繋がる施策

 一回目の質疑応答の時間を終え、発表に戻る。


「先ほどのプロモーションビデオで、ケモノの赤ちゃんを公開しました」


 スライドを該当のシーンの画像にする。


「現在、アメリカのBeSLBを中心に動物の資料を集めています。いくつかの動物園にも協力してもらい、動物たちの成長を追う画像資料が出来上がっています。この資料をもとに、ケモノのモデルデータの基礎を作成しているわけですが……これらの画像資料を、一般にも公開することを決定しました」


 スクリーンに画像を表示する。


「サイトのタイトルは、動物・ケモノ資料集」


 英語版はAnimal -Kemono- Collection。参考画像ではコウテイペンギンのページを表示している。生まれたばかりのころ、子供のころ、大人のころ。前、横、後ろ、死角になっているところをフォローする顎の下、翼の下、足の裏など、資料のための写真が載せられている。


「資料写真と、その動物をモチーフにしたケモプロ内に登場する選手をリンクしています」


 アメリカの大学リーグに所属するポール・ブリザードの顔写真が載っている……さっきのドラフトでフレズノ・レモンイーターズの所属になったんだったか。ともかく、このリンクからケモプロ内の選手情報ページに飛べるようになっている。


「また絶滅危惧種など保護が必要な動物については、各種保護団体へのリンクも用意しています。ケモプロのアカウントでログインしていただくと、このサイトを通じて寄付金を送ることができます。保護団体、動物園を指定して寄付が可能です。寄付金の送金状況については毎年報告させていただきます。なおサイトの維持運営費については広告掲載の他、KeMPB、BeSLBの収益を一部充てる予定です」


 こちらの資料集めのついでのはずが、なかなか大きな話になったものだ。


「また保護団体からの掲載の受付も行っておりますので、実績を添えて担当窓口までご連絡ください。さて、では次に……書籍情報を。ケモプロのメインデザイナー、ずーみーの著作、『獣野球伝 ダイトラ』ですが、既刊1~4巻、5巻が9月19日、6巻は10月17日発売のスケジュールになっています。6巻には書下ろしとして70プレイヤーズウィークの試合が掲載されます」


 ……あ、いかん6巻の表紙は初公開だった。言いそびれたな。……画像に書いてあるから大丈夫か。


「またケモプロのデザインチームによるアートブック、『The Art of Kemono』が来年春発売予定です」


 こちらは初報だ。BeSLBのデザインチームがずーみーのデザインを学ぶために描いてきたものを、編集してまとめたものになる。もちろんずーみーも参加しているし、まさちーにも何本か提出してもらった。あとはダレルの建築事務所スタッフの建物関係も少し入っている。


「また『獣野球伝 ダイトラ』に関しては、VR図書館『HERB Library』、AR電子書籍リーダー『HERB Glass』などを提供している株式会社HERB Projectが今冬発表する新型デバイスの、無料コンテンツとしても提供します。既刊だけでなく続刊もです。詳細は今後の株式会社HERB Projectからの発表をお待ちください」


 記者側に動揺が広がる。


 新型デバイスにはいろいろな資本がかかわっているため、この場でKeMPBが発表することはできない。しかしサプライズの布石は打ってほしいとミシェルに頼まれて、今後発表会があることをここで初めて告知した形だ。去年もHERB関連の発表はしているし、それほど違和感はないと思うが。


「そしてワルナス文庫が運営するWebコミック、『ワルナスオンライン』では、ケモプロの世界を舞台にした漫画の新連載が始まります」


 表紙を映し出す。今朝入稿されたばかりのデータだ。ススムラが胃が痛そうな声で連絡してきたっけ。


「新連載のタイトルは『レミは静かに野球がしたい』。島根出雲ツナイデルスの寒野かんのレミと乾林かんばやしザン子を主人公に、面大めんたい高校時代を描く作品です。作者は篠崎しのざき宝子たからこ先生。短期連載になりますのでお見逃しなく」


 棚田高校漫画部のレジェンド、シノザキタカラコ。スタッフからの布教が効いたのか、ケモプロを職場で流すようになったという。そしてこの二人に目をつけて、漫画を描きたいと交渉してきた。特に断る理由もないし了承し、掲載作品を探していたワルナス文庫に紹介し、連載が決まったわけだ。

