2020年度オープン戦、青森対フレズノ(後)
「(オーケイ、それでも初回から得点した! 2対0でリードしている! ここからは守備で魅せていこう! アオモリの攻撃だ)!」
実況のマルコがパンパンと手を叩きながら喋る。
「(マウンドに上がったのはケニー・オーストラル! ドラフト2位の投手だ。ヘイ、ユウ! ケニーのモチーフになった動物を知っているか)?」
「(Crabeater sealだな。日本語でも、カニを食べるアザラシ、という意味で、カニクイアザラシという)」
「(だが実はカニを食べないらしいぞ。まったく人間ってヤツはよぅ)!」
オキアミ類を食べるらしくそれで口の周りが赤くてカニを食べていると誤解されたとか――そんな写真は見つからなかったが――、オキアミを含む甲殻類の総称からカニ単体に翻訳されたとか諸説あるらしい。学名からしてカニを食べる、が語源に入るらしいので根は深そうだ。。
そんなよくわからない名前を付けられたアザラシ系男子のケニーは、丸い目をくりくりと動かして構えている。
「(さあアオモリの攻撃だ。一番はショートの
捕手のふっくらした猫系男子、マート・ロッククレフトがベンチからの指示を待つ。監督のポールが咽頭マイクに手を当てた。初球は様子見のボール球。マートは頷く。
「(ストライク! ジャック、ストレートを見送った! いいねぇ! ノッていこうぜ)!」
ベンチでポール監督は、深く頷いた。……指示無視されてる気がするんだが、いいのか?
「(二球目は大きなカーブだ! 入った? よーし、2ストライク)!」
ジャックはがりがりと頭を掻くと、集中してバットを構える。三球目――
「(おおっとこれは内野ゴロだ。フォウ、一塁送球でアウト)!」
ショートのホロホロチョウ系女子、フォウ・ヌミディアは優雅に一礼してジャックを見送った。バツの悪い顔をしてベンチに戻るジャックを見て、次のバッター、
「(おっと次はウルフボーイか。オレも同じオオカミの格好になってるから親近感が沸くね。なかなか打ちそうじゃないか)?」
と褒めたところでハギルは最後にカーブを空振りし、三振に倒れる。
「(ケニーは絶好調だな! おっと、次の三番は新人か? 三番が新人? ワオ、だな! アオモリは打線が弱いのか)?」
「(そうだな、打撃のいいチームではない。ただ日本のチームは四番に一番打撃の強い選手を置くことが多いんだ)」
「(へえ。そりゃAIの学習の結果ってやつかい)?」
「(日本プロ野球の打順決めのセオリーから学習させた結果だ。ビーストリーグの選手は、メジャーリーグの方からセオリーを学習させている)」
「(そのわりにポール監督はスモールボールをしようとするな。まあ昔はそんなチームもあったが)」
「(ケモプロとしての結論が出てくるのは先の話だと思う)」
「(オーケー。それじゃこの三番は二番手か? モチーフはコヨーテ、
オオカミ系が続くな。バットを持ってピューピュー口笛を吹きながらやってきたライ蔵は、2本指を振って軽く挨拶する。
「(ノリのいい野郎じゃないか。こういうパーティピープルのことを日本ではなんて言うんだ)?」
「(ウェイ系だな。もしくはパーティピープルを略して、パリピ)」
「(ハッハッハ! 日本語ってのは面白いな。パリピ・ボーイはケニーを打てるかな)?」
初球。厳しいコースに投げられたストレートに、ライ蔵が驚き、捕手のマートに向かってごちゃごちゃと喋る。マートは迷惑そうな顔をした。たぶん翻訳するなら、「パネェッすね!」とか言ってるやつだ。
「(マートの思考が出てきたぞ。これは簡単に料理できると考えているな。釣り球にひっかけちまえ)!」
マートのサインに、ケニーも悪い顔をして頷く。――しかし。
「(なんだなんだ? よく見るじゃないか! 3ボール1ストライク)!」
ライ蔵は「ウェーイ」とでも言いたげにバットを振り回す。マートは考え直した。
「(おっと、方針転換か。確かにライ蔵は一回もバットを振ってないな。三振を取りに行こうってか。いいぞ、やっちまえ)!」
マートが構えたミットに、ケニーが投げ込み――
ギンッ!
