2020年度オープン戦、青森対フレズノ(前)

 2019年11月1日。


 VR空間の中で、リーゼント頭の狼系男子アバターがノリよく叫ぶ。


「(野球ファンのみんな、待たせたな! マルコ・ウッズだ! この番組を見てるってことは、相当イカれてるぜ。なんたってコンピューター、AIがやる野球を見ようなんてヤツだからな。まったくお前たち野球が好きすぎるんじゃねえか? もちろん、オレもだ! 待ってたぜ、ビーストリーグ、オープン戦の開幕だ)!」


 スタッフたちのものであろう拍手や指笛、歓声がアバターから聞こえる。


「(早速ゲストの紹介だ! こんなイカれたゲームを作っちまった男! ユウ・オオトリ)!」

「(どうも)」

「(ユウって変な名前だよな! 日本では一般的なのか)?」

「(女性に多いな。ユウ、もしくは、ユウコとか)」

「(ゲイシャガールでも一般的な名前かい)?」

「(知らないが、たぶん違うと思う)」

「(そいつは残念だ。というわけでK-E-M-P-B、ケモノプロ野球の創設者、ユウに、このオープン戦の日本チームの解説に来てもらったぞ)!」


 なぜなら配信の経験がそこそこあり、雑用係として時間があり、英語が喋れる人間が俺しかいなかったからだ。そういうわけで……このオープン戦の期間、俺はほぼ昼夜逆転してVR越しに交流戦の実況に参加することになる。アメリカに行ってそこからでもよかったんだが、日本のイベントも他にあるのでこうなった。


「(記念すべきオープン戦初日、我らがフレズノ・レモンイーターズの対戦相手は、日本のアオモリ・ダークナイトメア・オメガだ。ユウ、アオモリはどんなチームなんだ)?」

「(先発投手陣の評価が高い。また幹成みきなりドイルという強力なクローザーもいる。中継ぎが課題だったが、今年のドラフトで補強したし、投手陣に関しては日本でも上位のチームといっていいと思う)」

「(なるほどね。こっちのチームがどれだけ通用するのか楽しみだぜ。それじゃ、まずは球場の様子から見てみよう! カモン)!」


 マルコの掛け声とともに、背景のスクリーンに球場が表示される。


「(レモン畑の中の球場、グリーン・ドリーム・スタジアムだ! おいおい、ここはアイオワじゃないっての! 見てくれよ、球場の外はレモンの木だらけだ。オーナーの夢か何かか? あんな巨大なレモンの木もないだろうが)!」


 場外弾を打つとほどよく球が吸い込まれそうな場所に大きなレモンの木があって、黄色いレモンを鈴なりに実らせていた。


「(まったくこんな球場を満員にしちまうなんて、お前らもどうかしてるぜ! さあて、両チームのスターティングメンバーはこれだ)!」


先攻:フレズノ・レモンイーターズ

1 左 コリ・グラヴェル

2 三 デレク・デイブレイク

3 指 山ノ府やまのふクマタカ

4 右 シエラ・クーラーマウンテン

5 中 キャッシュ・レインフォレスト

6 一 ナダ・ロッキーズ

7 捕 マート・ロッククレフト

8 遊 フォウ・ヌミディア

9 二 ジョージ・グレートレイク

投手 ケニー・オーストラル


後攻:青森ダークナイトメア・オメガ

1 遊 北砂きたすなジャック

2 二 大上川おおかみがわハギル

3 右 柵入さくいりライゾウ

4 指 大川おおかわクロゼ

5 三 砂林すなばやし黒男クロオ

6 中 草坂すなさかスナ

7 左 せん紫紅シコウ

8 捕 凍土とうどナガモ

9 一 夜木よるぎ次郎ジロウ

投手 霧乃きりのガル


「(まったくイカれた名前たちだぜ。ユウ、アオモリの投手のガルについて教えてくれ)!」


 マウンドに立つクロヘミガルス……目つきの鋭いジャコウネコ系男子が、シュルッとした動きで投球練習する。


「(夜山よるやまノヴァクと並ぶ、青森のエースだ。ノヴァクが右のエース、ガルが左のエース。手元で曲がるムービングボールが決め球らしい)」

「(日本のエースの一人ってわけだ。ちなみに資料に書いてあったんだが、アオモリの三塁手兼監督の黒男は、今年結婚したんだって? キツネの美女と? なんてこった、うらやましいね! ウチの監督なんかペンギンだぜ)!」