 ついでにケモノをかけるアシスタントが欲しいということで、オフの間は作業量も少ないのでまさちーを派遣している。まさちーにはいい経験になっているようだ。


「関連商品ということで、続きまして」


 スライドを切り替える。四角いアルミ蒸着されたパッケージ。おおっ、と観覧席から声が上がる。


「『ケモプロチップス』を、期間限定で発売いたします。チップスとは書いてありますが、こちらはポテトチップスではありません。『オコション・サヴァイヴ』、『バキバキバー』の株式会社めじろ製菓に開発していただいた、『米粒チップス』です」


 拡大画像で見るとよくわかる。米粒がくっついて一枚のチップスになっていた。いろいろやってサクッとしながらパリッと食べれるように作ったとかなんとか、製品開発部長のマサキジョージが説明してくれたんだがちょっとよく分からなかった。


「こういった商品は、なぜかご家庭に余ってしまいがちということで」


 苦笑が会場に漏れる。


「この米粒チップスは、茶碗に入れてお湯をかけるとちょうど2袋で1杯分のおかゆが作れるようになっています。大量消費したいときはぜひお試しください」


 このために味付けは薄味になっている。もちろん試食したが、チップスで食べると薄味という印象はないんだが、おかゆにすると確かに味を足したい感じだ。


「ケモプロチップスには、カードがおまけとして付属します。このために撮影した各球団の選手の写真が、ユニフォームバージョンと私服バージョン、そしてデザインチーム描き下ろしのイラストバージョンの3種類。またシークレットとして、『レミは静かに野球がしたい』を連載する篠崎宝子先生描き下ろしの、寒野レミと乾林ザン子の2枚が用意されています」


 もっと描くとか言ってたけど、明らかに間に合いそうにないので主人公に絞ってもらった。


「またこのカードには裏面にQRコードが印刷されており、ケモプロに1度だけ取り込むことが可能です」


 実際にカードをケモプロ内に表示している画面を出す。


「取り込んだカードはゲーム内で他のユーザーとトレード可能です。専用のカードホルダーもゲーム内に実装しましたので、リアルでは保管が難しいという方は、ぜひゲーム内でコンプリートに挑戦していただければと思います」


 オークションシステム的なものを実装して、自動で出品・交換ができるようにしようかという案もあったのだが、コストがかかることと、コミュニケーションのきっかけを奪うのもどうか、ということで実装しなかった。ゲーム上でぐらいは、がんばってトレードを呼びかけるしかないな……。


「『ケモプロチップス』の販売期間、および販売店舗はこちらになります。また発売を記念して、発売日には手渡し販売イベントを行います。……私が」


 人が来るのか微妙だが、ライムがやったほうが面白いというのでやることにした。店舗は以前バイトしていたコンビニだ。オーナーに相談したら快く了承してくれた。


「次に行きましょう。昨年はNPBとの協業について、『野球映像・動作分析システム』および『投球シミュレーター』を発表させていただきました。今日はそのアップデートについてお話しします。まずはこちらのムービーをご覧ください」


 ステージが暗くなり、動画が再生される。マウンドからバッターボックスに向かう画像。バッターはいない――いや。代わりに大きなモニタが置かれており、その中にはバットを構えたケモノ選手の姿。

 ピッチャーがやってくると、こちらに背を向けたまま投球する。間近に置かれたネットに刺さるボール。ケモノ選手がバットを振り――打撃音。モニタは球場の様子に切り替わり、内野ゴロを別のケモノ選手が処理するところが映る。それを見届けると、ピッチャーが振り返った。


『どーも』


 キャプチャ用のスーツを着て背を丸くして呼びかける――今年の新人プロ野球選手、サンニンタロウ。


『これね、ケモプロさんの新しいヤツ。球団にあるのは、投球のデータが取れるんだけどさ。それ使ったら本気で打ってくれる練習相手ができるんじゃない? ってことで、作ってもらったわけ。まぁ……よくやるよね』


 サン選手は肩をすくめる。


『需要あるの? こんなの。おれは打たれても平気なマゾらしいからいいんだけど。ていうか、これ導入費用高いよね。この宣伝……アンバサダーっていうの? を受けて値引きしてもらったけど、辛いね。出来高ってさ、ぽんっと全額くれるわけじゃないから』


 ……ステージから見ていると、何人か記者が口をぽかんと開けているのが分かるな。


『まあ守備もやってくれるようにしてくれたから、価格としてはこんなもんなの? とにかく、価格以外は満足してるんで。球団は導入するなら、おれの払った費用を半分ぐらいもってくれる? じゃ』