「Whats!? (フェアか!? いやファールだ、切れた! ライト方向への流し打ち。フェアだったら確実にツーベースだ)!」
あちゃー、とでも言わんばかりにライ蔵がへらへら笑いながら頭を掻く。マートはその様子をみて唾をのみ、結局――
「(フォアボール! おいおい、ビビってコースを攻めすぎだぜ。次は四番、日本のチームでは一番強いバッターなんだからさ)!」
四番はシカ系女子の
「(いかにも打ちそうだな! だがケニーなら抑えられる)!」
ケニーとマートが慎重にサインを決め、投球を重ねる。
「(いいぞ、2ストライクだ! 2ボール2ストライク! 次もストライクでいこう)!」
サインが決まり、4球目のカットボール――
ガキッ!
「(打ったが、おっと! ファインプレーだ! セカンド、ジョージが飛びついて取った)!」
ハト系男子のジョージ・グレートレイクが二塁へ送球し、アウトを取る。クロゼは蒸気を吹き出すように息を吐いて、ベンチへと戻っていった。
「(よしよし、アオモリはこの回無得点! いいスタートを切ったな! 2対0だ! 二回からも攻めていこうぜ)!」
◇ ◇ ◇
試合は進み――八回表。
「(アオモリは投手交代? なんてこった、これで3人目か。2対1で登板するのは――おっと、アメリカ出身の選手じゃないか)!」
初回こそ得点されたものの、青森はその後投手力を生かして追加点を防いでいた。一方レモンイーターズは中継ぎ陣に交代した途端に1点を取られ差を詰められている。
「(コヨーテ・ガールの
すらりとしたヤマネコ系女子、アムリタがマウンドの上で伸びをする。
「(アオモリからドライチ指名を受けて日本に渡った投手だ! やっぱりアオモリのオーナーは、大学リーグで活躍していた腕を買ったのかい)?」
「(それもあるが、名前がかっこいいというのも理由の一つとしてあげていたな)」
「(ハッハッハ! さすがはダークナイトメアだな! 確かにドラゴンはクールだ! さあその名前に見合う実力を持っているか? バッターは一番、コリ・グラヴェル)!」
コミチバシリ系女子をバッターボックスに迎えて、アムリタはグラブを構えた。ナガモが出したサインはストレート。アムリタはニッと笑って首を振る。
「(サインが決まったぞ。さあ初球――なんだこりゃ! すごい角度のツーシームだ)!」
ストライクのコールを聞き、コリは目をぱちくりさせる。
「(こいつはすごい。こりゃドラゴンだな)」
「(ああいうボールのことを、日本ではカミソリシュートというらしい)」
「(へえ。カミソリって)?」
「(Razorだな)」
「(Razor shuutoね。確かにあのボールには特別な名前を付けたくなる――っと、言ってる間にコリはアウトだ。次はデレクだがどうだ? 今日はここまで3打席無安打だが……)」
次の打席は早かった。
「(カミソリシュートで三球で仕留めた! これはアオモリがドライチで指名する投手だな! だが次はどうだ? 三番――
ずしゃあ、と音を立てて、大きな黄色い熊がバッターボックスに立つ。
「(2アウトだがどう出る? おっと、マンモス・ガールは敬遠を指示。アムリタは反対しているな。タイムを取ったぞ)」
内野陣がマウンドに集まる。
「(ヘイ、ユウ。監督がマウンドに行ける回数はケモプロじゃ何回なんだ? サードの黒男は選手兼任監督だろう)?」
「(NPBでは、選手兼任監督が出場するときは、監督代行をベンチに用意するそうだが……)」
兼任監督がいない間に、監督がマウンドに行ける回数に規制が入って、いざ兼任監督が誕生したときにいろいろ決めごとが増えたのだ……とかなんとかナゲノに言われたことがあるな。ちなみにメジャーリーグでは30年ぐらい兼任監督がいないらしい。
「(ケモプロはまだ選手層が薄いし、そもそも経験の違いもそれほどない。だからそういう規制はかけていないな。今となっては咽頭マイクとイヤホンを装備しているから、規制についても意味はないし)」
テンポが悪くなれば観客は不満に思う。そのことをAIたちは知っているからか、タイムをかけまくるような遅延戦術も今のところ発生していない。問題になってきたら何かしら対処しないといけないだろうが、今のところは大丈夫だろう。
「(おおらかなことで! おっと、内野陣の話し合いは終わったようだ。勝負することに決まったらしいな)」
捕手のナガモは腰を下ろすと息を一つ吐き、思考を浮かべる。勝負とはいえ初球からストライクは危険。ボールになる内角へのツーシームからと指示して――アムリタが嫌そうな顔をする。それを見て、ナガモは顔をしかめながらストライクゾーンに構えた。
