仮想の杯
「それでは、続いての発表に移ります」
2回目の質疑応答は1回目よりも長かった。意外とピッチングセンターに関する質問が多く、特に『投球練習シミュレーター』を個人でも購入できるのか、価格は、既存のモーションキャプチャーは使えるのかなど詳細な質問をされた。さすがに答えられない部分が出てきて、後日Webで案内するということで勘弁してもらったが。
「ここからはBeSLBとの共同企画になります。アメリカ側でしか行わないものについては、現在向こうの会場で発表しておりますので放送のアーカイブを後ほどご確認ください。こちらでは日本側のユーザーにも関係のある施策について発表いたします」
コインランドリーの会社と組んでケモプロを店内で流すとか、マルチチャンネルネットワークによる実況が始まるとか、家具屋とコラボとか、あんまり日本のユーザーに関係ないし、時間もないしな……。
ということで手早くスライドを操作して、次の画面へ。
「BeSLB、ビーストリーグ開幕を記念し、交流戦観覧ツアーを来年2月に実施します。アメリカから日本へのツアー、日本からアメリカへのツアーの2種類になります。それぞれ国内のチームにゆかりのある場所をめぐり、試合を観戦するツアーで、日本国内の宿泊施設はホットフットイングループが担当します」
関係者席でヒナタが立ち上がってお辞儀をする。
「アメリカへのツアーですが冬季ですので場所はこのようになっております。最終日がアイダホ州のテーマパーク、ブロッサムランドです。また初日及びスケジュールに変更がなければ以降も、飛行機はヨゾラ・エアウェイの提供となり、機内でもケモプロをリアルタイムで観戦することが可能です」
……スケジュール通りならだが。ヨゾラ・エアウェイの旅客便はまだ少ないので一本ズレると修正が効かない。社長のマルセルは「うまくいけば問題ない」と言っていたが……うまくいかなければ別会社の飛行機を使うことになる。
スケジュール通りにいくことを祈るしかない。せっかくミタカとニャニアンを中心としたチームが、飛行機でもリアルタイムでケモプロを見れる仕組みを構築したのだし。
「また本件に関連してホットフットイングループより発表があります」
壇上に女性が上がってくる。スーツ姿の女傑――ヒナタの祖母、トリサワミドリ。
「代表取締役社長のトリサワミドリだ」
冷たい目でステージから会場を見下ろす。ヒナタはそれに呑気に手を振っていた。フンッと鼻を鳴らしてミドリは言葉を続ける。
「まあ単純な話さ。ホットフットイングループは海外進出をする。その第一弾がアイダホ州のボイシ市ってだけでね。私が自分で足を延ばすところに、自分のホテルがないんじゃ、我慢できないのさ」
おお、とその言葉に会場が感心する。さすが女傑、という声も聞こえてきた。……ヒナタだけがクスクスと笑っている。あれが建前で本音は孫とテーマパークに行きたいからだ……という言葉が本当なら、確かに微笑ましい。
「詳しい話はウチのIRを見ておくれ。人様のイベントでやるような話でもないからね」
そう言ってミドリはさっさと降りていった。
「ありがとうございました。続きましてはこちらの続報です」
スクリーンに店舗のイメージ図を表示する。
「おもちゃ量販店、トイワードの東京支店が来年春にオープンします」
トイワードの日本支社の動きを追っている人たちにはすでに捕捉されていたが、正式発表は今日が初めてだ。場所、店舗規模、内装のイメージ図を紹介する。
「トイワードの直販店となり、一般的なおもちゃの他、トイワードのおもちゃがこれまで以上の規模で展開されます。またこの店舗限定のケモプログッズも販売予定となっておりますので、引き続き続報をお待ちください」
BeSLB側の選手をモチーフにしたものだから日本で売れるか分からないので、出荷数が少ないんだよな。それを限定と広報するのは、さすがライムだなと思う。
「続いてはこちらのムービーをご覧ください」
ステージが暗くなり、スクリーンに動画が流れる。
『ただいまぁ……』
疲れた女性の声。スーツ姿の女性が、暗い部屋に入っていく。どさどさ、とコンビニの袋が机の上に置かれ、なんとか食器棚からグラスとお皿を持ってきた女性が、ぐったりと座椅子に体を預ける。リモコンを操作してテレビをつけると、ケモプロの放送が流れる。
『おっ』
ちょうどひいきのチームがチャンスに得点をしたところだ。機嫌が良くなり少し気力を取り戻した女性は、体を起こしてコンビニの袋の中からペットボトル飲料を取り出す。トクトクシュワシュワ、と琥珀色の中身が注がれていくところで、二つのロゴ――ダークナイトメア社とストレート・レモネード社のロゴが、液体の動きに合わせて溶け合って混ざりあう。ナレーションが静かに告げる。