 映像が終わる。なんだか会場が静まり返ってしまったが……進めるか。


「『投球シミュレーター』を拡張し、本格的な『投球練習シミュレーター』を開発しました。これまでは動作分析システムによって投球フォームを解析し、その後のボールの軌道を予測、それをもとにフォームの改造などに役立ててもらうことが目的でした。『投球練習シミュレーター』では、実際に打者と対戦する、実践的な練習を提供します。解析システムによって取り込んだボールの動きを、ケモプロ側に反映。ケモノ選手の打者が打つ、という内容です。需要は……あると信じていますが」


 少なくともタイガとか、ニシンも「やってみたい」と言っていた。


「従来の投球練習に比べて、真剣さと手軽さを提供できると考えています。基本機能として、バッターと1打席対決ができます。ストライクの判定もしますので、投球の組み立ても考えて練習できます。また打った後は、それがヒットなのか守備に阻まれるのか、実際にケモプロ内の選手たちがボールを追って処理し、結果を確認することができます」


 映像では内野ゴロに打ち取っていた。守備の選手がいなければ、内野ゴロなのかヒットなのかは分からない。かといって投球練習に9人も付き合ってくれるかというと、それはプロでも難しいだろう。


「リプレイ機能も搭載しています。リプレイ中はケモノ選手の思考を、ケモプロと同様に表示することができ、『何の球を待っていたのか』『何を考えて打ったのか』などを確認することができます」


 これがサン選手には好評だったな。ただ打たれただけじゃムカつくけど、何を考えて打ったのか分かると、許せる、と。


「また試合モードにすれば、試合進行と共に練習することもできます。一回から先発して投げていってもいいですし、九回裏満塁のシチュエーションからリリーフとして登板を始める、なんて練習も可能です」


 ちなみに投球練習が目的なんだから、自分のチームの攻撃は省略するようにしている。が、自チームが攻撃をするところを見ていることも可能だ。……実際の試合と同じインターバルが体験できる、という売り文句でもちょっと微妙な感じなので、このオプションの説明は省くが。


「手軽さとしては、従来の投球練習用の設備……ブルペンよりもスペースを短縮できることが挙げられます。動作をキャプチャできれば、ボールは動画のようにネットに投げつけて問題ないので、投球に必要な距離だけ取っていれば利用できます。モニタは動画ではバッターのみ表示していましたが、マウンドからキャッチャーボックスまでの奥行きのある映像を表示することも可能です」


 実際やってみたが、モニタの中に投げ込んでいるような気分になったな。なお、俺が投げたボールはキャッチャーミットまで届かなかった。


「対戦相手ですが、通常はこの練習のために用意されたケモノ選手になります。言い換えると、『この仕事を専門にする』ケモノ選手、ということでしょうか。ちなみにオプションですが――ケモプロ内に存在する選手を指名することもできます。ケモプロ選手が、実際に使用者と対戦し、お互いに経験を積むわけです」


 ちなみに予約制になっていてケモノ選手の都合が合わなければ対戦できないのだが、そこまで詳しいことは導入の申し込みや問い合わせがあったときに説明すればいいだろう。


「この『投球練習シミュレーター』ですが、サン選手にだけ販売したのでは開発費で赤字ですので……広く試していただくために、簡易版を体験できるように準備しました」


 スライドをバッティングセンターの画像に切り替える。


「都内にあるバッティングセンターです。こちらにはブルペンがあり、投球練習できるようになっているのですが、そこでケモノ選手と対戦していただけます。期間限定の『ケモプロピッチングセンター』、というイベントです」


 探してみて初めて分かったのだが、ブルペンのあるバッティングセンターは少ない。投球練習したい人は少ないだろうし、施設側も18メートル強ものスペースを用意するのは辛いらしい。……一般的に、バッティングセンターのボールが出るところからバッターボックスまで18メートルないところがほとんどということも初めて知った。

 まあ、ブルペンがなくても投球練習はできるし、練習したいような人はすでに場所があるだろうし、そういうものなのだろう。


「こちらではキャプチャ用ではなく、本物のボールを使います。またキャプチャ用のスーツを着ていただく必要もありません」


 投げられたボールの軌道を、プロ野球の現場でも使われている弾道測定器でデータとして取り込み、ケモプロ側に反映する。精度としては――ミタカは自信をもってB-Simの方が上だと言っていたが、一般人にはB-Simのボールを投げても分かりづらいだろうということで、弾道測定器を採用した。B-Simは「どうやって投げたか」から始まるが、「どんな球が飛んできたか」だけなら実際に投げた球を計測したほうが早い。


「期間限定のイベントとなっておりますので、ケモノ選手と対決したいという方はぜひ、お早めにご来場ください」

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