 フレズノ・レモンイーターズの監督はコウテイペンギン系男子のポール・ブリザード。怒り肩の巨体でベンチからはみ出ている。確か投手と兼任だったかな。


「(まあ、フレズノにもいい選手がいるってところを見せてやるよ。さあ、そろそろ試合開始だぜ)!」


 ◇ ◇ ◇


「(さあ一回の表! 先攻のフレズノ・レモンイーターズからだ! バッターはコリ・グラヴェル)」


 ロードランナーと呼ばれる鳥のうち小さいほう、コミチバシリ系女子がすました顔でバッターボックスに入る。それを見た捕手、マンモス系女子のナガモがサインを決めた。ガルが頷いて、腕を巻き込むようなフォームで投げる。


「(初球はスライダー! こりゃすごい。1ストライク。コリは塁に出れるか)?」


 数球ののち――ガツッ、と詰まった打球が二遊間に飛ぶ。


「(どうだ!? ハギル、いやジャックが捕った! 一塁送球! ――セーフ! 俊足を見せた、コリ)!」


 コリはパタパタと塁上で膝をはたく。


「(ハギルが追い付いていたらアウトだった。とにかく、こいつはチャンスだ。バッターは二番、デレク・デイブレイク)!」


 白い羽毛の冠――というよりはアフロをつけた、黒い羽毛のニワトリ系男子が気分よく歩く。


「(おっと、監督が動いたぞ。ポール、手堅くバントを指示? オイオイ、甲子園じゃないんだぞ? デレクは、おっと、こいつは監督の指示を無視だ。いいぞ、打っていけ! さあ夜明けだ)!」


 ガッ


 叩いた打球がショートフライになり、飛び出していたコリが一塁で併殺される。ガルはニヤリと口元を歪ませて、ロージンバッグを叩いた。


「(オイオイ……ま、切り替えていこう。2アウト、ランナーなし。ここで出てくるバッターは? そう、ニホンのジュージエンで二連覇を成し遂げたキーマン! フレズノ・レモンイーターズのスラッガー)!」


 ずしゃあ、と。大きな歓声を割るように、踏みしめた土が音を立てる。いや、きっと錯覚だろう。俺がプレッシャーを勝手に受けているだけかもしれない。


「(ニホンからやってきた黄色い熊! 山ノ府クマ貴の登場だ)!」


 ◇ ◇ ◇


 山ノ府クマ貴。通称プニキ。日本から唯一、ドラフトでビーストリーグに所属したケモノ選手。

 それがバッターボックスに入って構えると、ガルは口元をゆがめた


「(アマチュアでの活躍はケモプロファンなら誰でも知っているところ。リーグでも大会でもホームランを量産してきた選手だ。ついたあだ名が、ホームラン以外無価値の男! なんともクレイジーだ! さあクマ貴、いきなり第一号が飛び出すか? やってくれ)!」


 捕手のナガモが、眼鏡の奥からその姿を見て考え込む。


「(さあマンモス・ガールが悩んでいるぞ。ムービングボール? スライダー? ストレート? 様子見でボール球から? おっと)」


 ボール球のサインに、ガルが首を振る。


「(ヒュー! ガルは勝負をお望みだ! ルーキーに初球から逃げられないって? アツいじゃないか)!」


 サインが決まり、ガルがシュルッと腕を振る。



 ガキィン!



「(大きいフライだ! しかし、切れた、ファール! もう少し内側なら文句なしにホームランだった)!」


 打球の行方を追っていたガルが、顎の下をぬぐってホッと息を吐く。ナガモが確固とした意志でミットを構え、ガルは今度はそれにおとなしく従った。カウントが進行する。


「(さあ2ボール2ストライク。次が勝負の分かれ目か)?」


 黄色い熊は、ぴたりと体を止めてバットを構える。


「(決め球のムービングボールが来るぞ)!」



 ガキィ!