『りんごとレモンが溶け合うちょっと元気の出る炭酸飲料。早摘みレモンの夜』
『っくあぁ~!』
女性がしみじみとうめいて、商品名が表示される。今冬発売、とアナウンスして動画が終わり、ステージに明かりが戻り――
「ハーッハッハッハ!」
ステージ上に立つダークナイトメア・オメガ仮面が高笑いをした。
「発表しよう! 我がダークナイトメアとストレート・レモネード社のコラボ炭酸飲料水、『早摘みレモンの夜』を!」
仮面の男がペットボトルを掲げ、フラッシュが炊かれる。
「我が社のリンゴ、ダークナイトメアと、ストレート・レモネード社のグリーン・レモンを使ったものだ。ちなみに、ノンアルだ――ダークナイトメア・ロゼは売れ行きがいまいちだったのでね! 今回は幅広い層を狙わせてもらおう! ハッハッハ!」
ダークナイトメア・ロゼは去年のエイプリルフール企画で出た果実酒だ。予約販売で……あまり注文がなかったらしい。
『オウオウ、仮面のニンゲン! 早摘みってニャんのことだ?』
「ハッハッハ! 気になるかね、逆さの猫! うむ、グリーン・レモンは熟すと甘くなるのだがね。早いうち、緑のうちに収穫すると普通にすっぱいのだよ。その酸味と我がダークナイトメアの甘さを組み合わせた商品だな!」
『それって聞いたことあるゾ。確かテキカっていうんじゃニャいか?』
「ハッハッハ……ああ、うん……まぁ、摘果しないといい果実はできないし、どうしても摘んでしまう方が多くなるからね。有効利用しよう、ということさ」
『つまり世にいう早摘みってみんニャ摘果のことニャのか?』
「やめてくれ、ワタシにそこまで言わせないでくれ……! 他社のことはわからん……農家的に考えてたぶんそうだと思うが……だが建前というものがあるのだッ!」
もだえるダークナイトメア仮面に笑いが起きる。このあたり、ライムと二人で打ち合わせしたらしい。
『他社って? 他社ってどこのこと』
「いかんッ! 急用を思い出したッ! あとは任せるぞオオトリ君!」
バタバタとダークナイトメア仮面がステージから逃げ出していく。
『ニャあ、ニンゲンのオオトリィ』
「俺は農家じゃないから知らん」
隠すようなことでもないと思うし、どこかでちゃんと説明はされているだろう。
「もう少し発表があるから後でな。……さて、昨年はスポーツ新聞社、名勝スポーツとの取り組みを紹介させていただくにあたり、号外を配布させていただきました。……今年はこちらの映像をご覧ください」
再びステージが暗くなり、映像が流れる。広い机を前にして座る一人のスーツ姿の男性。
『続いてはケモノプロ野球のニュースです』
場面が移り、少しカジュアルな格好をした男性がモニタを前にして喋る。
『ドラフト会議、
ステージに明かりが戻る。いやあ、やるとは聞いていたが……この短時間によく編集してまとめたなあ。
「ゴールデンウィークにケモプロをCS生放送した縁で、この度CSニュース番組内の1コーナーにケモプロが取り上げられるようになりましたのでお知らせします。放送時間帯はスライドの通りです」
番組名とかキャスターの写真とかが載っている画面にフラッシュが炊かれる。
「以前もお伝えしておりますとおり、ケモプロの報道に関しては特に契約は必要ありません。ぜひ利用して盛り上げていって欲しいと考えています」
ケモプロしかコンテンツのない出版物を作る、とかだと連絡してほしいが、起こった出来事について報じることに制限はない。むしろまだまだ知名度が足りないから、こうしてケモプロを利用してくれるだけでありがたいことだ。
「さて、最後に」
記者や観覧席からホッとした空気が流れる。少し長かったか……最後は短めだから許してほしい。
「来年夏のイベントについてお話しします。まずはこちらのムービーを」
きちんと決まったのも最近だからムービーも短い。球場に文字が出てくるだけのものだ。
2020年7月、ビーストリーグ参戦後初めての夏。日米横断。ケモノ・ビーストリーグ・オールスターゲーム開催。
――後援、総務省。優勝リーグには、初の総務大臣電脳杯を授与。
「担当者に来ていただいています。イルマハジメさん、壇上へどうぞ」
ざわめく会場の中、従姉の兄、イルマが壇上に上がってくる。拍手とフラッシュと、「イルニキ~!」という声。ファンに忘れられてはいないようだ。
