自己犠牲のAI
2019年11月17日。
「おーし、乾杯!」
「おっつでーす!」
ガチャン、とグラスが打ち合わさる。
「ぷはー! うま! 労働の後のビールはサイコーですね!」
髪にコケ……コケ色……表面を緑色に染めたショートボブの女性、NoimoGamesのプランナー、マウラチエが口元をぬぐって言う。
「いやー、悪いですねゲスっち。飲めない人の前で!」
「構わない」
「がっはっは。ま、若いもんは食べる方が楽しいだろ。じゃんじゃん頼んで食べてくださいよ」
背の高い、濃いあごひげをした男がニヤリと笑う。
「わー頼もしい。ここがファミレスじゃなくて、あと割り勘って言ってなければ好感度爆アゲですよ、カズミっち」
「世の中の社長が全員金持ちと思われるのは心外ですよなあ、オオトリさん」
ソーシャルゲーム「最上川これくしょん」、通称もがこれを作る会社NoimoGamesの社長、コムラカズミはそう言ってウインクした。
「たまに聞かれるが、イメージと違って申し訳ないなと思う」
「勝手に幻滅するヤツにはさせとけよ」
隣に座るミタカがひらひらと手を振る。
「ま、いくら言ってもオレの分はオマエのオゴリだけどな。勝負に負けたんだからそこは守れよ」
「わかってる」
完敗だったからな。
「イベントでは力になれなくて申し訳なかった」
「いやいや、ゲスっちは初めてこういうイベントに参加したんですよね。なら仕方ないですって」
「甘やかさなくていーぞ。こいつが一発屋だってことはしっかり分からせておかねェと」
ミタカは鼻で笑って足を蹴ってくる。
「ゲームジャムで最下位とった気分はどうよ、ええ?」
ゲームジャム。15日の夕方から始まったそれは、イベントに集まったメンバーでゲームを短期間で開発するというものだった。今回はいくつかのゲーム会社がスポンサーに立って、学生を中心にいくつかのチームを組んでゲームを開発するという企画で――KeMPBは参加していない。
学生チームを補佐するため企業から派遣するメンター……指導者が足りなくなったということで、ゲスト参加してくれないかとコムラから頼まれたのだ。
ミタカが。
俺はついでに挨拶するだけのはずだった。気づいたらチームに組み込まれていて今日までずっと開発をやっていた。どういうわけかミタカが指導するチームと、どちらが最後の講評で評価されるかを競うことになっていて――明確な順位付けというものはないが、あきらかに俺のいたチームの作品が周りより微妙だったので、ミタカに食事をおごることになったわけだ。
「メンバーに申し訳ないという気分でいっぱいだ。就職へのアピールの機会でもあったわけだから」
イベントのスポンサーをやったゲーム会社は、このイベントで活躍した参加者に「ぜひ弊社に」とやっているらしい。逆に言うと参加者もその機会を狙っていたわけで……。
「はっはっは。ま、ゲーム作りってのは奥が深いからなあ。一発当たっても、次が続くかどうかなんて分らんものだし」
「お、ウチらのことですね、カズミっち!」
「小当たりはしてるだろうが、小当たりは……まあ、それとだ。オオトリさんにはメンターとしてではなく、単に企画系のメンバーとして入ってもらっただけだからな。そこまで気負う必要もないさ。成果物はチーム全員の責任だし……メンターにはいい薬になったろ」
……そういえば俺はメンターじゃなかったんだった。別のゲーム会社でデザインやっている人がそうだったはずだ。あとはプログラマーの学生が二人。端数で余ったチームがどうとかで……企画サイドの人間が欲しいとかで組み込まれて……なんか話しているうちに俺が中心になって開発が進んでしまったんだよな。
「あの子、ゲスっちが参加して浮かれてたのが悪いですねー。あと仕切る気もなかったのがよくないです。そういうとこを何とかしたくてジャムに突っ込まれたんでしょうけど。あの様子じゃあの子が上に行くことはなさそうです」
「それ、出世したくない筆頭のウラさんが言うかい?」
「ウチはテキストさえ書けてればいいんです。PとかDは結構です」
「まー開発者ってなァんなもんだろ」
「おかげ様で俺は休む暇もないよ」
コムラは顎をザリザリと撫でて苦笑する。
「そういう点では、ミタカさんのチームは成果物もうまくまとまっていたが、進行もとてもよかったと聞いてるな」
「トーゼンだろ。プロだからな」
「KeMPBさんにいなきゃ、ぜひ俺んとこにってところだが」
ミタカは肩をすくめる。コムラは短く「残念だ」とつぶやいた。
「確かにミタカのチームはスムーズに見えた。マウラのチームも。……俺は何が悪かったんだろう?」
「お、じゃあ反省会といきましょうぜ」
コムラが目をギラリと輝かせて身を乗り出してくる。
「どういう経緯で開発したのか聞いてもいいかい? 発表じゃいまいち掴めなくてなぁ」