「(おっとこれは――だ! クマ貴、ガルのムービングボールを打ちそこなった! ! ホームランじゃあないぞ! なんてこった、)!」


 ヒットはホームランの打ちそこない。その言葉を体現するかのように、クマ貴は一塁ベース上で肩を落とした。……それにしても、マルコはよく勉強してるな。プニキを知らなきゃこうは言えないぞ。


「(残念な結果に終わったが、レモンイーターズの打線はまだ終わっちゃいない。2アウトランナー一塁、バッターは四番、シエラ・クーラーマウンテン)!」


 大きな角を持ったヒツジ系女子がやってくる。


 その時、ナガモとガルは――少し気が抜けていた。二人とも観戦していた獣子園で活躍していた、身近で異質な強打者のルーキーをに抑えたことで、未知の選手への警戒を怠っていた。


 結果。


「(ホームラン! シエラ、2ランホームランだ! まるで山のようなアーチだった! まったくクールなお嬢さんだぜ)!」


 フンッ、と顔を上にそらしながらシエラがダイヤモンドを一周する。


「(いいぞ、レモンイーターズ! ビッグイニングにしちまおう! 五番、キャッシュ・レインフォレストの登場だ)!」


 硬いモヒカンに青い顔をした大柄なヒクイドリ系の好青年が、鼻歌を歌いながらやってくる。ナガモはそれに少し引いたものの、ガルに切り替えるよう声をかけた。ガルも口元を引き締めて構える。


「(さあ初球はどうだ? ……ストライク! いいね、いいスイングだ)!」


 どう見てもボール球だったが、キャッシュは元気よく振り切った。それを見てガルが少し警戒心を下げる。二球目も豪快な空振り。三球目、キャッシュが不得手そうだと判断したインコースにスライダーが食い込み――


 ガッ


「(打った! 力のあるゴロだ! 三塁線抜けた! レフト前ヒット)!」


 一塁を走り抜けたキャッシュが、やや暑苦しく笑う。


「(あのスライダーをよく恐れもせずに打ったもんだぜ! さあまたも2アウトランナー一塁になった! 次は六番、ナダ・ロッキーズ)!」


 やや手足のふとましいオオヤマネコ系女子が、のしのしとやってくる。ギロリと睨んでくるナダに、ガルは再び口元を歪ませた。


「(さあもう一点取っちまおう! ナダに対して初球――これはボール、おっと!? 一塁送球)!」


 ナガモが素早く立ち上がって、大きなリードを取っていたキャッシュを刺そうと一塁に送球し――


 瞬間、キャッシュの思考が表示される。

 戻れば確実にセーフ。行けば普通はアウトになる――相手が冷静なら。


「(キャッシュ、二塁へ走った)!」


 ギョッ、としたのはムササビ系男子の一塁手、ム次郎。捕球、二塁へ送球。しかし。


「(セーフ! キャッシュ、なんてこった、ナイスチャレンジだ! 冒険に勝ったぞ)!」


 二塁上でもキャッシュは暑苦しく楽しそうに笑い、タッチしたもののアウトにできなかったオオカミ系男子のハギルは大きく舌打ちした。それを見てガルもマウンドの土を蹴るが――


 微動だにしない相方、捕手のナガモを見てバツの悪そうな顔をする。


「(さあ2アウトランナー二塁、1ボール。得点のチャンスだ)!」


 スッとナガモが構えたのはインコース。ガルは頷き、背後のキャッシュを睨みつけてから、シュルッと腕を振る。



 カンッ!



「(打った三遊間――抜けない! 黒男、ゴロをダイビングキャッチ! しかし体勢が悪い、一塁間に合うか――)」


 立ち上がり一塁へ投げようとした黒男に――ナガモが叫ぶ。


「(なんだって!? バックホーム)!?」


 ボールを受け取ったナガモの前で――三塁を蹴って回っていたキャッシュが、大慌てで急ブレーキをかける。


「(オーノー! 挟まれた! キャッシュ、粘るがアウト! マンモスガール、冷静に試合を見ていた)!」


 苦笑して頭を掻くキャッシュに冷たい視線を送ってから、ナガモはベンチへと戻っていく。


「(さすが二年も日本のペナントレースを戦ってきたわけじゃない。アオモリもナイスプレーだ! こいつは裏の展開も楽しみだな)!」

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