「ご紹介に預かりました。元、島根出雲野球振興会の代表補佐、イルマです。現在はこちらの省で仕事をさせていただいています」
七三分けのイケメンは周囲を見渡してにこりと笑う。
「eスポーツについては省庁でも様々な部署が動いておりまして、明確な担当部署がない状態です。しかし乗り遅れるわけにはいきません。ケモプロはAIの行う、まさにスポーツということで、以前より非常に注目しています。eスポーツの盛り上がりの中、その一助になればと、後援、そして杯の授与を行わせていただくこととなりました。電脳杯ということで3Dモデルによる杯の授与、それも実在のプレイヤーではなく架空のプレイヤーに対するものは、世界でも初めての例ではないかと考えています」
結局のところ、東京オリンピックに合わせたeスポーツのイベントに混ざることはできなかった。またオリンピック前の期間で大会をと考えると、6月はスケジュール的に無理があり、7月はオールスターが控えていて独立したイベントとしては割り込めない。そこでむしろ、オールスターに賞をくっつければいいのではないかという話になって、こうなった。
「ライブビューイング用の会場も用意してあります」
オリンピック関係で会場を押さえるのは大変だったが、時差的に朝しかないとなるとわりとなんとかなった。朝どれだけケモプロファンが集まるかは分からないが……今日もこれだけ来てくれたならなんとかなるだろうか。
「発表は以上になります。それでは全体を通して質問があれば」
『さー、最後の質問タイムだゾ!』
イルマに残ってもらって質問を受け付ける。総務大臣賞の質問が来た場合は俺では答えられないこともあるからだ。が、予想よりそちら方面の質問は少なかった。
「――……ビーストリーグの実況はどうなりますか? 公式実況は?」
「アメリカ側では各球団ごとに準備してあります。後ほど配布する資料をご覧ください。日本については、時差の関係もありますので、今のところ公式実況は用意していません」
「わかりました」
『よーし、次ィ……はそろそろいニャいか?』
会場で上がる手がなくなる。終了を告げようとしたところで――スッとひとつ、記者席から手が上がった。
『オッ、ニンゲンがいたぞ! アレで最後だニャ?』
「どうも」
キタミからマイクを受け取って立ち上がったのは、やせぎすのラフな格好をした男性――
「日刊オールドウォッチのユキミです」
口の端を引きつらせて笑う。
「いやー、記者側で聞く発表会は新鮮だったよ。やっぱりね、内部に入ってるより性に合ってる感じだね」
電脳カウンターズの元オーナーはニヤリと笑う。
「みんな疲れてるだろうから手短に聞こうか。去年はビーストリーグの追加があった。今年は新しいリーグの追加はないのかな?」
ユキミにはアントニの件でいろいろ調査してもらっていた。それで情報は持っているわけで、当然の疑問か。
「今年はありません」
「じゃあ来年?」
「ひとつ明言できることは――ケモノリーグも、ビーストリーグも、始めたからには何十年と続けていくということ。そしてそれを支えるための成長をしていくことが、今後のケモプロの課題です」
アマチュアの拡大――ケモノの子供たちの実装は相当な負担がある。
その負荷を減らすのが、従姉とミシェルが中心となって開発する新型チップだ。二人の予想では大幅な性能向上が見込まれ、サーバー台数の増加を抑えることができるとか。今後の発展を見越して、開発費をなんとか回収できる見込みが立ったので計画をスタートさせた。
だがこれは発表できない。従姉の技術が詰め込まれたハードウェアが流出する可能性は、できるだけ少なくしたい。だからどうしても隠せなくなったとき、あるいは技術が陳腐化したときに発表することに決めている。
「これからもケモプロは成長していきます」
何十年と続けるために。
「一緒に仕事をしていきたいというところがあれば、ぜひ、声をかけていただければと思います」
「なるほどね。僕からは以上だ」
『ニャんだかよくわからニャいが、終わりだニャ? ヨシ、キタミのニンゲン!』
『はーい、キタミタミです。それでは本日の、ケモノプロ野球リーグ第三回ドラフト会議兼発表会は、以上で終了させていただきます! 皆様長時間お疲れ様でした! この後はビュッフェをご用意しております。会場も十分お時間を取っておりますので、ぜひご歓談ください! ただ、台風が近づいているという情報もありますので、遠方の方は気象情報にも……――』
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