草野球時代の試合なんだけど――」


 それからしばらく、初見の人にも分かりやすい笑えるエピソードを交えて選手紹介をする。試合開始時間を前に、会場を温めていく。


「どちらのチームも今シーズンの活躍が楽しみですね。――さあ、そろそろ時間です。先攻は島根出雲ツナイデルス。東京セクシーパラディオンの先発は光林こうりんダディ。はたしてパラディオン勝利となってタイムセールは開催されるのか! 試合開始です!」


 ◇ ◇ ◇


「サインが決まってフルカウントから! ダン、投げた――打った大きい!」


 うおおおおお、とイベントスペースが揺れる。入れ、行けと、様々な年齢層の声があがる。


「アーチを描いて、入った! 逆転サヨナラ満塁ホームラン! 東京セクシーパラディオン、3対6で開幕戦勝利を飾りました! やっぱりゴリラ、さすがゴリラ! 雨森ゴリラが試合を決めました!」


 拍手が沸き起こる。しかし、それ以上に周辺の動きがあわただしかった。


「パラディオン勝利ということで、各店舗のタイムセールがただいまから開始です! さらにホームランが出ましたのでこちらのホームラン賞、そして満塁打賞もセクはら店舗でご用意しております! 数に限りがございますのでお早めに、しかし走らずにお願いします!」


 速足なら走ったことにはなるまいとでも言いたげに、買い物客がさっと目当ての店舗へと散っていく。


「いやー白熱した試合でしたね、ふれいむ☆さん。ツナイデルスはこの打席を抑えれば勝利というところでしたが」

「やっぱりゴリラって感じでしたね。ルーサーのリードも、ダンの投球も悪くなかったと思うし、純粋に力負けってところかしら。というか、ゴリラの読みが鋭くなってきてる気がするのよね」

「今回の打席はピタリと配球を当てていましたね」

「もうちょっと追加点があればと思ったんだけど、マッ太で打線が止められちゃって――」


 感想戦を聞いているのも、スペースの座席で座っている年配の方々ぐらいだ。集まっていた人々は急速にスペースから去っていき、イベントの終了が告げられるよりも前に閑散としていた。


「いやあ、お疲れ様でした」

「いい実況だった」


 スペースの壇上から降りて、コワダと握手する。実況に体力を使ったのであろう、手は少しホカホカしていた。


「いやあ、もう少しお話ししたいところですが次の予定がありまして」

「構わない。俺もいつもそんな感じだ」

「ははは、代表が忙しければユーザーとしては安心ですね。それでは、お先に」


 手を振ってコワダが駐車場の方へ消えていく。それをなんとなく見送っていると。


「こんにちは、お疲れ様です!」


 全身黒ずくめの女がやってきて声をかけてきた。


「あれ? アンタどっかで見」

「ああ、ナミか」

「はいっ!」

「見に来てくれていたんだな、ありがとう」


 黒ずくめの――ヤクワナミはニコニコとして頷く。そして隣にいたナゲノは、ぎょっとした顔をこちらに向けていた。


「は!? 知り合い!? ていうか、えっ、この子、ケモプロチップスの発売イベントの時の子よね!?」

「あっ、覚えていてくださったんですね!」

「ヤクワナミだ。ケモプロチップスを作っているめじろ製菓の社長、ヤクワヒノリの従妹なんだ」

「あ、ああ……そういう繋がりね。ん? ヤクワナミ……なんか聞き覚えが……そうだ!」


 ナゲノはポンと手を叩く。


「去年のドラフトでNPBに行くかどうかって騒がれてた山形の子!」

「あ、ご存じですか。光栄です!」

「ドラフト? 何の話だ?」

「逆にアンタは知らんのかい!」

「知らないな」


 現実の野球の方は、カナの周囲を追うのでいっぱいいっぱいだ。


「女子高校野球の選抜で去年準優勝した山形のピッチャーよ。公式戦負け数0、失点もわずかに1。大人も唸る投球術で、タイガ選手に続く女子投手の誕生か? って言われてたんだから」

「そうなのか。そういえばピッチングセンターのイベントの時も会ったが、しっかり投げられていたな」

「私なんて、タイガ選手とは比べ物にならないですよ」


 ナミは苦笑する。


「負け数が0なのはリリーフで少ない回数しか投げなかったからですし、一試合で一巡以上投げてませんからね。抑えられたのも狭い世界でしっかり対戦相手を研究、予習した結果ですし、それでも決勝ではキタガワさんには打たれて負けましたから……NPBなんてとても」

「そうかしら?」

「NPBに行くならオオムラ選手みたいに大会打率十割、本塁打3本なんて前人未到の記録がないと。あるいはタイガ選手みたいに大学野球で男子に交じって活躍するとか。私は……無理ですよ。体格も体力も足りませんし。いえ、ちょっとだけ未練はありましたけど、それももう。ピッチングセンターのケモノ選手、一人として抑えられませんでしたから、間違いないなって」


 ピッチングセンターの難易度は、世間ではおおむね設定どおりに受け止められていた。上級者向けは高卒プロ候補並。甲子園にいくような学校の投手や、リタイアした元プロ野球選手が挑戦して、それに太鼓判を押す体験記事をネットに公開している。

 それを見てシステムを導入したいという声がいくつも寄せられており、アツシを中心としたチームで対応を始めているところだ。


「そう……そういうものかしらね。大学では野球やってないの?」

「はい。目指している進路的に、そっちは違うかなって」

「あらもう進路を決めてるの? 感心ね。どうするつもり?」

「それは、ですね」


 ナミは口元を手で隠してうつむき、チラリとこちらを見上げて言った。


「――KeMPBに入社したいと思ってるんです!」

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