「わかった。そうだな……チーム分けの後、お題のくじ引きを引いたんだが、テーマが『初心者』、ジャンルが『RTS』だったんだ」
RTS、リアルタイムストラテジー。ゲーム時間が一定に流れる中、建築や戦力の増強を図って領地を拡大する戦略ゲーム。
「それでまずRTSとはなんぞや、という話になった」
「ハ?」
「いや、俺以外誰もRTSをやったことがなくて」
噂には聞いたことが……みたいな顔していた。
「それで俺がエイジオブエンパイア2の話をして……」
「AoE2とかよくプレイしてたなオマエ。オマエが生まれたころのゲームだぞ」
「数年前にHD版が出ただろう。歴史に残るゲームと聞いていたので、その時にやったんだ」
「ほっほー。どうだったんです?」
「めちゃくちゃ難しい……」
おそらく対戦が本番で、キャンペーンシナリオはチュートリアルみたいなものなんだと思うが、それすら難しい。
「対戦もなんどかやったが勝てたためしがない。だいたい、畑を耕している間に攻め込まれて街が燃える。勉強しようと思って上手い人の動画を見てみたんだが、操作が早すぎて何が何だかさっぱりだった」
画面が高速で切り替わるので何もわからない。
ただ、資源を集めて街を発展させて文明を開化させていくのは楽しい。戦争なんて起きなければいいのにと思うゲームだが、戦争が起きなければそれはそれで面白くないのだろう。
「とまあ、そういうゲームだということを伝えたところ、じゃあテーマは初心者ということだし、初心者向けの手軽なRTSを作ろうということになったんだ」
「ははあ。その結果がアレですか。何かあるたびAIから指示がでてくるやつ」
「アレな。どういう意図で入れたんだよ?」
「RTSって途中で何をしたらいいか分からなくなるし、AIがある程度方針を示してくれたりしたらいいんじゃないか、という話をした」
そうしたらヒント機能を搭載しようということになった。ポップアップしたヒントを選択すると、次に最適な建築物などを自動で選んでくれるという。が、講評では不評だった。AIが最適手を提示するので、人間はそれを選んで実行するだけの――AIの奴隷になっているよね、という評価をされた。
「あとは……あまり大規模なものは作れないということで、世界観をアリ型ロボットにして、資源を2種類に絞ったり……ユニットとか設備のアイディア出しとか、デバッグをやっていた」
「システムの話はそれだけですか?」
「それだけだったな。特に反対意見も出なくて」
なるほど、いいですね、やりましょう。じゃあ時間もないので……という感じで。
「まァ着眼点は悪かねェが」
ミタカはゴトリとジョッキを机に降ろす。
「要するに操作にかかる負荷を減らしたかったんだろ? そりゃ構わねェがAI任せはねェわな」
「AIの言うことを聞いていても効率的にならない、というようにしないといけないか? あるいは複数のAIがそれぞれ違う提案をして、二律背反的な……」
「違うね。ヒント機能としているんだったら100%の正解を出すべきだ。頭悪いAIとか役に立たねェから実装の無駄だろ。つーかオマエは、AIに夢を見すぎなんだよ」
「おおっ、それアスカっちが言っちゃうんです?」
マウラがいたずらを仕掛ける目をミタカに向ける。
「あんなに感情豊かなAI、人工生命を再現しているのに?」
「おーげさだな」
ミタカは口をへの字にした。
「その感情に見える部分は従来手法のAI……ベタに条件分岐させてるだけだっつの。まァ変数を出すための評価関数は機械学習の結果だから謎っちゃ謎だが……それだけじゃ生命とは言えねェだろ」
「でも、全部がアスカっちの掌の上ってワケじゃあないんじゃないですか? 予想外の反応とかあったりしないんですか?」
「あー……まァ」
ミタカは少し視線を宙にやってから話し始める。
「思考のレイヤーがいくつもあるからな。なんでそんな選択をしたか? っつーのはパッとは分からねェ。例えば小石を踏みつけてる場合、足はそのことを通知するが、それより重要なことがあればAIの表層意識には伝達されない。ただ、転ばないように体のバランス調整はしている。……状況の軽重からAIの表層に伝えられる情報は限定されて、そのうえで判断されるわけで……まァ『ひとり』っつーより『ひとつの船』っつーのが正しいんだわ、ケモプロのAIについては」
「意思決定する船長が表に見える部分で、機関部とかは何事もなければ特に船長に報告せず動いてるってことですか」
「だな。ただ、生存のために動いてるっつーのは全体が共有している目的だ。全員船を沈ませないように働いてるワケよ。……まァ」
がりがり、と頭を掻いて、ミタカは苦いものを噛んだような表情で言った。
「予想外っつーか……何度か、自己の生存につながらないんじゃねーか? って動きをしたのは見たことがある」
「そんなことあったか?」
「ツナイデルスの、アレだ、キリンの……
島根出雲ツナイデルスの控えの一塁手か。