それを、プニキ――クマ貴は読んでいた。アムリタがボール球を嫌がり、ストライクに頷いたことを。
「(ビッグフライ)!」
ギィン、とまるで音が後から聞こえてくるようなスイングで――白球が場外のレモンの木の枝の中に消える。
「(決まった! 山ノ府クマ貴、オープン戦初ホームランだ! 価値を見せつけた! 3対1)!」
打球を見送ったアムリタは、ぽかんと口を開いていた。クマ貴は満足げにベースを回る。ナガモは悔しそうにそれを見ていた。
「(まったく今日の成績が無価値で終わるところだったぜ! クマ貴、追加点を挙げてレモンイーターズの勝利に貢献だ)!」
◇ ◇ ◇
そして試合は進み――九回の裏。
「(最終回からレモンイーターズ4人目の投手、ジェラルド・ライスペッカーが投げているが……こいつァピンチだぜ)」
シマアオジ系男子が、目をぐるぐると回したまま黄色い首元をぬぐう。
「(なんと五番の黒男監督からアオモリ打線が爆発! モンキー・ボーイにタイムリーを打たれて3対2、そしてなお、ノーアウトでランナー二、三塁。こいつは何の冗談だ)?」
観客もだいぶブーイングのアクションを放っている。さすがアメリカだな、はっきりしてる。
「(次は当たってない八番の捕手、マンモス・ガールだが……ああ、そうだな、代打がくるよなあ)!」
「(青森は控えの捕手、ロカンもいるからな。ロカンは以前正捕手だったし、延長になっても問題ないだろう)」
「(いい情報をありがとうよ! 代打は――
「(クロゼが指名打者を任される前は、ツネ蔵がメインの指名打者だったぞ)」
「(まったく嬉しくなってくるね)」
黒いキツネザル系の仙人のようなおじさんが、ひょうひょうとバッターボックスに入る。対するジェラルドは、ビビりまくっていた。結果――
「(なんてこった、だ! フォアボールで満塁? ジェラルド、ストライクの投げ方を忘れちまったのか)!?」
「(しかしそれはそれで、青森も困ったかもしれないな)」
「(なんだって)?」
「(九番のム
青森ベンチが動く。
「(なんだ、代打を出すのか)?」
「(……ああ、そういえば一人だけいたな)」
ベンチから出てきたのは、バットを肩どころか背に担いだ、トラ――サーベルタイガー系の小柄な少女。
「(こいつはまた変わった名前だな。えーっと)?」
「(
片手で背負うバットは――規定ギリギリの最長42インチ、106.7センチメートル。一般的なものより20センチも長い。剣子との身長比率で、66.6%。
「(いちおう……バッティングを期待されて選ばれた選手だ)」
「(顔が怖いな。好みじゃない)」
バットを背負い、ギラリと眼光強く、剣子はジェラルドを睨みつける。ジェラルドはマウンドの上で震え上がった。捕手のマートがサインを出しても、ぶるぶると顔を横に振る。
「(おいおい、投げなきゃ始まらないぞ……っと、こっちも投手交代か)」
ザッ、背筋を伸ばして、ベンチから踏み出してきたのは――コウテイペンギン系男子。
「(こちらも選手兼任監督の出場だ! 監督自ら試合を締めにきた! ポール・ブリザード)!」
ポールはポンポンとジェラルドの肩を叩いて、あとは任せろとばかりに胸を張る。そして力強く投球練習を始めた。それを剣子はバットを背負ったまま、ジッと見つめる。
「(さあ練習は終わりだ! ポール、ノーアウト満塁のピンチだが、抑えてくれよ。……っと、剣子が構えていないようだが)?」
「(あれでいいんだ)」
剣子は右手でバットを背負っている。ポールはフンッと胸をそらし、マートから出されたサインにゆっくりと頷く。そしてゆったりとランナーを見渡し――くわ、と目を見開くと剛腕を振り下ろした。
そして剣子も――バットを振り下ろす。
ガンッ!
「What!?」
ギュン、とものすごい勢いで打球が飛んでいき、外野フェンスを叩く。ポールが固まっている間に、ランナーが二人還り、逆転、3対4、サヨナラゲーム。
「(どこでああいうフォームを覚えたのか、さっぱりわからないんだが、とにかく――)」
背負ったバットを肩口から出して、まるでファンタジーの大剣士が敵を叩き切るかのように打つ。魔界乃剣子は球を断つ。
「(オーナーの趣味で選んだにしては大当たりの選手だ、というのがファンの間での通説だな)」
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