「いつだったかアイツ、従妹のザン子に『腹が痛い』つって出番を譲ってたたろ」
「あ、覚えてますよ。ザン子ちゃんがいいとこナシで交代させられそうなところを、監督に直談判したんですよね」
「試合に出ない、活躍しないってことは、ケモプロにおいちゃ死につながる行為だ。そのうち二軍、三軍送りになって、球団から放逐され、AIとしての活動が停止する。そういう選択だ。それをしたことは予想外だった……論理的じゃねェだろ?」
「ふむ」
コムラは面白そうな顔をしてひげをこする。
「つまりケモプロのAIは、自己犠牲の精神に目覚めているのかい?」
「さァな。よく考えてみりゃ、あえてそうすることで生存する道を選んだ、ってのが妥当だと思うね。実際アイツ、そのあと守備コーチを兼任するようになったし、つまりあの時点でスタッフへの道を選んだんだろーな。損して得取れ、っつーのは戦略としてアリだからな。ウン」
「ウチはザン子ちゃんにチャンスを与えた、無償の愛って可能性の方が好きですね!」
「過大評価だろ」
ミタカは長く息を吐く。
「んで、なんだったか……AIの話だったな。オマエ、ケモプロみたいなAI想定してゲームを作るのはそもそも見当違いだろ」
「ケモプロ……そうか。ならヒント機能としてではなく、意見を出すのが一人のキャラクターとしていたらどうだろう? 王を補佐する側近のような……」
「あー、まァガワをかぶれば間違いは許容されるようになるだろーが、しかしな……」
ああでもないこうでもない、とミタカと話し合う。マウラが乗っかって設定を足し、より具体的に実現の方法に持っていく。しばらくそうして盛り上がり――意見が出尽くしたところで、コムラが評価を下した。
「いいねぇ。最初からそのコンセプトが出ていたら、未完成でも評価はもらえただろう」
「でしょう! どうです、カズミっち。この人狼系国家運営シミュレーション『眠り姫と13の臣』、どっかに企画持ち込みませんか!」
「おいおいタイトルまで決めてるのか、気が早いなウラさん」
「だって面白そうじゃないですか。やー、やっぱさすがゲスっちですよ! ジャムで微妙だったのはやっぱメンターのせいですね!」
「いや……今はっきり自覚した。俺はゲーム作りの才能がない」
「えぇ!?」
マウラが声をひっくり返すが、もうこれはきちんと心に刻んだほうがいいだろう。
「今回のイベントでは、俺の意見が全部通ってああいう結果になった。つまり俺だけの力じゃ何にもならない。――俺にはミタカが必要なんだ」
「うぇほ! ゲホ!?」
「ケモプロだってそうだ。ツグ姉やミタカと話し合って、アイディアをしっかり検討して作り上げた。そうやって厳しい批判も辞さない相手がいなければ、いいものは作れない」
先日。
株式会社カリストが運営する「育成野球ダイリーグ」のサービス終了予定日が告知された。一年と半年。俺がこぼした身勝手な修正案は愚直に実行され、そしてその結果終わっていく。……俺一人にゲームを作る才能はない。
「いやー、そこまで卑下しなくてもいいんじゃないですか? 今のディスカッションもいい感じでしたし」
「いや、やはりミタカがいないとダメだな。ミタカと一緒じゃないと――」
「あー、うっせェ! 連呼すんな! 自覚したなら黙ってろ!」
ミタカが歯をむき出しにして睨みつけてきたので、黙る。
「ふっふっふ。罪深い男ですなぁ、ゲスっち。イベントにはなんだかかわいい子も応援に来てましたし?」
「かわいい……?」
「ほらほら、差し入れにきた子ですよ。すごい黒かった」
「ああ、ヤクワナミか」
ゲームジャムとかハッカソンとかいわれるイベントは基本的に公開されていて、見学も行えるし、差し入れも歓迎しているらしい。めじろ製菓のヤクワヒノリの従妹、ヤクワナミはイベントの2日目に差し入れをもって見学に来た。
「アイツか……。オマエ、アレなんなんだ?」
「というと」
「いや、来させるんなら手作りは駄目って言っとけよ」
「来るとは知らなかったし連絡先も知らないんだが」
タッパーを持ち帰らせてしまったのは申し訳なかったと思う。本人は気にしない、全部ひとりで食べ切れると言っていたが。
「……え、んじゃなんでオマエがイベントに参加したって知ってたんだ?」
「ライムがKeMPBの公式Twitterに投稿してたぞ。代表が参加してますって」
「あぁ……まァ、そうか。んならいいけどよ」
ミタカはもごもごと口を動かした後――囁くように言う。
「オマエ、気をつけろよ?」
「何が?」
「ああいうファッションの女って思い詰めると刺してくるだろ」
「服で判断するのもどうかと思うが……」
誤解されるような服装であることは、今度会ったら指摘しておいた方がいいのかもしれないな。
「わかった、気をつけよう」
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